大好きなご主人さま

人魚の部屋


<3>




かりそめ


身支度を整えチェックアウトの準備が済むまで私は ご主人様と

殆ど会話らしいものを交わさなかったように思う。

やっとの逢瀬をあわただしくホテルから追い出されようと言う朝で 

次の逢瀬までの名残の時間を欲しいと思っているのにキスも抱擁も

おねだり出来なかった。

何か考えるととても悲しくなりそうなので何も考えないようにした

せいかもしれない。

ホテルを出たのは正午、外はとても明るく眩しかった。

大阪駅の中の大衆食堂みたいなレストランで軽食を摂ることにしたけど、

私はまだ食欲が出なかった。

切っていたPHSの電源を入れて留守電のメッセージを聞くと

啓ちゃんが一人で5件位入れていた。

ホテルに花束送ろうと思ったのに私の名字の客はいないと言われたとか、

良かったら飲みに行こうとか、明日の予定はどうとか、そんな事が入っていた。

私の一人旅を信じてる辺りがいい人だとも思うし、やっぱ鈍いなぁなんて

思ったりもする。

「信じられない奴だな」

ご主人様が笑って仰る。

ご主人様と啓ちゃんも通信の仲間で面識があるのだ。

PHSが鳴った。思わずご主人様を見る。出ると案の定啓ちゃんだった。

私の応対で察したご主人様が苦笑なさっている。

大阪駅で今コーヒーで一服中と応えると

「今日はおもろいパレードあるから見に連れていったる。大阪駅の何処?」

「ん?あ・・・此処 わかんない」

「せやったら そっち着いたら また電話するから」

「うん、ありがとう」

私は列車の時間まで数時間あるから また啓ちゃんの世話になることにした。

ご主人様を改札口までお見送りした。

「付いていきたいです」

未練な言葉は言うまいと思っていたのだけど口から出てしまった。

叶うはずは無いの分かってるのにな。

ご主人様は「またね」と言って手を握って下さった。

「はい、またですね」

と答えた。またと言って頂けたのが嬉しかった。

イタリア系のファミレス「フラカッソ」平日のせいか人が少ない。

啓ちゃんと私は窓辺の席へ案内された。4人掛けの席である。

窓の外はありがちな町並みが覗くだけで窓際だから何が良いと言うこともない。

ま、ファミレスだもんこんなもんよね。

向かい合わせに座りパスタとドリアのランチセットを注文する。

啓ちゃんと会うのは3度目、やっと遠慮も無くなってきたってとこだろうか、

世話好きで良く気が付く男だ。

啓ちゃんはふいに何を思ったのか

「ちょっとそっち行かせて」

テーブルを廻って私の隣に座った。

え? おい、ちょっと変だよそんなのとか思ったけれど 

まぁいいか、こいつはM男だって分かってきたから甘えたいんだろ。

なんて思って私達は2人掛けのソファに並んで座って話しはじめた。

「ねぇSMって好き?」

いきなり際どく話題を持っていく。

初対面から感じていた啓ちゃんのM性を確認してみたくてしょうが無かったのだ。

一瞬驚愕の表情が浮かんだがすぐに穏和な顔に戻ってにこやかに答えてきた。

「好きって言うかね・・相手がして欲しいと言えば目隠しとか

縛ったりとかするけど」

一応普通の男気取ってるな。

「ふぅ〜ん、啓ちゃんを縛りたいって女の子が言い出したらどうするの?」

「そんなんおらんやろ、どうしてもっていうなら お遊びでさしてやってもいいけど」

「そう?私なんかされるばっかってのは悔しくて責めたくなったりするよ、

それでは感じないんだけどね、言ってみればサービスのSなら出来るだな、

啓ちゃん、本当される方が好きでしょ、どんなんされたいの?言ってごらん?」

啓ちゃんの雰囲気が微妙にM男に変わっていくのが面白くて

私の言葉使いも微妙に変わってくる。

「どんなんって言われてもねぇ」

「全然されたことないの?ほらちゃんと言いなさい?」

「いや、まぁ、ね少しあるけど1度だけね、ベッドに縛られて・・ね」

「目隠しもされて?」

うなづく啓ちゃん

「悪戯された?」

また頷く啓ちゃん

「良かったでしょう?他には?」

「いや、ほんとそれだけだって」

恥ずかしそうに焦っている啓ちゃんをイジワルに見つめていたら

ご主人様から電話が来た。とたんにMのスイッチが入る。

体中でご主人様が欲しくなる。

頭がぼうっとしてきて昨日のホテルの部屋へ魂だけ飛んでいくようだ。

首をうなだれて殊勝なM女にみるみる変貌してく様を今度は啓ちゃんが

興味深げに 隣で見守っているのがわかる。

慣れぬ土地でつきあって貰って有り難いなんて気分は跡形も無くなっている。

隣に座られているだけで鬱陶しいなんて思ってしまう。

「今どこ?」

ご主人さまの静かなお声が、熱くなってきたオマンコをまるで舐めあげるように

感じて声をあげそうになる。

今ここでオナニー始めるように言われても従ってしまうかもしれないと思った。

卑わいな涎を流している私のオマンコがご主人様の指に掻き回されたくて、

それからそれから夕べのように上からもバックからも横からも無茶苦茶に

突きまくって欲しくて疼く。

「あ、あの・・ファミレスで食事しています」

ごく普通に返答しながら隣から顔を覗き込む啓ちゃんを蹴飛ばしたくなって、

まるで啓ちゃんが消えてくれたら代わりにご主人さまがここに現れてくれる

ような・・ううん、そうじゃない啓ちゃんが居なくなればご主人さまと二人きりの

世界に入り込むことが出来てイきかけた私がイッテしまえると思ったからだ。

ご主人さまは、そんな私の思惑にはお構いなしにこれからの予定を簡単に

告げると電話を切ってしまわれた。

PHSを置くとニヤニヤ笑いの啓ちゃんが話しかけてきた。

「美恵ちゃんってすごい可愛いね・・今の人、前に言ってたメールの

ご主人様? ふぅ〜ん、チャキチャキの美恵ちゃんもいいけど 

恥ずかしがってるシャイな美恵ちゃんもいいね」

啓ちゃんにM女の顔見られたことが面白くなかった。

戻って来た私の魂は無性に啓ちゃんを虐めたかった。

「啓ちゃん、さっきの話の続き、啓ちゃんもMでしょう?でも女王様してくれる

彼女ってそんなに居ないよね。どーすんの?倶楽部に行くの?」

啓ちゃんは私をMと認めたことで警戒心が無くなったらしく これまでの体験を

話してくれた、喜んでくれるのなら大抵のことは出来る言った。

私のおしっこだって飲めると言った。

けれども気心が知れない人とのプレイは 1度ひどい目にあったらしくて

怖くてもう出来ないと言った。自分が慕うことができる女王様になら 

ただの小間使い奴隷でもいいんだみたいな話を聞いて そして私の

ご主人さまへの気持ちは自分の理想だとかも言われて、ファミレスを

出る頃には私は 啓ちゃんがすっかり可愛くなってしまっていた。

「啓ちゃんとSEXしたくなっちゃった」

車に乗り込みながら言うと啓ちゃんはとっても嬉しそうに笑った。

「ほんま?これから行こうか」

「それはダメだよ。列車の時間までもうそんなに無いし“のぞみ”だから

変更利かないもん。いつかまた会えたらね」

そう答えたけれど何よりも今はご主人さまと過ごしたこの身体をこのまま

持って帰りたかったのだ。触らせるわけにも受け入れるわけにも絶対いかない。

新大阪駅まで送って貰うことにした。

見送りはいいと言うのにホームまで行くと言って聞かないので 荷物持って

貰うだけでもラッキーかなと思って見送って貰うことにした。

駐車場に車を止め降りようとしたとき ふいに啓ちゃんが手を握ってきた。

「なぁにぃ(笑)どしたの?急に?」

「なんかさみしいな・・滅多に美恵ちゃんと会えないしな・・ちょっとだけ

抱きしめてもいいか?」

私は いろいろたくさん利用して悪い気もしてたし軽いキスや抱擁は

オフ会の恒例行事にもなっていた事もあって そのレベルならまぁいいかと思った。

「んじゃお別れに、軽くね」

そういって車のシートに座ったまま私達は抱き合った。

本当に友情ぽい抱擁のつもりだったけど 啓ちゃんはずっと我慢していた

のだろう、もう止まらない情熱って感じで抱きすくめて首筋に唇を押しつけてくる。

「ちょっと、ダメ」

身体を離そうと肩を両手で押し返すと半端に離れるもんだから 顔が真ん前に

来るそのまま力尽くで唇をふさがれてしまった。

条件反射的に舌を受け入れてしまった事がくやしくて仰け反って逃れると

啓ちゃんの舌は 私の喉から胸元へと降りていく、ご主人様の電話で

種火が付いていた身体の奥が独りでにまた火照り始める。

啓ちゃんの右手はいつの間にか私の膝を割り奥へと進もうとするが 

私も左手でそれを押さえて進ませない。

「啓ちゃん やめよう、やめようってば、ねぇダメ」

抵抗するほどにその気にさせるのだろうか、私の声なんか耳に入らない

みたいに必死になってる。どうにも抵抗できない力の差で身動き出来なくなった

時にM男の我が儘ぶりを感じて 私はすごく腹が立ってきた。

瞬間 身体の火照りは跡形もなく引いてしまい 脱力すると吐き捨てるように

言った。

「いい加減にしなさいよ。マジ怒るからね」

無抵抗の身体と冷たい言葉は かなり効果があった。

しばらくためらうように 未練なように抱きすくめていたが

「ごめん 甘えたかったんや 美恵ちゃんがサービスのSなんて言葉使し・・

滅多に会えへんから」

すまなそうな顔で身体を離した。サービスのSってどういう意味や、

私は完全に組み敷かれてて女王様でもなんでもなかったやんけ、

啓ちゃんがSのつもりになってたんなら なんかSってもんをえらい勘違いして

へんか?思わず関西弁で頭の中で愚痴ってから 私は車を降りた。

思えば人けの少ない駐車場だなぁ、

こいつは確信犯だなと思うとますます 気分が悪くなった。

結構遊んでる啓ちゃんだ この駐車場で何人ヤっちゃたんだろう。

私も半分同類項だと思うと 今なら思い切り残酷な女王様が出来る気がした。

駅で家族へのお土産を買い列車に乗り込むまで 啓ちゃんは未練たらしく

ベタベタと甘えてきた ちょっとでも隙見せると顔よせて抱きしめて来る。

力じゃどうやったってかなわない。

冗談じゃないよ〜。私らただの友達だろう〜、

辟易しながら列車に乗り込んで博多へ帰ってみると 列車降りて通じるように

なったPHSには啓ちゃんからの お詫びやら喜びやら また会いたいやらの

伝言が3件も入っていて、自宅のPCには また同じような内容のメールが

3件と観光案内中に撮って貰った画像が送られて来ていた。

私は ご主人様に頂いた首輪をはめてカチと鍵のかかる音に酔いしれてから 

そのメールを一つ一つ削除していった。



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