「伯爵夫人、腰を動かしてどうされました?」
チェーザレに指摘されて、カテリーナは驚いた。身体が男を受け入れる
準備を始めたのである。
「立ちくたびれたのです。」
ごまかしてはみたものの、身体は嘘をつけない。
「そのようには見えませんでしたが。」
チェーザレの若々しい男の臭いが、カテリーナまで伝わってくるように思われた。
心とは別に昂ぶって行く身体に促されて、チェーザレを改めてよく見てみると、
暖かく包み込むやさしさは微塵も感じられなかったが、その他の男の魅力は
すべて備わっているように思われた。
『この男を、わたしの身体は欲しがっているというのか。』
「では、どのように見えたのでしょうか。」
「私を、いや、男を、いや違う、オスを誘っているように見えました。」
「無礼者。言葉に気をつけなさい!」
「そんな大声を出さなくても聞こえます。」
「訂正しなさい!」
カテリーナは震えていた。怒りに、屈辱に・・・違う、淫らな身体が露呈する
恥ずかしさに震えていた。
「匂うのです。オスを誘うメスの匂いが。何なら証明してみましょうか。」
カテリーナの身体は、ますます熱くなっていった。こんな恥辱は始めてだった。
「そんなこと許しません。」
「許す許さないの権限はあなたには無い!」
この恥辱に身体が新たな反応し始めた。男に見下され、命令されている、
この今までにない感覚は、信じられないことだが、心地よかった。
言いきってしまうと御幣があるが、男の前にひれ伏すことによって、ほっとする
安らぎがあって、甘く切ない快感といってもよかったかもしれない。
恥ずかしいと思うことが身体と心をより熱くするという、戸惑いと驚き、そして、
迫りくる得体の知れない快感の予感に、カテリーナの論理的な思考は停止した。
ただ、チェーザレの威圧的な言葉に、逆らうから不安になるのである。
逆らわなければ、初めから自分が予期し期待していた方向へ、自然に
流されていくように思われた。
「その薄絹もとっていただこう。」
カテリーナの体は動かなかった。無意識の中、拒否する心と求める身体の
拮抗した状態だったのだろう。
今まで、深々と椅子に腰を下ろしていたチェーザレが、立ちあがると
自分の剣を手に、カテリーナに近づいた。ゆっくりと、抜き身の剣が、
カテリーナを包む薄絹の結び目を切りほどき、一糸まとわぬ姿にしてしまった。
カテリーナは大きく目を見開き、微動だにせず、直立したまま、チェーザレの
この行為を受け入れた。拒もうにも、叫ぼうにも、心の中に巣くう力強い
何者かが、押し留めてしまうのだった。
『逆らうな、小賢しいまねをしないで、素直になれ。』
「美しい。」
「恥ずかしい。このような思い、初めてです。死ぬほどつらい。」
「男を求める淫らな自分を認めてしまえば、それほどつらくはないことです。」
「淫らだなんて。」
だが、もはやカテリーナの頭の中に、フォルリ、イーモラは消えていた。
目の前の年下のはちきれそうな若い肉体と、自由のきかぬ、理解を超えた
自分があるだけだった。
「そこの濡れ具合を自分で調べていただきたい。」
チェーザレの剣の切っ先が、カテリーナの陰唇の中央に、触れそうで
触れない位置に静止した。この傷つけられそうな恐怖は、脅しだけだと
分かってはいても、絶えがたいものに思われた。
しかし、傷つくかもしれないという恐怖の中、痺れに似た快感を、陰唇の中央に
集まった意識が確認した。
カテリーナの手が、信じがたい事実を確かめるように、ゆっくりと股間に移動した。
「足をもう少し開かれたほうがいい。」
チェーザレは、椅子に戻り、抜き身の剣を杖代わりに身を乗り出して、
カテリーナの股間を凝視していた。この時、カテリーナの心境に
信じがたい変化が、起こった。
『かわいい。』
自分の性器を一心に覗きこむ男を、カテリーナの目は、かわいいと捉えたのである。
偉そうに命令してはいても、所詮は女を求める男。女のおまんこにおのれを
突き刺したいばかりに、あらゆる努力を惜しまぬ男。その一途な姿は、
かわいく、いとおしいものであった。
カテリーナの恥ずかしさの絶えがたい限界が、幾分遠のいた。
「見えない。」
チェーザレの要望に、カテリーナは取り付かれたように素直になった。
かわいい、いとおしい男を、喜ばせてあげよう、興奮させてあげよう、
慰めてあげよう、魅力あふれるこの身体で・・・。
カテリーナは、左右の中指を使って恥部を開き、さらに左右の人差し指を
使ってその奥の秘部を開いて見せた。無意識のうちに、軽く膝を折り
腰を突き出すような姿勢をして・・・。
押し倒し、興奮にはちきれんばかりの男根を突き入れてくるチェーザレの姿が、
カテリーナの脳裏に鮮やかに浮かび上がった。
が、チェーザレは椅子に腰を下ろしたまま。はっと我に返り、カテリーナは
直立の姿勢に戻った。なんという恥ずかしい姿をさらしていたことか。
「恥ずかしい。もういやです。」
思わず両手で股間を隠していた。恥ずかしい思いのほんの片隅で、
乙女のような初々しい姿態をする自分に、満足していた。そして、二十五歳の
若者を前にして、それよりも若返ってしまう自分をいとおしく感じていた。
「どうでしたか。」
糸を引きそうな粘液が、溢れ出そうとしていた。
「・・・。」
いつのまにかチェーザレは、カテリーナの手首を取り、粘液のまとわりついた
指を、カテリーナの鼻の下へと力ずくで突きつけた。
「これが、オスを誘う臭いです。」
「いや!」
カテリーナには、チェーザレに抵抗する意思は、もはや無かった。
二番目の夫ジャコモ・フェオも三番目の夫ジョヴァンニ・デ・メディチも、
カテリーナには年下の男であった。チェーザレは、カテリーナ好みの
年下の男。努力して留めることは出来ても、引き戻すことの出来ない若さ。
年下の男は、カテリーナにこの若さを与えてくれた。チェーザレの若さは、
カテリーナを十分に魅了し始めていた。そして、カテリーナは、チェーザレも
すっかり自分に魅了されていると思いこんでいた。
「伯爵夫人ともあろうお方が、娼婦のように男を誘っておられる。」
「そんなこと、仰らないで下さい。」
「勇猛果敢、恐れを知らぬ男の娘、男勝り、いろいろ言われたが、
素顔は、淫らな女だった。しかも、今は、子種を欲しがる発情したメスだ。」
「ああああ。そんなこと、ありません。」
公爵婦人であろうが、伯爵夫人であろうが、農夫や職人のおかみさんで
あろうが、このような場合、女であることに代わりはないのである。
いいかえれば、それが、女なのである。
そうは分かっていても、"伯爵夫人ともあろうお方が、"と言われてしまうと、
いかにも自分は淫らで、下品だと追い込まれてしまう。カテリーナも、
ややもするとチェーザレの手が、自分の身体を凌辱する妄想を、押さえ込めずに、
じれていた。そんなはしたない自分を、蔑みながらも、いとおしく励ましていた。
淫らで、下品な自分がかわいく思われた。恥ずかしいが、それでいい。
それが、無理のない、素直な、楽な、ありのままの自分だから。
「先刻より、あなたは、何をお望みですかと、わたしに聞いてきた。その言葉を、
そっくりお返ししたい。」
カテリーナの身体のほてりは、限界を超えていた。自然に冷めてゆくのを
待つなど、絶えられぬほどだった。三番目の夫を亡くしてから、まともな
閨事(ねやごと)を持っていなかったカテリーナにはことさらだった。
「男を欲しがって、下の口はよだれまで垂らしておいでだ。」
チェーザレの言葉によって、カテリーナ身体は、催眠術をかけられたように
素直に反応するようになっていた。淫らな言葉をかけられると、
その恥ずかしさに身体がますます熱くなり、その手で、その身体で、
この身体を快感の奈落へ突き落として欲しいと思ってしまう。
チェーザレが、欲しい。
「お望みでしたら、拒みません。捕虜として我慢します。」
カテリーナにとって、これが精一杯の強がりだった。カテリーナの妄想は、
もはや、チェーザレの男根に貫かれていた。
「いえいえ、とんでもない、我慢するなど、それには及びません。これ以上、
わたしは何も望みません。」
チェーザレは、垂涎の思いで自分を見ていたのではなかったのか。しかも、
これでは、まるでこちらから誘ったようではないか。
恥ずかしいと思えば思うほど、意識は、男を求めて動き出した女の性に
集中してしまう。自然に、ジョバンニ、ジャコモとの激しくも甘美な交わりを、
身体は思い出している。年下の男は、誘うがまま、求めるがまま、
カテリーナの思うがままのお相手であった。
しかし、チェーザレは、自分のわがままをすべて受け入れてくれ、
意のままに奉仕するうら若い男ではなかった。しかも、裸のカテリーナを
目の前にして、カテリーナをここまで追い詰めておいて、指一本触れようとも
しなかった。
カテリーナはゆっくりとチェーザレに歩み寄ろうとした。豊満な女体を
間近にすれば、チェーザレのほうから求めてくるだろうと思えたからであった。
「伯爵夫人、あなたが何をお望みか、仰らずに、色仕掛けで迫ろうとは、
余程、男が好きとみえますな。」
カテリーナは立ち止まった。男を受け入れる女の身体の準備は、
とうに、出来ていた。この屈辱を受け入れる覚悟も出来ていた。なのに、
それ以上、女の身体を焦らし、女心を辱めるというのか。一方的に
見つめられる恥ずかしさだけで、女の花芯は溶けているのだから、
もう、最後の仕上げが、欲しかった。
「抱いてください。」
カテリーナは、顔から火が出るほどの恥ずかしさで、小さく囁いた。
「え?」
チェーザレは、冷静に事の成り行きを計算していたが、カテリーナは、
燃え上がった身体に手を焼くばかりだった。欲情した身体と心を、
慰めて欲しかった。
「抱いてください!」
カテリーナは叫んでいた。心を締め付けるような恥ずかしさが、甘美な痺れを
股間に呼び起こし、更なる熱を帯びた。もう、引き返せない。
「よろしい、お望みとあらば。」
チェーザレは手早く着ているものを脱ぎ捨てた。よく鍛えられた立派な体だった。
カテリーナは、惚れ惚れとチェーザレの裸体に見入った。が、カテリーナの目は、
一点にくぎ付けとなった。チェーザレの男根が、なんと萎えたままだったのである。
地獄に突き落とされたような衝撃が、カテリーナの全身を駆けあがった。
『わたしの身体はこんなに淫らに燃え上がっているというのに、この男は
わたしのすべてを見ながら欲しいとも思わなかったのか?!
こんな屈辱は始めてだ。男の想いを遂げたいという下心丸見えの眼差しで、
私に近づいてきたいままでの男たちは何だったのか。この身体は、おまえを
魅了するに値しないというのか?!
いや、違う。絶対に違う。この男はわたしの魅力をまだ知らないだけなのだ。』
「その前に、あなたのご忠告を聞き入れずに、性急に大砲を撃ちつづけた
ものだから、ちぎれていないか調べてもらいたい。」
チェーザレのいう、あなたのご忠告とは、カテリーナの篭城する
ラバルディーノ城砦から包囲軍へ打ち込まれた大砲の玉に書かれてあった、
次の文句を言っているのだった。
『大砲はゆっくりお撃ちなさい。そうしないとあなた方の金玉がちぎれてしまいますよ。』
見方軍の緊張を和らげ、敵軍の度肝を抜こうというカテリーナの発案だったが、
こんなところでその文句が使われようとは、カテリーナにとって苦笑いものだった。
「お望みとあらば。」
カテリーナにとって、このチェーザレを真似た言葉がチェーザレに
切り返すことの出来た最後の皮肉かもしれなかった。再び椅子に
深々と腰を下ろしたチェーザレの股間に、相対するようにひざまずいた。
「だいじょうぶでございます。ご立派であられます。」
両手でささげ持つようにチェーザレの金玉を持ち、男根を避けるように、
カテリーナはチェーザレの金玉にくちづけた。身分、誇りといった社会的な柵は、
カテリーナの頭から消え始め、性欲に忠誠を誓った奴隷が姿を現した。
カテリーナの頭に、先ほどの意識がよみがえった。
『この男は、わたしの魅力をまだ知らないだけなのだ。』
カテリーナは、チェーザレの萎えた男根を、ゆっくりと口に含んだ。始めての
経験ではなかった。戯れにしたことはあった。だが、あくまでも、ほんの遊び心で
したことだった。今は違う。淫らな姿をさらけ出してしまったこの屈辱の、
せめてもの復讐。自分と同じように、淫靡な性を、無心にむさぼり食らう
性奴に落ちてもらうこと。カテリーナの魅力で、チェーザレを淫らな性の
虜にしてしまうこと。
「さすがだ、娼婦でも十分やっていけます。」
ここにきてまでチェーザレは、自尊心を踏みにじり、自我を捨てるよう
促している。カテリーナは、耐えがたい恥ずかしさのあまり客観的に
自分を見つめるという意識の働きを捨て去ってしまった。自我を見失い、
客観的になるゆとりを失うと、恥ずかしいという感情は、単に、性的興奮を
喚起する刺激に成り下がるようだった。より淫らな深みに落ちていく身体は、
そして、より動物的により家畜的に退化してゆく身体は、心をもそのまま
引きずり込んでゆく。
カテリーナの意識は、口の中に集中していた。もちろん、意識とは別の次元で、
身体は潤い、疼き、痺れ、収縮と弛緩を繰り返していた。
「いい眺めだ。波打つように動く背中が、美しい。」
チェーザレの男根は、大きくはなったが、はちきれるほどとは言いがたい
状態から進展していない。
チェーザレを、生意気で冷酷な男から、単なる淫らな性獣になるよう
落とし入れ、淫靡な世界に引きずり込む為に、カテリーナは、先鞭をつけ
自ら落ちていった。カテリーナの奉仕は、なにかに取り付かれたように
激しさを増した。口の端からたれる涎をぬぐおうともせず、うめき声も
時に荒々しく、快感に身悶える自分の世界に入りかけた。その時、無意識に
右手が、自分のクリトリスを愛撫し始めた。カテリーナにとって、何の計算もない
自然な動きだった。感じたい。昇りつめたい。待てない。我慢できない。
ひとまず、この疼きを発散させて鎮めたい。
「うぐ、ううう。」
『これで勝ったも同然。』
男根を咥えたまま、自らを慰め、昇りつめようとしているカテリーナに
気づいたチェーザレは、プリマドンナの身体を落としたという満足に、
今まさに興奮した。これこそ、チェーザレの望みだったのだ。
美しいだけではない、小さいながらも一国の領主として君臨する力量を持ち、
若い男を手玉に取るイタリア随一の女、プリマドンナを、犯し、その風評に
拠る高い鼻をへし折ってやることが、イタリア男の当世の夢だった。しかし、
チェーザレは、さらにその先をいったのであった。勝者が敗者を屈服させる
のではなく、イタリアのプリマドンナが、強要されることなく、自ずから性欲の
僕となって、自分の目の前で落ちて行くことを待っていたのだった。
口の中の男根が限界にまで張り詰めたのを知るや、カテリーナは、
立ちあがると、チェーザレに背を向け、床に手がつかんばかりに腰を折った。
カテリーナの性器が、チェーザレの鼻の先に開いた。
「もう焦らさないで、入れて。お願いです。」
カテリーナの声は震え、言葉というより喘ぎ声だった。混乱する
思考の中でさえ、チェーザレを道連れにすることなく、自分一人で
終わることだけは出来なかった。
「入れる?」
「はい。」
「何を?」
「うう、うううう。」
「何を!」
「公爵さまの。」
「何だ!」
「おちんぽ。」
「それをどうしろというのだ。」
カテリーナにとって、これほどの痴態はない。性器から排泄器官まで
曝け出し、これからされる行為を口に出して説明しろというのだ。
「・・・」
カテリーナは、あまりの恥ずかしさに身悶えるだけだった。
「痛い!」
チェーザレの平手打ちが、カテリーナの剥き出しの臀部を襲った。
「分かりました。痛い。分かりましたから、痛い、許してください。」
しばらく続くチェーザレの平手打ちに、カテリーナはじっと耐えた。
「公爵さまのちんぽを、わたしのおまんこに入れてください。」
「お望みとあらば。」
チェーザレの冷酷な意思が、ようやくプリマドンナの熱い身体を貫いた。
「あ、あ、いい、うううう。」
後ろから激しく突き上げるチェーザレと、快感に腰が砕けそうな
カテリーナは、繋がったまま、近くのテーブルによろけるようにして
突っ伏した。チェーザレは、カテリーナの右足を抱えあげてテーブルの上に
載せ、おのれの男根を更に深くカテリーナの肉欲に沈めた。
朦朧とし始めたカテリーナの身体に小さな波がいくつか打ち寄せ、
予感どおりの大きな波に飲み込まれようとする、その、遠のいていく
意識のかなたで、奥深く射精された感覚と
『うっ』
というチェーザレの声をなんとか理解することが出来た。カテリーナは、
のぼりつめ、ゆっくりと落ちてゆく快感の中で、つぶやいた、
『勝った。』
fine
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この物語は、塩野七生作「ルネサンスの女たち」「チェーザレ・ボルジア
あるいは優雅なる冷酷」「わが友マキャヴェッリ」を参考に創作したものです。
この三作の中に描かれたチェーザレ・ボルジアとカテリーナ・スフォルッツアを
抽出し、史実に残されていない、塩野七生の描いていない二人だけとなった
時間の中に、再構築してみました。
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