ソープ嬢の面接を受けました


吉野 有子(21)






あの、求人広告を見て電話したんですけどそちらで働きたいと思って……」

 私は緊張して声がこわばっていました。

「それでは一度面接に来てくれますか? 履歴書と身分証明できるものを持って来て下さい。

いつがいいですか?」

「じゃあ、明日のお昼2時頃」

 電話を切った後も心臓の音がドキドキ大きく聞こえていました。

 私はすでにお父さんの手のうちから離れて、欲望を丸出しにして突っ走ろうとしていたのです。

もっともっと男のおもちゃになって気持ちも体もズタズタになったら、お父さんは私のことを

今までよりも愛してくれるだろうと思っていたのです。

 次の日、私は履歴書と身分証明になるパスポートを持って歌舞伎町のソープ『B』へ出かけました。

どうして吉原にしなかったかというと、私の住んでいる高円寺からは少し遠かったし、ソープランドが

百軒以上も並ぶ昔ながらの町は私のような新人を受け入れてくれないだろうと思ったからです。

 その店の前に着くとさすがに足がすくんでしまいました。玄関口で客の呼び込みをしているボーイが

うちの店の女じゃないな、と私の顔をちらっと見ました。

「あの私、面接を受けに来たんですけど」

 と言うと店の中に案内してくれ、フロントに座っている店長のところまで連れて行かれました。

「昨日電話した者ですが、あの……」

「ああ覚えてるよ。ちょっとあっちの部屋で待っててくれるかな」

 と言って、店長は愛想笑いをしました。通された部屋は薄暗く、初めて目にするものばかりでした。

エアマット、スケベ椅子、固くてちゃちな造りのベッド、折りたたんで積み上げたたくさんのバスタオル、

どこのソープにもあるけど使った試しがないスチームサウナ……

 やけに礼儀正しいボーイが持ってきてくれたコーヒーを飲みながら、待っている間私は部屋じゅうを

見廻し落ち着かない気持ちを静めていました。

 10分、20分、時計の針が気になります。女の人の明るい笑い声が聞こえて来ました。

私は意外に思いました。こういうところで働いている女の人はヒモがいたり借金があったり、暗い過去を

ひきずっている、という偏見を持っていたのです。実際に私が友達になった彼女たちは、努めて明るく

振舞いながらも多少卑屈なところがありました。

 もしかして私は、ただお金のために働く彼女たちと比べて幾分か甘えがあったのかもしれません。

ソープで男のおもちゃになってもお父さんは可愛がってくれるだろう、そして私が性病にかかっても

看病してくれるだろうと思っていたからです。

 30分程して小柄でちょっと気どった感じの店長が入ってきました。

「ごめんね、待たせて。さっそくだけど履歴書持ってきた?」

 と事務的な口調で言うと、タバコに火をつけて私の顔や体つきを見つめました。

「はい、これです」

「キミって大学生なんだ、珍しいなあ。ラクして金稼げると思ってるのかもしれないけどでもこの仕事は厳しいんだぞ」

「分かっています、頑張りますから」

 そう言うと、それ以上は詮索してきませんでした。

「今日これから時間あいてるんだったら講習しよう。ちょうど今日は専務が来てるし、彼だったら教えるのがうまいし」

 『講習』って何だろう? 分からないまま私は素直にうなずきました。

 やがて大阪弁なまりの専務がやって来て別の部屋に連れて行かれました。

「こういう仕事は初めてなのか?」

「そうです、全く経験ありません」

「それじゃあ最初から全部教えてやるから体で覚えるんだぞ」

 私は裸にさせられました。専務も裸に成りました。

 ボーイが客を部屋に案内してきたら、三つ指をついて『いらっしゃいませ』と言う事、

客の服を丁寧に脱がせてやる事、湯ぶねにお湯を入れている間も手を休めず即尺の奉仕をする事、

それから風呂場のスケベ椅子に座らせる。

 ソープ嬢の仕事って想像してた以上に体を使うんだなあ、と思いました。不特定多数の男の奴隷になって

彼らの性欲を満たしてあげるのです。一日に5人も6人もの精液を私のアソコで受けとめるのです。

確かに体は疲れるけれど、とても充実して私には天職のように感じられました。

 マット洗い、潜望鏡、椅子洗い、ひと通り教えてもらってもすぐにはうまくいきそうにありません。
  
「最初は無理でも客をとって次第に覚えていくよ」

「ええ、そうだと思います」

 お風呂場でのプレイが終わって、雑談しながらジュースを飲んで一休み。それからベッドテクニックの教授です。

 ベッドに寝かされ、専務が一方的におっぱいやクリトリスをさわったり舐めたりしてきたから、私は開放的になって

あえぎ、されるがままでした。他の部屋に私の声がもれるのが心配で専務は私の口をふさぎました。

奉仕することを忘れて、専務のモノを受け入れて腰を動かしていました。

 その時専務は、客が喜ぶ体かどうか私の感度を調べていたのでしょう。

 約4時間の講習でした。

「明日はもう一度おさらいしてから、働いてもらうから」

「はい、よろしくお願いします」

 と言って店を出たのが夕方7時でした。

「今、面接が終わったの」

「どうだったかい」

「……うん、明日も行くつもり。今、靖国通りから電話してるの」

「これから迎えに行ってやるよ、しばらく待ってろ」

 人通りのはげしい歌舞伎町、明日から私はこの街で働く女になる。ソープ嬢になっても今までと同じように

愛してくれるかしら? そんな事を考えながらお父さんの車を待っていました。

 緊張から解き放たれて見上げると、すっかり日が暮れて派手なネオンサインがまぶしく光っていました。





 私は20歳まで何も知らないで大人になったのだと思います。 

 今日、6月10日。21歳の誕生日を迎えました。父や母、二つ年下の妹、住み込みの家政婦さんが

お祝いしてくれました。私はとっておきのおしゃれなドレスをめかしこんで、明日の友達とのパーティの事を

考えていました。「桃子、お誕生日おめでとう。これはパパとママからのプレゼントよ。ほら、開けてみてごらん」

「ありがとう、ママ」

 私が嬉しそうな顔をすると父も母も満足そうでした。小さな箱の中にパールのピアスが入っていました。

大学に入った春、友達に誘われて耳にピアスの穴を開けていたのを知られていて、私は自分だけの秘密だと

思っていたのに……。だから私は少し恥ずかしかったです。

 ママの作ったケーキを食べてシャンパンやワインを飲んでみんな上機嫌でした。普段あまり顔を合わせない

家族ほどこういった内輪のパーティをやりたがるのでしょう。私の家族は月に一回は必ずといっていいほど、

誰かしらを招いたりしてパーティをしていました。 

何不自由なく育てられ、小さい頃から手のかからない子だと言われ、今まで20年間生きてきました。

エスカレータ式で小学校から大学まで受験も知らないで鳥籠の中で暮らしてきたのかもしれません。

 家出しました。21の夏でした。

 今、25の冬。

 4年間親に会っていません。もうすぐ5度目のお正月、一人きりの年越しです。