螺 旋 階 段 ・ 5




クリップの痛みは永続的な苦痛ではなかった。
痛い。。だけどそれがなんだというのだろう?
縛られて何ができるというのだろう?
惨めな敗北感と虚脱感。。
わたしが望んだその結果がこれである。
どう足掻いてももがいても、どうにもならない。
足立のすきにするがいい。。開き直った諦めであった。
そう思うとなんだか、心が少し軽くなったように感じた。

 痛みはじわじわと熱い痺れになり乳房がむず痒くもどかしい。
冷たいクリップは乳首の一部。。乳房はあたしではない別の生き物になったかに感じる。
「はうぅ。。」
ため息をついて、乳房を見ると鈍い銀色に輝く目玉クリップ。
観察者の鋭い視線の足立が、口の端を微かに上げている。
視線をそらすことさえできない。
蛇ににらまれた蛙。。身じろぎもできずに、冷ややかなクリップがもう一方の乳首をはさむのを感じた。
少しづつ強く噛むクリップの痛みを受け入れていた。
別の生き物のようにある胸であっても、受け入れるという言葉は当てはまるのならば。。当然のように受け入れたと言うべきであった。

 転がるわたしの顔を覗き込む足立、怯える様子を楽しんでいるようである。
「クリップを鞭で叩き落とすと、楽しいんだよ。」
乳首をくわえ込んだクリップを弄び、苦痛にゆがむ顔を覗き込まれる。
視線にさらされている恥ずかしさに顔を背けていた。

「なるほど・・何をやられてもいいということだね。」
乳首のクリップを引っ張りねじり、痛み鈍感になった乳首に新たな痛みをもたらした。
苦痛にゆがむ顔が楽しいと言ってはばからない足立。
苦痛を与える足立を楽しませる気にならず、わたしは平気なていを装っていた。
けれど足立の観察者の眼に、心のうちをも見透かされている気もしていた。

 足立は自信に溢れている。
確信に満ちているように見える。
ふいに引き剥がされたクリップの激痛に、抑えていた声が叫びになった。
「痛い!!・・いや・・。」
「そりゃ痛いだろうね。」
もう一方のクリップを引き剥がす苦痛にも声をあげてしまった。
「痛がるのが面白い、私は楽しいよ。」
足立がクリップに飽きたであろうと思うとほっとした。
だけどロープが解かれていく間、新たな行為がまた始まるのだろうかと怯えてもいた。

 「そこに横になりなさい。」
促されるままわたしはベットに仰向けになる。
両手首を頭の上方でひとつに縛り固定された。
さっきまでのロープの拘束に比べたら、それは軽い固定だと思えた。

 足立はよく見えるよう目の前でバラ鞭が振り下ろすしぐさしている。
バラ鞭は足立の手作りだと聞いていた。
ラバーのリボンがいく筋も束ねられており、その数の分だけ痛みも大きくなるのではないだろうか?
実際に眼にすると怯んでしまう形状であった。
「これがバラ鞭、どんな味がするだろうね。」
ひらひらとラバーのリボンが顔をくすぐった。
皮の匂いを間近で嗅ぐのは初めてだが、好きな匂いじゃないと思っていた。
「どんな音かするか、聞いてみたいだろう。」
ベットの枠にバラ鞭が無造作に振り下ろされた。
ばしぃ!
鞭の音に体は反射的逃れようとひねり強ばっていく。
初めて聞いた鞭の音は、聞くだけで怖くなる代物であった。
「ほう・・背中に鞭がほしいのか。」
ばしぃ!
背後で聞こえた鞭音にびくんっと跳ね上がる。
打たれたのはベット枠であろう。。あまりにも痛そうな鞭音にわたしは怯えきっていた。

 びしぃ!「はう・・。」
鞭の音に体を硬直させる。
背中に振り下ろされた鞭は、恐怖であった。
それは肉体の苦痛とは違うもの、音の恐怖・足立への恐怖であった。
ばしい!
ばし!
何度も振り下ろされる鞭と音。

 そのバラ鞭は、音から想像するほどの苦痛は無かった。
音に慣れてしまえば、何ほどのことであろう。
硬直させていた体から力が抜けていった。

 ジーンとした痛みと、暖かさが広がっていく。
身構えていたときとは違う感覚。。背中やお尻だけでなく体中にそれを感じたい。
バラ鞭の甘美な痛みを全身で感じたい。
もっと。。わたしは無防備になっていった。

 足立は鞭を振り下ろすだけでなく、ラバーのリボンですすっとなぞる。
いくつものラバーのリボンが、ゆっくりとした動きで肌をやんわり這いまわる。
乳首をやわやわと撫でるラバーのリボンがもどかしく呻く。
ばしぃ!
胸を鞭打たれる。
やわやわと撫でさすられるよりも、少し痛いくらいの刺激がほしいことがある。
転がされ揉みあげられる快感を存分に味わったあと、物足りなく思うときがある。
恥ずかしくて言えないけれど、乳首をつねられたい、つめを立て乳房を鷲攫みにされたいと。。
振り下ろされる鞭に認めたくなくとも感じていた。
ラバーの刺激にうっとりとしていく。
振り下ろされる鞭の音に恐怖なんて微塵もなくなっていた。
鞭を求めて体をくねらし、鞭の動きにあわせて喘ぎ声を上げていた。

 灰皿におきっぱなしのタバコから煙があがっていた。
煙が眼にしみて痛い。
ロープを束ねながら足立が言った。
「今日のところは軽くSMを体験できたかな?」
気恥ずかしさにわたしは俯いたままに頷いた。
「SMなんてこんな感じだよ。」
全てを片付け終え煙を吐き出す足立の声に、なんら感情を読み取ることはできなかった。

 足立は胸をいたぶるのが好きだと言う。
鞭を振るのもバラ鞭よりも、胸に赤い痕が残るような鞭が好きだと言った。
乗馬鞭はバラ鞭とは違う楽しみ方があると。。いじめることが楽しみだとも言う。
いつか待ち針で乳房を針山にするのが楽しみだなんて。。さらりと言い放った。
足立の言葉を聞きながら、ラブホテルの窓はどこでも閉まっているんだなと。。ぼんやりと眺めていた。






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