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      19、淫女のオナニー

 それは不思議な緊縛のポーズだった。

 足首が、首の後ろにまわっている。その太股を抱えるように、両手が

背中でしっかりと括られていた。ギリギリと肉に食い込むという締め方では

ないが、時間が経つにつれて全身の筋肉が圧しつぶされるように感じる。

 先刻から、香代はこの不自然な姿勢でベッドに横転していた。

 脚がつけ根から折れ曲がっているので、尻から陰毛にかけての

深い割れ目がむき出しになって正面を向いている。肉唇の奥から滲み出した

ヌメリが、べったりと凹みの周辺を汚していた。伸夫が手加減もなく

男根を挿入した痕跡である。

「少し休んでからやろう。簡単にイッてしまうのは惜しいから…」

 香代の身体から離れたのが、5分ほど前であった。

 二つ折りになって、真ん中に盛り上がった陰丘に突っ込まれたとき、

予想した痛みはほとんどなかった。女として、香代の性器はもう十分に

その機能を果たすことができる。だがそれは快感というにはほど遠い

奉仕の領域であった。

 もともと、処女時代からオナニーでイクことは知っていたが、香代はまだ

男に抱かれてイッた経験を持っていないのである。

 責められた後に味わう不思議な快感も、いつも相手が離れたあと、

クリトリスが勝手に痙攣を始めるのだった。

 その時も、香代は全身に麻酔をかけられたような奇妙な陶酔に陥っていた。

 緊縛感よりも、人形でなければできないような姿態で犯されている惨めさが

香代の神経を酔わせるのである。

 呼吸もままならない息苦しさの中で、香代はうとうとと眠りかけていた。

最初に処女を蹂躙した男にあらためて犯されたことが、かえって香代を

安心させたのかも知れない。

 そのとき、けたたましく電話のベルが鳴った。ギョッとして目を開けると、

冷蔵庫からジュースを出して飲んでいた伸夫が当惑したように

受話器を見つめていた。

「まずいな、監督からじゃないの?」

 誰なのか、見当もつかない。

 たしかに伸夫が言ったとうり、もし神谷が電話をかけてきたのだとすれば、

この部屋に二人が一緒にいることはあまりバツの良いものではなかった。

 先方から切ってくれることを願ってベルが鳴り終るのを待ったが、

20回鳴っても一向に止まる気配がなかった。

「ちぇっ」

 仕方なく、伸夫が怖々といった感じで受話器をあげた。しばらく、

黙って耳に当てている。

「あ、もしもし…」

 伸夫の顔に、ふと怪訝な表情が浮かんだ。

「そうですけど、おたく、どちらさん…?」

 あとは「はぁ」とか「へぇ?」といった言葉の受け答えである。

「ちょっと待ってください。いることはいるんですがね…」

 チラッと香代を見て、伸夫が電話ごと受話器をベッドの横に運びながら言った。

「出てみる? 彼氏だってよ」

 彼氏…!?

 身動きできない状態で、香代は呆然となった。香代が心に思っている男が

あるらしいことは、ビデオの撮影現場にいた伸夫も知っている。

その彼氏…、つまり竜太が電話をかけてきたというのか…?

 受話器を耳に押しつけられて、はぁッと息を吐いたときであった。いきなり

向こうから声がとびこんできた。

「モシモシ、おいっ、てめえ香代か…っ」

 折れ曲がった身体が、そのまま凍りついたようになった。

「モシモシ、返事をしろっ」

「ハ、ハイ」

「香代か、香代だな…?」

「竜ちゃん…?」

「当たり前だっ」

 凍りついた身体が、今度はカァッと熱くなった。

「てめえ、何やってるんだ。そこにいる男は誰だっ」

「ワ、ワ、ワタシ…」

「男とヤッてんのか、ビデオみたいに…!」

 ウゥゥ…ッ、

 香代は、絞るような声をあげた。

 それは当然、竜太の耳にも達した筈であった。夢中で起き上がろうと

したのだったが、天井を向いた内股の筋肉がヒクヒクと痙攣するばかりである。

「竜ちゃん来てッ、お願い…ッ」

 何を考える余裕もなく、香代はただ必死に口走った。

「ワッ私を、犯ってェ…ッ」

「落ち着け、もう来ているよ」

 受話器を押しつけたまま、伸夫が少し沈んだ声で言った。

「いま、目黒の監督のところにいるんだってさ」

「えぇぇッ?」

 あれからどんないきさつがあったのか、ビデオを送ったのは

綾子であろう。竜太があのマンションを訪ねて来たのは偶然でも何でもなかった。

「すいません。ちょっと監督に代わってもらえませんか?」

 伸夫が受話器を離して自分の耳に当てた。

「どうも、勝手なことしちゃって…、えっ、はい、はいそうです…」

 あとは、香代には理解できない会話の断片である。

「すぐ、こっちに来るってよ」

 先方が電話を切ったらしく、伸夫が受話器を置きながら言った。

 もっともっと、竜太の声を聞きたかったのに、すぐ来ると言われたことは

救いでもあり恐怖でもあった。

「縄を…、解いて、ください」

 香代は、呻くように言った。

「私、仕度しなければ…」

「参ったな。監督がすぐ行くからそのままにしておけってさ」

 顔を横に向けて、伸夫はポリポリと頭を掻いた。

「こんな縛り方しちゃって、キツイけどもうちょっと辛抱してよ」

「………」

 恨めしい、というより、香代は呆然自失していた。

 縛られた形そのものが異常なのだが、切り裂いたような陰裂が

尻の穴まで露出して、犯されたあと自然に洩れた淫汁が、ヨーグルトを

塗りつけたように付着している。

 太腿から下と、背中にまわした両腕が先刻から感覚を失っていた。

その上、伸夫はまだ射精さえしていないのである。

「伸夫さん…」

 ともすれば喘ぎそうになる声を抑えて、香代は首だけ横に向けた。

「早くヤッてください。みんなが来ないうちに…」

「えっ?」

「さっき、途中でやめたんでしょ。お願い満足して…」

「ああ、俺だったら良いですよ」

 伸夫は、ちょっとテレ臭そうな笑いを浮かべた。

「こんなこと馴れてるから、それにイッちゃうと興奮が醒めちゃうんで…」

 香代にとって、その言葉は小さな驚きであった。精液を排泄したい本能で

女を犯すのかと思っていたのだったが、快感を抑制してでも性欲を

維持しようとする男もいるのだ。

「本当に、いいんですか」

「ああ、その代わり、香代ちゃんのオナニー見せてくんない?」

 伸夫が二の腕に絡んだロープを解きながら言った。

「これじゃあの人たちがここに着くまで保たないから、オナニーでもやっていよう」

 そのほうが、よほど羞ずかしい。

 自由になった腕がまだ痺れているのを伸夫が手を添えて陰丘の上に

置いた。こうなっては、やらないわけにはいかなかった。

「ほら、濡れてるだろ?」

「えッ、えぇ…」

 指を入れてみると、開き放しになっているワレメの奥にベットリと

淫汁が溜っていた。

 あれ以来、香代は重度のオナニー常習者になっていたが、他人の視線を

浴びて実演して見せるのはこれが初めてである。

 だが羞ずかしさが、これまでにない刺激になった。伸夫が射精しないで

淫欲を維持していると言ったことが、理性に戻る道を封鎖していた。

あまりにも卑猥なポーズで性器を晒していると、いつの間にか羞恥心が

麻痺してしまうのである。

「イク…!」

 5分もしないうちに、香代は最初の叫び声をあげた。それから連続的に

5・6回、規則正しい間隔で快感の波がきた。

 伸夫が、どんよりと情欲に充血した視線でそれを見つめている。

 快感の波がおさまると、伸夫が濡れタオルで溢れ出たヌメリを拭いた。

するとまた新しい淫靡な衝動がクリトリスのまわりに集まってくる。

 打ち寄せる波の間隔が次第に短くなった。

「いく、いッくぅ…ッ」

 海老のように緊縛された肉体がブルブルと痙攣したとき、

ピンポーン…、意外に大きな音で入口のチャイムが鳴った。



    20、野獣の結合


「ウェェェ…ッ」

 イキかけた指が止まらない。香代は眼を宙に泳がせて激しく首を振った。

 マンションのワンルームである。伸夫がすぐに立って、扉の覗きレンズで

外部の人物を確認した。

「早かったろう、車を飛ばしてきたんだ」

 入ってきたのは監督の神谷吾郎、レズマゾの女房綾子、どこから

ついてきたのか女王様役のマユミ…。

 だが香代には、その誰もが目に入らなかった。イキ切ってしまったのか、

ガックリと全身の力が抜けて、意識が朦朧状態になっている。

「ひでぇ縛り方だな」

 ベッドの香代を一目見て神谷が眉をひそめた。

「これじゃお前、拷問だぜ」

「腕だけはほどいたんですけど、このまま待ってろと言われたもんで…」

 伸夫が弁解するように言った。

「解きましょうか?」

 綾子が駆け寄って、首のところまで曲がった足のロープを外そうとすると、

待て…、と神谷がそれを止めた。

「仕様がねぇ、もうちょっとそのままにしておけ」

 それからゆっくりと新しい客の方に振り返って言った。

「見てごらん、子供の頃にくらべたらすっかり女になってるでしょう?」

 竜太が無言でベッドに近づく。いきなり腕を伸ばして、香代の髪の毛を掴んだ。

「おい、香代…!」

 ウッスラと目を開けて、香代は男の顔を見上げた。

「竜ちゃん…」

 激しい思慕の感情が、反対に何の感動もない低い声になった。

「ごめんネ。私、こんなになっちゃった」

「バカ野郎…!」

 2・3度頭を揺すって、竜太は髪の毛を放した。

「てめえ、俺にヤラせるっていう約束じゃなかったのか」

「本当に、覚えていてくれたの?」

「忘れるわけねえだろ。何だこのざまは、おまんこ台無しになりやがって…」

「ご、ごめんなさい」

 目尻からスルスルと涙が落ちた。

「わ、私、変態だから、竜ちゃんのオモチャにしてもらいたくて…」

「ケッ、俺は変態の女なんか嫌いだ」

「うそ…!」

 突然、香代の瞳の中に稲妻のような光が走った。

「私、わかっていたもん。竜ちゃん変態だったわ」

 香代が発した初めての確信である。緊縛の苦痛が限界に達していて、

その直後、香代はスゥッと意識が遠くなった。

「おい、縄を解いてやれ」

 神谷が女たちを振り返って言った。 綾子とマユミが駆け寄って、荷造り同様に

絡み合ったロープを解いた。

 ようやく身体が伸びると、香代は虚ろな眼で竜太を探した。

「竜ちゃん、私をヤッて…。どんなことしても良いのよ」

「スッごーい!」

 マユミが感きわまったように言った。

「ねぇみんなでお祭りやらない? 竜ちゃんの歓迎パーティ」

 お祭りというのは一種の乱交パーティ、彼らの隠語である。

「まだ無理だわよ、香代ちゃん限界よ」

 綾子は反対したが、若い伸夫はまだ射精していないだけに元気だった。

「良いすね。俺、あんたを縛ってあげる」

「いやッ、こんな酷い目にあわされたら身体がもたないわよゥ」

「まぁ、待て…」

 先刻から黙っていた神谷が、如何にも年長者らしい分別を見せて言った。

「香代が惚れているんだ、二人にしてやろうじゃねえか」

「ふぅん、それでも良いけど…」

 マユミは、ちょっと羨ましそうな顔をしたが、すぐに気を取り直して

頭を切り替えたようだ。

「それじゃ、お祭りは目黒でやろう。ターゲットは綾子だよ」

「えぇッ、そんな…」

「良いじゃねえか、お前も久し振りで香代の気持ちを味わってみろ」

 自分の女房に向かって、神谷がけしかけるように言った。

「伸夫は若いけど縛りは大したもんだ。感心したぜ」

「いや、それ程でもないすけど…」

 若いADが恐縮して頭を掻いた。それからチラリと香代を見て

ちょっと複雑な表情を浮かべた。

「香代ちゃん凄いですよ。オナニーでもイキっぱなしでしたからね」

「お前のやらせ過ぎだよ!」

 神谷が、叱りつけるように言った。

 連中の話は早い。

 一同がぞろぞろと出て行ってしまうと、あとに竜太と香代だけが残った。

「ビデオ、見たぜ」

 竜太がポツンと言った。

「あんなもの撮りやがって、どういうつもりだったんだ」

「わかんない…」

 腰の関節がバカになって、立ち上がることができない。ベッドに仰向けに

なったまま、香代はつぶやくように言った。

「だって、竜ちゃんにみんな知っていて欲しかったから…」

「てめえ、俺がどれくらい嫉妬したかわかってんのか?」

「だったら、嬉しい…」

「この野郎!」

 竜太が、もう一度髪の毛を掴んだ。

「起きろ、てめえ…」

 ベッドから引きずるように降ろすと、よろめいて腰が崩れそうになった

ところに猛烈な平手打ちが左の頬に飛んだ。

「ヒイッ」

 身体が斜めになって、香代は部屋の隅までふっとんで行った。

ゴツンと壁に肩をぶつけて、そのまま尻餅をついたかたちでその場に蹲った。

「おまんこの毛まで剃りやがって…」

 下腹部を踏みつけられ、香代は必死で足にしがみつこうとした。

「許してッ、話を聞いて…」

 竜太が真剣に嫉妬してくれたことが香代の支えだった。

「ワッ私、竜ちゃんに上げるものがあるッ」

「なんだと…?」

「ビデオ見たでしょうッ。私まだバージンが残っているのよ」

「嘘をつけっ。何がバージンだ」

 竜太は吐き捨てるように言った。

「汚ったねえ。てめえ、もう俺の女なんかじゃねえな」

 口で説明することは出来なかった。一匹の犬になって、香代は部屋の隅で

尻を高く上げた。

「こ、ここを破って、私を犯してェ…ッ」

 気を呑まれたように、竜太はしばらく黙っていた。

 目の前に、栗色の小さな蕾のように、もうひとつの穴がギュッと収縮していた。

確かにあのビデオにはアナルを犯す場面はどこにも写っていなかったのである。

「ケツの穴か…?」

 竜太は、珍しいものを見たような言い方をした。

「ケ、ケツの…、あな…」

「てめえ、誰にも犯らせてなかったのかよ」

「はは、はい…」

「そうか、それじゃ遊んでやろうか」

「ほんと? ヤッてくれる?」

 香代は凄惨な微笑を浮かべた。

 それは、発情した野獣の結合に似た性欲であった。

竜太が本当に変態であったのかどうかわからないが、少なくとも香代に

とっては長い間の妄想の実現である。

 部屋の真ん中に引き戻され、男根の先端が栗色の蕾に触れたとき、

香代は背筋をつらぬく歓喜の衝動に震えた。

 固くて丸い肉の塊りが、メリメリと音を立てて内臓の奥深く侵入する。

脚のつけ根を引き裂かれるような痛みが、凄まじい媚薬の効用のように思えた。

激痛に耐えて、香代は力を絞って括約筋を締めた。

 あれほどイキきってしまった筈のクリトリスが勃起して、ドッドッと

脈を打っている。

「竜ちゃんッ」

 香代は、せっぱ詰まった声を上げた。

「い、いくわよ。イッても良いの…ッ」

「イケよ、てめえみたいなメスは、イクことしか能がねえんだ」

「ウワ、ワ、ワッ」

 激烈な感覚の爆発であった。頭の中が真っ白にって、閃光のような

火花が飛んだ。結合ではイクことがなかった香代の肉体がドロドロに溶けて、

深い恍惚の淵に沈んでいった。

 竜太とは、それきり逢っていない。

 ときどき締めつけられるような恋しさに責められることはあったが、

香代はもう二度と逢うまいと心に決めていた。

 妄想は、それが現実のものとなったとき、夏の花火のように

消えてしまうものなのかも知れない。





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