一、変態バーの女
店の中は少し暗くて、色はついていないがどこか厚みのある、沈んだ感じの
照明がよどんでいた。
ほとんど黒に近い濃茶色のカウンター。
その向こうにバーテンが気取ったポーズでシェーカーを振っている。
音楽もボリュームをあげていないので、シャカシャカとシェーカーを振る音だけが
独特のリズムで店の雰囲気を作り出す。
最近のように、ただヤタラにうるさいだけのパブと違って、昭和30年代のバーには、
まだそんな古めかしい情緒が残っていた。
バーテンの前に女が一人、カウンターに片肘をついて、ボンヤリとその手元を
見つめている。私は反対側の隅で、和服のママを相手に氷の上に注いだ
ストレートのチンザノを嘗めていた。あとはボックス席で二・三組の客が女の子を
相手にヒソヒソ話である。
「よく来るの?」
「2回目かな…」
顎で女のほうを指しながら小声で聞くと、ママが手元に視線を落としたまま
さりげなく答える。
「たしか一週間くらい前だったと思うけど、その時も独りだったわ」
さすが、プロの女である。見ていないようで、その時の女の服装から物腰まで
手に取るように覚えていた。
「どういうことが好きなのか判らないんですけどね。やはり、そちらが目的みたい」
「ふうん…」
私はあらためて女の横顔を見据えた。
年令は30才に近いようだが、鼻筋が通って、どちらかと言えば整った日本的な
美人である。
こんな女が変態なのかな…、私はちょっと不思議な気がした。
店の名前は『きゃら』と言った。 私がときどき作品に登場させる変態バーである。
実際にはそれほど変わったところもなくて、表面はごく普通の目立たない
バーであった。
まだ抱いたことはないが、ママがマゾヒストであることが判っていて、
よく変態の客を紹介してやったところから、いつのまにか、その道のマニヤたちが
出入りするようになった。どこで噂を聞いたのか、そんな店に独りでやってくる女に、
私はふと他人ではないような興味を感じた。
「何かご馳走してみます?」
「うん、いつもので良いや」
半分は商売なのだが、ママが勧めるままにチンザノのロックを注文すると、
バーテンが無表情に女の前にグラスを置いた。女がチラリとこちらを向いて
軽く会釈する。
つながりが出来たことが判ると、ママは要領よく場所をはずして他の客の方に
行ってしまった。
「お相手さまは、いないの?」
「ええ」
さり気なく話しかけてみると、女は、頬に影のある微笑を浮かべた。
「いつも独りなのかい」
「こんなところに、アベックでなんか来られませんわ」
「それもそうだな」
私は苦笑したが、それだけに、この女が心に秘めている願望が
判るような気がした。
「あんたマゾなのかい?」
「さぁ、自分では良くわからないけど、たぶん…」
「経験は?」
「ヒミツ…」
「なにが望みなんだ。縛られることか、それとも鞭か」
「そんな、望みなんてありません。私をその気にさせてくれる人なら…」
「どうすればその気になるの?」
「さぁ、それはそちらでお考えになって…」
こうなっては、あとに引くわけにもいかなかった。
「そうかい、それじゃちょっと試させてもらうよ」
カウンターの下で背もたれのない丸椅子に腰掛けて少し足が開いているのを幸い、
私は無造作に女のスカートの中に腕を入れた。
キャッ…、とでも声を上げるかと思ったのだが、女はグラスに手を触れたまま、
身動きひとつしない。太腿に食い込んだ薄い布地のパンティの間から指を
こじ入れても、女は身体を堅くしてされるが儘になっている。
不自由な姿勢で肉のはざまをえぐると、濡れている筈の粘膜が乾いて
指先に柔らかい肉の抵抗があった。
こいつ、いったい何だ…
おそらく大陰唇なのだろうが、肉片を摘んで、私は力まかせに捩りあげた。
ヒッ…
これには流石にこたえたらしい。女は一瞬呼吸を止めて背筋を硬直させた。
それから微かに震える手で、チンザノのグラスを唇に当てた。
「名前は、何ていうんだ」
「………」
「返事をしろ!」
「ユ、由美子です。西谷由美子…」
「結婚しているのか」
「いえ」
相変わらず、低く呟くような声である。由美子は甘い松ヤニの匂いのする
酒を口に含んでコクリと咽喉を鳴らした。
「カ、カンニンして…、ください」
さして明るくない店の中で、他の客には何をやっているのかわからなかったろう。
肉を捩じられる痛みと闘いながら、由美子は顔色も変えずに言った。
「それ以上は、こ、声が出てしまいます」
人に知られたくないというより、自分で声を出してしまうことが耐えられない
のであろう。見るとグラスを握った手が小刻みに震えていた。
「ほう、その気になったのかい?」
「そんな、ご、ごめんなさい。ウゥッ…」
指先に陰毛を絡めて、ギュッと力を入れると、由美子はのけ反るように
チンザノのグラスを置いた。
「わ、わかったから、もう許して…」
「なら良いけど、これから何処に行く? ホテルか、それとも…?」
「あぁぁ、はい…」
「よし決まった。心の準備をしろ」
「………」
それは奇妙な交渉の成立であった。
女のぶんまで勘定を払って立ち上がると、ママがびっくりしたような顔を
こちらに向けた。
「あら、もうお帰り?」
「有り難とよ、今夜は恩に着るぜ」
外に出ると、もう夜の9時すぎである。どうせ今夜は遅くなる。場合によっては
泊っても良いと思った。
二、真性マゾの恍惚
由美子は、たしかに一種独特の雰囲気を持っていた。
適当なホテルを探して部屋に入るまで、ほとんど何の感動も示そうとしない。
こんなとき、よく嫌だ応だと悪あがきする女が多いものだが、これから何が
起きるか判っていても逃げようとする気配もなかった。
「洋服、脱げよ」
「はい」
自分でブラウスを脱ぎ、ブラジャーのホックを外そうとして手を後ろにまわす。
そのときふと気が付いたことだが、右の腕の動きが少し不自由である。
気にもかけずに、私はその手首を掴んでぐいと捩じった。
「あ、イッ」
さすがに軽い悲鳴を上げて、由美子は眉をしかめた。
「そッそこ、やめて…」
「どうした、挫いたのか」
「違います、うゥゥ…ッ」
手を離してやると、右腕を胸に抱え込むようにして背中を丸める。関節の筋が
おかしくなっているらしく、まっすぐに延ばすことができないのである。
「誰にやられたんだ。言ってみろ」
「えッ」
それは私の直感である。由美子はギョッとした様子で顔をこちらに向けた。
「白状しろ。相手は『きゃら』の客か?」
「い、いえ、そんなんじゃ…」
「ほう、それじゃ誰なんだい」
「名前は堪忍してください。もう、ずっと前の人ですから」
「ふうん…」
由美子の年令からして、それは頷けない話ではなかった。
腕の自由が利かなくなるくらい痛めつけられたのだとすると、行きずりの男では
あるまい。亭主か恋人か、いづれにしても、相当に強度なプレイの経験者である。
それを受け入れた女も真性のマゾヒストであることは間違いなかった。
いまどきの遊び半分のM女とは違うのである。
「あんた、いつごろからマゾの味を覚えたんだ」
「マゾなんて、わ、私そんなこと本当に知らなかったんです」
「嘘をつけ」
煮えたぎるような被虐の願望に耐えかねて人の噂をたよりに『きゃら』に
たどり着いたというのが真相であろう。
「変態は生まれつきだよ。お前がどれくらいの変態か確かめてやる」
股の間に指を入れると、先刻弄んだときとはうって変わって、内腿に
垂れ落ちそうになるほど淫汁を滲ませていた。
「何だ、この濡れかたは…」
タップリと肉のついた膨らみを陰毛ごと鷲掴みにして揺すると、由美子は
ヨタヨタと前後によろめきながら低い呻き声をあげた。
「許して…、もう」
「格好つけるんじゃねぇ。股をひらけっ」
立ったまま脚を開かせると、二つに割れた土手の間から肉ベラが
半分近くハミ出して垂れ下がっていた。
「動くんじゃねぇぞ」
ホテルのスリッパを拾って、後ろからいきなり尻ぺたを張ると、
パァンと良い音がして身体が斜めになった。
「くッ、うぅぅ…むッ」
「ほらっ、ちゃんと立ってろ!」
パシィ…ン
内腿の柔らかい肌にスリッパが小気味良い音で食い込むと、みるみるうちに
尻たぶから太腿にかけて皮膚が真っ赤に変色する。打撃が20発を超えると、
女はさすがに息使いが荒くなった。
それでも由美子は歯を食いしばって、前のめりに身体が倒れそうになるのを
耐えた。
「ようし、上等だ」
スリッパを捨てて、私はゆっくりとズボンからベルトを抜いた。幅広で先端に
装飾用の金具がついた一枚革である。
ビュゥン…
鋭く空気が鳴って、最初の一撃がみぞおちから胴のくびれにかけて巻きつく。
つづいてベルトの金具が背中を直撃すると、由美子はのけ反ってバネ人形
のように跳ねた。
ビシッ、バシッ…!
脂がのった腹の肉が波を打って、まだ衰えていない乳房が弾むように揺れる。
それでも由美子は逃れようとする仕種を見せなかった。
そして何発目かのベルトが、狙ったとうり乳房の真上で炸裂したとき、
由美子はまるでスローモーションの映画を見るように身体を半回転させると、
崩れるように頭からベッドに倒れ込んだ。腹筋がヒクヒクと痙攣して、
陸に上がった人魚がもがいているような光景である。
「も、もっと、やって…」
「腹を上に向けろ!」
容赦なくベルトの鞭を振り下ろすと、反射的に身体が弓なりになって、
ミミズ腫れというより、血の滲むような赤い線がくっきりと浮かんだ。
三本四本…、たちまち無残な鞭痕が、乳房から下腹部にかけて交錯する。
顔にはほとんど苦痛の表情はなかった。痛いという感覚を失って、
一種の陶酔というか全身の力が抜けて恍惚とした浮遊状態になっている。
「もっと、あァもっと…」
そのときグシャッという感じで、鞭の先端が陰毛に覆われた割れ目の
真ん中を噛んだ。
「グェェ…!」
ギクンと腰を跳ねて、由美子は異様な呻き声を上げた。
「あいいッ、あイクッ…」
見下ろしていると、ギクン、ギクンと一定の間隔をおいて全身の筋肉が
収縮する。そのショックで由美子は満足に呼吸することもできなくなっていた。
「ハッ、いぃぃ…ッ」
セックスの快感とは違う。それ以上に強烈な神経の爆発である。
このまま続けていれば、由美子は意識を失うまで鞭打たれているだろう。
いやむしろそれを望んでいるようにさえ思えた。
ある種の危険を感じて、私は鞭を打つことを止めた。それでも痙攣はそれから
10分近くも続いた。
半ば失神して朦朧としているのを起こしてみると、鞭痕は無数だが、
皮膚が潰れて血が滲んでいるところだけで30数か所、肉ベラの垂れた粘膜の
内側は熟した柿のように膨らんで無残に変形していた。
「これじゃ、当分は男は無理だな」
「いいんです、わたし、そんなこと興味ないから…」
頭の中はまだボンヤリしているのだが、由美子はメス犬がすがりつくような目で
こちらを見詰めた。
「ねぇもっとやって、わたしまだ大丈夫ですから…」
際限もなく、死ぬまで止まらない真正マゾの願望である。
「知るか、馬鹿野郎!」
「ヒィッ」
頬をひっぱたくと、由美子は夢中でしがみついてきた。
話はそれだけである。
由美子とは、それきり一度も逢っていない。性器の挿入もなく射精もしない、
無残な女との体験であった。