一、未亡人哀歌
いまでは死語になってしまったが、ひと昔前、男に死に別れた
女の総称に未亡人という呼び方があった。
最近のバツイチと違って、どちらかといえばイメージが暗い。
どこか淫靡な響きがあって、ひとり身の性欲を持て余している女の
悶えを連想させる言葉である。
かつて私が体験した女たちのなかにも、何人かの未亡人と呼ばれる
女がいた。それぞれが哀しい宿命を背負っていたが、これはふとした縁で
触れ合い、身を焦がしていった女の思い出である。
その女…、
小島玉江を知ったのは昭和30年代のはじめ、世の中がもう戦後では
ないと好景気に沸いていた頃であった。
夫が戦死した後ずっと独身で、玉江は当時40才を越える年令に
なっていた。年頃の娘が一人、いわば典型的な戦争未亡人である。
長い間男を経験していなかったせいか、玉江はちょっと見には
けっこう若く見えた。
丸顔で年令のわりには肌に艶があって、乳房がかたち良く
盛り上がっている。この時代の女としては、まぁ上の部に入るといっても
良かろう。初めて会ったときの印象は決して悪いほうではなかった。
昼間、事務所に電話があって、本人が訪ねてきたのは夕方の
5時すぎである。
几帳面に書いてきた履歴書を見て、私はちょっと意外な声で言った。
「ほう43才か、それにしては感じが若いな」
「広告に年令不問と書いてあったものですから…」
うつむいたまま、玉江は口ごもりながら言った。
「駄目でしょうか。一生懸命にやってみるつもりですけど」
「構いませんよ、やる気さえあればね」
当時の変態クラブは、女の年令はあまり関係なかったのだが、
それにしても40才を過ぎてからの応募というのは珍しい。
「だけど、こんなところで働きたいというのは何か事情でもできたのかね」
「実は急にお金が要ることになって、いえ、悪い話ではないんですけど…」
話を聞くと、娘が就職先の会社の重役の息子に見初められて、
結婚式を挙げるのに相当な費用がかかるのだという。
「先様は支度はいらないと言ってくださるんですけど、そういう訳にも
ゆきませんし…」
娘にとっては玉の輿なのであろう。精一杯見栄を張りたい気持ちは
分かるが、だからといって、母親が変態クラブで結婚資金を稼ぐと
いうのは異常である。
「結婚の資金くらい、自分で稼がせれば良いじゃねぇか」
「時間がないんです。お相手さまが急いでいるものですから」
結婚式は虚礼だが、何とかすがりつこうとする打算と欲望が
見え隠れしている。その奥にもうひとつ何かありそうな気がして、
私は意地悪く質問を変えた。
「あんた未亡人と言ったが、付き合っている男はいないのかい?」
「いれば良いんですけど」
玉江は自嘲気味に笑いながら言った。
「だって、こんなおばさんでは相手にしてくれる人なんか…」
「そうでもないだろう。けっこう色気があるぜ」
「そ、そうですか」
「それじゃ、旦那が死んでから一度もおまんこやったことないのか」
「そんなこと、考える余裕なんてありませんでしたから…」
「嘘をつけ」
玉江は、チラリと上目使いにこちらを窺ったが、すぐにまた顔を伏せた。
「本当は、男とヤリたくてたまらなかったんじゃねぇのか。
正直に言ってみな」
「そ、それは、あの…」
「格好つけることはないさ。変態クラブでは性欲の弱い女は
勤まらないんだぜ」
「えッ、えぇ」
しばらく口ごもったあと、玉江は蚊の鳴くような声で言った。
「あの私、普通のセックスはそれ程でもないんですけど…」
「変態が好きなのか」
「は、はい」
みるみるうちに、玉江は真っ赤な顔になった。
「何故か分かりませんけど、娘が結婚することになったら急に
たまらなくなって…」
「よし分かった」
私は、女の言葉を遮って言った。
「それだけ素質があれば十分だ。とにかく裸になってみな」
二、蜜の壺
玉江は、さすがに全身を固くしたようであった。
未亡人という名前で世間の目を気にしながら生きてきた女にとって、
夫以外の男の前でナマの裸を曝すというのは恥ずかしさを
通り越した恐怖なのであろう。
「早くしろ。マゾの女は客の前ではいつも裸なんだぜ」
「ど、どうしても見せるんですか」
「おまんこは商売道具だ。調べないわけにはいかないだろ」
「でで、でも…」
「嫌ならやめなさいよ。別に無理を言っている訳じゃないんだ」
「いえ、そ、そういうわけでは…」
「甘く見ちゃいけないよ。そのくらいの覚悟はしてきたんじゃないのかい」
「は、はい」
追い詰められたように玉江は上着のボタンに手をかけた。
だが指先が震えて、それ以上先に進むことが出来ない。
「どうした、おっぱい見せることも出来ないのか」
「カ、カンニンして下さい」
とうとう玉江は情けない声で言った。
「私こんなこと、一度もやったことないんです」
この調子では、浮気したことがないというのは嘘ではない
ようであった。だがこのまま放っておいたのでは仕事にならない。
「仕様がねぇな、脱がしてやるからこっちへ来い!」
立ちすくんでいるのを引き寄せて、手荒くブラウスを剥ぐ。
露出した肌は思ったより白くてウッスラと脂がのった丸みを帯びていた。
鎖骨から腋の下にかけて、大きく盛り上がった乳房を平手で叩くと
ユサユサと全体が揺れる。
乳首は小さくて子供を産んだ女に見られるような変形はなかった。
指先で強くつまむと玉江はのけぞるように胸を反らしてヒイッと
咽喉を鳴らした。
ウエストから腹にかけての弛みは隠しようもないが、若い女とは
違ったナマナマしい肉の感触である。20代の引き締まった筋肉も
良いが、ネットリと熟した柔らかい肌が私は好きであった。
「脚を広げてみな」
スカートの中に腕を入れると、タップリと肉がついて生温かく湿った
ような内腿の感触が手の平に触れた。
「ひぇぇッ」
パンティの上から柔らかい膨らみを握ると爪先立ちになってよろめく。
かまわず指を中に入れて、私はあっと思った。ワレメの外まで
ヌメリが滲み出して内部がドロドロになっている。
「何だ、生理じゃないのか?」
指を抜いてみると生理ではなく、いつ漏らしたのか普通よりも濃い
感じの透明な液体がべっとりとからみついてきた。
「あぁぁ、嫌ァ」
「どうしたんだよ。こんなにグシャグシャにして、いつ興奮したんだ」
外見ではそれほど発情しているようには見えなかったが、
溜まりに溜まった性欲の堤防が切れて、いっぺんに噴き出して
きたような感じである。
「ひどい濡れ方だぜ。こんなになるまで良く辛抱していたもんだ」
「ち、違います。私べつに…」
この現象は、本人も意外だったらしい。
玉江はあわてて首を振った。男に抱かれた経験が少ないことも
確かなのだが、自分の身体がどうなっているのか、まだ良く分かって
いないのである。
「あ、あッ、やめて…」
指がクリトリスに触れると、太腿の筋肉が反射的に痙攣する。
その度に玉江はうわずった声をあげた。止めようとしても身体が
言うことをきかないのである。
「お願いですッ。ゆ、指をどけて下さい」
馴れない刺激に神経を逆撫でされると、快感というより苦痛に近い。
不安定に股を広げたまま、立っているのがやっとといった状態である。
「そんなに感じるのかい。もしかしたら、このままイケるんじゃないのか」
「うぇぇ…」
これは面白い。
20年以上もセックスから遠ざかっていた女を刺激するとどんな
反応を示すものか、私はかえって冷静になった。
「腰を動かしてみな。どんなイキ方をするか確かめてやるよ」
指を直角に立てて、柔らかい肉の凹みをえぐるように突くと、
何の抵抗もなくズルッと根もとまで入った。
三、ただ一度の快楽
「あぁぁッ」 溢れ出した淫汁が内股を濡らして、卑猥な音を立てる。
もう恥ずかしいなどと言っている余裕はなかった。仮面を剥がされると、
あとは性に飢えた一匹のメスなのである。
長い間眠っていた淫乱の血が全身を駆け回って、いつの間にか
玉江は異様な感覚の虜になっていった。
立ったままの姿勢は先刻からずっと変わっていない。スカートと
パンティは脱いで全裸である。
私は椅子に腰掛けていたが、目の前30センチほどのところに
少したるんだ幅の広い腹と白い肌に貼りついた陰毛が踊っていた。
40才を過ぎた女がなりふり構わず淫楽に狂う姿態は、この上もなく
猥褻である。
驚くほど多量の淫汁の分泌はまだ続いていた。それは一定の
周期をおいて、ドボッ、ドボッという感じで流れ出してくる。
潮吹きとも違う、もっと濃密な淫欲の放出であった。
「アゥゥンッ」
そのとき、突然ビクンと腰が揺れて玉江の上半身が前のめりに
倒れ込んできた。
「危ねぇ、しっかりしろ」
「ウゥン、くぅッ」
身体を支えてやると、玉江は、虚ろな顔に一瞬奇妙な笑いを
浮かべた。
「おい、イッたのかよ」
「わ、わかんない…」
指を入れてみると、穴の中がヒクヒクと脈を打っていた。イッたのは
確かなようだが、玉江にはまだその自覚がなかった。
「ようし、それじゃもう一度イッてみろ。今度は楽だぜ」
穴の中で指を動かしてやると、玉江はたちまち苦しそうに顔を歪めた。
「も、もう助けて…」
「馬鹿いえ、本当に快くなるのはこれからじゃねぇか」
臓物をかきまわされると、嫌応なしに快感が込み上げてくる。
気持ち快いというより、それに耐えることの方が残酷であった。
だがそれにも限界がある。
「いやぁッ、い、いくぅ…」
とたんに、全身がバネ仕掛けの人形のように跳ねて、のけ反った
拍子に体重を支え切れなくなった指が穴から抜けた。
「あ、あッ」
尻餅をついたかたちで、床の上で二度三度と弾むように
痙攣すると、玉江は、そのままぐったりと動かなくなった。
ムキ出しになった肉唇の間から、白濁した淫液が一筋溢れ出して、
ゆっくりと尻の穴を越えて落ちていった。
「起きろ、風邪をひくぜ」
ようやくわれに返ったのは、それから10分ほど経ってからのことだ。
「あ、私…!」
理性が戻ると急に恥ずかしくなったのか、玉江はあわててパンティを
探した。盛りを過ぎた肉体を隠そうとするのは、40女の哀しい本能である。
「有り難うございました」
ブラウスのボタンをはめながら、玉江はうつむいたまま呟くように言った。
「私、こんなになったの初めてなんです。嬉しかった…」
「そうかい、そりゃ良かったな」
私は他人ごとのように言った。
何故か、この女を変態クラブで使う気がしないのである。
不思議なことに、その気持ちは玉江のほうでも同じようであった。
「娘さんの結婚は、いつだ?」
うしろを向いて化粧を直している背中に声をかけると、玉江は
意外なほど落ち着いた声で言った。
「4月です。名前は幸子、戦死した主人が幸一でした」
「幸子か、幸せになると良いな」
「有り難うございます」
立ち上がって、玉江はちょっとはにかんだように笑いながら言った。
「でも私、ずうっと幸子に嫉妬していたんですよ」
「そうだろう、無理もないが…」
「だって、私が主人と一緒に暮らすことが出来たのはちょうど2年
ですから、でも幸子はこれからずっと…」
「それで、ここにきたのか?」
「そうかもしれません。女になれる最初で最後のチャンスだと思って」
「良いじゃないか、子供には子供の青春がある」
「私の青春は、たった一日…」
それが、玉江の気持ちのすべてだった。
「でも忘れません。一生の思い出ですから」
玉江は、深々と頭を下げた。そしてそれきり遠い思い出のなかに
消えてしまった。