ある嫉妬の記録





    一、尾行する女


 その日、私は郊外の私鉄の駅から4・5分歩いたところにある

女のアパートから出て、駅のベンチでぼんやりと次の電車を待っていた。

 身体の中に、柔らかい女の肉に射精したあとの気怠い快感が

まだ残っている。もう終電車に近い時間なので、ホームはガラガラで、

人影は数えるほどもなかった。

「……?」

 少し離れた柱の影に身を隠すようにうつむいている女がひとり、

何時から立っているのか気がつかなかったが、妙に気になる。

顔はもちろん、僅かに背中の一部が見えるだけだが、先刻から

チラチラと窺うような視線を感じるのである。

 ……?

 だが、こんな郊外の駅の近くに知人がいる筈もなかった。

第一、土地カンがない。新しく出来た女が住んでいるというので、

最近何度か訪れただけの場所である。

 しばらく待って、やがて電車が来た。

 立ち上がったが、女は柱の影から動こうとしない。構わず電車に乗って

見回すと、どうぞどこにでもお座り下さいというくらい空いていた。

 のんびりと腰を下ろして、ドアが閉まりかけた瞬間、

女が挟まれそうになりながら飛び込んできた。思わずその顔を見て

私はアッと思った。

 野口阿紀子…、三か月ほど前に別れた、と言うより、新しい女が

出来て捨てたも同然に縁を切った相手である。だがどうして

こんなところに来ているのか、とっさに考えてみたが思い当たる

フシがなかった。

 こうなってはもう身を隠すことも出来ず、阿紀子はドアの横に

立ったまま、黙ってうなだれている。もちろん、はじめから私を

意識していたことは歴然である。

 跡をつけやがったな…、

 阿紀子ならやりかねない行動であった。

 尾行してきたのだとすれば、女の部屋に入ったのが夕方近く

だったから、それから六時間以上も出てくるのを外で待っていたことに

なる。何か異様な執念のようなものを感じて私は自然に腰を浮かした。

「おい、こっちに来て座れ」

 声をかけると、阿紀子は無言でうなだれたまま私の横に席を取った。

「お前、いつから俺のそばにいたんだ」

「………」

「返事をしろよ」

「ずいぶん、お楽しみだったのね」

 声に嫉妬や恨みをこえた哀しいひびきがあった。

「こんなに遅くまで、ずっとあの人と御一緒だったんですか…」

「良いじゃないか、お前には関係ないだろ」

「いいんです、怒っていませんから…」

 阿紀子は、頬に凍り付いたような微笑を浮かべた。

 34才、私より6ッも年上である。

 性欲の強い、遊びにはもってこいのタイプなのだが、もう一年近く

関係が続いて、そろそろ鼻についている。男と女の違いというのか、

阿紀子のほうでは反対に気持ちが高ぶって追い詰められたように

縋りついてくるのが煩わしかった。

「お願い、今夜はうちに泊まって…」

 こちらの顔を見ないで、阿紀子は低い声で言った。

「もう半月も何もしてくれないんですもの。私、身体がヘンになりそう」

「オモチャを持っているだろ、あれでオナニーでもやったらどうだ」

「酷い、みじめだわ」

 それにしても、昼間からずっと私の跡を尾行して、女の部屋から出てくる

まで待っていたとは、こいつ、そうとう頭に来ているだろうな…、と思う。

「今夜は駄目だ。2回もイッた後だからな」

「そんな、何もして下さいとは言ってないじゃあのませんか」

「そうか、ヤラなくても良いんだな」

「セックスだけが目的じゃないもの。あなたが側にいて下さるだけで

良いの」

「嘘をつけ、今だっておまんこの中はベトベトだろう。見栄を

張るもんじゃねぇ」

「ひどい…」

 阿紀子は恨めしそうに横目で睨みながら言った。

 視線の奥に、灼けつくような嫉妬と欲情が燃えている。こんな会話が

電車の中で平気で出来るのも、さんざん弄んだ後の女ならではであった。

「仕様がねぇ、行ってやるよ。そのかわり後はどうなっても知らねぇぞ」

 私は独り言のように言った。



    二、嫉妬の上塗り


 電車が新宿につくと、車代は阿紀子持ちで世田谷のマンションに行く。

 当時私はまだ若かったが、阿紀子のほうは女独りで、計理士の

資格を持っているとかで生活は豊かだった。

「もう遅いからおやすみになって…」

 やすめと言われても、ベッドはひとつしかない。阿紀子が私を迎える

ために買ったセミダブルの高級品である。ウトウトしている間に

シャワーを浴びて、阿紀子が横に滑り込んできたのは、もう深夜

1時をまわった頃であった。

 ごく自然に足が触れ、慣れた手つきでパジャマのズボンを下ろそうと

する。それを無視して眠ったフリをしていると、女の息が次第に荒く

なってくるのが判った。

「ねぇ、あなた…」

「うるせぇな、ちんぼは立たないと言ったろう」

「いや、お願いよゥ」

 手のひらに男根を握って上下にしごくのだが、勃起しないのである。

阿紀子は焦れったそうに、自分から全裸になって肌を擦りつけてきた。

湯上がりの温かくてタップリと脂ののった感触である。

「お前、休めと言ったんじゃなかったのか」

「ご、ごめんなさい。だって私、もう…」

「勝手にやれよ。立たせられるものなら立たせてみな」

 そのころから、私は男根を自由にコントロールするコツを身につけていた。

目的は射精を引き伸ばすためだが、こんなとき気持ちを逸らしていれば、

ある程度勃起を抑えることも可能なのである。

「今日は2回もイッてきた後だからな。そんなヤリ方じゃ立たないだろうよ」

「いじわる、ど、どうすれば良いの」

 指を離せばグニャリと曲がってしまう肉塊を持て余して、阿紀子は

泣き出しそうな声を出した。

「おまんこにこすりつけてみな。昼間の女はもっと上手かったぜ」

「ハァッ」

 それが立たない原因だと思うと、胸を灼かれるほどの嫉妬が

こみ上げてくるのだろう。突然ズシンと息が詰まるような中年女の重みが

のし掛かってきた。馬乗りになって、硬直しない亀頭を指で摘んで

何とか穴に押し込もうとする。ワレめの周囲はもうベトベトなのだが、

ようやく先端を入れてもすぐにツルリと抜け出してしまった。

「アァ、フゥッ」

「何やってんだ。入らないのかい?」

「い、いや、助けてよゥ。お願いだから…」

「馬鹿だな、そんなにヤリてぇのか」

 私は鼻の先で笑った。欲情に狂った女をもっと狂わせるには、冷たく

あしらうに限る。

「それで、六時間も外で待っていたのかよ」

「し、知らない」

「ユリカは良かったぜェ。お前みたいにビラビラがはみ出していないし…」

「ユリカ…?」

 初めて女の名前を聞いて、阿紀子は一瞬指の動きを止めた。

「ユリカって言うんですか、その人…」

「うん、年はお前よりちょうど一まわり下かな。おばさんとは比べものに

ならねぇ」

「ひ、いぃ…」

 奇妙な動物のような声を上げて、阿紀子がしがみついてきた。

「す、捨てないで、私あなたがいなくなったら死んじゃうゥ」

「だったら、もっと一生懸命にやれよ。好きな男のちんぼも

立たせられないでどうするんだ」

「や、やるから…。教えてェッ、どうしたら良いの」

「舐めろ、ユリカのおまんこの匂いが残っているかどうか、確かめてみな」

「えッ」

「嫌なら寝るぜ。もう遅いんだ」

「します、あぁ酷い人…」

 おそらく、頭の中は真っ白になっている。

 阿紀子が身体をずらすと、粘りつくような重さから解放されて、ようやく

呼吸が楽になった。

 ヌルッと生温かい舌の感触を下半身に感じて、さすがに意思の力では

抑えきれない肉の膨張がはじまる。しばらく舐めさせているうちに、

阿紀子にもはっきりそれと判るほど膨らんできた。

 だが、このままハメてしまったのでは、後は普通のセックスである。

それではまだ苛め足りなかった。

「そうだ、電話をもってこい。ちょっと用事がある」

「………」

 男根をくわえたまま、阿紀子がエッという感じで顔を上げた。



    三、淫乱テレフォン


 そのころは、まだ携帯だのポケットベルだのと言った重宝なものは

出現していない。電話といえば、ジーコジーコと指でダイヤルをまわす

お馴染みのやつだ。

 阿紀子が隣の部屋から長いコードを引っ張ってくると、私はベッドに

大の字に股を広げたままダイヤルをまわした。

「ちゃんとしゃぶってろ。電話が終わったらハメてやるよ」

「モシモシ、だぁれ…?」

 5・6回ベルが鳴って、受話器の向こうから気怠く間延びした

女の声が返ってきた。

「俺だよ、もう眠っていたのか」

「あッはい。どうしたの今ごろ…」

「いやぁ、マズいことになってな。お前のことがバレたぜ」

「エッ、誰に?」

「前の女だよ。今そいつの部屋にいるんだけど…」

 そのとき、電話の様子を察して、阿紀子が飛び上がらんばかりに

くわえていたものを放した。

「どッ、どこにかけているの」

「ばか、ちんぼを離すんじゃねぇ!」

 その声がモロに伝わって、今度はユリカがびっくりしたように

電話の向こうで叫び声を上げた。

「あんたッ、な、何をしているのよゥ」

「阿紀子っていうんだけどさ、今しゃぶらせているんだ」

「エッ、うっそォ」

 ユリカは信じられないという感じで、呆れ返ったように言った。

「あんた本当にヤッているの?」

「嘘じゃねぇよ。声を聞かせてやろうか」

 受話器を口から離して阿紀子の顔の前に持ってゆくと、片手で

思いきり後頭部を押さえつける。

「むふっ、ぐぅぅぅ」

 ユリカが何か言ったようだが、こちらには聞こえなかった。

 顔を抑えたまま、鼻が曲がるほど陰毛をこすりつけると、

食道のほうまで嚥みこんで呼吸することが出来ず、阿紀子は

げぇっと喉を鳴らした。

「どうだ、聞こえたかい?」

「何よそれ、わ、わかんない…」

「待ってろ。それじゃ面白いことしてやる」

 髪の毛をつかんで引き寄せると、唇のまわりがベタベタに

なった阿紀子が武者ぶりついてきた。

「ハメてやるから股を広げてみろ」

 こうなると、男根がみるみるうちに怒張して役に立つようになるのは

不思議である。

 受話器を持ったまま下半身を阿紀子の股の間に入れると、

恥ずかしいのか恐ろしいのか阿紀子はイヤイヤと小刻みに

首を振った。

「ヒドイもんだぜ。おまんこグシャグシャになってる。こいつ淫乱だな」

 手加減することはなかった。

 沼地に棒を突き刺すように、いっぺんに根もとまで埋めると、とたんに

阿紀子は身体を震わせて悲鳴を上げた。

「アヒィ…ッ」

「気持ちが良いんだろ? 昼間からずうっと待っていたんだもんな」

「アッ、ユ、許して…」

「なかなかいい声だぜ。ユリカにも聞かせてやれよ」

 受話器を突きつけると、阿紀子は瞳孔が開いて虚ろになった視線を

こちらに向けた。

「ムムム、くッ、くゥッ」

 声を殺そうとするのだが、穴を突きまわされる度に反射的に

咽喉が鳴った。耐えようとすればするほど、快感が上昇する速度は

早くなる。

「どうだい、けっこう興奮しているだろ」

「わ、私までおかしくなっちゃう」

 ユリカは何の抵抗もなくこの場の雰囲気にのっていた。おそらく

オナニーでも始めたのだろうが、このあたり、阿紀子と違ってさすがに

現代ッ子である。

「ねぇッ、その人どんなひとなの。そんなに気持ち良いの?」

「おばさんだよ。でも凄ェ淫乱だぜ」

「うわ、たまんないィ」

「おい、どんな気持ちだってよ。何か話してやれ」

 今度は電話を阿紀子の口もとに当てる。

「アいい、アいいッ」

 とうとう我慢の綱が切れたのか、そのとき阿紀子が突然

うわ言のように叫んだ。

「いくゥゥ、ヒェェェッ」

 ビクン…、と熟れきった四肢が跳ねる。

「ちゃんと話をしろっ、」

「す、捨てないでッ、あぁいいッ」

「何言ってんだ、焼きもち妬いてるんじゃねぇのかよ」

「ち、違う、妬かないから、お願い」

「それじゃ、お前はいったい何なんだ」

「わたし淫乱、淫乱なんですぅ。アァい、い、いっちゃうッ」

 ユリカが電話の向こうでどんな反応を示していたかは知るよしもないが、

阿紀子とも、当分は別れることが出来まいと私は思った。





<完>