汚 辱 の 密 室
一、淫乱主婦を釣る
「いいんですか? 私、強いですよ」
女はそう言って、すかすような眼でこちらを見つめた。
「強いって、セックスがかい?」
「えぇ」
「興奮すると、どうなるんだ」
「自分でも判らないけど、男の人はたいてい先にイッてしまうわ」
何だ、そんなことか…、
内心そう思ったのだが、私は素知らぬ顔で話を続けた。
「セックスが好きなんだな」
「好きというより、私って…、もともと淫乱じゃないかしら」
「オナニーもやってるのかい」
「えぇ毎日、でも独りじゃ物足りなくて…」
「最後に男に抱かれたのはいつだ?」
「もう一月以上になるわね」
女はちょっと淋しそうな眼をした。それからすぐ気を取り直したように
言った。
「でも、その時だって別に満足したわけじゃないのよ。男の人が
弱かったから…」
早い話が、セックスに飢えた中年女の強がりである。なまじっか
男の味を知っていて、抱いて欲しいくせに素直にそれが
言い出せない。見栄っぱりの女には良くあるタイプだ。
「そうか、それじゃ俺も敵わないかも知れねぇな」
「でもあなた若いから、精力は強いでしょ」
「強い方じゃないさ、その代わり変態だぜ」
「変態…?」
女は眼を丸くしてこちらを見た。
「変態って、どんなことをするの?」
「別に痛いことなんかしないよ。普通にヤルのよりは
気持ちが良いと思うけど」
「ほんと? 変った人ね」
それで安心したのか、女はかえって好奇心をそそられたらしい。
「満足させてくれるなら変態でも良いわ。でも途中でイッちゃ駄目よ」
「判ったよ」
このやろう、甘くみるな…、
心の中で呟きながら、伝票を掴んで立ち上がると、女はさして
警戒している様子もなくついてきた。
「行こう。良いところがあるんだ」
名前は尾崎富江、初対面と言うより、つい先刻デパートの
ショーウィンドを覗き込んでいるところを声をかけて、ものにした
ばかりの女である。
年令は30代の半ば、二の腕や首のまわりにタップリと肉がついて、
熟しきった女の匂いを発散していた。
今ならテレクラなどで、身を隠して男を求めるチャンスはいくらでも
あるのだろうが、当時そんな便利なシステムはまだ生まれて
いなかった。すべて直接交渉である。
盛り場で一人歩きしている女に声をかけると、ときどき思わぬ
獲物が引っかかる。
富江もそんな女の一人だった。みたところ普通の主婦らしいが、
どんな暮らしをしているのか住所も判っていない。だが、これほど
簡単に成功したのは珍しいケースである。
「ねぇ、どこに行くの?」
喫茶店を出ると、富江はすぐホテルに行くものと思っていた
ようだが、歩いている方向が反対である。
「いいから、もうすぐだ」
そのころの新宿は南口がまだ現在のように開発されていなかった。
駅の前に大きな陸橋があって、これが現在の甲州街道である。
あたりはせいぜい二階か三階建てのビルとも言えない建物が
密集して、如何にも場末の雰囲気が漂っている。近くに新宿武蔵野館、
ムーランルージュの赤いネオンが目につく程度である。
今はもう跡形もないが、その陸橋に張り付くような形で、ひどく旧式な
公衆便所が戦時中の遺物のように建っていた。
分厚いコンクリート作りで、入口には扉もついていない。内部は左側が
男の小便専用だが、便器があるわけでもなかった。目の下に溝があって、
コンクリートの壁に向って直接発射する方式である。その横に女性用、
というより大便用の扉が三つ並んでいた。
「ここだ、入れよ」
「え、えッ」
一瞬、意味が良くのみ込めなかったのであろう。富江は
立ち止まったまま、呆然と辺りを見まわしている。
「いくら変態でも、道の真ん中でおまんこやるわけにはいかねぇだろうが」
ドンと背中を押すと、富江はようやくことの成り行きに気がついて
奇妙な声を上げた。
「い、いやァッ、こんな所で…、な、何すんのよゥッ」
二、新宿の淫ら便所
尻込みするのを突き飛ばすように中に入ると、とたんにムッとするような
異臭が鼻をついた。
小便が垂れ流されているのか、洗った後の水が乾かないのか、足下が
グシャグシャである。立て付けの悪い一番奥の扉を開けると、
鍵が壊れていて、針金を曲げて引っ掛けるような応急処置になっていた。
「こ、こんなところで、いやッ」
「うるせぇな、騒ぐと人がくるぜ」
強引に押し込むと、誰がやったか判らない糞の塊がべったりと
便器に張り付いている。思わず踏み付けそうになって、富江はまた
押し潰されたような悲鳴を上げた。
もともと一人で満員のスペースだから、一緒に中に入って針金の鍵を
掛けるとお互いに立っているのがやっとである。壁にはところ構わず
卑猥なイタズラ書きがあって、しかもあちこちに汚物が付着しているので、
富江は棒立ちになったまま引きつったような顔をしていた。
「あんたズロースを穿いてるんだろ。早く脱ぎなよ」
「やめてよゥ、許して…」
「おまんこしたいから満足させてくれって言ったじゃねぇか。
ぐずぐずすんな」
「わッ、ま、待ってッ」
膝の下まであるスカートを捲り上げようとすると、身をよじって
防ごうとする。この姿勢で立ったままスカートを脱がせることは、
はじめから無理であった。それではと今度は上着に手を掛ける。
ここまで来ると、富江はさすがに悪足掻きはしなかった。
一歩外に出れば、場末とは言え新宿の盛り場である。下手に
逃げようとしても、人の目にとまれば恥は掻き捨てでは済まないだろう。
服を台無しにされないうちに富江は自分からブラウスのホックを
外して前をはだけた。
かなり使い込んだブラジャーの下に、溢れそうな感じで柔らかな
肉の塊りが盛り上がっている。ホックが背中についているので、
ブラをずらして中から掴みだすように乳房を露出させると、
乳暈が黒くて乳首が少し垂れかげん、明らかに子供を
生んだことのある身体だ。ギュッと握り潰すように捩じると、
先端から小さな玉になって薄い乳汁のようなものが滲み出してきた。
「あぅ…」
「へぇ、ちょっぴり甘い味がするぜ」
乳首を舐めてやると、富江はメンドリのように咽喉を鳴らした。
これまでと違った女の淫ら声である。
「何だ、やっぱり感じてるのかい」
スカートに腕を入れてパンティの横から指で探ると、どういうわけか、
わりと濃い陰毛の奥がズルズルになるほど潤っていた。
「好きだなァ。こんなところで本気でヤルつもりなのか?」
「う、嘘よ、やめて…」
自分でも濡らしていることに気づいたのだろう。富江は慌てて
腰を引こうとした。
そのとき、太腿のあたりの筋肉がビクンと震えた。
「ほらみろ、感じてるじゃねぇか」
「エェェッ、ち、違う…」
「そんな格好つけなくたって、ヤリたけりゃヤッてやるよ。後ろを
向いてみな」
有無を言わさず身体を半廻転させると、尻のほうからパンティの縁に
指を掛けてひと息にズリ落とした。
「もっとスカートを捲れ!」
どんなに強がってみても、所詮女は裸に剥いてしまえば
こっちのものだ。とうとう観念した様子で、富江は両手でスカートの
裾を持った。タイトなので、尻の膨らみのほうまで持ち上げなければ
思うように足が開かないのである。
穢いと言えばこれ以上汚れようのない便器を跨いで、意外に
白い二本の脚がムキ出しになった。
「頭を下げな。それじゃ入らねぇんだよ」
こちらを向いて半びらきになっている肉の隙間にねじ込むように
指を入れると、しずくが垂れ落ちそうになっているところを遠慮なく抉った。
「うぇッ、むむッ」
重心が取れなくて、富江は前のめりに隣との壁にゴツンと
頭をぶつけた。
そのとき、また思いがけない事が起こったのである。
コン、コン… とっさに、誰かが外側から便所の扉をノックしたのかと
思った。だが、一向にそれらしい気配はなかった。
コン、コン… 音は隣の便所の壁から聞こえてくる。
明らかに、そこに誰かが潜んでいて、得体のしれない合図を
送っているのだった。
三、覗き魔・犯し魔
今度こそ富江は本当に顔色を変えた。恐怖と狼狽で、頭の中が
真っ白になってしまったようだ。
「だ、だ、だ…」
だれ? と言いたいのだが、声にならなかった。
「覗きだろ」
私は、いつもの乾いた調子で言った。
「ここはいつも覗きが入っているんだ。見たければタップリと見させてやるさ」
その当時、どこの公衆便所にも覗きマニヤが潜り込んでいないところは
なかったのである。大便用の便器はたいてい三つ並んでいるから、
彼らは真ん中の個室に陣を取る。
こうすれば、どちらにお客様が入ってきても覗くことができるのである。
壁はコンクリートや堅い木材が使われていたが、彼らが釘一本を
器用に使って穿った覗き穴の角度の正確さは美事だった。
覗きというのは、おそらく人類最古の変態の一つだろうが、
今では日本家屋から便所の掃出し口が消え、風呂場はマンションの
鉄の扉に阻まれて、衰退の一途をたどっているのは寂しい限りである。
そんなわけで、当時の公衆便所は覗き魔たちのメッカだった。
どんなに汚れていても、新宿という場所がら、日に何人かは
切羽詰まった女が飛び込んでこないとは限らない。それを目当てに
彼らは自分の個室だけはキレイに清掃して、弁当持込みでお客様が
くるのを待っているのだ。
そんなところに強姦同様に女を連れ込んだのだから、隣の住人に
とっては思いがけないご馳走であったに違いない。
コツコツという合図は、どうかもっとよく見せて下さいませんかという
サインである。
ギリギリに我慢していた排泄を済ませて、早々に出て行ってしまう
女には決してこんなことはしないが、こちらも同類の変態だと見ての
挨拶であろう。
「おい、もう一度やり直しだ」
私は、いきなり富江の尻たぶを両手で掴むと思い切り左右に広げた。
「ひぇぇ…ッ」
「入れるぜ、ケツを立てろ」
後ろからのし掛かるように腰を入れると、不自由な姿勢だが
半分くらいまでいっぺんに埋まった。
「いッ、いッ、いい…ッ」
汚いなどと言っている余裕はなかった。乱暴に腰を使う度に、
富江は壁を掌で支えて呻くような淫声を発した。見ると、富江の掌の
すぐ横に、ちょうど小指が入るくらいの小さな穴が開いていた。
薄暗い便所の中で、しかも二人で絡み合っている。いくら目を凝らしても
全貌が分かる筈もないが、そこがまた覗きの醍醐味なのであろう。
たまり兼ねて富江が声を上げると、隣りからコツコツと奇妙な声援の
サインが送られてきた。
「やめて、やめてやめてェッ」
「どうした。気持ち良いんじゃねぇのかい」
「イ、イキそう、イッちゃうからやめて、お願いィィ」
「いいからイケよ。お隣りさんはお待ちかねだぜ」
「くぅぅッ、イ、イク…、あァァッ」
富江はほとんど錯乱状態になっていた。
誰にも知られない場所ならともかく、新宿のド真ん中、公衆便所の中で
得体の知れない痴漢に凝視されながら犯されるというのは、
恥ずかしさとか恐ろしさといった感覚を超えて、神経が麻痺してしまう
のであろう。
「イッ、イクゥッ、おぇぇ…」
上半身を屈めて尻を上げたまま、富江はまるで嘔吐するような
息を吐いた。とたんに膝の関節から体重を支えていた力が抜けた。
ズルズルと姿勢が崩れて、汚れた便器を抱え込むようにその場に
うずくまる。小刻みに全身が震えて、ときおりヒクッ、ヒクッと背中が
波を打っていた。
「どうだ、満足したのかい」
髪の毛を掴んで顔を上に向けると、唇が半開きになって涎が
糸を引いていた。
「満足したのかって聞いてるんだよ」
「ふぇぇ」
「よし、それじゃこっちの番だ」
淫液でベトベトになった男根を、予告無しに唇の間に
こじ入れると、後頭部を抑えつけてぐいと手前に寄せた。
「うっぷ、ゲェェッ」
隣りからは相変わらずコツコツと送られている。不思議なもので、
鼻を突くような異臭が少しも気にならなくなっていた。
そろそろ、このへんが限界だな…
私は今にも迸りそうになっている精液を溜めていた括約筋の力を抜いた。
「グフッ、ブフ…ッ」
ぶくぶくと、唇の端から白く濁った泡が噴き出して、顎を伝ってブラウスの
胸を汚した。
「どうだ、変態って面白いだろう。気持ち良いか?」
ゴクッと女の咽喉が動いて、必死の思いで精液の固まりを呑み下ろしたとき、
コンコン、コココ、コン…、隣の壁が拍手のリズムを演奏した。
昭和30年代の始め、ちょうど皇太子御成婚の直前にあたる頃の話である。