樹海の白い蝶







     一、上九一色村

 はてな…、

 たしかこの辺に、目的のラブホテルがあったのである。

 どこかで看板を見落してしまったのかもしれないが、道の両側はどこまでも

続く深い森であった。

 Uターンするのもいまいましいので、しばらく車を走らせてみることにした。

 中央ハイウェイを河口湖でおりて、富士五湖に向かう国道一三九号線…。

 10分ほど走ると、山梨県上九一色村という標識があった。

オームの事件で、いまなら知らない人はいないが、当時は富士五湖めぐりの

観光道路も素通りの、いっぷう変った地名という印象しかなかった。

「どこに行くの?」

 助手席で、正美が不安そうに言った。

「気持ち悪い、何もないわよ…」

 左右の森は、名にしおう青木ケ原の樹海なのである。

「おかしいな、たしかこの辺だと思ったんだけど…」

 それは、嘘ではなかった。かなり前のことだが、女を連れ込んで

犯した実績がある。

 国道から少し入った森の中に、山小屋風のコテージが建っていて、直接車で

入ることができる。その頃としては、新しいシステムのラブホテルだった。

 それを思い出してわざわざ東京から連れてきたのだったが、道の入り口に

あった筈の看板が見当たらないのだ。

 仕様がねえな…、

 西湖を過ぎ、精進湖を過ぎ、本栖湖の入り口まできて、私は仕方なく

車を曲げた。

「ちょっと、大丈夫…?」

 正美は、ますます不安そうな声を出した。

 つい三日ほど前、知り合ったばかりの人妻である。

 向こうから電話をかけてきて、亭主との間がマンネリになって変った刺激を

求めているのだという。亭主に内緒でセックスの経験も結構ありそうな

ことを言った。

 会ってみると、しっとりと脂がのって、滑らかな質の良い肌をしていた。

36才というのは、熟しきった女の性欲がいちばん強くなる年令である。

 本人も承知の上で、気が向いたらどこかのラブホテルにでも…、といった

軽いノリで実現した今日のドライブである。

 本栖湖には土産物屋が四・五軒あったが、岸辺に魚釣り用の貸しボートが

浮かんでいるだけで、あたりに人影もなかった。

「淋しいところね」

 黄昏の湖面を見渡しながらセンチメンタルにつぶやく。

「一周して戻ろう。河口湖に行けばホテルがあるよ」

「ええ」

 正美も結局それを期待しているのだった。

 それほど大きな湖ではないので、湖岸をまわる道路に沿って走ると

10分で一周できる。

 あたりは、もう暮れかけていた。

 車がちょうど売店の反対側まできたとき、森の奥に向かって細い枝道が

伸びているのに気づいた。地元の人が山菜採りなどに行く間道である。

 瞬間、頭の中にいままでやったことのないアイデアが浮かんだ。

 私はためらわずにハンドルを切った。

 ガタガタと激しく揺れながら、急な坂道を50メートルも登ると、道はますます

細くなってそれ以上進むことができない。

「ちぇっ、ここまでか…」

 サイドブレーキを引いて、私はエンジンを止めた。

「ど、どうするの。こんなところで…」

 正美が怯えた眼をこちらに向けた。

「タマには、大自然の中でヤッてみるのも良いじゃねえか。ラブホテルは

もう飽きてるだろ」

「えぇッ」

 窓の外を見ると、わずか50メートル入っただけで鬱蒼とした雑木林である。

このあたりも富士山の樹海の一部なのであろう。

「こ、怖い…」

 ハンドバックを持った手が小刻みに震えている。

「降りろ、誰も来ねえぜ」

「いやよ。ハ、話が違うじゃないの」

「奥さん、ダダをこねるもんじゃありませんよ」

 私は、わざと低い声で言った。

「刺激のあるセックスに、こんな良い場所はないと思うんだけどね」

「わ、私そんなつもりじゃ…」

 それまでの甘い期待がケシ飛んで、正美は真剣に恐怖の表情を浮かべた。



    二、淫らな妖精


 車を出ると、腐った落ち葉の匂いがした。

 助手席のドアを開けると、正美は身体を斜めにして必死に拒もうとする。

「いやッ、か、帰して…」

「いまさら何を言ってるんだ」

 二の腕を掴んで引きずり出すと、つんのめるようにドアにしがみついた。

「助けてェッ」

「ちぇっ、ここは東京じゃねえんだよ」

 いくら叫んでも、暗くなった森の中にやってくる人間がいる筈もなかった。

「あんた、変ったセックスがしてみたいって言ったんじゃなかったのか?」

「嘘ようッ、帰してください…ッ」

 どうしても、車から離れようとしないのである。

「このやろう…!」

 とうとう癇癪を起こして、木の枝を拾って思い切り尻を打った。

「ぎゃッ」

「歩けっ、もっと上だ」

 ロープを入れたバッグを持って、後ろから追い立てる。

「やめてぶたないでッ、ア、危ない…ッ」

 電灯の明りがどこにもないということは、都会の女にとって本能的な

恐怖である。それでもあたりが見えるのは、月が出ているせいであった。

 狭いきこり道をよろめきながら10メートルくらい登ると、森の隙間といった感じの

小さな平地があった。

「よし、ここで脱いでみな」

 立ちすくんで、正美はオロオロと周囲を見まわしている。

 十三夜の美事な月が、中天に斜めにかかっていた。街でネオンを透かして

眺めるような濁った光ではなかった。美しいというより、凄いほど冴えわたった

青白い光が、不気味に森の隙間を照らし出していた。

「こ、こんなところで犯るの…?」

「早く脱げっ」

 いまにも森の妖怪が顔を出して、飛び掛かってくるような気がする。

こんなときには、こちらが先に妖怪になってしまうのに限るのである。

こみあげてくる恐怖をはらって、私は強引に正美の上着に手をかけた。

「ぐずぐずしていると洋服がめちゃめちゃになるぜ。それでも良いのかよ」

「カッ、カンニンしてェ」

 避けようとした拍子に転びそうになって、片手で木の枝にすがると、

ザワザワと枝が揺れて頭から枯れ葉が降ってくる。

「脱ぎますッ、脱ぐから待って…」

 ブルブルと震える指先で、正美はブラウスのボタンを外した。

「預かってやる、こっちに出しな」

 奪い取って木の枝に掛ける。こうしておかなければ、どこに脱いだのか

わからなくなってしまうのである。

 パンストとパンティ一枚になると、正美は訴えるように言った。

「こ、ここじゃ無理よ。横になれない…」

 なるほど、地面にはあちこちにさざえを割ったような火山岩が露出している。

枯れ葉はベッドの代わりになりそうもなかった。

「いいから、こっちに来い」

 月光を浴びている木の前に立たせて、パンティを奪うと、首にロープを

巻いてなるべく太い枝に繋いだ。

「転ぶと首が締まるぜ。気をつけろ」

「ひぇッ」

 身体を縛りつけるような大木がないので、ロープは四方から伸びた木の枝を

利用するよりほかになかった。

 手首をそれぞれ別の枝に結ぶと、左手をくくった枝が大きく撓って、

放すとザワッと元に跳ね返った。

「うわわ…ッ」

 正美は両腕をピンと左右に張って、奇妙な大の字の恰好になった。

 樹々の闇を背景に浮かび上がった女の裸体は、淫らな森の妖精である。

 思いのほか、乳房が大きい。枯枝で乳首を突くと、情欲が乳汁と一緒に

滲み出してきそうな巨乳だった。

 腹の膨らみに熟した女のボリュームがあって、臍の下がぼかしたように

暗くなっているのは、普通より陰毛が濃いしるしである。

「危ないッ、やめてよゥッ」

 立ったまま両足を抱えて持ち上げようとすると、身体の重みで細い枝が

弓なりに曲がった。

「けっこう太ってるな。ちょっと待ちな」

 右の足首を縛って、ロープをいっぱいに延ばすと、少し離れた木の股に

ひっ掛けて思い切り引いた。

「うわァッ、やッ、やめて…ッ」

 ズルズルと片足をひきずって、正美は大きく股を拡げて宙ぶらりんになった。



    三、蜘蛛と蝶


 お月さまが見たら、蜘蛛の糸にかかった白い蝶のように見えたであろう。

「ヒィ…ッ」

 手近な木の枝を折って、葉っぱをつけたままバシッと巨乳を叩くと、

首と手足が互いに勝手な方向に跳ねた。

 身体をくねらせてもがくたびに、樹々の梢がザワザワと鳴った。

それがバネになって、正美は宙吊り人形のように、危うく溶岩の上に

倒れるのを免れていた。

「足が、足が抜けちゃうッ」

「心配すんな、落ちやしねえよ」

 捩じれた股の間に指を入れると、思ったとうり毛深くて、陰毛が土手を

覆っている。掻きわけてなかを探ると、内部は意外なくらい濡れていた。

「てめえ、もう気分出してるのか」

 クリトリスを摘み出すように引っ張って、下腹にビシャッと木の葉の鞭を入れた。

「ぎぇ…ッ」

「いくぜ、おまんこをこっちに向けろ」

 吊られて伸びきった太腿を抱えて、角度を調節すると、腰を沈めて

男根を穴の入口に当てる。

「ひ、酷くしないで、お願い…」

 懸命にバランスを取りながら、正美がかすれた声で言った。無造作に

太腿を引き寄せて腰を入れると、ズルッと蛇が潜りこむような感じで

亀頭が埋まった。

「あひィ…、ううムッ」

 そのまま、捩じ込むように根もとまで突き刺す。正美は全身の筋肉を

収縮させて、必死に刺激に耐えようとした。

「そんなに遠慮しなくたって良いんだぜ。もうベトベトじゃねえか」

「ダッ駄目なんですッ。わたし…ッ」

 ひと突きごとにユサユサと巨乳が揺れる。長くて濃い陰毛が男根に

へばりついて卑猥な音を立てた。

「たまんない、もっとそっとしてェ」

 とうとう、正美が嬌声を上げた。

「そんなにキツくされるとイッちゃうッ」

「我慢することはねえよ、イッてみな」

 巨乳を鞭でひっぱたいておいて、抜き差しを激しくすると、突然ギュッと

穴の筋肉が締まった。

「アヒィッ、いい…ッ」

 異常な刺激と環境が、熟しきった三十女の淫情をかきたてるのであろう。

いつのまにか声が啼くような調子に変わっていた。

「いいッ、いい…ッ」

 こうなったら、もう手加減する必要はなかった。身体が不規則に

前後左右に揺れる。

 啼き叫びながら正美はイキ続けた。終いには声が詰まって、ヒーヒーと

咽喉を鳴らすだけになった。

「ようし、イクぜ」

 そして、最初の脈動がきた。

 宙吊りのまま、正美はほとんど失神状態で木の枝に身を任せている。

 男根を抜くと、ムキ出しの陰裂から精液が糸を引いてボタボタと

枯葉の上に落ちた。

「おい、終わったんだぜ」

「ま、まだイキそう…」

 ボンヤリと眼をあけて、正美がうわごとのように言った。月夜の森の妖気を

吸って、女はいくらでもイキ続けるのではないか…。

「帰るぜ、遅くなると亭主にバレるぞ」

 首と手足を吊ったロープを解いてやると、夢から覚めたように正美は

われに返った。

「あ、待って…!」

「早くしろ、後ろに化け物がいるぜ」

 かまわず背中を向けると、ヒェッと悲鳴を上げてあわてて靴をさがす。

「待ってッ、行かないで…」

 車に戻ると、私はすぐエンジンをかけた。

 ライトを点けると、素っ裸の正美がおぼつかない足取りで樹々の間を

下りてくるのが見えた。手を延ばして何か叫んでいるのだが、よく聞こえなかった。

まばゆい光の輪の中で白い牝獣を眺めているような情景である。

「乗せてェッ」

 ようやく、バックしている車に追いすがってボンネットに取りつく。ドアを

開けてやると、息を弾ませながら転がり込んできた。

 車は再び湖畔の道を走りはじめた。国道に戻ってしばらく経ってから、

私はさり気ない調子で言った。

「お前、服を持ってこなかったのかよ?」

「ええッ、嘘…ッ。も、持ってきてくれなかったの?」

「バカ、自分のことは自分でしろ」

 上着からパンティまで木の枝にぶら下げたままなのである。いまさら

引き返す勇気はなかった。窓にしがみついて、正美は絶望的な声を上げた。

「どッ、どうしよう…」

「仕様がねえ、家まで送ってやるよ」

 料金所を通るとき、正美は助手席に丸くなって息をひそめた。

こちらに向けた尻の間から陰裂をまさぐりながら高速道路を走る。

 あとは、亭主が先に帰っていないことを祈るばかりである。



<完>