ビルの下の追憶

付・トンズラ女の純情





 今はもう面影もないが、新宿駅の西口から大ガード下にかけて、

まだ闇市風の商店が軒を並べていた昭和三〇年代の前半…。

 当時の新宿西口は、駅のすぐ近くまで淀橋浄水場の土手と鉄柵が

迫っていて、文字通りうらぶれた場末のたたずまいだった。

駅舎は木造平屋建て、改札口の数も出入り合わせて五ツくらいしか

なかったと思う。

 改札口を出ると、三角形のコンクリートの狭いスペースがあって、

そこからダラダラとガードの方角に坂を下って行く。闇市のまわりには

いつも小さな雑踏ができていて、ここが女狩りの絶好の穴場だった。

 夕方になると、店先を覗きこみながら歩いている勤めがえりの女が

結構眼につく。ミニはまだ出現していなくて、女はフレアの多い

ペラペラのロングスカートが主流である。

「ヒマかい?」

「えっ、えゝ…」

 とっさのタイミングで、この瞬間、ひっかかるかどうかがわかる。

「交際わねえか、悪いことしねえからよ」

 自然に肩をならべて歩きながら、しつこく誘う。ものになると思えば、

手首を掴んで離さない。気の弱い女は、引きずられるように

縺れた足どりでついてきた。

 当時の西口には、こんな狼がうようよしていた。独り歩きの女にとって、

かなり危険な場所だったのである。ひっかけた女は温泉マークに

連れ込んだり、場合によっては浄水場の土手に誘って青カンでハメる。

このあたりを歩くと、よくこんな俄かアベックに出会うことがあった。

 そのころ、私は思いがけなくレイプされたあとの女を拾ったことがある。

 甲州街道ぞいの温泉マークで女を抱いて、浄水場の土手の裏道を

戻ってくるとき、暗い道の真ん中に蹲っていたので、危なくつまずいて

踏みつけそうになった。

「おい、どうしたんだ?」

 髮の毛を掴んで引き起こすと、顔に鼻血と泥がこびりついている。

眼を開けたまま、女は一種の放心状態になっていた。ブラウスの間から、

ちぎれたブラジャーが垂れ下がって乳房が露出している。

捩じれたスカートからむき出しになった太腿を見ると、だいたいの

成り行きは察することができた。

「しっかりしろ!」

 平手で頬を張ると、女はハッと我にかえったようにこちらを見上げた。

それでも動こうとしないので、好奇心も手伝ってスカートの奥に

腕を入れた。温かくて、指先にザラザラした陰毛の感触があった。

どうやらパンティも穿いていないのである。

「帰して…、離してよゥ」

 女は抵抗するかわりに、泣くような、哀願するような声を出した。

 よろめくのを無理やり立たせて、気がつくと裸足だった。手に持った

ハンドバッグの口が開いたままになっている。強盗か強姦か、

おそらくその両方だったのだろう。

 だが、生命に別条がないとすると、これは思わぬ拾いものである。

 誰にも見られないうちに、とにかく部屋に連れ戻ったほうが良い。

車を停めて女を押し込むと、運転手はさすがにプロらしく黙って

アパートの近くまで運んでくれた。

 部屋に入れると、まだ20代の肉づきの良い事務員風の娘である。

女は怯えて入口のところで立ちすくんでいた。

「そんな恰好じゃ仕様がねえ。助けてやるから、早く汚れを落とせ」

 羞かしがっている場合ではなかった。ブラジャーもパンティも

していないので、破れたブラウスを脱げばすぐ丸裸である。

私は女を促して、炊事場でお湯を沸かすと自分で身体を拭かせた。

「ひどく犯られたもんだな」

 背中と内股に引っ掻いたような傷が何本もあって、血が滲んでいる。

尻の皮が剥けて、泥がこすりつけたように付着していた。

素肌のまま地べたで犯された痕跡である。

「名前は、何ていうんだ?」

「あづま…、君江です」

 ぬるま湯にタオルを浸しながら、女は蚊の鳴くような声で言った。

「相手はどういう奴なんだ」

「よく…、わかりません」

「馬鹿だな。お前、そんなに男が欲しかったのかよ」

「違います、無理にです…」

 君江は、泣きそうな声になった。

 浄水場の土手で知らない男たちに寄ってたかってまわされたのだろう…。

 その場面を想像して、狭い炊事場で背中を向けている無残な

女を眺めていると、むらむらと残酷な衝動がこみ上げてくる。

「アノ…、むこうを向いてください」

 君江は、不自由な姿勢で股間を洗おうとしているところだった。

「こっちに来い。おまんこは俺がきれいにしてやる」

 首筋を掴んで、ズルズルと部屋の真ん中に引き出す。あわてて

起き上がろうとするのを押さえつけて、強引に脚をひらいた。

 わりと濃い淫毛のまわりに、砂と精液がこびりついている。

割れ目をひらくと内側まで泥にまみれて、とても、拭いただけで

落ちるような汚れではなかった。

「あひぃ…ッ」

 指を穴に入れて奥を調べようとすると、とたんに君江は太腿を震わせて

悲鳴を上げた。

「痛アッ。や、止めて…ッ」

「動くんじゃねえ!」

 ジヤリジヤリした砂とも泥ともつかない異物が詰まっている。

尻の擦り傷も哀れだが、こっちはもっと酷い凌辱を受けていた。

「なかがメチャメチャだ。消毒しないと膿んでくるかも知れねえぞ」

「ど、どうかなっているんですか…!」

「お前、おまんこに砂を噛まされたろう」

 思い当たるふしがあるらしく、女はヒーッと咽喉を鳴らした。

「これじゃ使いものにならねえぜ。洗ってやるからもっと湯を沸かせ」

 電灯の下で、恥も体裁もなく君江は股を拡げた。クリトリスのまわりが


真っ赤に充血して腫れ上がっている。

「つうッ。だ、大丈夫でしようか…」

「辛抱しろ、何とかなるさ」

 薬罐から直接ぬるま湯を注いで、痛がるのを指で掻き出そうと

するのだが、粘膜に棘のように刺さった砂は容易に落ちなかった。

「もう止めてッ、病院に行きます…ッ」

「バカ野郎、こんなのを医者に見せたらすぐ通報されて会社にバレるぞ」

「困るわッ。どうしよう…」

「心配することはねえ。だいぶ取れたよ」

「ほ、ほんと…、ですか」

「じゃ、ちょっと入れてみるか?」

「ひえぇっ」

 男根は、もう十分に熱くなっている。念のためコンドームをつけていると、

君江が急に座りなおして震えながら両手を合わせた。

「お前が悪いんだ。へんな恰好するな」

 かまわず押し倒して、海老のように縮んだ両脚の間に割り込む。

「タッ助けてくださいッ」

「暴れるな、騒ぐとまた絞めるぜ」

「いやぁ…ッ、お願い犯らないでェッ」

 ヌメリを落とした後なので、挿入したときの感じはコンドームが

軋むような窮屈な締めぐあいだった。

 やがて、淀橋浄水場は廃止され、その跡に一大副都心の建設が始まる。

東京都庁を中心とする高層ビル群が完成したとき、年号は、すでに昭和から

平成にかわっていた。

 浄水場の土手で、女たちが演じた哀しい思い出は、もう二度と

掘りおこされることもあるまい。






  トンズラ女の純情

 『芸苑社』の経営がようやく軌道に乗りはじめたころ、深夜の2時過ぎに

なって、おかしな電話が飛び込んできた。

「お願いです、助けてください…」

 かすれた女の声で、はじめからひどく怯えている様子である。

「誰だ、お前は…」

「わ、私です。坂本ルミです」

「知らねえな。いったいどうしたんだ」

「いま追われてるんです。捕まったらお終いだから…、お、お願いします」

 公衆電話のボックスからあたりを見まわしながらかけている感じで、

気持が動転しているせいか話が要領を得ない。名前を言われても

まるで記憶がなかった。

「あの…、これからタクシーで行っても良いですか」

 場所を聞くと、いま川崎の駅前なんですと言う。いい加減に返事をして

受話器を置いたが、3時をまわってそろそろ寝ようとしていたとき、

ドアをノックする音が聞こえた。

 出てみると、小柄な女がうなだれている。

 顔には見覚えがあった。少し前に面接にきて、変態は嫌だと言って

不採用になった女である。

「すみません、タクシーのお金がなくて…」

 この野郎…、腹が立ったがとにかく料金を払ってやった。

 年は20才くらいか、色も白いし、男好きのする可愛い顔をしていて、

見てくれは悪くない女である。

「黙って助けてやるわけにゃいかねえぞ」

 初めから私は釘をさした。あとで変な問題にかかわりあうのは御免である。

「こんな夜中に何をしてきたんだ。とにかくわけを話してみろ」

 ルミはまだオドオドして落ち着かない様子だったが、しどろもどろの

話を要約すると、あれから川崎の小さなバーで働いていたのだが、

客のサラリーマンと恋愛して、結婚するつもりで同棲することになった。

ところが男がヤクザから金を借りていたのがもとで蒸発してしまった。

 そのあと人質同様にヤクザの女にされていたのだという。

「働いてお金を返せって言うんです。嫌なら半殺しにするって…」

 何となく安手のストーリーで、全部を信用することはできなかったが、

虐待されたあげく隙をみて逃げ出してきたというのは本当のようであった。

「だったら、ここでも同じことだぜ」

 私は、わざと突き放して言った。

「お前、変態は嫌だってダダをこねたんじゃなかったのか。借金を返したかったら、

もう一度男と相談して出直してこい」

「助けてくださいッ。私、本当に帰るところがないんです」

「うちは宿屋じゃねえんだよ!」

 縋りついてくるのを足で払うと、乳房にあたってグニャリとした感触があった。

「いやお願い、何でもしますから…ッ」

 実を言うと、使い捨ての女はいくらでも欲しいのである。

 借金があるといっても、もともとこの女の責任ではない。だが客を取らせる

以上、それなりの覚悟はさせておく必要があった。

 明け方までさんざん脅かしておいて、その晩は洋服のまま

事務所に寝かした。

 翌日も、ルミは怖がって一歩も外に出ようとしない。金を持っていないので、

ほとんど絶食状態である。女たちが見兼ねてパンの残りなどを与えてやると、

事務所の隅に蹲ってそれを食べながら二・三日を過ごした。

「明日から客をとれ。いつまでも甘えてるんじゃねえ」

 野良犬のような気持になったところで宣告すると、ルミは

オドオドと顔を上げた。

「知らない人ですか?」

「まだ怖がってるのか。安心しろ、その代わり当分ノーギャラだぞ」

「よ、よろしく…、お願いします」

 ルミは頷くよりほかになかった。

 無法な借金とヤクザの脅迫から逃れるためにはタダ働きも仕方がない…。

 搾取と言えばこれ以上の搾取はないが、そのころの秘密クラブでは、

この程度は当然の仕置きだった。

 客は女王様役の門田奈子のファンで、月に一度づつ名古屋から上京してくる

マゾ男である。ルミがまだ独り立ちできる状態ではないので、一緒に

組ませてやることにした。

 門田奈子は、当時マニヤの間で人気があった女で、SM両刀遣いの

淫乱である。

 次の日、女王様の侍女という名目で、ルミは初めて客の前に出た。

「どうこの子、可愛いだろ」

 裸で立ちすくんでいるルミを従えて、奈子は得意そうに言った。

「おまんこが相当汚れてるけど、それでも舐めるかい?」

「はっ光栄です。是非…」

 涎を垂らしそうな顔で、マゾ男は新しい女の股間を見つめている。

「好きねえ。それじゃ舐めさせてやるから、いつものように便器になりな」

「ははっ」

 奈子が命令すると、マゾ男はさっそくそれらしいポーズをとった。

「お前、こいつの顔の上にお乗りッ」

「ど、どうするんですか…?」

「遠慮なんかすることないのッ。こうやって跨ぐんだよ!」

「はッはい…」

 後ろから奈子が腕を添えて、男の顔を跨がせと、ルミは

たちまち悲鳴を上げた。

「イヤッ、この人舐めるゥ」

「静かにしなッ。この子はね、もう五日も風呂に入ってないんだ。

どうだ臭いだろう」

「ムフッ、ふぁい」

 女のいちばん恥ずかしい匂いを遊びの材料にされて、ルミは

突き上げてくる羞恥と異常な刺激にガクガクと足を震わせている。

「ああっ、やめさせてぇ」

「いいからカスまで喰べさせておやり。こいつは穴を掃除するのが

大好きなんだから…」

「で、でもッ。ひェェ…」

 粘膜の奥で、男の舌が動き続けている。

 奈子に乳首や唇を吸われ、指でクリトリスを捏ねまわされて、ルミは

惨めに理性を失っていった。

「いやあッ。いっ、いっちゃうッ」

「マゾ女のくせに、みっともないイキ方するんじゃないよ。もっと我慢おしッ」

「あ、あッ。ううん…ッ」

 歯を食いしばって耐えようとするのだが、奈子は意地悪く、反対に何回でも

イカせようとする。こんなときのテクニックは抜群だった。

 マゾ男が顔を真っ赤にして、ルミの柔らかいところをこすりまわす。

鼻から顎にかけてベタベタになって、あたりにムッとする淫臭が漂っていた。

「またイクのかい。お前、おまんこに悪い虫でもわいてるんじゃないの?」

「くっ、くうぅ…ッ」

「どうしたのさ、気持ちが快かったらぜんぶ吸い出して貰いな!」

 2時間以上かかって続けざまにイカされたあと、ルミは力が尽きた。

「いいお嬢さんですねえ。ウウッ、たまりません。素晴らしい匂いで…」

 半分気が遠くなっている女の横で、マゾの男はルミの腹の上に

自分で精液を搾り出しながら言った。

 虚ろな眼をあけて、ルミはぼんやりと男の顔を見上げている。

 素人くさいところがウケるのか、その後もルミの評判は意外に良かった。

けっこう指名がついたし、名古屋のマゾ男からも何回か申し込みがあった。

 その後、多少のギャラを渡してやるようになったが、ある日、簡単な

置き手紙を残して女はまたトンズラしてしまった。

同時にマゾ男からの連絡もぱったりと来なくなった。

『有り難うございました。私を追わないでください。奈子様によろしく…、ルミ』

 そう言えば、女の実家もたしか名古屋あたりの筈であった。




<完>