歌舞伎町漁人日記




 
    一、暗闇の密猟者

 敗戦の混乱からようやく立ち直って、人々の暮らしに明るいきざしが

見えはじめた昭和26年…、映画は娯楽の王様であった。

 エリザベス・テーラー、ソフィア・ローレン、グレース・ケリーといった

映画史に残る名女優、邦画では原節子、高峰秀子、岸恵子などが活躍した

黄金時代である。

 そのころ私はまだ学生で、ほとんど毎日のように新宿の歌舞伎町に

かよっていた。

 目的は、映画を観にくる女たちである。

 今ではすっかり風俗の町になってしまったが、当時の歌舞伎町は

地球座、オデオン座、日活など、新しい映画館が次々にオープンして、

新興の盛り場として脚光を浴びるアミューズメントセンターであった。

 ほかに娯楽がないから、女たちは夏の虫が灯に集まるように寄ってくる。

 館内はいつも混雑していた。現在の劇場と違って、眼が馴れるまでは

あたりが見えないほど暗い。時間はタップリとあるし、混雑は満員電車なみ

ということになれば、これほど女を漁りやすい場所はなかった。

 早い話が痴漢なのだが、実際にやってみると悪魔的なスリルと、

痺れるような魅力のあるゲームだった。女たちはかなりの確率で

淫らな反応を示した。

 やり方も、ちょっとお尻を撫でてみるといったナマやさしいものでは

なかった。相手がその気になるまで徹底的に犯ってしまう。名前も知らない

女の肉体を勝手にいじりまわして、発情した感触を楽しむ醍醐味は

また格別であった。

 女が好みそうな映画は、看板を見ればすぐにわかる。ストーリーが

目的ではないから、これと思えば同じ映画館に何回もかよった。

時間は午後の3時ごろから夕方の6時までがベストである。

 中に入ると、扉までギッシリと人の背中が詰まっていた。

 暗闇を透かして見ると、あちこちに背伸びしながら画面を見詰めている

女の後ろ姿があった。今ではあまり考えられないことだが、そのころは

一人で映画を見にきている女が多かったのである。

 人混みをかきわけて、目星をつけた女に近ずく。

 こんなとき、せっかく狙った女に先客があってガッチリと抱き締められて

いたりすることがあった。痴漢の世界でも女は奪い合いである。

 あたりを見まわすと、反対側の壁の隅に、男の背中に埋まって

背伸びしているパーマの髪の毛が見えた。

 あいつだ…!

 私はすぐ、別の扉から入ってパーマの横に場所を移した。

 熟練した痴漢が、サバンナで狩りをする肉食獣のように近づいている

ことに女はまったく気がついていない。

場内が再び暗くなると、現在の八分の一くらいしかない四角いスクリーンに、

モノクロの青春恋愛メロドラマが写し出された。主演は折原啓子と

若原雅夫である。

 女はしきりに背伸びして私の前に出ようとする。背が低くて、

スクリーンがよく見えないのである。

「見えねえのかよ」

 振り返って声をかけると、びっくりしたようにこちらを向いた。

「ウン…」

「こっちへ来い、見えるようにしてやる」

 肩を抱いて引き寄せながら前に押し出す。これで、ちょうど良く

斜め後ろから腕の中に抱え込むかたちになった。

「どうだ、よく見えるだろ?」

 パーマの髪がコックリとうなずく。

 ころあいを見て手の指を軽く握ると、それほど驚いた様子もなかった。

 何となく振りほどくのも悪いし…、といった感じで黙ってされるままに

なっている。しばらく安心させておいて、指を締めたり緩めたりして

合図を送るとかすかに握り返してくるようになった。こうなれば、

あとは度胸とタイミングである。

 私はいきなり両手で女の胴体を持ち上げるように、ぐいと背伸びさせた。

「あ、いや…」

 女はあわてて身をもがく。

 一緒にスカートを持ち上げると、太腿までいっぺんに露出してしまった。

 当時はミニスカートなどないから、奥まで手を入れるためには、

どうしても尻のあたりまでたくし上げなければならない。これは、

そのころ私が考案したテクニックだった。パンティの後ろから

腕を突っ込んで尻たぶの肉を掴むと、女はヒィッと息を止めて

硬直したようになった。

 狙った獲物を手にいれた瞬間の、こたえられない快感である。

 こうなれば、もう焦る必要はなかった。

 この女は、それからたっぷりと一時間以上かけて、存分に楽しむことが

できた。釣り上げた魚が跳ねるように、腕の中でヒクヒクと震える筋肉の

感触はたまらない魅力である。女は可哀相なくらいに性器を濡らして、

足もとがフラフラになっていた。

 この快感を味わいたいばかりに、私は飽きもせず同じ映画館に足を運んだ。



    二、餌食になった女


 前田まつ江は、そんな初期の段階で偶然網にかかった女である。

 掴まえたのは、当時新宿地球会館の5階にあった日活名画座…。

料金の安さと混雑で、痴漢にとっては最適の条件が揃った映画館であった。

 エレベーターがないので、5階までトコトコと階段を上ってゆく。

 その日も場内は相変わらずの満員で、暗闇の中に女はいくらでもいた。

それとなく目標になりそうな相手を物色すると、隣りの扉の横で

人混みにもまれている背の低い女の姿が眼についた。女なら誰でも良いと

いうわけではないが、目星をつけたら一応は当たってみるのが

この道の常道である。

 あとは直感で、私の経験では映画館で引っかけた女は、ふたりに一人が

温泉マークに行くことを承知した。

 現在のように欲望のハケ口がほとんどなかった時代である。女のほうでも

どこかで男を求めているようなところがあって、お互いに暗黙の了解で

俄かアベックが成立する。なかには強引に連れ込む場合もあったが、

当時の痴漢は、決して今のようにコソコソした後ろ暗い存在ではなかったのである。

 まだ寒いころで、後ろから近づいてみると女は分厚いオーバーを着ていた。

 当時のオーバーはまるで毛布のような布地で、上から触るだけでは

あまり痴漢する意味がなかった。それでも乳房を抑えたり太腿を

押しつけたりして合図を送ると、女はすぐに気がついたようだ。

 顔だけは真っ直ぐスクリーンを見つめているのだが、身体が緊張している

ことはありありとわかった。だがまわりを人に囲まれているので

オーバーの中に手を入れることができない。このままでは何時まで

やっていても同じである。

 仕様がねえな…、

 耳の穴に息を吹きかけると、ビクッと女の身体がふるえた。

「暑いだろ。オーバーを脱げよ」

 まわりに判らないように小声で囁く。それでも黙っているので、

私は遠慮なく後ろから腕を伸ばしてオーバーのボタンをはずそうとした。

 その時、女が急に人垣をかき分けて前のほうに場所を移そうとした。

だがここで逃がしてしまったのでは何もならない。

 とっさにウエストを抱えて引き戻すと、女は身震いするように

二三度腰を振った。

 逃げようともがく女を強引に引っ張る。その度に僅かに抵抗するのだが、

引き寄せられてしまうと観念したように身をすくめておとなしくなった。

 こんな争いを何回か繰り返しながら、身体ごと抱きすくめて、

引きずるように少しづつ壁際に移動させてゆく。

 声を上げないことがわかると、私はいくらでも大胆になれた。

 満員の観客に紛れて、奪うものと奪われるものとの奇妙な闘いである。

可哀相だが、勝負ははじめから決まっていた。

 それでも人混みに逆らっていちばん後ろの壁の隅に女を押さえつけて

しまうまで、時間にして10分くらいかかった。

 ここなら、他人に気づかれる心配も少ないのである。周囲の視線は

すべて前を向いている。映画はもう半分以上進行していたが、女には、

どっちみちスクリーンが見える筈もなかった。

 横抱きにして、オーバーのボタンをひとつづつ外しにかかる。

女は魂が抜けたようにグタッと壁によりかかって身動きもしなくなっていた。

 前をひらくと、邪魔だったオーバーが反対に目隠しになって、これなら

何をやっても大丈夫である。

 手を入れると内側は案外薄着で、温い体温が直接伝わってきた。

セーターの下に、ムクムクと弾力のある乳房が膨らんでいる。

 いい身体してるじゃねえか…、

 捕えた獲物の肉体に初めて触れる快感は、洞窟の奥で発見した

宝箱の蓋を開けるときのように心が躍る。

 薄いシュミーズの上から乳房を鷲掴みにすると、軟らかい張りがあって

感触は最高に快かった。先刻からの緊張と抱きすくめられた恐怖で、

女は一種の麻痺状態に陥っているようであった。

乳首をつまんで揉んでやっても、身体を固くするばかりで

ほとんど反応しない。

 痴漢に犯されるとき、女は感覚が驚くほど鋭敏になるのが普通である。

恐怖や好奇心や快感がごちゃ混ぜになって、少しの刺激にも反応を

示すものだが、この女にはまったくそれがなかった。

 まるで、感情のない人形を弄んでいるような感じである。

 私はふと、奇妙な戸惑いを感じた。

 下手に興奮して身悶えしたり、ヨガリ声をあげたりされるのも困るが、

あまり騒がないのもかえって面白くない。

 このやろう…、

 立ったままスカートを捲って、パンティに腕を突っこむ。掌がザラザラした

陰毛に触れると女の身体からいっそう力が抜けた。ワレメをえぐると、

意外なことに内部はもうズブズブになっていた。

 なんだ、やっぱり感じてるんじゃねえか…、

 どんなに体裁を作ってみても、所詮はナマ身の女なのである。

 はち切れそうに膨らんだクリトリスを乱暴に捏ねまわすと、その度に

内股の筋肉が微かに痙攣する。

 ざまをみやがれ…、

 意地悪く女の顔を覗きこむと、いまにも泣き出しそうに唇を歪めて

理不尽な指の暴力に耐えている。一人前に毛を生やして、クリトリスを

ボッキさせているくせに、おかしな女である。

 こんな女を徹底的にイカしてみたら、さぞ面白いだろう…。

 女が嫌がれば嫌がるほど、犯してみたくなるのが悪い癖だ。ためしに

指を穴の中に入れると、何の造作もなくスルリと第二関節まで入った。

 もう処女じゃねえな…、

 誰かにハメられたあとなら遠慮することはあるまい。どんなやり方で

犯そうと勝手である。罪の意識がなかったわけではないが、それよりも

性欲のほうが先であった。

 見まわすと、周囲の混雑はますますひどくなっていた。

 視線がスクリーンの方を向いているから良いようなものの、映画館の

中ではこれ以上どうすることもできない。

 映画はまもなく終りそうであった。場内が明るくなる前に抜け出して

しまうのも痴漢のコツなのである。

「ちょっと、来い」

 私は、女の股ぐらから腕を抜いた。

「外へ出ろ。話がある…!」

 隣りに立っていた男が、びっくりしたようにこちらを向いた。

 お構いなしに手首を握って、肩で人の背中を押し退けながら扉の外に

引きずり出す。

 さすがにホッとして、穴蔵から出てきたような気持で振りかえると、

女はオーバーの前がはだけて、スカートが半分捲れ上がったままに

なっていた。

 眼が虚ろに焦点を失っていたが、明るいところでまともに見ると、

顔立ちは悪いほうではなかった。そのころスターだった根岸明美に似た、

気の弱そうな娘である。

 ロビーには、映画が終るのを待って席を取ろうとする観客が溢れていた。

「出ようぜ、良いとこに連れてってやる」

 女は本能的に後ずさりしたが、逆らうすべもなかった。

「ついて来い、逃げるんじゃねえぞ」



    三、淫肉の味


 連れ込んだ先は、歌舞伎町の裏に新しくできた温泉マークである。

 玄関で足踏みするのを突き飛ばすようになかに入れる。まだベッドの時代

ではなく、部屋は和室で真ん中に二枚重ねの布団が敷いてあった。

「名前は、なんていうんだ」

 あらためて聞くと、女はもう泣き出しそうな顔になっている。

「返事をしろっ」

「わ、わ、わたし…」

 答えるかわりに、バックからカードのようなものをさし出す。手にとってみると

新宿にある山野美容学校の学生証である。

 前田まつ江、19才…、

 純情というか正直というか、思わず笑いがこみ上げてきた。

「へえ、美容師さんかい…?」

 取り上げた学生証を指先で弄びながら、私は言葉の調子を変えた。

「オーバー脱げよ。一緒に風呂に入ろう」

「えッ…」

 まつ江は、また怯えたようなためらいを見せた。

「おまんこベタベタだぜ。キレイに洗ってやるよ」

「で、でも恥ずかしいから…」

「このやろう、さっき触らせたばっかりじゃねえか」

 ひっぱたくしぐさを見せると、あわてて立ち上がって部屋の片隅で

背中を向けた。

「さっさと脱げ、時間がねえんだ」

 無言で、頭からセーターを脱ぐ。見るとパンティが腰からズリ落ちて太腿に

巻きついていた。ここに来るまで引き上げる余裕がなかったのであろう。

「こっちに来い。身体を調べてやる」

「………」

「来ねえんならこっちから行くぞ!」

「待って、い、いくから…」

 まつ江は素っ裸のまま、両手で陰毛を抑えてよろめくように近寄ってきた。

「そこに立って、股を広げてみろ」

「は、は、はい」

「いいから、バンザイやってみな」

 パシッと尻ぺたを叩くと、反射的に両手を頭の上にあげた。哀れだが

妙に卑猥なポーズである。

 まつ江は、男に対する抵抗力をほとんど持っていない女だった。

「よし、手をおろすんじゃねえぞ」

 二三回まわすと、足を踏みかえる度にプルプルと乳房が揺れた。

「いい恰好だぜ。ケツを突き出してみな」

 わりと濃い陰毛をかき分けて陰裂に指を入れると、相変わらず中は

ズブズブである。

「みろ、こんなに興奮してるじゃねえか」

「そ、そんなことないけど…」

「嘘をつけ!」

 コリコリと固くなったクリトリスに触わると、まつ江はヒッと腰を引いた。

 浴室に連れていって、犬の子を洗うように全身の汚れを落とす。

 一緒に湯船に漬かって、湯の中で股を広げさせて容赦なく指でえぐると、

浴槽の表面にパシャパシャと不規則な波がたった。

「やめて、もうやめて、アプッ」

 顔が半分沈みそうになって、まつ江は危うく浴槽の縁にしがみついている。

「お前、彼氏はいねえのかよ」

「い、いません」

「バージンはいつ犯られたんだ」

「………」

「痴漢にでも犯られたのかよ」

 恐らく図星だったのだろう。まつ江は惨めに歪んだ顔をこちらに向けた。

「で、でも、今日はやらないで、お願いだから」

「そうはいかねえよ。何のためにここまで連れて来たんだ」

「イヤ悪いことしないで…」

「馬鹿いえ、処女じゃねえんなら誰にヤラせるのも同じだろうが」

 浴槽から引き出して部屋に戻ってまだ濡れている身体を布団に押し倒すと、

まつ江は仰向きになって自然に股を広げた。

「お、お願い、カンニンして…」

「お前言ってることが反対なんだよ。本当はヤリたがってるんじゃねえのか」

「いやァァ…、はは、はい」

 足の裏で陰毛を踏みつけると、まつ江は悲鳴を上げて八の字に

膝を曲げた。

 口では嫌がっているくせに、まるで犯されるために生まれてきたような

女である。

 こいつ、マゾじゃねえのか…、

 脚の間に入って両脇にしっかりとふくらはぎを抱えると、まつ江は

観念したように眼をつぶった。

「いいか、いくぜ」

「うぅ…ンッ」

 風呂で洗った筈なのに、もう大量のヌメリが滲み出している。

怒張した肉塊がみるみるうちに埋没していった。

 一回目の射精は、アッという間に終ってしまった。旅館の浴衣で

手荒く精液をこすり取って、すぐ二回目にとりかかる。

 女がイキはじめたのは、それから間もなくであった。

「アッいや、ダメッ、ダメェ…ッ」

 嫌がれば嫌がるほど、執拗に絶頂に追い詰めてゆく。逃げまどう美獣を

快感の鞭で追いまわしているような快さである。

「イッ、イク…ッ」

「たまんねえな、これだから女はやめられねえ」

「いやァァ…ッ」

 19才の女の肉体は、いくら弄んでも飽きないほど淫らで可憐な

人間のメスであった。

「ワッ私もう、死んじゃうッ」

 海老が跳ねるように、まつ江は全身で淫楽の踊りをおどった。

「もっとイケっ、ぜんぶ吐き出してみろ!」

「ヒィッ、ヒィィ…」

 二回目の射精が始まると、その瞬間まつ江はのけ反って激しく

筋肉を硬直させた。

 そして、そのまま失神したように動かなくなった。

「おい、帰るぜ。そろそろ支度しろ」

 しばらくして声をかけると、まだ朦朧としている顔を不安そうに

こちらに向けた。

「わ、私、どうすれば良いの?」

「そんなこと知るかよ。お前が勝手についてきたんだろ」

「ええッ」

「それとも、もう一度やるか?」

 乳房に手をかけると、まつ江は急に身体を縮めて、ふるえながら言った。

「も、もういいです、許してください…」

 結局、タップリと時間をオーバーして私は温泉マークを出た。

「これからは映画館に一人で行かねえほうが良いぜ。何されるか

わかんねえからな」

「えぇぇッ、は、はい…」

 多少の未練はあったが、女とは新宿の街で突き放すように別れてしまった。

 それからひと月ほど経って、同じ日活名画座での出来事である。

 いつものように場内に入ると、入れ違いに扉を開けて出てきた

アベックの女が、間違いなくまつ江だった。

 見知らぬ中年の男と手をつないで、というより、しっかりと手首を

握られている。視線が合うと、まつ江は一瞬立ち止まって救いを求めるように

こちらを見たが、すぐに男に腕を取られてよろめきながら引きずられていった。

女は階段のところでもう一度振り返ったが、それが最後である。

 バカだな、また捕まりやがった…、

 あの女がどんな犯され方をするか、眼に見えるような気がした。

 くそ…!

 奇妙な衝動に駆られて、私はまた新しい女を捜して暗闇にもぐり込んだ。





<完>