戦後五十年の間に、新宿はすっかり街の様相を変えてしまった。
終戦直後の新宿はもっと泥臭くて、古い日本人の体臭がムンムンしていた。
そのころ私が住んでいたのは、新宿駅南口からほんの3分、文化服装学院の
手前を代々木方面に向かう道の路地裏である。
今では大小のビルが立ち並ぶオフィス街だが、昭和二十年代の前半には、
こんな場所にも人が住む生活のスペースがあった。
粗末なハモニカ式のアパートで6帖ひと間の平屋建て、盛り場に近いせいも
あって、水商売の女や当時最先端の洋パンなど、素性の知れない連中が
住みついていた。
真っ昼間から、どこかの部屋でセックスのうめき声が聞こえる。
トイレが共同なので、夜中にドアを開けると、よく下半身丸出しの女が
蹲ってゲロを吐いていたりした。
突然女の悲鳴と物の倒れる音がして、男の罵声がアパート中に響きわたる。
それでもみんな知らん顔をして、それぞれの生活に没頭していた。
私はそのころ、伊勢丹の近くにある露店まがいの店を任されていたが、
偶然迷いこんできた十四才の少女を監禁したのもこのアパートである。
少女の名前は、新山ちどりといった。
家出した母親を探しにきて、店の前で途方にくれていたのを捕まえて
強姦同様に処女を奪うと、部屋に連れ込んで朝に晩に犯し続けた。
物音は、ドアの外まで筒抜けである。
だが住人たちは見てみぬ振りで、誰も干渉するものはなかった。
ところが、十日ほどたって仕事から帰ると少女の姿が消えていた。
母親に会いたい一心で出ていったのだろうが、金は一銭も持たせてないので
堕ちて行く先は眼に見えている。未練もあったが、結局それきりになって
しまった。(“SM小説館”43『幼女ちどりの場合』参照)
新山ちどりが行方不明になると、待っていたように新しい女ができた。
岩沢敏江という、同じアパートの斜め前の部屋に住んでいる水商売の女である。
本人は二十三才だと言っていたが、年令は私より少し上のようであった。
「お宅にいた女の子、近ごろ見えないわね」
夜、トイレで顔を合わせたとき、向こうから声をかけてきた。
「今夜は一人なんでしょ、良かったらうちに来ない?」
返事を濁していると、敏江はちょっと声を落として言った。
「構わねえのかい」
「いいわよ、今夜お店は休みだから…」
なかに入ると、新しくて暖かそうな布団が敷いてあった。部屋全体が小綺麗に
整っていて、わりと几帳面な性格である。
「あんた、そろそろヤリたいでしょ」
口説きも駆け引きもなく、敏江は、鏡台の引き出しからコンドームをひとつ
ほうってくれた。
「私、花園に勤めてるから、これ使っといたほうが良いわよ」
花園神社裏の飲み屋街は当時有名なモグリの売春地帯である。ちょっと意外
だったが、青線の女がタダでやらせてくれるのは、それなりに好意のしるし
でもあった。
コンドームを装着すると、ごく当たり前のように敏江は身体をひらいた。
「あの子を強姦したんでしょ?」
寝そべって横からハメる。乳首を弄んでいると、敏江が穴の入り口を締めたり
緩めたりしながら話しかけてきた。
「どうして、あんな子供が好きなのさ」
「べつに好きでやったわけじゃねえよ」
「嘘よ、無理にヤッちゃったくせに…」
パチンと平手で胸を叩く。乳房は大きい方ではないが、毛深くて、少女の
未熟な身体に比べたらはるかに女だった。
「私、見たかったのよ。可愛い子がヤラれるところ…。どんな感じだった?」
「毛もロクに生えてねえし、痛がるばっかりでよ。それほど気持ち良いもんじゃねえ」
「だからそこが良いんじゃない。快がるのはもう飽きてるから…」
腰を動かしながら、敏江は熱心に言った。
「私、変態なのよね。普通のお客じゃつまんなくて…」
それはそうだろう。毎日何人もの男とやっていれば、セックスの感動も楽しさも
失ってしまうのは当然である。
「ねえ教えて、どうやって犯ったの?」
私は新山ちどりを犯したときのいきさつを出来るだけ詳しく話してやった。
敏江は真剣に聞いていたが、穴の周囲がグチャグチャと卑猥な音を立てる。
話しているうちに腰が突っ張ってきて、私はどうにも我慢がならなくなった。
「おいあんまり動かすなよ。出ちゃうぜ」
「いいよ、イッちゃいなさいよ」
他愛なく、思いがけないほど多量の精液が洩れてしまった。敏江は頷いて、
眼をあけたままクックッという感じで穴を締めた。
「若いわね、まだ立ってる…」
コンドームを取り換えてもう一度ハメる。今度はこちらも落ち着いて、十分に
感触を楽しむことができた。
「天井に上がれないかしらね」
腰をゆすりながら、敏江は、何か別のことを考えているらしい。
「私、やって見たんだけど、押し入れの上の板は外れるのよ」
それは、奇想天外な着想であった。
「待ってろ。調べてやる」
股間にコンドームをぶら下げたまま押し入れを開けると、隅の天井板は
ただ乗せてあるだけで釘が打ってなかった。身体をいれると可哀相なくらい
細い梁が直接屋根を支えている。ズリ上がって横になると、十分に部屋を
見下ろすことができた。
「見えるぜ」
「ほんと…?」
それから、二人の密かな計画が始まった。
天井に座布団を3枚あげて小さなスペースを作る。部屋の隅に当たるところに
切りだしナイフで直径1センチほどの穴を開けた。
穴は3ツで、私の部屋と敏江の部屋、それに敏江の隣り部屋である。
江戸川乱歩の小説に『屋根裏の散歩者』というのがあるが、実際には、
それほど自由に動きまわるわけには行かなかった。梁が細くて、下手に動くと
たちまちミシミシといやな音をたてる。
天井裏の片隅から見下ろす室内は、薄暗い不思議な空間だった。これまでとは
全く違ったアングルで他人の秘密を覗き見る行為は、敏江でなくてもゾクゾク
するほど面白いスリルである。
覗くことのできる範囲は限られていたが、それでも敏江は興奮して、作業が
終ると本気になって私に抱きついてきた。
コンドームがベタベタで役に立たなくなっている。引き剥がして、私は
ナマのまま敏江のなかに二度目の精液を吐いた。
二、天井裏の秘密
新宿の街角に立ってアルバイトなどしていると、ほとんど毎日のように
女が釣れる。それは今でも変わらないと思うが、女の質が違っていた。
純情というより、彼女たちはセックスに対してまだ免疫を持っていなかった
のである。
強引に誘うと、危険と知りながらつい誘惑に乗ってしまう。当時の新宿には
そんな淫蕩な盛り場の雰囲気があった。
連れ込んだ女の数も五人や十人ではなかった。職業や年令はさまざまだが、
敏江と奇妙な覗き遊びを始めてからも、かなりの女たちが餌食になった。
ひっかけた女をアパートに連れてくると敏江の部屋の扉を軽く叩いておく。
店を休んでいる日はそれが合図だった。
初めからおとなしく脱ぐ女もいたが、いざとなると、大抵の女がちょっとした
ためらいを見せる。
「嫌ッ、帰して…」
「ここまで来て何だ。てめえ、おまんこ持っていねえのかよ!」
一喝すると、女は震えながらパンティを脱いだ。強姦されるのはやはり
怖いのである。突き倒して精一杯足をひらかせると、あとはこちらの勝手
だった。
片隅の穴は小さな黒い点で、暗くてよほど注意していなければわからない。
腰を揺すりながら天井を見上げると、静まりかえって物音ひとつしない。
その奥に敏江がじっと身を潜めて眼をこらしていると思うと、妙にナマナマしい
気持ちになった。
連れ込まれた女は、そんなことには夢にも気がつかずに、刹那の欲情に身を
よじる。これ見よがしに尻を持ちあげて上から突っ込んだり、腹に乗せて
弾ませてみたりしたが、残酷で悪魔的な快感があった。
「ああ、いい…ッ」
嫌がっていたのが嘘のように声を上げはじめると、私はかえって冷静になった。
「好きッ、好きよゥ…」
女は、私が興奮して夢中になっていると思い込んでいる。燃えれば燃えるほど、
哀れなピエロになるのだった。
「待ってろ、ちょっとションベンだ」
いきなり引き抜いて、あっけにとられている女を残して外に出る。向いの部屋を
ノックすると、少しして頬を紅くした敏江がドアを開けた。
「どうしたのよ?」
「イクぜ、早くケツを出せ」
深夜なので、下半身ムキ出しである。敏江は慌ててパンティをおろして
こちらに尻を向けた。不自由な姿勢だったが、立ったままハメると、なかは
もうズルズルになっている。
「バレるわよ。あの子をどうするの?」
射精したあとのコンドームを捨てながら、小さな声で言った。
「構わねえよ、もう一度ヤッてくる」
部屋に戻ると、女は上半身を起こして不安そうにあたりを見まわしていた。
「便所でイッちゃったよ。こいつを舐めろ」
まだ半立ちになっているのを口の中に押し込むと、女は嫌おうなしにゲクゲクと
咽喉を鳴らした。
女を追い返したあと、私はよく敏江を抱いて品評会をやった。
ポルノ小説ではずいぶん快いように書いてあるが、実際にハメてしまえば、
穴の感触はそれほどの違いがあるわけではなかった。
それよりもイクときの表情や道具の変化を鑑賞していたほうが、よほど面白い。
毛が多いのや少ないのや、色の濃いのや薄いのや、なかにはクリトリスの
まわりに嫌になるほど白い滓をくっつけていたり、鷲掴みにして引っ張ると
ゴッソリと毛が抜けてくるような女もあった。
「あのネ、隣の部屋だけどね」
話が一段落すると、急に思い出したように敏江が声をひそめた。
「あの二人、ヤッてるのよ」
「どうせ、兄妹なんかじゃねえんだろ」
彼らが広島から出てきて、兄はコックで妹が美容院に勤めているということは
私も聞いていた。同棲している男女が兄妹だといって世間を繕うことは
よくある話だ。駆け落ちでもしてきたのだろうくらいに思っていたのだったが、
敏江は、二人が本当の兄妹だと言うのである。
「覗いてごらんなさい、ぜったいにヘンよ」
真物の兄妹だとすれば問題である。
興味はあったが、結局、話はそのままになって一週間ほどが過ぎた。
その夜、私が新聞を読んで寝そべっていると、廊下に人の気配がして、突然
ガタンとベニヤのドアが鳴った。さりげなくハンドバックか何かをぶつけた
のであろう。敏江が男をくわえ込んできた合図である。
久し振りに天井に登ってみると、頭の禿げた男が背中を見せて胡座を
かいていた。敏江はかなり酔っているらしく、和服の長繻伴でもう蒲団に
大の字になっている。
男が着物の裾を掻き分けて太腿に手を伸ばすのを、私は映画のシーンを
眺めるような気持ちで見下ろしていた。アングルが違うせいか、男の動作は
スキだらけで、ぎこちなく間延びして見えた。
敏江はもともと狂乱状態になるようなタイプではないので、男が乗りかかると、
こちらに向かってさりげなく手を振ってみせたりする。今ならVサインでも
出すところだ。
男は違っても、同じ女がヤルところを何回見てもそれほど変わりばえしない
ので、私は身体を捩じってもう一つの穴に眼を当ててみた。すると思いがけなく
美容師だという妹が真正面からこちらを見上げていた。
思わず顔を引っ込めたが、天井の穴に気がついているわけではなかった。
半分眼を閉じて、立ったままタバコを吸っている。その股の間に男がもぐり込んで、
割れ目の奥を舐めていた。兄妹なら絶対にする筈がない淫靡な光景である。
やがて女は横になったが、舐められている間にタバコを3本かえた。好きで
吸っているのではなく、快感を散らすために意味もなくふかしているといった
感じである。それでも嫌がっている様子ではなかった。
二十分近くたって、男はようやく舐めるのをやめた。
豆電球ひとつの暗い部屋で、男の尻が規則正しく上下している。女は相変わらず
タバコをふかしているのだが、挾んだ指がブルブルと震えていた。必死に快感に
耐えているらしい表情がありありと見えた。
「あ、あっ」
とうとう女が声を上げた。男があわてて蒲団で口を塞ぐ。腰の動きが
メチャメチャに早くなった。
「お兄ちゃんッ、お兄ちゃん…ッ」
蒲団の中から、くぐもって切羽つまった声が聞こえた。
「ううむ、うむッ」
女が二・三度跳ねて、それきり二人は動かなくなった。変わった態位でも
ないし、声もそれだけだったが、十分に猟奇的で淫らな匂いが立ちこめた
セックスである。
こいつら、本当に兄妹なんだ…。
向きを変えて敏江の部屋を覗くと、もう終わったあとで、男が帰り支度を
していた。
私は、再び隣りの穴に戻った。
スタンドの電気が点いて部屋が明るくなっている。
「お兄ちゃん、うちをお嫁に行かせてくれん気?」
女が起き上がって、股の間をタオルで拭きながら言った。腰巾が広くて、
ほとんど無毛である。
「お前、好きなんおるんけ」
「そんなんおらんよ。兄ちゃんのせいや…」
それは、夫婦の会話とも違う。
どちらが先に誘ったのか、初めて見る兄妹相姦の現場は、想像していたよりも
淫靡な馴れ合いの媾合図だった。
そのとき、音もなく天井の板が動いて敏江が首を出した。シッと唇に指を
当てると、すぐ頷いて息だけで話しかけてきた。
「ヤッてる?」
私は、黙って首を振った。
「降りてらっしゃいよ。お寿司あるわよ」
禿頭からせしめたのだろう。そのころの寿司はたいへんな御馳走である。
屋根裏を出るときミシミシと音がしたが、兄妹は気ずかなかったようだ。
敗戦で、セックスのタブーから解放された女たちが、おそるおそる禁断の
木の実に手を伸ばしはじめたころの話である。
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