淫楽ステーション




    一、露出マニヤの女

「見ていただけます…?」

 女が、低い声で言った。

「うむ」

「恥ずかしい…、笑わないで下さいね」

 眼の隅で素早くあたりを見まわす。

 ウエイトレスが通り過ぎるのを待って、女はそろそろとヒダの多い

スカートの裾を捲った。狭いテーブルの下で、太めの膝小僧がクルリと

剥き出しになった。

 東京駅、八重州の地下街にあるLという喫茶店である。

 明るい店内はほとんど満員で、隣のカップルとは1メートルも

離れていない。客はそれぞれが自分たちの話に熱中していた。

 久保田沙月、38才…。

電話がかかってきたのは一昨日の夜、ぜひ会ってほしいと言うので、

今日が初対面である。

 大柄で、年なりにちょっと太めだが、肌が白くて肉感的な巨乳に

近い女だった。

 しばらく話をした後で、性器を見て下さいと言い出したのは、

女のほうである。

「へえ、ここでかい?」

「わざわざ場所を変えていただくのも申し訳けないと思って…」

 こんなところで、どうやって見せようというのか…、

初めはただのマゾ志願かと思ったのだが、こいつはマゾというより

一種の露出マニヤである。

 そ知らぬ顔でコーヒーをすすりながらテーブル越しに視線を落とすと、

よく脂ののった内腿が3分の2ほど露わになって奥のほうに続いている。

「あんまり良く見えねえな」

「ごめんなさい…」

 沙月が、膝小僧の間隔を少し広げた。

 もう一度あたりを窺って、両手でスカートの端をつまむと、沙月は

パッとテーブルの上に乗せた。

「早く…! 下から見てください」

「ん? あそうか」

 テーブルの下を覗くと、フレヤスカートの裾がドームになって、真っ白い

太腿が二本、奥の黒いところでつながっていた。

 ほんの二・三秒…、僅かな時間だったが、姿勢をもとに戻すと、沙月は

すぐにスカートを下ろして、あわててコーヒーカップに手をのばす。緊張して

カップが皿の上でカチカチと鳴った。

「パンティ穿いてこなかったのかよ」

「わ、わかりました?」

 わざわざ長いスカートで来たのはこのためであろう。悪いいたずらをした

後の子供のように、沙月は頬を染めながら言った。

「そんなに、はっきりと見えたかしら…」

「毛は見えたけど、これじゃワレメの中まで良くわからない」

「そんな…、無理よ」

「おまんこを良く見せたほうが、もっと感じるんじゃないか?」

「で、できないわ」

 沙月が口ごもりながら言った。

 きわどい会話だが、うわべだけ見ればさり気ない世間話である。

「それだけで、もう濡れてくるんだろう」

「ええもう、中がベタベタ…」

「クリトリスは、どうなっているんだ」

「私、大きいんです。すぐに膨らんできちゃって…、困っちやう」

 沙月は、ワザと卑猥な言葉を使って話すことにも感じているようであった。

これは典型的な露出女に見られる傾向である。

「旦那とは、うまくいってるのか」

「主人とは普通ですから…、月に一度あれば良いほうです」

 沙月はちょっと淋しそうに笑った。

 亭主を会社に送り出してから、一人で妄想に耽ったり、露出ができそうな

場所に行くのだと言う。

「今まではどうやって満足していたんだ」

「デパートで、トイレに鍵を掛けないでしゃがんでいたりして…」

 だがそれだけでは、かえって欲求不満がつのるばかりである。何かもっと

スリルのある方法で妄想を実現してみたいのだと言う。

「危険だぜ、おまんこ犯られても構わないのかい」

「仕方ありません。主人にわからなければ、覚悟しています」

「わかった、とにかくここを出よう。ついて来いよ」

 外に出ると、スカートが長いのでパンティを穿いていないことは

判らない。見た眼には何の変哲もない中年女である。

「それじゃ駄目だ。ブラも取ってしまえ」

「えッここで…、ですか?」

 場所は、川の流れのように人通りが絶えない東京駅構内のド真ん中であった。



    二、裸の人形


「どうしよう。脱ぐところあるかしら…」

 一瞬びっくりしたような顔をしたが、沙月はそれほどうろたえた様子も

なかった。真剣に辺りを見まわして、どこか脱げる場所はないかと

物色している。

「すいません、ちょっと待ってください」

 たしか5番線だったか6番線だったか、長距離列車の専用ホームで、

そこだけは人の流れが少ない。階段の横の柱のように出っ張っている

壁の陰に寄りかかって、沙月は上半身をくねらせるようにして肩から

ブラジャーの紐を外した。

 下にスリップのようなものを着ているのだが、これが太腿の辺りまで

あるらしくて、スカートのベルトを緩め、手を背中にまわしてしきりに

手繰り上げようとする。ちょうど操り人形が独りで奇妙な踊りを踊っている

ような状態である。だが、それに気がついたものは誰もいないようであった。

 たとえ気づいたとしても、立ち止まって見物するような状況ではなかった。

人々は皆それぞれの用件で忙しいのである。

 下着を脱ぎ捨てる準備ができると、沙月はさすがに後ろを向いて、

ブラウスのボタンを外した。はじめに右腕から、肩を上下に揺すって

袖口から手首を抜く。ようやく肩にブラウスを引っ掛けただけの状態になる

まで、およそ15分くらいかかった。

 沙月がごくフツーのおばさんだったせいもあろうが、この間、この女の

異常な行動に注意を向けるものが誰もいなかったことは不思議である。

 案外、大胆なことができるものだな…、

 感心して、すぐ斜め向かいの角に立って様子を眺めていると、ブラウスが

ヒラリと揺れた。一瞬だが、白くて肉付きの良い背中がムキ出しになった。

その早さといったら、せいぜい2・3秒くらいだったと思う。

 急いで裾をスカートの間に挟み込んで、沙月がこちらを向いた。

 ゆっくり近寄っていくと、やはり物凄く緊張していたのか、顔が

こわ張っている。その顔で無理に笑って見せたが、眼が充血して

獣のような欲情に濡れていた。

「おまんこの具合はどうだ?」

「もう…、イキそう」

 沙月は圧し潰したような声で言った。

 見ると、ブラとスリップを取り去った後の胸に、クッキリと勃起した乳首の

色が透けている。ブラウスが薄いので、人一倍の巨乳の隠しようが

ないのである。

「行こうぜ」

「ど、どこへ…?」

「どこかわかんないけど、お前を欲しがる男が現れるまでだ」

 沙月はあわてて脱ぎ取った肌着を買い物袋の中に押し込むと、

私の後をついてきた。

 歩くたびに、巨乳がブルンブルンと上下に揺れる。

 スレ違った若い女が、エェッと眼を丸くして通り過ぎていった。何人もの

男が気がついて、ギョッとしたように表情を変えた。柱の陰で裸になった

ときよりも、この方がよほど目立つのである。

 3番線、山手線のホームに上がって何台かの電車をやり過ごす。

そろそろ夕方のラッシュアワーが近づいていたが、朝と違って

それほど混雑しているというわけでもなかった。

「まあ良いや、乗ろうぜ」

 スシ詰めではないが、座席と吊り革はほとんど満員である。

沙月は車両の真ん中の吊り革に、背広を着た若い男の後ろから

割り込むようにブラ下がった。座席から見れば、薄い布地を通して

相変わらず勃起したままの乳首がスケスケである。

 私は少し間をおいて、しばらくその様子を観察していた。

座席のほうからチラチラと助平そうな視線を送るものはあったが、

側に寄ってきて手を出そうとする男がいない。

「こっちへ来い」

 耳もとで囁いて、私はさりげなく場所を移した。

 次の車両と境い目の扉の隅である。

 沙月は言いなりに、グタッと扉に寄り掛かって眼をつぶった。激しく

興奮して、全身が宙に浮いたようになっていることは歴然である。

そのとき、ヒョイと一人の中年の男が振り返った。

 来るな…?

 とっさに素知らぬ顔をして、女から離れると、入れ違いに男が

スルスルと沙月のそばに寄った。 かなり大きめの鞄を防壁にして、

男の手が沙月の太腿のあたりを這い回っているのが判る。

沙月は眼を閉じたまま、頭の中が真っ白になっているようであった。

 そのとき電車が上野に着いて、いっぺんに大勢の乗客が乗り込んで

きた。男にとっては願ったり叶ったりである。



    三、メスの告白


 素っ裸に薄い布一枚だけ身につけた女が、見知らぬ男の前で

どんな反応を示すのか、これは遊びとも本気ともつかない淫蕩な

ゲームだった。

 沙月は発情しきって、ほとんど白痴状態になっている。

 近寄ってきた男が身体に触れても、逃げようとしない、と言うより、

身動きすることが出来ないのである。

 何も着ていないことは恐らくすぐにバレていたろう。

 下腹の三角を触れば、スカート越しにいきなりジャリジャリとした

陰毛だし、腰に手をまわせばコルセットのような固い感触が伝わってこない。

 男も驚いたろうが、こんな都合のよい獲物出会ったのは幸運である。

 沙月は呆然と扉に寄りかかったまま、立っているのがやっとと言った

感じだった。

 混雑の中で、顔が見え隠れしているだけだが、視線が合うと、沙月は

麻薬に酔ったような眼で、何か訴えるように私を見つめた。

 それは「助けて…」と言っているようにも見えたし「嬉しい…」と言って

いるようにも見えた。

 そのとき、ヒクッと身体が震えて、沙月の顔がゆがんだ。男が慌てて

周囲に気付かれないように沙月を押さえつけた。もっと近くに寄れば、

微かな呻き声も洩れていたのかも知れない。

 いったい何をされているのか、電車が停まって人混みが動いた拍子に、

下のほうで男の手がスカートの上からしっかりと土手の膨らみを

掴んでいるのが見えた。

 電車が日暮里、田端、駒込と過ぎて、池袋に近くなったころ、

男がしきりと沙月に何か囁いている。

 一緒に降りろ…、と言っているらしいことは察しがついた。

 池袋での停車時間は少し長い。電車がホームに着くと、混んでいた

乗客が塊になってドッと車外に溢れ出す。

 男が沙月の腕を引きずるように、私の横をスリ抜けていった。

腕を取られているので、沙月は身体を斜めにして、泣いているような

顔で私を見たが、もちろん、言葉を交わすことはなかった。

電車を降りるとき、人混みに揉まれてブラウスから乳房が

半分露出していた。

 ヤレヤレ…、

 すぐ前を、よろめくような足取りで沙月が歩いている。男は異様な

格好を通行人に気づかれまいとして、肩を抱くように沙月を庇っていた。

ちょっと見れば仲のよい中年の夫婦である。

 後を尾けながら、あの女がこれからどんなことをされるのか想像すると、

奇妙に充実感があった。

 だがいつまで後を追ってみても、あとは男に任せるしかない。

彼がテクニシャンであることを期待して、私はその場を離れることにした。

 電話がかかってきたのは、その夜、遅くなってからである。

「私です」

「どうだった、無事に戻れたのか」

「ハイ」

「気持ち快かったろう」

「ええでも、普通のセックスだったから…」

「イカされたのかい?」

「たぶん、よくわかんないけど…」

 あれからラブホテルに連れ込まれて、いちおう形どうりに犯された

のだという。

「そうか、男は喜んでいたろう」

「えぇでも…」

 沙月は、ちょっと沈んだ声で言った。

「部屋に入ってからは、何をされてもあまり感じなくて…」

「やっぱり外でやったほうが良いのか」

「私、普通のセックスでは駄目かも知れないんです。誰かに

見られていないと…」

「電車の中ではどうだった?」

「私、イキ続けていたみたいで、その時はもう…」

 放心状態でよく覚えていない、と沙月は言った。

 あのスリルと緊張を味わっただけで、クリトリスがイッてしまう。

部屋に連れ込まれたときには、おそらくヌケガラのようになって

いたのであろう。

「あの、またぜひご一緒に、やっていただけませんか」

「そうだな、今度はディズニーランドで裸にしてやろうか?」

 だが、それきり沙月とは逢っていない。

 この女の強度の露出願望を理解してやれる男がそうザラにいるとは

思えないが、自信のある方はどうぞ…。




<完>