淫乱アパート





    一、新婚さんの部屋

 これは昭和35年…、東京の住宅事情がまだアパート全盛だった

ころの話である。

 そのころ私が借りていたアパートは、杉並区高井戸にあった。6帖と3帖の

二間つづきで、同じ間取りの建物が二棟並んでいる。入口のドアの横に

台所があって、小さな格子窓から覗くと向かい側に隣り棟の部屋が見えた。

 当時は新築ラッシュで、建ったばかりの新しいアパートだったが、クーラーは

まだ普及していなかった。夏になるとどの部屋も一斉に窓を開け放す。

南向きの窓には目隠しがついていないので、向うの部屋の様子が

手にとるようにわかった。

 そこに引っ越してきたのが、どうやら新婚らしい若夫婦である。

 いかにも新世帯らしく、調度品も小綺麗に整っていて、銭湯から帰ってきた

女が下着姿になってパジャマに着替えていたりする。今ならマンションで

プライバシーも守られているが、当時はこれが平均的な庶民の

暮らしぶりであった。

 男が戻ってくるのはたいてい夜の9時すぎになる。そのため夫婦生活は

いつも深夜で、意識していたわけではないが、今夜はヤリそうだな…、

というのは女の動きでだいたいの見当がついた。

 あたりは寝静まっているし、二階だという安心もあるのか、セックスの

ときもカーテンを閉めるだけで窓はそのままである。

 部屋にスタンドが点いているので、台所の電気を消すと、小さな窓から

二人が絡みあっている様子が影絵のように透けて見えた。

 他人を意識しない人間の性行為はひどく無防備で、決して勇ましいものでは

なかった。

 窓が腰高なので、女は裸になっているのだが態位も定かではない。

緩慢な動作で、男と女が密着して蠢いている。ほとんどの場合、男が

上になって女を組み敷いていた。ワンパターンといえば言えるが、動きが

判然としないだけにかえって淫靡な妄想をそそる。

 ときどき、女が蹴上げるように足を高く上げるが、これが若妻の快感の

反応であった。

 覗きマニヤが聞けばヨダレが垂れそうな話なのだが、ある日の午後、

奇妙なことが起こった。

 寝坊して私が眼を覚ましたのは、そろそろ昼過ぎである。台所で顔を洗うと、

何気なく小窓の外を見て、アッ…と思った。

 夏のブラウスがしどけなく乱れて、乳房がムキ出しになった女が

急いでカーテンを閉めようとしているところだった。その後ろに男の裸体が

チラリと見えた。彼女の夫でないことはひと眼でわかった。

 ほんの一瞬のことだが、感じでは明らかに情事の雰囲気である。

 いったい何をやっているのか…。

 気になって、その後も何回も小窓を覗いてみたが、昼間は外のほうが

明るいので、カーテンを閉められると残念ながら内部を窺うことは

不可能であった。再びカーテンが開いたときには、もう部屋に

男の影はなかった。

 つけ加えておくと、その晩遅く帰ってきた夫と、女はまた影絵のような

セックスをやったのである。



     二、2号室の姉妹


 それから、半年ほど経ってからのことだ。

 夕方戻ってくると、階段の昇り口の横に若い女がぼんやりと佇んでいた。

 気にもとめずに階段を上る。私の部屋は二階の5号室である。

階下が123、4号がなくて二階が567号室…。つまり、このアパートは

同じような部屋が三つ並んだ二階建てであった。

 30分ほどして用足しに出ると女はまだ立っていた。買い物をして

ふと気がつくと、今度は表通りに出る電柱の陰でうつむいている。

「どうしたの…?」

 女は困ったような顔をしたが、私がアパートの住人であることを知って、

はにかんだように笑った。

「ちょっと、お客さんが来てるもんで…」

 部屋が狭いので、外に出て客が帰るのを待っているのだという。

まだ20才そこそこの垢抜けない少女である。

「あんた、みどり荘に住んでるのかい?」

「2号室なんです」

 2号室は一階の真ん中である。こんな女がいたとは知らなかったが、

話を聞くと、最近田舎から出てきて姉の部屋に居候しているのだという。

「ほう、お客さんて誰なんだ?」

「お姉ちゃんの彼氏…」

「へえっ。それじゃ今そいつとヤッてるとこなのかよ」

「ううん、小父さんだから、そんなことしないんでしょ」

 弁解するような口振りだが、どうやら姉のところにパトロンが来て、

その間少女は部屋を追い出されているらしいのである。

「だったら俺ンちに来いよ。こんなところに立ってたら風邪を引くぜ」

 さり気なく誘うと、女はびっくりしたように顔を上げた。

「良いの? でも悪いわ」

 本気で申し訳けなさそうに言った。まだ人を疑うことを知らない

田舎娘である。

「構わねえよ。どうせヒマなんだ」

 部屋に入ると、少女は珍しそうにあたりを見まわしながら一人ごとの

ように言った。

「いいわねえ。私も、早くお部屋を探さなくちゃ…」

「あんたも人が良いな。一人で外に待たされてることはねえだろう」

 ためらわずに、私はうしろから少女の肩に手をかけた。

「アッ、何すんのよゥ」

「まァゆっくりしていけよ。姉ちゃんだってヤッてるんじゃねえか」

「いやァ、怖いッ」

 強引に押し倒すと、言葉とは反対に、少女は意外と簡単に股を広げた。

「名前は何ていうんだ…?」

「ト、トモ代…、です」

 胸が大きく喘いで上下している。 こいつ、バージンじゃねえな…。

 プリプリした乳房が健康的で、スカートの奥に腕を入れると、

ムレたように熱い。ザラザラと少し濃いめの陰毛が指に触れた。



     三、アパートの性宴


 東京の男に憧れていたのか、姉の愛人生活を見せつけられて

欲情していたせいか、トモ代は何の造作もなく身体を許した。

 田舎で何人かの男とヤッたことがあると言ったが、セックスはもともと

嫌いなほうではなかった。イクことも知っていたし、よく締まる肉厚の

クリトリスを持っていた。

 姉の美知代にも会ったが、25才、けっこうな美人である。

 職業は小さな会社の事務員で、上役の2号になっているらしい。

私が妹を犯ったことを知っても何も言わなかった。

 したがって、トモ代が二階に上ってくるのはパトロンが部屋にきたときである。

 そしてまた何ケ月かが過ぎた。

「おい、ちょっと来い…!」

 ある晩のこと、こちらは一度ハメたあとでもうパンティを穿かせていたが、

私は大急ぎでトモ代を台所に呼んだ。

 いつの間にか春も盛りである。 久し振りに、向かいの部屋の窓が

開いていた。そこにあのときの男がいたのである。

 カーテンが揺れて、ふたつの裸体が陽炎のように動いていた。何気なく

近寄ってきたのを覗かせてやると、エッと小さな声を出してトモ代は

小窓にしがみついた。

「面白いだろう?」

「なッ何なの、あれ…」

「新婚さんだよ。男は違うけどな」

 トモ代にはその意味がよく判らなかったようだ。ただ眼を丸くして

向こう側の部屋を見つめている。私がパンティの横から指を入れたのも

気がつかなかった。

 肉ベラが、先刻の残り汁でまだたっぷりと湿っている。

「アァン、また興奮しちゃうッ」

 窓から眼を離さず、トモ代が腰を振った。

「ようし、向こうの連中に負けないようにイッてみな」

 洗い場に片足を乗せた不安定な姿勢で、後ろから尻を抱えて

突き上げると、身体がガクガクと前後に揺れた。

「ウェッ、カッ感じちゃうよゥ…」

 暗い台所のすみで、女を弄びながら他人のセックスを窃み視る行為は、

奇妙に悪魔的な感興をそそる。それが互いに秘密の情事であれば

なおさらである。

「ア快い…ッ」

 窓の奥で、女が脚を跳ね上げていた。

 そう言えば、階下の2号室でも、今ごろは姉の美知代がパトロンの

禿げ親父に抱かれている真っ最中であろう。何の関係もない男と女が、

それぞれの部屋で束の間の快楽をむさぼっている。

「おい、今度姉ちゃんと一緒にやろうぜ」

 私は、思い切り腰を使いながら言った。

「三人で見せっこしたらもっと面白えぞ」

「いやァ、ハッ恥ずかしいッ」

 窓の格子にへばりついて、トモ代がとたんに嬌声を上げた。

「アァァ、イック…ゥ」

 身体を震わせるたびに、窓格子がミシミシと鳴った。

 こんなアパートも次第に老朽化して、今ではほとんど姿を消してしまった。

 みどり荘のあとは、現在、鉄筋8階建てのマンションになっている。





<完>