あるモデルの物語







      一、モデルの条件

 ヘアヌードなどとキレイごとを言っているが、最近では一流の週刊誌でも、

毛が生えたおまんこの写真を載せなければ売れない時代になった。

 昭和30年代の前半…。裏ビデオなどまだ遠い先の話で、今でいう

ポルノ写真は、赤線の女や芸者を使って撮影した白黒の手札判が

主流だった。10枚1組で千円くらい…。ほかに8ミリの映画もあったが、

コストが高価くて一般にはあまり普及しなかったようだ。

 今と違って、自分からAVに出演したいなどというノーテンキなギャルは、

どこを捜してもいなかったころ、私が経営していた『芸苑社』にエロ写真の

モデルを紹介してほしいという依頼があった。

 ギャラは3倍払っても良いという。

 芸苑社は日本で初めてサド・マゾにSMという呼び方を使った変態クラブである。

今なら貴重品ともいえる苛酷な訓練を受けた女たちが集まっていた。

 請け合ったものの、このテの写真は、当然刑法一七五条の猥褻図画に

ひっかかる。まさか門田奈子、志摩喬子といった一級品を、エロ写真の

モデルにするわけにもいかなかった。万一の場合を考えると、使い捨てに

しても構わない女でないとまずい。

 そこで、白羽の矢を立てたのが近江千佳子である。

 年令は20才…。本格的なマゾというより、どちらかと言えば弄んで

楽しむタイプの女だった。だが、この女をモデルに選んだ理由は別にある。

 それは、ちょうどひと月ほど前のことだ。 面接にきた千佳子は、

いかにも素人くさいオドオドと不安げな少女だった。

 わけを聞くと、親に内緒で中絶したいのでどうしてもまとまった金が

要るのだと言う。

「きのう病院に行ったら三ケ月と言われたんです。私もう、ビックリして…」



 途方にくれて、何も手につかないといった様子である。ようやく大人に

なったばかりの女の子にしては無理もなかった。

「それまで気がつかなかったのかよ」

「生理にならなかったもんで、もしかしたらとは思っていたんですけど…」

「彼氏は、面倒見てくれねえのか」

「それが…、あのう」

 問いつめると、千佳子は口ごもりながら、これまで新宿の街で

知り合った複数の男たちと関係を持ったことを告白した。

「いったい、何人くらいとヤッたんだ」

「5人か、もう少し多かったかも…」

 千佳子はうなだれて、蚊の泣くような声で言った。


「子供みたいな顔して、お前、よっぽどおまんこが好きなんだな」

「違うんです。でも断り切れなくて…」

 実際には、もっと多数の男に遊ばれていたのかもしれない。現在のように

テレクラだのネルトンだのといった情報もないから、盛り場にはセックスに


無防備な女がウロウロしていた。きっかけはすべて直接交渉である。

声をかけるとわりと簡単にひっかかって温泉マークについてくることが

多かった。

 近江千佳子も、そんなお人好しの一人だったのだろう。これでは

相手の名前どころか、顔さえわかる筈がなかった。

 前後の見境もなく遊ばれたあげく気がついたときには生理が

止まっていた。思い余ってここに駆け込んできたのは、千佳子にしてみれば、

精一杯の知恵だったのであろう。

「病院のお金だけで良いんです。ダ、駄目でしようか…?」

 そのころ、妊娠中絶の費用は町の産婦人科で6万円くらいかかった。

OLの初任給の、およそ五倍である。

「堕ろす金を作るために、また違う男と寝るっていうのかい」

「………」

 私の皮肉に言い返すことができなくて、千佳子は不安げに顔を伏せた。


 いくら男を知っていると言っても、ナンパされてホテルに行くのと、

変態クラブで客をとるのとはわけが違う。このままではとても

使いものにはなりそうもなかった。

「腹を出してみろ」

 ためらっているのを強引にスカートを下ろして、セーターを捲らせると、

白くてきめの細かい下腹部の皮膚がピンと張って、艶の良い陰毛が

上を向いていた。腹はまだ膨らんでいないが、土手の重なりが

普通より大きく見えるのは、やはり孕んでいるしるしである。

「すぐ眼立つようになるぞ。ガキのくせに、おまんこを粗末にした罰だ」

 割れ目を分けてみると、クリトリスのまわりにネバネバした

濃い粘液を出している。

「金のために身体を売るんなら、どんなことされても文句は言えねえんだぜ」

「は、はい…」

 穴の入口に指をひっかけて容赦なく手前に引くと、千佳子はよろけながら

泣きそうな声を出した。

「お、お願いします。堕ろさせてください」

 両手でセーターを持ち上げて、死ぬ思いで陰裂を晒している有様は

哀れでもあった。

「仕様がねえ、助けてやるか…」

 とにかく、若いことだけが取り柄だった。妊娠していることは黙っていれば

当分の間わからない。20才そこそこのシロウト娘を抱かせてやれば、

客は喜ぶに決まっている。

 これ以上孕みようがないのを幸い、千佳子はハメ女専門で客を

取ることになった。

 それから、間もなくひと月になる。

 何人かの客をつけたが、ハメ女というのは言わば売春専門でギャラが安い。

親に秘密なので泊りは無理だし、アルバイトなので、稼ぎはまだ堕ろす

費用に足りなかった。

「エッ、写真にうつるんですか…?」

 話を聞いただけで、千佳子はもう逃げ腰になっている。

「私なんか、無理です」

「なぜよ、ギャラは3倍だぜ」

「でもそんな写真を撮ったら、誰に見られるかわからないでしよう?」

「おまんこやってるところぐらい、見られたって良いじゃねえか」

「お、親にバレたら…」

「ほう、お前の父親はエロ写真集める趣味があるのか」

「いえそんな、でも私…」

 千佳子は言葉に詰まって、しどろもどろになった。

「いまさら、そんなこと言ってる場合じゃねえだろう」

 千佳子がうろたえる様子を残酷に見据えながら、私はゆっくりと言った。

「お前、腹の子をどうするつもりだ?」

「えっ…」

「堕ろす費用を稼ぎたくて、働いてるんじゃなかったのか」

「は、はい…」

 千佳子は青くなってうつむいてしまった。

「たしか、もう四ケ月に入ってる筈だぜ」

 手を入れて毛の生え際をさぐると、一ケ月前に比べて明らかに

少しセリ出している。

「こんな身体して、いつまで稼げると思ってんだ。モデルをやれば

一発で解決するじゃねえか」

「でも写真は…」

「甘えんじゃねえっ」

 突き飛ばされて、千佳子はドシンと背中を壁にぶつけた。

「そんなら父親のいないガキを産んで一緒に暮らせ!」

「アッ、やります。やらせて…ッ」

 そこまでが抵抗の限度だった。

 千佳子は、嫌おうなしにエロ写真のモデルにされることを承知した。



    二、エロ写真顛末記


 撮影は日曜日の午後から夜にかけて、その男の自宅でやることになった。

 旦那、イイ写真ありますぜ…。

 当時、浅草あたりの裏道で、ポン引きがすり寄ってよく声をかけてきた。

そんなエロ写真の版元である。

「若いおねえさんですね」

 男は、さっそくカメラの支度をはじめながら言った。

「べっぴんだし、流石に良いタマを抱えていらっしゃる」

 男は横目で千佳子の様子をうかがって、愛想の良い笑いを浮かべた。

 部屋にはもう一人、まだ若い失業者風の男がタバコを吸っていた。

これから始まる淫らな性戯の相手役である。

「昔、シロクロやってた仲間でしてね。馴れてますから…」

 男は黙って頭を下げた。もちろん、名前も住所もお互いに名乗る

必要はなかった。

「さア、そろそろ始めましようか?」

 三百ワットの照明が三個、部屋の隅に敷いた布団に向けられている。

そこだけが、妙にナマナマしい解剖台のように浮いて見えた。

「おい、支度しろ」

 千佳子は、私の背中で石のように固くなっている。あの明るさの

真ん中で淫靡な痴態の数々を演じなければならないと思うと、

生きた心地がしないのである。

「早くしろ、何やってんだ!」

 うながされて、ようやく上着だけは脱いだが、また乳房を抱えて

蹲ってしまった。

「仕方ありませんよ。まだ馴れていないんだから…」

 カメラの男がとりなして、横から猫撫で声を出した。

「おねえさん、脱がせてあげようか…?」

 嫌とは言わせない響きがある。

「いえ、じ、自分でします」

 観念したように、千佳子は小刻みに震える指でスカートを下ろした。

「いい子だいい子だ。それじゃこっちに来て頂戴」

 オズオズと立ち上がって、千佳子は危なげな足取りで照明の中に

入った。20才の白い肌にライトが反射して、部屋の中がいっそう明るくなった。

「おねえさん、いい身体してるねえ」

 恥ずかしいところを隠すものは何もなかった。腹の膨らみはほとんど

気にならなかったが、乳房に鳥肌が立っている。

「じゃあ、頼むよ」

「はあ」

 相手役の男がタバコを灰皿にこすりつけて立ち上がる。手早く服を脱いで、

無表情に女のそばに寄った。

 股間にかなり大きなものがブラ下がって半立ちになっている。

千佳子は恐怖に怯えた視線で男を見上げていた。

 男は片手に自分の道具を握って上下にしごきはじめた。しっかりと

硬直させて、穴に挿入するための準備である。

「おい、ボンヤリしてるんじゃねえ」

「えッ…?」

 ギョッとして、千佳子がこちらを向いた。

「見てないで、口で立たせて上げろ」

「ハッ、ハイ…」

 見えない綱で引きずられるように、男の前ににじり寄る。

「ああ、すいませんね」

 男が握っていた指を離した。千佳子がそれを掴んで咥わえようと

したときであった。

「おッこりゃ良い、ハイこっち向いて…」

 アッ…、一瞬の閃光が、部屋いっぱいに溢れて消えた。千佳子は絶望的な

表情を浮かべて顔をそむけた。

 だが本当に惨めな凌辱劇は、その直後から始まったのである。

「じゃ、正常位からいきます」

 低い声で言うと、男は千佳子を布団に横たえて、ゆっくりと脚をひらいた。

「もう少し膝を立てて…」

 足の爪先がブルブルと震えている。ライトのほうに向けて少し身体の

位置を直すと、男はまだ完全に固くなってはいない道具に手を添えて、

埋め込むように穴の中に入れた。

「これで、見えますか…?」

「うん、いいよ…」

 シャッターが鳴って、ふたたび閃光がひらめく。

 それは、異常なほど何の感動もない世界だった。見世物というより、

まるで生きた人間の標本である。

 欲情の虜になった男が獣のように襲いかかってくるのなら、女は本能的に

受け入れることができる。いわば恰好がつくのだったが、この男はようやく

勃起した男根を使って、形だけをやってみせるのである。

 粘膜を圧し分けて侵入した肉塊はそれきり動こうとしない。

自然のリズムで括約筋が締まっても、ほとんど反応というものがなかった。

 初めのうちは緊張と恥ずかしさで無我夢中だったが、撮影が進むにつれて、

裂け目から絶え間なく淫汁が滲み出してくる。千佳子の股のつけ根は、

たちまちヌラヌラになった。

「ひィ…」

 横から差し込まれて、カメラの前に陰毛とクリトリスをムキ出しに

されたとき、千佳子はとうとう耐えかねて咽喉を鳴らした。


「いいねえ、もっと興奮してくださいよ」

 カメラを構えた男が、すかさず非情なシャッターを押した。

「よっしゃ、今度は後ろからいこうか?」

 男はポーズを変えるたびに惜しげもなく道具を抜くが、その度に、

追い詰められた快感が音もなく沈下してしまう。

ちょうど下りのエスカレーターを駆け上っているような感覚である。

「うぇっ、ううむ…ッ」

 いつの間にか、千佳子は異様な人間標本の世界に没入していった。

 挿入されると、カメラに向かって自分から陰裂をひらく。男根が突き刺ささった


ところがもっと良く見えるように、自然に腰を浮かすようになった。

凄まじいまでの性に対する女の順応力である。

 撮影は近ごろ流行りの連写ではなく、ひとつひとつポーズを作っては

慎重にシャッターを切ってゆく。

 勃起を持続させるために何回となく休憩をとったが、この間、

男は一度も射精することはなかった。

 全部で一二〇ポーズほどの撮影が終わったのは、もう夜も遅くなって

からである。男が汗を拭いていると、乱れたシーツの端を掴んで、

千佳子が呻くように言った。

「お願い…ッ」

 疲労の極に達している筈だが、指で無意識にクリトリスをかき毟っている。

「ガ、我慢出来ないッ」

「お前、まだ足りねえのか?」

「違うの。わ、わたし、一度もイッてないんですッ」

「みっともねえ、オナニーやりたかったら家に帰ってからやれ」

「苦しいッ、ナ、何とかして…」

 無理に引き起こすと、身体中の関節がグニャグニャになっていた。

「イカしてェ…ッ」

 一種の錯乱状態で、乳房を蹴ってみたが効きめがなかった。

「良いんですか…?」

 男が、ちょっと眉をひそめた。

「これじゃ、ハメてもイキませんよ。少し落ちついてからでないと…」

 男は哀れむように、千佳子の狂乱を見下ろしている。

 ガニ股でヨタヨタしているのを車に乗せて連れ戻ったのだが、千佳子は

いつまでも魂が抜けたように放心していた。

 翌日…、それでも千佳子は病院に行ったようだ。無事に終わりましたと言う

電話があったきり、事務所にも姿を見せなくなった。

 それからまた暫くたって、風の便りにあの男と同棲しているという噂を聞いた。

 家出したのかシロクロのモデルになったのか、詳しいことは

何もわかっていない…。





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