被 虐 の 檻




   一、変態クラブの女たち

 そのころ、私が芸苑社という名前で、毎夕新聞に出していたSMクラブの

モデル募集の広告にも、ぼつぼつと女性からの反応があらわれるようになった。

 電話は申し込んでからつくまでに三ケ月もかかる時代で、連絡はすべて

手紙である。ものになりそうだと思うと、こちらから直接でかけていって

面接する。一人のマゾ女を発掘して調教するにも、大変な努力とタイミングが

必要であった。

 応募してくる女性は、大半が単なるヌードモデルか、せいぜいコールガールの

募集くらいに思っている場合が多い。会ってみると、SMと言うより、どちらかと

言えば生まれつき淫乱タイプの女たちなのである。

 彼女たちも町を歩いていれば、ごく平凡なBGである。

 ちなみに、そのころOLはBG(ビジネスガール)と呼ばれていたのだが、

これは売春婦という意味があるというので、いつの頃からかオフィスレディ、

つまりOLと呼び代えられるようになった。

 白井淑子、証券会社勤務で21才。はじめからコールガールが希望で、

セックスだけなら誰とやっても良いと言う。ハメ撮りに入ってクリトリスを指で

嬲ると、身悶えして嬌声を上げた。変態はどうしても出来ないと言うので、

結局不採用になった。

 篠田百合、22才。女優になりたいのだが、そのためのお金が欲しい。

おとなしい性格でいい身体をしていた。マゾとしても素質を持っていたが、

初めのうちは裸になって毛を見せるのが精一杯といった感じで、股を開かせるのも

容易ではなかった。

 実際、使いものになるかどうかはハメて見なければわからない。すべて身体で

確かめるのである。

 それでも私の周辺には、調教された女たちが、常時二・三人は出入りするように

なっていた。

 一人は門田奈子、九州から私を慕って上京してきた26才の淫乱で、

変ったセックスなら何でもやった。SMクラブのメンバーとしては女王さまで、

雑誌のモデルになったりしてそのころの会員の間では奈子女王さまとして

名を知られていた女である。

 もう一人は志摩喬子、千葉県出身22才。洋裁学校の生徒だったが、

調教されたあとしばらくの間、門田奈子と3人で同棲した。真性のマゾで、

命令には奴隷のように従順な女だった。吊り責め、縛り、鞭、アナルなど、

強度の責めにもよく耐えた。

 この二人については、また次の機会に触れることにしよう。

 私は彼女たちをある時は女王さまとして、ある時は自分専用のマゾ女として

使った。これはSMが市民権を得た今日でもそうだが、女王さまと言っても、

所詮女はマゾヒストである。実際は仕込まれて女王さまを演じるので、

裏には必ずそれを調教している男がいることを忘れてはならない。



    二、罪 と 罰


 芸苑社には、当時の世相をいろ濃く反影して、こうした複雑な事情をもった

娘たちが数多くいた。

 一人が出て行くと、また一人がどこからともなく迷い込んでくる。

 自然、女どうしの争いや、いじめなどの事件が絶えなくて、一種の不文律のような

規則が出来上がっていた。非合法の組織だから、それを表面化させないためにも

厳しいルールは必要な制度だった。

 多かったのは何といっても逃亡で、高額なギャラに釣られて入ってきても、

耐えかねてすぐ逃げ出してしまう。たしかに当時の変態売春は、現在の

SMクラブとは比較にならない淫湿なものであった。

 こんなときSM小説では、縛ったり鞭でひっぱたいたり、浣腸のお仕置をする

場面が登場するが、こんなのは日常客とやっているので刑罰にならない。

 防止法の第一は現金を持たせないことで、ギャラはすべてこちらで

管理している貯金通帳に入れる。それでも客から貰ったチップを隠したりして、

ひそかに貯めこむ女があとをたたなかった。発見すれば、もちろん没収である。

 もうひとつ、女たちが必ずくぐらなければならない関門があった。身体検査である。

 近代国家の警察でも、犯人を留置するとき尻の穴まで検査するが、実際に

やってみると相手の人権を剥奪するのにこれほど効果的な方法はなかった。

 面接のとき、強制的に肉体の品定めをされる。初対面のOLが泣きそうな顔で

オッパイを出して見せたり、幼い家出娘が立ったままパンティを膝まで下げて

股を広げる光景は、それだけで女のマゾ性を判定するかっこうの材料になった。

 その後も命令されれば嫌おうなしに秘所を見せなければならない。これは

変態クラブに隷属する女たちの義務であった。

「江里子を呼んでこい」

 声の調子で、だいたいの見当はつく。

 はじめからおびえた様子で、うつむきがちに事務所に入ってくると、

江里子は、私から少し離れて無言で頭を下げた。白いセーターに

Gパンを穿いて、スラリとしたアイドル系の美少女である。

「昨夜の客からクレームが入ってるぜ。どうして剃らせるのを断ったんだ」

 つい2週間ほど前に採用したばかりの新人で、年令は19才…。江里子には、

まだ自然の陰毛が残っていた。

 当時の流行で、たいていの女は陰毛を剃り落とされている。すぐザラザラと

伸びてくるが、また次の客が剃ってしまうので生え揃うヒマがないのである。

「お前マゾ女だぞ。それくらいのサービスは当り前だろう」

「あ、あの…」

 乾いた唇を舐めて、江里子はとぎれとぎれに言った。

「私、カ、彼氏がいるもんで…」

 もともと、彼氏に贅沢なところを見せたくて、見栄半分で働く気になった女である。

「そいつにバレるのが嫌なのかよ」

「コッ困るんです。あの人、私がここに勤めていることを知らないから…」

「バカ野郎、そんな男のことなんか忘れてしまえ!」

 透明なプラスチックの平型定規でいきなり頬を張ると、パシッと良い音がして、

江里子はけたたましい悲鳴を上げた。

「だ、だったら辞めさせてください…ッ」

 自分は可愛いという、とり澄ました気持ちも多分にあった。

「私まだ、親にも叩かれたことなんかないんですゥ」

 だがマゾ女の世界では、美しいことはそれほどの必要条件ではなかった。

肝心なのは、如何に従順に客の言いなりになれるかと言うことだ。

良い例が稲垣皇子である。

「甘ったれるんじゃねえっ」

 もう一度ひっぱたくと、二・三歩よろめいて夢中でドアの外に逃げ出そうとした。

その先は、女たちの溜り場である。

 江里子がとび出して行くと、それまでひっそりとしていたとなりの部屋が

急に騒がしくなった。

 しばらく押し殺した声が聞こえて、5分ほど過ぎてから、先輩の志摩喬子に

つき添われて江里子が泣きながら戻ってきた。

「まだ馴れてないもんだから、カンニンしてあげてださい」

 喬子が自分のことのように頭を下げる。

「Gパンを脱がせてみろ」

「はい」

「いや許して…」

 江里子はセーターの裾を引っ張って、必死に隠そうとする。ともすれば

逃げ腰になるのをなだめながら、喬子がファスナーを下ろすと、小さな尻が

クルリと露出して、剃り取られていない陰毛があらわになった。

 全体に色が薄い、褐色の卵形をした軟らかそうな陰毛である。

「お前、ヤチ焼きを知っているか」

 ライターを突きつけると、ジュッと微かな音がして紫色の煙が上がった。

「アッ熱ッ」

 反射的に腰を引いたので、炎がモロに臍のあたりを焼いた。

 ヘナヘナとしゃがみ込もうとするが、喬子に腕を取られているのと、

脚にGパンが絡んでいるので思うように動くことができない。

「ちゃんと立て!」

 平型定規を股の間に差し込んで跳ね上げると、薄いプラスチックの角が、

グスッと喰い込むようにクリトリスに当たった。

「ギャッ」

 恥も外聞もなく、江里子は股間をおさえて猿のような格好になった。

 遊びでやっているわけではないから、この場で純毛(その頃、芸苑社では

陰毛をそう呼んでいた)を焼いてしまったのでは意味がない。初めての剃りは

客に高価い値段で売れるのである。

「三日間ノーギャラだ。お前がつき添って、その間に毛を剃らせてこい」

「はい」

 喬子が、こわばった顔でうなずく。言われたとうりにしなければ共同責任である。

 ノーギャラは、女にとって最も苛酷な刑罰であった。文字どうり玩具のように

弄ばれたあげく、ギャラを返納しなければならない。

「惚れた男は捨てろ。マゾ女は恋人をつくる資格なんかねえんだ」

 丸裸にされて、江里子は足もとで泣き伏していた。

「これからは男を作るんじゃねえぞ。おまんこは売り物だってことを忘れるな」

 タダマンが発覚すれば、一ケ月間無条件でノーギャラである。非合法とはいえ、

プロの世界はとにかく金だけがすべてだった。

 客が女に惚れて入れ上げるのはよくある話なのだが、反対に女のほうが

好きになって、タダでセックスさせることは絶対にタブーである。どんなに好きな

男がいても、結局あきらめなければならない。

 さんざん脅されたあげく、乳房に平型定規の痣ができるほど叩かれて、

ようやく解放されたとき、江里子はプライドもアイドル調の自意識過剰も

むしり取られて、涙と鼻汁にまみれた惨めなセックス人形になっていた。

 軟らかい褐色の純毛をキレイに剃り落とされて戻ってきたのは、それから

二日後のことである。

「進藤さんに剃っていただきました」

 つき添いの喬子が、重荷を下ろしたような顔で告げた。

「あんた、先生に見ていただきなさいよ」

 スキー場で尻餅をついた格好で、江里子は股をひろげた。感情を失って、

虚ろな視線が宙をさまよっている。

 まだ崩れていないクッキリとした割れ目の奥に、その夜の客の残り汁が

滓のように溜まっていた。



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