哀しみの谷間で
附・25年目の再会        






    一、葬式の前夜

 よくポルノ小説に、通夜の晩に未亡人になったばかりの女を犯すと

いうのがある。実際には難しい話だと思うが、私は以前、これに似た

体験をしたことがあった。

 相手は近藤由香という、36才になる人妻である。亭主が重い肝臓病で

入院していて、普通の勤めでは病院代が追いつかない。

それが私がやっていた変態クラブで働くようになった理由でもあった。

 亡くなったという電話があって、アパートに行ってみると、親類が集まって

ヒソヒソと相談していた。今しがた病院から戻ったばかりといった感じで、

粗末な部屋の奥に白木の棺桶が置いてあり、線香の煙が立ちのぼっている。

親類に会わせたくないのか、私の顔を見ると由香は慌てて部屋の外に出た。

 まだ着替えもしていない、普段着の地味なワンピースである。

「申しわけありません。わざわざお呼びたてして…」

 由香は人通りのない路地の角で、土下座せんばかりに頭を下げた。

少し前にくらべるとげっそりと頬がやつれて、眼の下に薄いくまが浮いていた。

「あのう、実は…」

 切り出された話は、やはり金である。

 どうしても当座の費用が足りないので、何とか明日までに20万ほど

都合して貰えないだろうかと言う。

 当時の20万円は変態クラブで働けばそれ程の金額ではないが、由香は、

もう一ケ月近く看病で仕事を休んでいた。

「どんなに亭主に尽くしたか知らんが、俺は死んだ男に義理なんかねえぞ」

 私は、わざとぶっきらぼうに言った。

「わかっています。後始末がついたらすぐに働きますから…」

「当り前だ。そんなに金が必要なら明日から店に出ろ」

「えっ、明日と言われても…」

 由香はあたりを見まわしながら小声の早口で言った。

「明日はあの、お葬式で…」

「都合を聞いてるんじゃねえ。お前が客を取らなきゃ金にならねえんだぜ」

 強引に腕を掴むと、腰を引いてヨロヨロと後ずさりする。

「わ、わかりました。離して…」

 次の日の午後…。

 どうやって親類をゴマかしたのか、由香は昨夜のワンピースのまま

あわただしく事務所に駆け込んできた。借用証に拇印を取って、

前借りの20万円を渡してやると、押し戴いてそのまま出ていこうとする。

「待て…」

 由香はギクッと足を止めた。

「今夜から客をつけるぞ。葬式が終ったら戻ってこいよ」

「ええっ」

「すぐに働いて返すと約束したろう」

「こ、今夜は許して下さい…」

「この野郎、死んだ亭主がそんなに大事なのかよ」

「違うんです、人が、人がいて出られないんですゥ」

 無理は、初めから承知である。

 女は追い詰めれば追い詰めるるほど従順な家畜に変わる。そのためには、

時としてこうした締めつけも必要であった。

「勝手にしろ、来なければクビだぞ」

 その時は放してやったが、夜の一時過ぎになって密かな音でドアを

ノックする音が聞こえた。開けてみると、黒い喪服に着替えた由香が

幽霊のような顔をして立っている。

「遅くなって、お、お客さまは…」

 話を聞くと、葬式は明日火葬場を借りてやることになった。部屋に親類の

連中を泊めて自分は友達のところで寝るといってきたのだと言う。

「お前、そんな格好で客を取るつもりか?」

「あの、これしか方法がなかったもんですから…。駄目でしようか?」

「まあ良い、面白いじゃねえか」

 まさか本当に出てくるとは思っていなかったのでちょっと意外だったが、

心当たりに電話をすると、すぐにまわしてくれという。その日初めて

新橋のホテルから申し込んでいた関西の地方議員である。

「その女、ほんまに抱けるんやろな?」

「はあ、でも葬式なんで、明日の朝早く帰してやりませんと…」

「構まへん、どうせ仕事はないんや。徹夜で楽しませて貰うわ」

 そのころ、変態クラブでは女が不足していて、予約していないいちげんの

客はアブれることが多かった。深夜でも、こんな変わったケースに

当たるのは幸運である。

 振り向くと、由香は眼を伏せて微かにうなずいて見せた。

 私は、ムラムラと残酷な気持ちになった。



    二、淫らな紅供養


 考えてみれば葬式前夜の女を犯すチャンスなど、そう滅多にあるもの

ではなかろう。

「そこに寝ろ、お浄めをしてやる」

 口実は何でも良かった。このまま知らない客の餌にしてしまうのは惜しい。

 ソフアに乗せて着物の裾を捲ると、純白の腰巻と白足袋が、

ふくらはぎをくっきりと見せていた。その奥に思いのほかボリュームのある

太腿が盛り上がっている。

 帯を締めているので、それ以上裸にすることができない。つけ根のあたりを

ピタピタと平手で叩きながら、私は僅かに残った由香の貞操を剥ぎ取る

ように言った。

「てめえ、旦那が死んだ晩にほかの男に抱かれても平気なのかよ」

「い、言わないで…」

 脚を八の字に開くと、脂がのった下腹部でわりと濃い陰毛が二つに

割れた。36才の人妻の秘所は思いのほか熱く湿って、乳臭い甘い香りを

発散している。

「あッ、ウウム…ッ」

 乱暴に指を入れて掻きまわすと、卑猥な音がして、熟れた女に特有の

乳白色の粘液が指の股にからみついてきた。

「この野郎もう濡らしやがって、これじゃ仏も浮かばれねえな」

「許してッ。主人が、主人が私に行ってこいと言うんです…」

「ほう、死人が口をきくのかよ…?」

「こ、声が聞こえるんです。私、お棺のそばにいるのが怖くて…」

 ソフアで股を拡げたまま、由香は眼を宙に据えている。気が動転して、

ときどき幻聴に襲われるのであろう。

「お願いッ。あ、あの人の言うとうりにさせてェ…」

 毛を掴んで内側のベロをめくると、筋肉が収縮して、泡と一緒にドロリと

白い液体を吐いた。

「化粧してやる。これも供養のうちだ」

 ハンドバックから口紅を抜いて、クリトリスのつけ根から先端にかけて、

なすりつけるように真紅の線を引いた。

「くうッ…」

 赤く染まった粘膜が、そのころ流行っていた口裂け女の唇のように

蠕動している。厚みのある肉ひだが垂れ下がって、毒々しいまでに

爛熟した中年女の果実である。

「ケツを上げろ!」

 裏返しにすると、まるまるとした尻に喪服が絡んで、いっそう淫らに見えた。

 真ん中の濃茶色の凹みに口紅を捩じ込んでグルグルとまわすと、

小さな噴火口のような模様ができた。

「良い記念になるぜ。今日から未亡人だからな」

「ハ、ハイ…」

「飲んで行け」

 喪服のまま跪かせると、由香は馴らされた犬のように上を向いて

大きく口を開けた。

「うっ、ぐふっ…」

 唇に男根を乗せて、咽喉の奥に直接ジョロジョロと小便を流し込む。

「あ、ありがとうございました」

 由香は、うわごとのように言った。立ち上がって、フラフラと着物の

乱れを直す。

 こんなことなら客をつけるのではなかったと後悔したが、もう後のまつり…。

 見知らぬ男にヤラせるくらいなら、亭主の亡霊と一緒に弄んだほうが

よほど面白かったのだが、結局、それだけで惜しいチャンスを逃すことに

なってしまった。

「早く行け、時間がねえんだ」

 タクシー代を渡してやると、由香はそうそうに出かけて行った。

 翌日、火葬場に行ってみると、亭主はもう骨になっていて後片付けが

始まっていた。

 由香は、直接ホテルから駆けつけたのだろう。昨夜は一睡もさせて

貰えなかったのか、眼を真っ赤にしてうなだれている。その姿はどう見ても

平凡な傷心の主婦であった。





        25年目の再会



 その年の冬、思いがけない手紙が舞い込んできた。私がまだ学生のころ

関係があった女からの便りである。

 旧姓笹森奈津子…、当時17才の高校生だった。

気の弱い小柄な娘で、よく校庭の裏に呼び出しては嫌がるのを無理に

ヤラせたホロ苦い思い出がある。

『昔のアルバムを見て、矢も盾もたまらなくペンを取りました。こちらに

嫁いでからもう20年になります。お元気でしたらどうかお返事を下さい…』

差出地を見ると静岡県浜松市、私には縁もゆかりもない地名になっていた。

 何故、今ごろになって…?

 イジメというより、強引に少女を犯したときの情景が走馬燈のように明滅する。

 奈津子がどうしても逢いたいと言ってきたのは、それからまたひと月ほど

経ってからのことだ。

 一児の母となって昔の若さはありませんが、貴方様のことは忘れることが

できません・・・。 どうしても会いたい、一度だけ望みをかなえて下さいという

息が詰まるような文面が、3枚の便箋に綿々と綴られている。

それも良かろう、25年ぶりで逢う女の肉体がどう変貌しているのか

確かめてみたい。とりあえず、私は簡単な返事を出しておいた。

 どういう口実を作ったのか、奈津子から上京すると言う知らせが届いたのは、

更にまたひと月過ぎた秋の終りである。

 新幹線のホームに降りた奈津子は、毛皮のコートに薄紫のスーツ、

精一杯の盛装をしていた。笑った口許に昔の面影が残ってはいたが、

肌の色や髮の毛は、すっかり田舎のおばさんになっている。

「年をとったな」

「はい、もう四〇才を過ぎました…」

 女は恥ずかしそうに下を向いた。

 それが、25年振りに再会した二人が初めて交わした会話だった。

「おまんこは、手入れして来たか?」

「えっ、ええ…」

 いきなりこんな言葉を浴びせるのも何十年ぶりだ。

「あ、あなたにお逢いしたら、急に…」

 奈津子は俯いたまま真っ赤になった。

「どうした、濡れてきたかい」

「し、痺れて…」

 奈津子は、もう肩で息をしていた。

 落ち着いたところは、そのころオープンしたばかりの高層ホテルの18階である。

「裸になれよ。挨拶はそれからだ」

 部屋に入ると、私は乱暴に毛皮のコートを脱がせてベッドに抛った。

「あ、あなた、少しも変わってないのね」

 奈津子は震える声で言った。

「私、あの時はまだ何もわからなかったものだから…」

「いいから、早くしろ…!」

 胸のほくろに見覚えがあった。子供を一人しか産んでいないせいか、

乳房はまだそれほど萎んでいない。

 だが、25年という歳月をへだてて眺める女の裸身は、やはりあちこちに

隠しようのない衰えを見せていた。それは私とは関係のないところで

刻まれてきた生活の年輪である。

「ひでえババアになりやがって…!」

 突然、不思議な衝動がこみ上げてきて、私は女の肩を揺すった。

「てめえ、こんな年になってもまだ昔の気分が抜けねえのかよ」

「う、嬉しい…ッ」

 奈津子が、ワッとしがみついてきた。

「やってェ、あの時みたいにしてッ」

 脚をひらくと、40代の女にしては驚くほど濡れそぼった断裂が口を開けた。

 思ったより毛が薄くて小型である。少女時代の色も形も憶えていないが、

これは間違いなく、25年前に弄んだ女の性器だった。

「ハメるぜ、久し振りだな」

「い、入れて…」

 ひと息に体重をおとすと、ヌラヌラと舐めるような温かい感触が

伝わってきた。若い弾力は失われていたが、かわりに蜜壺を

掻きまわすような粘り気があった。

「いいッ、ああやっぱり…ッ」

 夫とは、もうほとんどセックスしていないのであろう。長い空白の時間を

超えて、奈津子は必死であの頃の感動を取り戻そうとしていた。

「てめえ、いつからこんな淫乱な女になったんだ」

「違うッ、あ、あなただから…ッ」

 小刻みに腰を跳ね上げて、奈津子は全身で反応する。

「と、溶けちゃう…ゥ」

 たちまち、痩せているわりにはプックリと膨らんだ腹が大きく波を

打ちはじめた。

 あの頃は満足にイクことさえ出来なかった女である。奈津子は明らかに

変貌していた。

「ウウムいくゥ、どうしようッ」

「いけよ。どんなイキ方をするようになったのか見せてみろ!」

「ハッ恥ずかしい…」

 激しく腰を突き上げると、盛りを過ぎた女の肉体がのたうつように揺れた。

「いけっ」

「ひィィ…ッ」

 とうとう、奈津子は切羽詰まった叫び声を上げた。

「ごめんなさいッ。い、いっちゃう…ッ」

 力尽きて床に突っ伏した女の背中を、私は氷のような気持ちで

見下ろしていた。

 もう二度と逢わないほうが良い…。

残酷なようだが、それが情けだった。

「起きろ、外は良い天気だぜ」

 抱き起こして窓ぎわに連れて行くと、奈津子はそんなことには気がつかずに、

うっとりと背中で凭れかかりながら言った。

「幸せだわ、わたし…」

 長い間の望みを遂げた女の陶酔である。

 目の下に、東京の街がパノラマのように広がっていた。25年前、

このあたりはただ一面の焼け野原だったのだが・・・。



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