愛 怨 く さ れ 縁






一、 身売り騒動


「どうでしょう。こちらで、何とか使ってやって貰えませんかねぇ」

男は一緒に連れてきた女房だと言う女を紹介すると、厚かましく頭を下げた。

「明日の朝までに金ができないと商売が駄目になってしまいますんで、

何とかお願いしますよ」

「無理だな。初めて顔を出して、いきなり金を貸せと言われても」

「ですから、こいつの身体でお返しします。絶対にご損はかけませんから」

男が、目もとに狡猾そうな笑いを浮かべながら言った。

「自分で言うのもアレですが、そんなに悪い身体じゃないと思いますよ」

「珍しいな、旦那の保証付きかい」

「いやまァ、その代わり借金のかたさえつけば、すぐにでも引き取らせて

いただきますから」

要求した金額は五十万である。今なら三百万くらいの値打ちがあった。

「奥さん、本当に旦那の尻拭いをしてやるつもりなのかい」

先刻から男の後ろで俯いたまま黙っている女房に声をかけると、

いっそう肩を縮めてうな垂れている。

「あとになって、恨まれたり逃げ出されたりしても困るんでね」

「いやそんな、よく話し合ってきましたんで逃げ出すなんてことは」

男が振り返って、女房を叱りつけるように言った。

「おい、お前からもちゃんとお願いしろ」

当時私がやっていた変態クラブで、前借りをして女房を働かせたいと

いうのが男の言い分である。そんな亭主の犠牲にされる女も可哀相だが、

ヌケヌケと付き添ってくる亭主も亭主だった。

奇麗事を並べているが、どうせ株かばくちでスッてしまったのが本当の

ところであろう。

「ずいぶん虫の好い話じゃねぇか」

鼻の先で冷笑すると、男は言葉に詰まって何とかしろと言わんばかりの

眼つきで女房を睨みつけた。

「あの」

そのとき、女が何かを振り払うような感じで顔を上げた。

「お願いします。わたしを働かせていただけないでしょうか」

「バカだな。いくら貢いだって、この調子では借金が増えるだけだぜ」

「ち、違うんです」

亭主にはズルがしこい打算が見えたが、女房の眼は必死だった。

そしてちょっと意外なことを言った。

「この人と別れたいの。わ、わたしを買ってください」

「ほう、金が欲しいんじゃねぇのか」

「お金なんか、私いりません。この人に上げちゃってください」

亭主はあっけに取られたようにポカンとしている。考えてみれば、

変態クラブに女房を売って金を作ろうとするような亭主に、女が愛想を

つかすのは当り前だが、本人の前で言い出すのには、やはりそれなりの

勇気が要ったのだろう。

「奥さんはそう言っているぜ。あんた、それでも良いのかい?」

「いやあの、そ、それは」

男はたちまちしどろもどろになった。

「私は何も、こいつを売り飛ばそうってわけじゃないんで、ただしばらく働かせて」

「おんなじことじゃねぇか」

こうなったら女房の味方である。

だが、まだ二人がグルになって芝居をしているのではないかという疑いはあった。

「奥さんが本気でそう言うんなら出してやっても良いが、前借りの限度は十万だぜ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

金額がいきなり五分の一になると、男はさすがに顔色を変えた。

「そんな無茶な、身体ごと預けてたった十万なんて」

「だったら奥さんに聞いてみなよ。こっちは商売で言ってるんだ」

「この野郎、別れるなんて勝手なことばかりぬかしやがって」

今度は掴みかからんばかりの剣幕で、女を怒鳴りつけた。

「貴様、俺のためなら何でもするといったのを忘れたのかっ」

「・・・・・・」

「おいおい、ここで内輪モメするのは止めて貰いたいな」

「へぇ、だからと言ってこいつ」

「よし判った。それじゃこ本当のところを確かめてみようじゃねぇか」

私はおもむろに立ち上がった。



二、畜生への道


「奥さん、名前はなんて言うんだ」

「清美です」

年令は三十才を過ぎているが、それほどワルい女ではない。男好きのする

顔立ちで、磨けば結構ものになりそうな雰囲気があった。

「旦那と別れるかどうかはこっちの知ったことじゃねぇが、本当に

変態クラブで働く気があるのかい」

「はい」

「いいかげんな気持ちじゃ勤まらねぇぞ。男のオモチャになるんだぜ」

「ど、どうせ汚れるんなら、その方がかえって」

「良い覚悟だ。それじゃとりあえず身体を見せてもらおうか」

「えッ」

「恥ずかしがることはねぇ。旦那はいい身体だと言っていたぜ」

「でッ、でも」立ったまま、清美はガクガクと膝を震わせている。

「嫌なら、もう一度旦那と良く話し合って考え直してみるんだな」

「ぬ、脱ぎます、脱ぎますから」

清美は、チラッと男のほうを見た。

「あなた、もう帰って」

「冗談じゃねぇ。こっちはまだ金を受け取ってないんだ」

男はふてくされたようにそっぽを向いた。

「早く脱げよ、俺は関係ねぇ。出来るだけ高価く買ってもらえればいいんだ」

愛情がないと言うより、歪んで冷え切ってしまった夫婦である。

追い詰められたように、清美はおぼつかない手つきで上着のボタンを

はずそうとした。

「そっちじゃねぇ。下のほうだ」

「え、えッ」

「おっぱいを見たって仕様がねぇ。スカートを取って、商売道具を見せるんだよ」

「・・・・・・」

「旦那には毎晩見せていたんだろ。いまさら恥ずかしがることはねぇさ」

呆然と立ちすくんでいるのを強引にスカートに手をかけると、よろめいた拍子に

ビリッと縫い目が裂ける音がした。

「ま、待ってくださいッ」

「どうした、止めるのかい」

「いえ、じ、自分で脱ぎますから」

「そうか、それじゃ未練が残らないように、旦那にも良く見せておきな」

酷いようだが、このくらいのことをやらなければ女は気持ちの踏ん切りが

つかないのである。当時の変態クラブには、チヤホヤと女を甘やかして

使う習慣はまるでなかった。

「よし、脱いだらこの上に乗っかって股を広げてみな」

まだ上着をつけているので余計恥ずかしいのか、ともすればしゃがみ込み

そうになるのを容赦なく机の上に乗せて、ピタピタと太股を叩く。

それだけで清美は頭の中が真っ白になって、ほとんど思考能力を

失っているようであった。

「ふうん、けっこう毛深いほうだな」

わざと聞こえるように言うと、ピクッと内股の筋肉が震えた。

「ビラビラはそれほどハミ出していないし、形は悪いほうじゃねぇ」

汚れ物でも扱うように、鉛筆の先で軟らかい肉片を掻き分けてクリトリスを

突つくと、清美はヒィッと息を引いて悲鳴のように咽喉を鳴らした。

「感じるのかい。今からその気になってるようじゃ、本番で身が持たんぞ」

「も、もう許して」

「動くな。股を閉じるんじゃねぇ」

鉛筆を穴の中に突っ込んで、私は部屋の隅で顔を顰めている亭主に声をかけた。

「ちょっと、来てごらんなさいよ。なかなか良いおまんこだよ」

嫉妬なのか好奇心なのか、男が不機嫌そうに寄ってきて女房の股間を

覗き込んだ。

「見てごらん、鉛筆が動いているだろ。奥が締まっているんだ」

「こんなになってもちゃんと濡れてる。手放すには惜しいおまんこだと思うが、

未練はないのかい」

「いいですよもう、こんな奴」

男は凍り付いたような声で言った。それが精一杯の見栄なのである。

「そうか、じゃ十五万出そう。うちで買うぜ」

「はぁ」

男はちょっと口ごもったが、それ以上はこちらも出す気持ちはなかった。

現金を握らせて、亭主を追っ払って部屋に戻ると、清美はまだ机の上に

仰臥したまま一種の放心状態になっていた。

「終ったぜ。もう良いからスカートをはけ」

突然緊張の糸が切れたように、清美が身をよじって泣き出したのは

その直後である。



三、家畜女の幸せ


身売り同然に清美が変態クラブで働くようになってから三ヶ月が過ぎた。

毛深いほうだった陰毛をキレイに剃り落とし、化粧もいかにもマゾの女らしく

なって、客の評判も良かった。前借りになった十五万も無事に返済して、

いつ辞めても良いのだったが、一向にそんな気配も見せない。

あのとき一緒だった亭主と言う男にも、それきり会っている様子はなかった。

文字どうり家畜のように男たちに弄ばれながら、それでも辞めようとしない

のは、この女がやはり生まれながらのマゾの血を持っていたからであろう。

そんなある日、新聞に小さな事件の記事が載った。

若い女を騙して猥褻な写真を撮り、それをネタに金を脅し取ろうとした、

どこかで聞いたような事件である。金額はわずかなものだが、内容が

内容だけに新聞に載ったのだろう。まてよ、おい犯人の男の名前に

記憶があった。たしか、あの時の清美の亭主である。

「誰か、ちょっと清美を呼んでこい」

小さな事件なので写真は出ていないが、読み終るとすぐ清美は顔を上げた。

「あの人だわ。どうしよう」

「いいじゃねぇか、お前とはもう関係ないんだ」

「えぇでも」

女心の愚かさと言ってしまえばそれまでだが、その瞬間、清美の心が

変ったのである。清美が突然変態クラブを辞めたいと言ってきたのは、

それからまた一週間ほど経ってからのことだ。

「本当にお世話になりました。この御恩は一生忘れませんから」

「お前、あの男とよりを戻すつもりなのか」

「少しだけど、お金も貯まっているから、もう一度やり直してみようと思って」

「バカじゃねぇのか、もう一度裸にされて舞い戻って来るのがオチだぜ」

「良いんです。その時は見捨てないで、どうかよろしくお願いします」

変態クラブで家畜のような生活をしていたほうがまだ平穏だろうに、

不幸という名の泥沼に自分から身を浸そうとするのは、この女が持って

生まれたマゾの性分だったのかもしれない。

だが借金は返していることだし、私にはそれ以上とめる理由もなかった。

「あの、ひとつだけ、お願いしてもいいでしょうか」

珍しく清美は頬を赤くして、少女のような羞らいを見せながら言った。

「まだ欲しいものでもあるのか、うちは退職金なんかねぇぞ」

「いえあの、わ、わたし、先生とはまだ一度も」

「何だと?」

「お、お願い、私を弄んで」

ひと息に言うと、思いつめたように清美は自分から洋服を脱いだ、

始めからそのつもりだったのか下にはブラジャーもつけていない。

この分では、スカートの中もおそらく素肌であろう。

「お願いッ、気が済むまで私を犯って」

「馬鹿野郎!」

倒れこんでくるのをほとんど反射的に、私は思い切り清美の頬を張った。

「ウェッ」

「マゾの玩具のくせして、いったい何を考えているんだっ」

ブリブリッと揺れた乳房を拳骨で殴ると、グシャッと異様な手応えがあって、

清美は呻き声を上げて身体を二つに折った。

「ウグゥッ、も、申しわけ」

「これからは亭主にさんざん弄ばれることになるんだ。そんな女が

抱けるかっ」

「は、はい」

横倒しになった拍子にスカートが捲れて、太股がつけ根まで露出していた。

爪先で裾を撥ねて恥骨のあたりを踏みつけると、足の裏にグニャッとした

感触が伝わってくる。あのときの毛深い陰毛は跡形もなかった。

「ちょっとの間に数え切れないほどの男を咥えたおまんこだぜ。

あいつもさぞかし喜ぶだろうよ」

親指を穴に入れて乱暴に掻きまわすと、仰向けになって眼を宙に据えたまま、

清美はウワごとのように言った。

「う、嬉しい」

「くだらねぇ夢を見ていないで、さっさと支度をしろ。これっきり戻ってくる

んじゃあねぇぞ」

あるいはまた一文無しに剥かれて泣きついてくるかとも思ったのだが、

清美は二度と姿を見せることはなかった。あの亭主と、どこでどうやって

生きていったのか、女の宿業を背中一杯に背負った変態である。



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