汚された女たち
一、アカセンの灯
売春防止法の施行は昭和31年である。
その頃まで、東京の町のあちこちにはまだ昔ながらの古い遊廓の
匂いが残っていた。
売春そのものは、当時から禁止されていたのだが、警察の地図を見ると、
その一角だけ赤鉛筆で囲ってある。一種の黙認区域で、いわゆる赤線地帯と
呼ばれた由来だった。
遊廓ではないが、同じような売春宿は戦後の新興歓楽街にも乱立して、
こちらは赤線に対して青線と呼ばれ、やはり取締りの対象外になっていた。
東京では吉原、玉の井、新宿二丁目、小岩の通称鳩の町。青線なら池袋、
亀戸、錦糸町界隈、それに有楽町ガード下の街娼など…。
それは決して浮世絵を見るような華やかな社交場ではなく、実態は、
戦争で傷ついた女たちの吹き溜まり。陰惨で生々しい人肉市場だった。
そこには戦争に負けようと、あたりが焼け野原になろうと、何がなんでも
生きていかなければならない女たちの、したたかな強さと悲しさが交錯していた。
こうした赤線や青線といった言葉は、いまでは遠い過去の死語になって
しまった。記録もなく、現実に赤線を体験した人も次第に少なくなって、
終戦後僅か十年に満たないこの時代の売春風俗の実態は、ほとんど
闇の中に沈められたまま、やがて消え去ろうとしている。
いわば、従軍慰安婦や満州残留女性の問題と同様、敗戦後の日本が抱えた
便壷のような恥部だったのである。
当時、赤線と呼ばれた売春街の表側は、何の変哲もない大通りで、
ちょっと枝道に入ると一見してそれとわかる二階建ての安普請が軒を
並べている。それぞれの家の柱が極端に細く、室内はネオンというより
色つき蛍光灯の赤や青の照明で、女たちが三・四人、自分を買ってくれる
男を待っていた。こちらを見てそっと手招きする女もいたし、入り口から
身をのりだして声をかけてくる女もあった。
「お兄さん、ちょっとお話があるの。ねえ、寄っていかない?」
「ショートでいいから、ねえ、上がってよ。二回サービスするから…」
「お願い遊んでいって、あら待ってよ。お兄さん、どこに行っちゃうの?」
そんなもの哀しい声を無視して、細い道の左右に並んだ店先を覗きこみながら歩く。
セックスに無抵抗な女たちの檻を、家畜の品定めをするように物色して歩く
快味は、とうてい現在のSMクラブやソープランドの比ではなかった。セックスの
行き着く果てといった感じで、一種独特の異様なムードがあった。そんな爛れた
雰囲気を味わいたくて、私は何回となく小岩の鳩の町に通った。
ここでは、文字どうり女の肉体だけが商品である。人権がどうの、女性差別が
どうのといった次元の話ではなかった。
戦災孤児あがりの幼い娼婦、戦争で亭主を亡くした子持ちの年増女、
田舎弁丸出しの家出娘…。彼女たちは、嫌応なしにセックスの奴隷なのである。
私はよく、まだあまり馴れていない感じの内気そうな女を狙って声をかけた。
値段はショートで三百円、泊りならマワシを承知で、夜と次の朝の二回やらせて
八百円から千円程度が相場だった。
話がついて二階に上がると、幾つかの板戸がならんでいて、開けると、
決まったようにトイレも押入れもない四畳半のうす暗い部屋であった。周囲は
ベニヤの壁仕切りで、薄っぺらな布団が敷いてある。枕元には消毒水の入った
洗面器。これで手を洗うと、性病確認の意味もあって、女が濡れタオルで
しごくようにその部分を拭いてくれるのが唯一のサービスだった。
それからコンドームの先端にプッと空気を吹き込んで、穴があいていないことを
確かめてから、ぎこちない手つきで男根にかぶせてくれる。
女の下半身は大抵ストレートで、何も穿いていなかった。布団に横になって
シミーズを捲ると、すぐに黒々とした陰毛が剥き出しになる。せっかく消毒水で
手を洗っても、粘膜を傷つけられるのを嫌がって性器には触らせないのが
普通だった。無理に触ってみても、ただの柔らかい肉といった感じで、淫液は
もう出つくしてしまっているのだろう。周辺部も乾いていて、あのヌルヌルした
ナメクヂのような感触はなかった。
その代わり、女の股の間からは消毒水と脂とお白粉が混ざったような、独特の
体臭がたちのぼってくる。これはどの売春婦にもある特有の匂いである。
あとは前戯も何もなく、そのまま突き刺すようにハメる。味もそっけもない
セックスだが、馴れると悪魔的な魅力があった。ほの暗い電灯の下で、
まるで人形をあつかうように女の股を拡げ、コンドームに唾を吐きかけて
割れ目の真ん中に突っ込む。まるで、淫糜な小説の一場面のようで、
私はこの瞬間がたまらなく好きであった。
「ちえっ、濡れていねえな」
「ごめんなさい。私、濡れにくいほうなの」
「いいから、もっと脚を開け!」
「痛…ッ」
「しっかりやれよ。本気で気分を出さねえと俺はイカねえんだからよ」
「はい…」
感情を殺して、精液の排泄場所になりきろうとする女の表情は、いまどきの
ギャルからは想像もできないほど悲しく哀れだった。
女はときどき唇を歪めて声を出す。これは早くイッてもらいたいための誘いで、
べつに快感がたかまっているためではなかった。実際には、一刻も早く
射精してほしいのが本音なのである。
カサカサした感じの太腿に下腹をこすりつけ、腰を動かしていると、
たまりかねたように女が下から言った。
「ねえ、まだなの?」
「バカ、いまハメたばっかりじゃねえか。時間はまだタップリあるんだぜ」
「でも痛いのよ。お願い、早くイッて…」
「この野郎、贅沢いうんじゃねえ」
女とはいたぶるものだ。苛めれば苛めるほど、ぞくぞくするような快感が
込み上げてくる。わざと乱暴に突き立てると、その度に女は苦しそうに
眉をしかめた。
「ま、まだですか?」
「まだまだ、もっとケツを振れ。股を広げただけじゃイカねえよ」
「ウゥッ…」
「我慢しろ、痛いのは俺のせいじゃねえ。もっと濡らせ!」
それでも無理に動かしているうちに、僅かなヌメリが滲み出してくる。
「ほら、お前イクのが商売だろ。イケよ。早くイッてみろ」
「ウッ、ウゥン…」
「イカないと、もっとやるぞ!」
「いや許して、ヒィ…ッ」
時間にすれば三十分と少し。野良犬を犯すようにヤリまくる。それでも
時間内には終わらなければいけないという、不文律のような
僅かなルールがあった。
「ようし、じゃあイッてやるから、穴を締めろ!」
尻を抱えて引き寄せると、情け無用で捩じ込むように射精する。女は関節の
力が抜けてグニヤグニヤになっていた。
立ち上がると、精液が溜まったコンドームが、だらしなく股間に
ぶら下がっている。それを引き剥がして、まだ両手で顔を覆っている
女の腹の上に棄てた。
「干し柿みたいなおまんこ晒しやがって…」
名前も聞かなかったが、三十才前後の育ちの良さそうな
人妻風の女である。淫液は涸れ果てていたが、口で言うほど
お粗末な道具ではなかった。
そのまま部屋を出る。もちろん、もう二度と逢うこともないのだったが…。
二、ビルの下の追憶
今はもう面影もないが、新宿駅の西口から大ガード下にかけて、
まだ闇市風の商店が軒を並べていた昭和三〇年代の前半。
当時の新宿西口は、駅のすぐ近くまで淀橋浄水場の土手と鉄柵が
迫っていて、文字通りうらぶれた場末のたたずまいだった。駅舎は
木造平屋建て、改札口の数も出入り合わせて五ツくらいしか
なかったと思う。
改札口を出ると、三角形のコンクリートの狭いスペースがあって、
そこからダラダラとガードの方角に坂を下って行く。闇市のまわりには
いつも小さな雑踏ができていて、ここが女狩りの絶好の穴場だった。
夕方になると、店先を覗きこみながら歩いている勤めがえりの女が
結構眼につく。ミニはまだ出現していなくて、女はフレアの多いペラペラの
ロングスカートが主流である。
「ヒマかい?」
「えっ、えゝ…」
とっさのタイミングで、この瞬間、ひっかかるかどうかがわかる。
「交際わねえか、悪いことしねえからよ」
自然に肩をならべて歩きながら、しつこく誘う。ものになると思えば、
手首を掴んで離さない。気の弱い女は、引きずられるように縺れた足どりで
ついてきた。
当時の西口には、こんな狼がうようよしていた。独り歩きの女にとって、
かなり危険な場所だったのである。
ひっかけた女は、温泉マークに連れ込んだり、場合によっては、浄水場の
土手に誘って青カンでハメる。このあたりを歩くと、よくこんな俄かアベックに
出会うことがあった。
そのころ、私は思いがけなくレイプされたあとの女を拾ったことがある。
甲州街道ぞいの温泉マークで女を抱いて、浄水場の土手の裏道を戻って
くるとき、暗い道の真ん中に蹲っていたので、危なくつまずいて踏みつけ
そうになった。
「おい、どうしたんだ?」
髮の毛を掴んで引き起こすと、顔に鼻血と泥がこびりついている。
眼を開けたまま、女は一種の放心状態になっていた。ブラウスの間から、
ちぎれたブラジャーが垂れ下がって乳房が露出している。捩じれた
スカートからむき出しになった太腿を見ると、だいたいの成り行きは
察することができた。
「しっかりしろ!」
平手で頬を張ると、女はハッと我にかえったようにこちらを見上げた。
それでも動こうとしないので、好奇心も手伝ってスカートの奥に腕を入れた。
温かくて、指先にザラザラした陰毛の感触があった。どうやらパンティも
穿いていないのである。
「帰して…、離してよゥ」
女は抵抗するかわりに、泣くような、哀願するような声を出した。
よろめくのを無理やり立たせて、気がつくと裸足だった。手に持った
ハンドバッグの口が開いたままになっている。強盗か強姦か、おそらく
その両方だったのだろう。
だが、生命に別条がないとすると、これは思わぬ拾いものである。
誰にも見られないうちに、とにかく部屋に連れ戻ったほうが良い。
車を停めて女を押し込むと、運転手はさすがにプロらしく黙ってアパートの
近くまで運んでくれた。
部屋に入れると、まだ20代の肉づきの良い事務員風の娘である。
女は怯えて入口のところで立ちすくんでいた。
「そんな恰好じゃ仕様がねえ。助けてやるから、早く汚れを落とせ」
羞かしがっている場合ではなかった。ブラジャーもパンティもしていない
ので、破れたブラウスを脱げばすぐ丸裸である。私は女を促して、炊事場で
お湯を沸かすと自分で身体を拭かせた。
「ひどく犯られたもんだな」
背中と内股に引っ掻いたような傷が何本もあって、血が滲んでいる。
尻の皮が剥けて、泥がこすりつけたように付着していた。素肌のまま
地べたで犯された痕跡である。
「名前は、何ていうんだ?」
「あづま…、君江です」
ぬるま湯にタオルを浸しながら、女は蚊の鳴くような声で言った。
「相手はどういう奴なんだ」
「よく…、わかりません」
「馬鹿だな。お前、そんなに男が欲しかったのかよ」
「違います、無理にです…」
君江は、泣きそうな声になった。
浄水場の土手で、知らない男たちに寄ってたかってまわされたのだろう…。
その場面を想像して、狭い炊事場で背中を向けている無残な女を
眺めていると、むらむらと残酷な衝動がこみ上げてくる。
「アノ…、むこうを向いてください」
君江は、不自由な姿勢で股間を洗おうとしているところだった。
「こっちに来い。おまんこは俺がきれいにしてやる」
首筋を掴んで、ズルズルと部屋の真ん中に引き出す。あわてて起き上がろうと
するのを押さえつけて、強引に脚をひらいた。
わりと濃い淫毛のまわりに、砂と精液がこびりついている。割れ目をひらくと
内側まで泥にまみれて、とても、拭いただけで落ちるような汚れではなかった。
「あひぃ…ッ」
指を穴に入れて奥を調べようとすると、とたんに君江は太腿を震わせて
悲鳴を上げた。
「痛アッ。や、止めて…ッ」
「動くんじゃねえ!」
ジヤリジヤリした砂とも泥ともつかない異物が詰まっている。尻の擦り傷も
哀れだが、こっちはもっと酷い凌辱を受けていた。
「なかがメチャメチャだ。消毒しないと膿んでくるかも知れねえ」
「ど、どうかなっているんですか…!」
「お前、おまんこに砂を噛まされたろう」
思い当たるふしがあるらしく、女はヒーッと咽喉を鳴らした。
「これじゃ使いものにならねえぜ。洗ってやるからもっと湯を沸かせ」
電灯の下で、恥も体裁もなく君江は股を拡げた。クリトリスのまわりが
真っ赤に充血して腫れ上がっている。
「つうッ。だ、大丈夫でしようか…」
「辛抱しろ、何とかなるさ」
薬罐から直接ぬるま湯を注いで、痛がるのを指で掻き出そうとするのだが、
粘膜に棘のように刺さった砂は容易に落ちなかった。
「もう止めてッ、病院に行きます…ッ」
「バカ野郎、こんなのを医者に見せたらすぐ通報されて会社にバレるぞ」
「困るわッ。どうしよう…」
「心配することはねえ。だいぶ取れたよ」
「ほ、ほんと…、ですか」
「じゃ、ちょっと入れてみるか?」
「ひえぇっ」
男根は、もう十分に熱くなっている。念のためコンドームをつけていると、
君江が急に座りなおして震えながら手を合わせた。
「お前が悪いんだ。へんな恰好するな」
かまわず押し倒して、海老のように縮んだ両脚の間に割り込む。
「タッ助けてくださいッ」
「暴れるな、騒ぐとまた絞めるぜ」
「いやぁ…ッ、お願い犯らないでェッ」
ヌメリを落とした後なので、挿入したときの感じはコンドームが軋むような
窮屈な締めぐあいだった。
やがて、淀橋浄水場は廃止され、その跡に一大副都心の建設が始まる。
東京都庁を中心とする高層ビル群が完成したとき、年号は、すでに昭和から
平成にかわっていた。
浄水場の土手で、女たちが演じた哀しい思い出は、
もう二度と掘りおこされることもあるまい。