家出娘と裏芸人
戦後性風俗のメッカといえば、ラクチョウ(有楽町)ジュク(新宿)
ロック(浅草)がビック3である。
なかでも浅草は、うしろに吉原という伝統的な売春街を控えているせいも
あって、他では味わえない独特の雰囲気を持っていた。
洋パンが幅を利かせた都心部と違って、昔ながらの抑圧された欲望が
煙草のヤニのように溜まって蠢いている。セックスを見世物にした商売も、
そのころの浅草ならではの風俗であった。
花電車…。
見るだけで乗せないというので花電車という名前がついたことは
ご存じの方も多いと思うが、脱脂綿を巻いた毛筆を穴に挿して、
客の前で字を書いて見せる。腰を踏ん張って跨いだ紙に『寿』とか
『玉』『福』などといった文字を書いた。作品は縁起物で客が持ち帰るが、
熟練した花電車は驚くほど達筆だった。
花電車のレパートリーには、他にバナナ切り、産卵、ラッパ吹き、
ピンポン玉とばし、煙草吸いなどがあって次々と芸を披露する。
芸の内容はご想像のとうりだが、もともと戦前からあった見世物である。
写真は当時一流の花電車として人気があった花奴のポートレート。
当時の実演、いわゆるシロクロは、最近のアダルトビデオのような
ノーテンキな明るさは薬にしたくてもなかった。売春よりもっと下の、
女にとっては最低の職業で、猟奇的で陰惨な雰囲気を漂わせていた。
現場は8帖位の部屋で、中央に薄っぺらな布団が敷いてあり暗い電灯の
下で三・四人の客が互いに顔をそむけあっている。女はまだ20代、
帯のない浴衣を肩から引っ掛けて布団に正座すると無表情に頭を下げた。
男は中年で、後ろにまわって子供に小便をさせる恰好で女を持ち上げると
客の前に運んできた。
「よく見てくださいよ。良いおそそだよ」
帯を締めていないので、浴衣の間にダラリと両脚が垂れ下がっているのを
覗き込もうとして、客が一斉に頭を寄せる。
かたちばかりのフェラチオをさせてから、片足をかついでぐいぐいと腰を
動かしてみせるのだが、実際にはまだ立っていない。態位を変えるたびに、
男は「ハッ」とか「ヨッ」という声をかけた。
首筋を掴んでひっくりかえしたり、腹を蹴って四つン這いにしたり、
女はまるで操り人形のように感情を失っている。態位がひとまわりすると、
男は少し固くなってきたのを自分でしごきながら、犬立ちにして後ろから
入れた。人間のすべてを棄ててしまったのか、女は最後まで無表情だった。
実演にはシロクロの他にもシロシロ、シロクロシロ、シロワンなどと
いうのもあった。
魔窟と言って良いほど、浅草の夜は奥が深い。夕方6時を過ぎると、
田原町から旧国際劇場通りにかけて、ポン引き専門の輪タクがビッシリと
並んでいた。
「お兄さん、いい所に案内しますよ」
歩いていると、どこからともなく寄ってきて耳元で囁く。
「戦争未亡人なんやけどね。金に困って内緒でやってます。
抱いてやってくださいよ」
「本物の家出娘どう、今夜が口あけなんだけど…」
それぞれ独立したルートがあって、女を売ったあぶく銭で食っている
連中である。たいていはスレからした女を抱かされるのがオチだが、
なかには結構な拾い物もあった。
話がついて輪タクに乗ると、気の毒になるくらい一生懸命ペダルを踏む。
走るのはせいぜい10分足らずだが、案内されるのは千束か入谷あたりの
路地裏で、昼間見れば何の変哲もないしもた家である。
こっちこっちと手招きされて中に入ると、40才過ぎの痩せた女が立っていて、
台所から直接座敷へ上がる。
「ちょっと待ってて下さいね、いま連れて来ますから…」
やがて先ほどの輪タク屋が女を連れて入ってきた。輪タク屋は、
どうやらこの家の主人でもあるらしい。女は下着までぜんぶ脱がされて、
寝間着姿でおずおずと後ろに立っていた。
まだ十六・七才の小娘である。
「ひるま上野で拾ったんで、お兄さんが初客だよ」
輪タク屋は娘の背中に手をかけて、私のほうに押し出しながら言った。
本物の家出娘というのは嘘ではないようであった。
「ええか、教えたとうりにせなあかんぜ。この人がお客さんだからな」
娘を残して輪タク屋は姿を消した。女房と一緒にカストリでも飲みながら、
終るのを待っているのであろう。
「お前、何処からきた?」
「高崎…」
「ずっと、ここで働くつもりか?」
「わかんないけど、おばさんに荷物預けてるから…」
それで裸なのだ。おそらく女房が身ぐるみはいで奪い取ったのであろう。
夫婦揃って娘にたかる姿は追剥ぎよりも非情だった。
「おまんこは、やったことあるんだろ」
「うん…」
引き寄せても別に抵抗もしない。寝間着の前をはだけると本能的に
隠そうとしたが、構わず両足の間に身体を入れた。
毛はほとんど生えていなかった。
亀頭で割れ目をなぞるとヌラヌラして微かな淫臭が漂ってくる。
「入れるぜ」
娘は黙って脚を少し拡げた。ツルリとした感触で先端を呑み込んだとき、
僅かに眉をひそめたが、それほど痛がる様子もなかった。
内部は10代の少女に特有な固い弾力があってぴったりと吸いついてくる。
行きずりの客を取らせるには勿体ないような身体だった。
「痛くねえだろ?」
こっくりと頷く。東京にきた第一夜、こんなことになろうとは考えて
いなかったに違いない。偶然と言えば偶然だが、緊張してすなおに
言うことを聞くのが哀れでもあった。
このまま射精してしまうのは惜しいような気がして、ゆっくりと抜き差し
しながら話を聞いた。
「初めて犯られたのはいつだ」
「忘れちゃった。中一ぐらいのとき…」
「相手は、どんな奴だった?」
「父ちゃん…」
「えっ、お前嫌だって言わなかったのかよ」
「だって、言えないもん」
きっと、逃げることもできなかったのだろう。そのときの悲惨な情景が
目に浮かんだ。
「おっ母ぁは死んじゃったのかい」
「ううん、東京にいるよ。わかってるの」
「それで、逢いにきたのか?」
「違うけど逢えるわよ。ぜったいに…」
どうやら、母親のほうが先に家出してしまったらしい。急に恋しさが
こみ上げてきたのか、娘は股の間に男根を刺したまま涙声になった。
眼頭に小さな水溜りが出来ている。
「親父とやって、気持ち良かったのかよ」
「そんなことないってば…!」
すすり上げた拍子に、思いがけなくキュッと穴が締まった。
クックッと嗚咽するたび、筋肉が快く収縮する。
「泣くな、お前の運が悪いんだから仕様がねえ。あきらめて気分だせ」
情けをかけてやるより、快感のほうが先であった。
腰の動きを激しくすると、娘は肩でずり上がりながら顔を歪めた。
惨めな運命を恨むように泣きじゃくっている。
「いくぜ、おい!」
「いやぁ…ッ」
娘は、絞るような声を上げた。
「お母ァちゃん…」
だが、どうもがいても二度と家には戻れないだろう。ズタズタになって
使い捨てられるまで、男たちの慰みものになるのだ。
蟻地獄のような浅草の魔窟は、そのころ、まだ公然と存在していたのである。