SM今昔秘譚(8)


マゾモデル人別帖






    一、マゾモデルの秘密

 この時代、ひとりのマゾ女を発掘して育て上げるのは並大抵の

苦労ではなかった。

 奇譚クラブや風俗奇譚などのアブノーマル専門誌に、ときおり

マゾ奴隷調教記といった記事が掲載されることがあったが、つてを頼って

接触してみると、閉鎖的というより極端な秘密主義で、それが自然の

対応であった。

 結局、女は自分で仕込むしか方法がない。

 面白いことに、今と違ってテレクラやネルトンなどの情報システムが

ないから、街にはセックスに無防備な女たちがウヨウヨしていた。度胸ひとつで、

声をかければ案外簡単にひっかかってくる。この辺のところが、最近の

ナンパ事情とは基本的に違っていた。

 ベッドはまだ普及していなくて、連れ込み旅館には、たいてい二枚重ねの

布団が敷いてあった。このほうが犯しやすかったことも確かである。

 えものを押し倒して、容赦なくのしかかると、ほとんどの女が観念したように

股を広げた。犯されたフリをして、本音はセックスしてほしい。

 ところが、そんな女でも変態と呼ばれることには最後まで抵抗を示した。

変態という言葉じたいが、一種の差別語だったのである。

「てめえ変態だろ。舐めさせてやるから口を開けな」

「ワッ私ッ、そんなことできないッ」

「汚くなんかねえよ。自分が出した汁じゃねえか」

「アッ嫌ァッ、ウプッ…」

「さんざんイキやがって、それでも変態じゃねえのかっ」

「違いますッ。私そんなんじゃ…」

 どうせ、行きずりの女である。こうなればひっぱたくしかテがなかった。

 いまになって思えば、もったいないような良い道具の持ち主もいたが、

こうして数え切れないほどの女が、私の前を通り過ぎていった。精液や

小便まで飲まされたあげく、言うなりについてきたのは、せいぜい

十二・三人にひとりといったところか…。

 いまどきのAVモデルが原宿や渋谷でスカウトされるのとはわけが違う。

 私が当時『芸苑社』のマゾ・モデルとして雑誌に出した女たちは、ほとんどが

街で拾って半ば強制的に脱がせた素人娘である。だがそれなりに、

奇妙に虐げられたあやしげなムードがあった。

 名前を書いても記憶している方はいないと思うが、北畠やよいは

雨の中で傘もささずに濡れていた自殺志願の失恋娘だったし、

高瀬ナナは万引きで捕まりかけたところを危うく助けてやった女子大生である。

 荒縄で股間縛りになって、くびれた乳房をムキ出しにした表情が

編集者ウケした岬みきは、そのとき、前の晩アナルを犯したあとの

血がまだ止まっていなかった。

 これが昭和20年代の後半、エロ雑誌華やかなりしころモデルになった

女たちの、偽らざる素顔である。



    二、マゾ志願の女


 世の中がようやく落ちついてくると、口込みや広告を見て、働きたいという

女もボツボツと現れるようになった。SMクラブはまだ非合法だが、それだけに

飛び抜けてギャラが高価いのが魅力だったのである。

 事務所に訪ねてくるのは、行きどころのない家出娘、赤線あがりの大年増、

借金だらけになった水商売の女など…。あんまりたよりにならない連中が

多かった。変態とかマゾ女の意味もほとんど理解していない。こんなのを

面接していると、こちらのほうがイライラして、言葉使いもつい荒くなった。

「マゾは人間じゃねえぞ、お前それでも良いのかよ」

「えっあのう。ど、どんなことをされるんでしようか…」

「おまんこに穴があいてるだろう。それくらいのことがわからねえのか!」

 それだけで、たいていの女が青くなった。

「道具を調べてやるから、俺の眼の前で股を広げてみろ」

 尻込みするのに追い討ちをかけると、ガタガタと膝頭を震わせながら

パンティを脱ぐ気の弱いOLもいたし、背中でドアを開けて、部屋から

逃げ出す年増女もあった。

 だが女という動物は、性器を露出させるとガラリと性格が変わる。

それまでの防御本能が崩壊して、犯されても仕方がないといったメス本来の

姿に戻るのである。

 裸にしてプライドや羞恥心を徹底的に剥ぎ取ってしまうと、それぞれ弱みを

抱えているので、女たちのほうでも必死だった。

 最近のM女のように、時間いくらでプレイが終ると、のんびりとタバコを吸って

次の客を待つといった甘い環境ではなかった。

 もう、こうした方法で一人前のマゾの女に仕込むのは無理なのではないか…。

 ところが最近になって、珍しく未知の女から電話があった。

 話を聞くと、縛りのモデルになってひと通りの経験はしているのだが、何故か

そのあとで満たされない気持が残るのだという。

「お前、まだ人間扱いされているからじゃないのか?」

 名前は、牧村美紀といった。

「マゾの女には、はじめから人権なんかないんだぜ」

「はい」

「モデルじゃ駄目だ、女を捨てろ」

「は、はい」

 久し振りに、20年前の女を思い出させるような声である。

 逢ったのは一ケ月前…。

 美紀は自分で陰毛を剃り落とし、素肌にセーターを着て約束の場所に現れた。

細身で髪の毛の長いオウムごのみの女である。

 それから夜中まで、手製の鞭で打ちのめされ、美紀は淫声をあげて

狂いまわった。

「いいか、自分がふつうの女だと思うんじゃねえぞ」

 陰裂に足の指を突っ込んでえぐると、ヒクヒクと身体を痙攣させながらうなずく。

「変態は生れつきだ。病気と違って、どんな薬でもなおらねえんだよ」

「わ、解るような気がします」

 全身に血の滲んだムチ痕を残して、美紀はうめくように言った。

「私、お電話でドッと濡れてしまって、それからもう…」

 肉体的な責めに加えて、精神的な苦痛を与えれば与えるほど、

女は美しくなる。

 本質は、少しも変化していないのである。


<完>