一、 逃げた女
「そうか、あの野郎、そんなところに行きやがったのか」
「でも、私が教えたなんて言わないでね。お願いだから」
「分かってる、いちいち言うな」
女を横抱きにして、片手で乳首を弄びながら、私は面倒くさそうに言った。
太ももを腹の上に乗せ、腰を入れて勃起した男根は女の肉穴を
突き刺したままである。
「それで旦那とは結局別れたのか?遠くまで、よく逃げる気になったもんだな」
「仕方がなかったのよ。あの人にはそれしか方法がなかったんですもの」
女は媚を含んだ目尻に微かな皺を見せて言った。
「あんた、多津子にまだ未練があるのね。どうして私じゃ駄目なの?」
女は和代という、多津子とは同じ店に働いているホステスである。そろそろ
四十才に近くなって、全体に肉のたるみが目立つ清潔感のない女だった。
「お前とはものが違うんだよ。あいつのおまんこはこんなにブカブカじゃねぇ」
「ひ、ひどい、あッウゥム」
かるく動かしてやると、和代は上半身をのけぞるように腰を浮かして、
低い呻き声をあげた。
「あぁ何よゥッ、せっかく私のものになってくれたと思ったのにィ」
「自惚れるんじゃねぇ。お前には精液を出してやるのも勿体ねぇや」
「あッ、あッ、快いの、快いから頂戴ッ、頂戴ッ」
いい気なもので、多津子の話など忘れたようにリズムに合わせて腰をゆする。
ゴムを使っているので心配はないが、ブヨブヨした感じの乳房を握って、
私は遠慮なく和代の穴の中に性欲の塊りを吐いた。
「ホラやるよ、よかったら飲んでみな」
グチャグチャになったコンドームを剥がして顔の上に投げてやると、
女が出したヌメリでベタッと頬に貼りつく。
「いや、まだあったかい」
べつに怒るでもなくチリ紙で頬を拭きながら、和代はちょっと恨めしそうに言った。
「あんたも罪な人ねぇ。多津子の家庭を目茶目茶にして、まだ追っかける気?」
「それがあいつの幸せなんだから仕様がねぇだろう」
よし、行ってやろう
そうそうにズボンを穿きながら、私はもう心に決めていた。
行く先は伊豆七島の先端、三宅島である。当時まだ空港がなく、
船便で丸一昼夜かかる僻地だった。
戦争が終わって十年、世の中はようやく落ち着きを取り戻していたが、
日本はまだまだ貧しかった。
そのころ流行っていたのが、いわゆる「トリスバー」である。
『トリスを飲んでハワイに行こう』というコマーシャルが大ヒットして、当時としては
洒落た雰囲気でサラリーマンの格好な憩いの場所になっていた。
多津子も和代も、そのころ同じトリスバーで働いていた女である。
常連になって通っているうちに、いつのまにか多津子と関係が出来た。
戦争中の味気ない青春を過ごした女の常で、始めのうちはこっちも面白半分に
弄んでいるうちに、いつのまにか女のほうからのめりこむようになってきた。
亭主もちだが、性欲が盛んでもう四十才に近くなっていたが良い身体をしていた。
遅咲きの肉体に火がついて、もう離れられない、二号でも良いから傍においてくれ
などと言うようになると、若かった私にはいい迷惑である。
冷たくあしらっているうちに亭主にもバレて、さんざんモメたあげく、ある日突然
パッタリと店から姿を消してしまった。仲良しだった和代に聞くと、亭主に暴力を
振るわれ、惚れた男には冷たくされて、思い詰めたように店を辞め東京を
離れたのだと言う。
「多津ちゃんをあんなに泣かせて、あんた悪い人ねぇ」
和代は、ちょっぴり非難するような口調で言った。逃げた行き先を聞いても、
口止めされているからと教えようとしない。
「でも私、男だったらそんなタイプが好きだけど」
言葉とは反対に、性に飢えた露骨な視線である。
それならばと誘い出して和代を抱くまで、三日とはかからなかった。
そしてようやく聞き出したのが、三宅島の双葉屋という旅館で住み込みの
女中になって働いている…、と言うのが、ここまでのいきさつである。
二、無理難題
それから一週間後、私は三宅島行きの船に乗った。
夕方川崎の桟橋を出て翌朝には三宅島に着く。船は東海丸と言う二百トンくらいの
小さな船で、外海に出ると、とたんに波にもまれてひどく揺れた。
朝になると、島というより海に浮かんだ山といった形の険しい景色が眼に入る。
島には岸壁がないので、すぐに連絡用のポンポン船が近づいてきた。
東海丸は残った客を乗せて、ここからさらに御蔵島、八丈島へと回るのである。
一晩波に揺られた身体で島の土を踏むと、ようやく足元は安定したが、
絶海の孤島に来たという感慨がひしひしと身に迫った。
よくもまぁ、こんなところまで流れ落ちたものだ…
地図も持っていないが、小さな島なので旅館は二三軒しかない。
双葉屋はすぐにわかった。港の近くにある坪田という漁師町の一軒宿である。
行ってみると、造りは粗末だが古い宿なので大きさはかなりなものだ。
漁が盛んなときには結構賑わうのであろう。玄関で声をかけると、主人らしい
老人が出てきて怪訝そうな顔をした。
「泊めてくれるかい。ちょっと、町の役場に用があって、東京から来たんだ」
「へぇ、どうぞ」
季節はずれの宿泊人だが別に怪しまれることはなかった。部屋に入って
窓を開けてみると、東京で見る海の姿とはまったく違う、ただ一望の
荒涼たる水平線である。
「いらっしゃいませ」
呆然と海を眺めていると、背中でよそゆきの低い女の声がした。
「お茶持ってきました。あの、宿帳を」
声を聞いて、ゆっくりと振り返る。
「ふん、やっぱりいたな。このやろう」
ギョッとして顔を上げた多津子が、次の瞬間、ヒェッと咽喉を鳴らすと
尻餅をついたようにのけぞって両手を畳についた。
「てめぇ、いったいどう言うつもりなんだ。こんなところまで逃げやがって」
「あ、あ、あんた、だ、誰に聞いて、ここまで」
「決まってるじゃねぇか。和代に一発ハメて聞いたらすぐに白状したぜ」
「か、和ちゃんと?」
「逢う早々ヤキモチを妬くな。居所を聞き出すためには仕様がねぇだろう」
「チ、違うの」
多津子は、しどろもどろになって咽喉が詰まったような声で言った。
「お願い、お願いだから帰って」
「なんだと」
「これ以上私を虐めないで、オモチャにしないでッ」
「ふざけんな」
バシッと頬を張ると、多津子は震える手で顔を抑えてそのまま畳にうずくまった。
悲鳴を上げなかったのは、宿の連中に知られるのを恐れたからであろう。
「ごめんなさい」
やがて、多津子は感情を殺して呻くように言った。
「私、あんたが嫌いになって逃げたわけじゃないの」
「じゃどうして、俺に黙って勝手な真似をしたんだ」
「うちの人には責められるし、あんたが好きで苦しんでもどうにもならなかったし…」
「苦しむのはお前の勝手だがな、俺にはまだたっぷりと未練があるんだぜ」
いきなり襟もとから腕を入れるとブラジャーをしていなかった。
容赦なく、盛り上がった乳房を鷲掴みにする。
「あッ、やめて…ッ」
「淫乱のくせに、こっちで男に抱かれてるんじゃねぇのか。えぇっ、どうなんだ」
「やめて、許してッ、人がくる」
「かまわねぇよ、もともと俺の女だ。何をしようと遠慮することはねぇだろう」
「お願いですッ、カッカンニンして下さい。もう助けて」
「助けてだと?そうか、本気で俺と別れたいんならおまんこを出しな」
着物のすそを開けて強引に腕を突っ込む。
「アヒッ」
厚い木綿のパンティを穿いていたが、柔らかい太ももの横から指を入れると、
中味はほとんど濡れていなかった。
「人に知られてまずけりゃ夜に来い。それまで興奮させておいてやる」
「あ、あッいや、どうしてそんな」
「うるせぇ、足を開けっ」
乱暴に掻き回すと、多津子は腰を浮かして嫌応無しに股を少し開けた。
たちまちグチャグチャと中からヌメリが滲み出してくる。
「来なかったらこっちから呼ぶぜ。いいな、わかったかっ」
三、はぐれ千鳥の波別れ
島の夜は早い。日が暮れるとあとは波の音ばかりで、どこの家も電気を
点けるのも惜しいように眠りに入ってしまう。だが何時までたっても
多津子は現れなかった。
こっちもウトウトして、いつのまにか寝入ってしまったようだ。フト気がついて
人の気配を感じたのは、もう夜中の1時をまわった頃のことだ。
薄目をあけて見ると、布団の足元に近いところに、多津子がうつむいたまま
身動きもしないで蹲っていた。
「何だ、遅かったじゃねぇか」
「………」
「やっとその気になったか。もう来ねぇのかと思ったぜ」
「………」
「このやろう、黙っていねぇで返事ぐらいしろっ」
布団を跳ね上げて足で蹴ろうとすると、多津子が突然ガバッと上半身を倒して、
思いがけない力で下腹部にしがみついてきた。
「あ、あんた…ッ」
小刻みに震える手で寝巻の前を捲くると、下着をつけていない剥き出しの
陰毛に頬ずりしながら、途切れ途切れに言った。
「わ、私やっぱり、駄目…ッ。あぁッどうしよう、好きッ、好きなのよゥ」
男根のつけ根から先端にかけてナマ温かい感触が広がり、唇でしごくように
吸われるとたちまち肉塊が硬直して天井を向いた。
「ふん、やっぱり我慢できなくなったんだろうが、この淫乱…」
「あぁもう私、どッどうしたら良いのッ」
女が錯乱状態になっていることがわかれば反対に落ち着いたものだ。
股間に顔を突っ込んでいるのをそのまま、私はゆっくりと身体を起こした。
「よしっ、裸になれ。可愛がってやるぜ」
照明は、廊下の障子を通してしみ込んでくる微かな月の光だけである。
多津子は田舎旅館の女中スタイルで浴衣に細い帯を締めていたが、
脱がせるのは簡単だった。男根を咥えさせたまま浴衣を剥ぐと、
ヌメヌメと脂ののった中年女の白い肌が、伝説の淫女のように
浮かび上がった。
布団に仰向けにして上から見ると、前よりも少し痩せたか、盛り上がった
恥骨の上に濃い陰影があって、陰毛が逆立っているように見えた。
海鳴りのする孤島の宿に女を追い詰めて犯す気分は、ロマンチックと言うより、
淫欲に身を灼かれる異様な衝動を感じる。
「あぁうッ、うぅッ」
指を三本束ねて、ねじ込むように穴に入れると、必死に声を出すまいとして、
多津子は胸を掻き毟りながら無意識に股を広げた。
「濡れてるわりにゃ穴が固ぇぞ、男に抱かれていなかったって言うのは本当だな」
親指の腹で陰毛を抑えつけ、内と外からガッシリと恥骨をつかんで揺すると、
グシャッグチャッと卑猥な音がして、多津子はたちまち切羽詰った声をあげた。
「あぁいやァァ、いッちゃうぅ」
「馬鹿、まだ入れちゃいねぇんだ。いくら淫乱でも少しは我慢しろっ」
「あむッ、くッ、くぅぅ…」
とたんに、熟しきった女の太ももがピンと伸びてビリビリと痙攣した。
若い娘と違って神経が刺激に耐えられないのである。
「あぁぁッ、イッイクぅ」
「ちぇっ、ダラシがねぇ」
指を抜いて片足を肩に担ぐと、横から股を裂くように腰を入れる。
貼りついてくるような女の肌の感触が、何故かいっそう加虐心をそそった。
「勝手に逃げやがった罰だ。覚えておけっ」
「あっ、うぅむッ」
叩きつけるように腰を回すと、多津子はのけ反って苦しげに咽喉を鳴らした。
声を出せないのが何よりも辛いのである。およそ一時間近く責め続けて、
七・八回は絶頂に追いやったあと、私は溜めていた情欲の塊りを
思い残すこともなくドッと女の体内に吐いた。
「よぅし、忘れるんじゃねぇぞ。お前とはこれっきりにしてやる」
「うぇ、ぇ、え…」
ピクン、ピクンと身体を震わせながら、ともすれば崩れ落ちそうになる
心の垣根を必死に支えようとするのか、多津子は顔を覆ったまま
絶え入るように嗚咽するだけであった。
翌日、東京に戻る船が出る。主人には気づかれなかったようだが、
宿を出るとき多津子は玄関にも出てこなかった。
船に乗ってから振り返ってみると、島に貼りついたように見える旅館の
窓が開いて、身を乗り出している女の姿があった。
昨夜、多津子を抱いた二階の部屋である。