スカ線の痴女



一、 盲 点


JRがまだ国電と呼ばれていたころ、当時のラッシュアワーは酷いものであった。

新聞では「酷電」と洒落にもならない表現で、一種の社会問題になっていた。

痴漢にとっては天国の筈だが、あまり混み過ぎても身体の動きが自由にならない。

痴漢のほうでわざわざ空いた電車を選んで乗るというウソみたいな混みかたで、

なかでも混雑がひどかったのは、中距離通勤電車の横須賀線、いわゆるスカ線である。

大船までは東海道本線との共用線路を走るが、大船で別れて三浦半島を縦断する。

そのひとつ手前の駅が戸塚である。当時は小さな田舎の駅で、停るのはスカ線の電車だけ、

今でもそうだが、同じホームを東海道線の普通列車が当然のように通過して行くのを

横眼で見送る気分は、大いにプライドを傷つけられたものだ。

この駅の大船寄りのはずれに、珍しい乗客用の公衆トイレが設置されていた。

今でも地方に行けばあるかも知れないが、プラットホームの最先端、

ホームの幅が半分くらい細くなっているところに、ポツンと掘建て小屋の

ようなものが建っている。構内には「お手洗い」と書いて矢印をつけた標識が

二・三箇所に貼りつけてあったが、目に止める人はほとんどいなかった。

駅舎には別にちゃんとしたトイレがあったし、電車が停まる位置からも離れたホームの

突き当りまで、テクテクと歩いて用を足しに行く客はめったになかったのである。

だから、私がこのトイレが意外なことに使われているのを知ったのは、まったくの

偶然であった。

その日、郊外に家を建てた友人の新築祝いに行った帰り途…。

東京行きの空いた電車がけたたましく通過するのをいまいましく見送っていると、

反対側の下りホームにスカ線が入ってきた。こちらはかなり混み合っていて、

停車したドアから大勢の人が吐き出されてきたが、みんな申し合わせたように

中央にある階段から改札口のほうに流れて行く。その中にひと組だけ、奇妙な

カップルがあった。人の流れに逆らって、男が階段を降りずにホームの先のほうに歩いて行く。

女の腕を握って引きずるような格好である。女はときどき振り解こうとするが駄目のようであった。

「……?」

時間は夜の9時過ぎである。ふと異常な雰囲気を感じて暗闇を透かして見ると、

二人は軽く争うような仕草を見せながら先へ先へと縺れ合うように歩いて行く。

その先は改札口はおろか、電車も停まらないホームの突端である。距離を置いて

ついて行くと、カップルは突き当たりの一見物置小屋のような建物の中に消えた。

入口に見切り塀があって、覗くと奥は男用がひとつ、女用がひとつの狭い便所である。

私がこんなところに公衆トイレがあることを知ったのは、そのときが初めてであった。

だが中には、もう二人の姿はなかった。

ただのアベックじゃねぇな…と思ったとたん、女便所の中からガタンと音がして、

微かな女の声が聞こえた。

扉が一つしかないので、中に入るわけにはいかない。足音を忍ばせて横に廻ると、

私は壁に寄り添うように耳を当てた。

「いやよゥ、こんなところで何すんのサッ」

「でかい声出すな。えぇっ、なぁ好いじゃねぇかよぅ」

「駄目ッ、や、やめて…」

「すげぇ濡らしていたじゃねぇか、あんたもヤリたかったんだろ」

「だって、あんなことするんだもん。知らないわよ」

「いいからよぅ、こっち向きな。脱がなくて良いから…」

断片的に、途切れ途切れに聞こえた会話である。そのうちに、またゴトゴトと

人が動く気配が伝わってきた。

「あッいや、ふぅん…」

「もう止してェ、あァッ」

女の声だけがときどき漏れてきたが、何をされているかは歴然である。

やがて静かになって、二人が出てくるまで、およそ15分くらいかかったろうか。

「また明日な、いいだろ」

「………」

「明日も同じ電車に乗れよ。前から三両目だ。えぇっ、判ったのかよ」

女は無言である。だが犯られたあとのよろめくような歩き方はひと眼で判った。

痴漢か、犯りやがったな…私はムラムラと嫉妬を感じながら、黙って後姿を

見送るしかなかった。



二、女痴漢行状記


ラッシュアワーの駅のホームにあんな穴場があることを知った私は、それからと言うものは

注意して駅の構造を確認するようになった。

ホームのはずれにトイレがある駅は意外に多いことを発見したが、辺りが暗くて、

人の出入りが少ないという条件が整っているのは、やはり戸塚の駅が一番である。

当時、中央沿線に住んでいた私は、距離はかなりあったが、それでも何か面白いことは

ないかと思って月に二・三回は通ってみたりもした。

ところがその度に、奇妙なカップルが現れる。

ホームのベンチに腰を下ろしてさりげなく見張っていると、二時間に一組くらいの割合で

怪しげな利用者があった。なかには恋人同士が示し合わせてチョンの間の楽しみに

利用することもあったが、大部分は電車で痴漢されて、フラフラになったところを否応無しに

引っ張り込まれて犯されていく俄かアベックである。

それは強姦とも言えず、和姦でもない、行きずりの性欲がぶつかり合った淫靡な

無言劇であった。蛇の道はヘビとはよく言ったものだ。彼らにとって、ここは生け捕りにした

獲物を料理する格好の場所だったのである。

幾月か経った後、その日も私は変ったカップルを見つけた。女は落ち着いたスーツを

着こなしたかなり年配の奥様風で、男はまだ若くて学生服を着ていた。絡み合うような

足取りで目の前を通り過ぎると、いつものように改札口への階段を外れて暗いホームの

先端に歩いて行く。私は迷わず二人の後をつけた。

痴漢には、触りのほかに実はもう一種類ある。いわゆる覗きマニヤなのだが、ここには

女性用トイレが一つしかないので覗き魔が出没する余地はなかった。

その意味でも、電車の痴漢にとっては安全な場所なのであろう。

例によってトイレの横にまわろうとしたとき、いきなり見切り塀の裏から押し殺したような

女の囁く声が聞こえた。

「ここなら良いわよ、誰ァれも来やしないから…」

男の背中がまだ見えている。とっさに身を隠そうとしたが遮るものは何もなかった。

男が振り向けば万事休すなのだが、女に誘われてそのまま中に入ってくれたのは助かった。

「ふふふ、坊や、良いのよ。そんなに緊張しなくたって」

「いや、僕かぁべつに…」

「興奮しちゃったんでしょ。ねぇ、わたしのここ、触ったときどうだった?」

「は、はぁ」

「わたしだって濡れちゃったのよ。坊やがあんまり可愛かったから、つい…」

女は大胆で、声も大きい。

「ねぇ出しなさいよ。おしゃぶりしてあげようか?」

見切り塀一枚が防壁である。

こっちも大胆になって、膝を曲げて下から覗くと、黒のハイヒールが男の脚を挟むように並んで、

女がしゃがみこんでいた。息を詰めて様子を窺うと、女は男の腰に両手を回して、しがみつくような

形でしゃぶっているらしい。

畜生、咥えていやがる…

そのとき妙なことに気づいた。これは女のほうが痴漢なのである。

何かの拍子に病み付きになったのであろう。電車の中で気に入った男を見つけて、自分から

身体を摺り寄せてリードして来たに違いない。

「あぁもういいよ、我慢できないから」

「イッても好いのよ、あたし飲んであげる」

女のくぐもった息遣いが激しくなった。

「あっうっ、だ、駄目だ…」

男が射精したらしく立っていた靴が二・三度よろめくように動いた。

「うッ、うぐッ、うぐゥッ」

距離にして一メートルとは離れていない、淫靡な動きがナマナマしく伝わってきた。

「たくさん溜まっていたのね、満足した?」

やがて、男を射精させてしまうとさすがに気が急くのか、女は身繕いしながら

あらたまった調子で言った。

「今度逢ったらまたやってあげるわ。だからほかの女に手を出しちゃだめよ」

「この次はホテルに行こうよ、良いだろ」

「駄目、あたし、旦那様がいるの」

そのとき、次の下り電車が満員の乗客を乗せてホームに入ってきた。

「あ、早く、先に行って、人眼につかないようにね」

男はまだ何か言っていたが、女に急きたてられて小走りに電車のほうに走って行く。

女はそれを見送って、おもむろに化粧を治しはじめた。

男が乗った電車をやり過ごして、女がトイレの塀の外に出ようとしたときであった。



三、箱の中の淫劇


「待ちなよ、奥さん」

ギョッとして、女は棒立ちになった。そのとき初めて顔を見たのだが、細面で少し険のある、

40才そこそこの女である。口紅を引きなおしたせいか、輪郭がはっきりして、どちらかと言えば

美人タイプだった。

「いいことヤッてたじゃねぇか、あんた良い度胸してるな」

「な、何ですか。知らないわ」

「誤魔化すんじゃねぇ。全部見られていたことにも気がつかなかったのか」

私はニヤニヤと笑って見せた。こんな時には脅しをかけるより、笑ったほうがはるかに

効果があがる。女の顔からスーッと血の気が引いたようであった。

「奥さん、あんた常習だな?女の痴漢と言うのは初めて見たぜ」

「人を呼びますよ。ヘンなことすると…」

「呼んでみな。よかったら、旦那にも来てもらっても良いんだぜ」

「だ、誰か…」

「騒ぐんじゃねぇよ、ここじゃ眼立つから、もう一度なかに入んな」

笑った表情とは反対に、腕を伸ばして乳房を突くと、女はよろめいて入口の柱に

ズシンと背中をぶつけた。

「ら、乱暴しないで…」

パシッと一発平手で頬を張ると、女はヒィッと息を引いて恐怖の表情を浮かべた。

「どッどうしろって、言うんですか」

「奥さん、あの学生にハメさせなかったんじゃねぇのか」

「し、してないわよ、そんなこと…」

「だったら、おまんこベタベタだろう。ちょっと見せてみな」

「いやぁぁ、誰かッ」

パシィン、ともう一度ほっぺたが景気良く鳴った。

「ヒィツやめて、ぶたないで…」

「だったら、自分でスカートを上げろっ」

トイレの壁にもたれたまま、女はブルブルと震える手でスカートを太腿の辺りまで上げた。

だがそれ以上は手を動かそうとしない。構わず腕を入れると、ナマ暖かい太腿の奥に

グニャッと軟らかい肉の感触が直接触れた。

「なんだ、初めから穿いていねぇのか」

何も穿かずに電車に乗って、行きずりの男に触らせながらスリルを楽しむ。

女の淫らな目論見が見え見えである。

「たいしたもんだな。女の変態としちゃ見上げたもんだ」

「カ、カンニンして、もう…」

淫汁が滴りそうになっている凹みを指で掻きまわすと、女は観念したのか膝を

ガクガクさせながら急に態度を変えた。

「ねぇ助けて、何やっても良いから…、あッあッ」

興奮したと言うより、この場を切り抜けるための見え透いたテだと言うことは判っていたが、

それならこちらの思う壺である。

「スカートを捲くって中に入れ。人に見られちゃヤバいんだろ」

女便所の扉を開けて中に押し込むと、独りでも満員の狭い箱である。内側から鍵をかけると、

とたんに激しい異臭が鼻をついた。

「キ、穢ない」

「気にすんな、あんたのおまんこのほうがよっぽど匂うぜ」

足を持ち上げて開かせようとするのだが、何しろ狭い。しゃがませることも身体を曲げることも

出来ないほど窮屈である。

仕方なく女の両股を抱えて持ち上げると、立ったままキンカクシを跨いで、膝まで下ろした

ズボンから斜めに硬直している奴を穴の入口に狙いをつけた。

「アッ危ないッ、ギャッ」

腕の力を緩めると、そのままグスッとメリ込むような感じで、女の体重がいっぺんに

男根のつけ根にかかった。

「はぁッ、くゥゥ…」

両手を広げてトイレの板壁で支えながら、必死になって身をもがく。痩せているとは言っても、

40キロを超える女を抱えて腰を使うのはかなりの体力が必要である。

射精が近くなると、いつもなら咥えさせて直接口の中に吐くのだが、抱いたまま5分ももたずに

ドッと注ぎ込んでしまった。

「あぁぁッ駄目…ェ、出来ちゃうッ」

体内に射精されたことが判ると、女はうわずった叫び声を上げた。

「心配することはねぇよ。ヤバかったら自分で拭いておきな」

腰が抜けたようにトイレの壁にへたり込んでいるのを尻目に外に出ると、ちょうどスカ線の電車が

入ってくるところだった。

「悪いけど先に行くぜ、今度逢ったら電車の中でやろう 」

トイレからは何の返事も返ってこない。私は女を置きざりにして早足で歩き始めた。





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