屋根裏の淫劇場




一、 青線飲み屋街


「えぇそりゃ、あんたがどうしても見たいって言うんだったら…」

片足を腹の上に乗せて、男根を挿入したまま、香織は少し息を弾ませ

ながら言った。

「でもあんた、私が他の男とスルところ見て本当に嫌にならないのね?」

「なるわけねぇだろ。思いっきり感じを出してサービスするところを見せろ」

「悪い人ねェ。ヒトを遊びものにして、末が恐ろしいわ」

「良いじゃねぇか。お前なんか、どうせ共同便所みたいなもんだろ」

「うふん、酷い…」

二・三度腰を使ってやると、愛情のない言葉に怒るでもなく、香織は

受け身になって甘えた声を出したが、とたんにキュッと穴の入り口が締った。

三十六才、場所はそのころ新宿の花園神社の横にあった飲み屋街の

二階である。

階下が店になっていて、棟続きで低い軒下に赤提灯が5軒ほど並んでいる。

その左から2軒目が香織の店であった。

脂が乗りきったと言えば聞こえは良いが、当時の三十六才はもうオバさんで、

ブヨブヨと肉のたるんだ女が多かった。そのなかで、香織はまだマシな

ほうである。

こちらははたちを出たばかりの若造で、始めはただの客だったのだが、

どこをどう見こまれたのか、香織は私に惚れて何くれとなく世話を焼き、

貢ぐようになった。その頃の言葉でいえば若いツバメである。

温かい女の身体を抱いて、熟柿のようになった穴の中に男根を埋めていると、

如何にも成熟しきった女の性欲を味わっているといった感じがして

私は好きであった。

だがそれも回数が重なるとだんだん飽きがやってくる。別れる気持は

なかったのだが、何か面白い刺激はないものかと考えついたのが、

香織に他の男を抱かせてそれを覗くというアイデアであった。

「どうだい、やって見せねぇか」

「だって、そんな恥かしいこと…」

自分の女に男を抱かせて楽しもうという要求には、香織もさすがに

戸惑ったようで、不安そうに聞いた。

「あんた、私が嫌いになったの?」

「いや別に、そんなことねぇよ」

「私の気持ちなんかちっとも判ってくれないのね。一生懸命尽くしているじゃない」

「だったら隠れてコソコソしねぇで、全部見せるのが情婦として当り前だろ」

そう言われてしまうと、香織にも返す言葉が無かった。

もともと、花園の飲み屋街は青線で、階下で呑ませた客がその気になれば

二階に上げてチョンの間でやらせる。香織も私が来ないときに、密かに

客を取っていることは隠しようもない事実だったのである。

「いいわ、あんたの為なら…」

始めのうちは恥かしがって何だ彼だと言っていたが、結局無理やり

押しきられて香織は客との現場を見せることを承知する。

「でもどうやって覗くの。押入れの中はいっぱいよ」

「天井に上がるんだよ。そんなこと簡単じゃねぇか」

無造作に男根を抜くと、香織はへぇッと目を丸くして天井を見上げた。

「ちょっと来い、上を見せてやる」

終戦後まもなく建ったアパートは昔風の造りで、押入れを開けると

隅の板が一枚外れて天井裏に上がれるように出来ている。

一尺足らずの板の間から身体を入れて奥を覗くと、埃だらけで少し離れた

節穴から隣の部屋の明かりが洩れているのが見えた。

「イヤほんと、凄いわねェ」

江戸川乱歩の小説に『屋根裏の散歩者』というのがある。私は他人の部屋も

覗いてみたいと思ったのだが、屋根が低い上に天井の造りがヤワなので、

実際にはとてもそこまで這って行ける状態ではなかった。

天井には屋根を支える棟木や梁が何本も組み合わさっていたが、

材木が細いので、少しでも動くとミシミシと危ない音を立てるのである。

「座布団を上げろ。ここに横になって、隅に穴をあけて覗くんだ」

「大丈夫?見つかったらどうするのよ」

「わかりゃしねぇよ、心配するな」

「怖い、もういいから降りましょうよ」

息を殺し、裸の乳房を摺りつけて、香織は淫液に濡れた男根を握りながら

言った。こんな計画に夢中になっているより、香織にとっては、今やっている

セックスのほうが大事なのである。

私は淫液で生臭い匂いのする香織の乳房に腕を廻して、再び押入れの外に出た




二、見下ろす淫事


相談がまとまってその気になると、香織も刺激を感じるのか、その晩の

腰の動きはいつになく激しかった。

「そんなに動かすな。おい、イッちゃっても良いのか」

「いいわよ、ホラもっと絞めて上げる」

下からクイクイと腰をひねって時おりグッと息を詰める。その度に、

硬直した男根にそれと判るほど括約筋が収縮した。

「あいいッ、もっと突いて、奥、おくッ」

もう盛りを過ぎた商売女だが、惚れた男へのテクニックは流石である。

「てめえ、他の男にもこうなのかよ」

「違うってばッ、は、早く、もっと早くやってェェ」

こちらも若さにまかせてのしかかると、バラックの建物全体が揺れだしそうな

勢いで、かぶせたゴムサックの中にしたたかに精液を吐いた。

「このやろう、絞めつけやがって」

苦笑いして、グチャグチャになったサックを剥がして乳房の上に抛ると、

ベッタリと貼りついたのを器用に結んで、香織がそのまま屑篭に捨てる。

「快かったでしょ。女は三十になるとかえって弾力が増すんですって」

フフフ…含み笑いしながら射精した後の男根を濡れタオルで念入りに拭くと、

拭き終った男根にチュッと唇をつけた。

「いい匂い。私この匂い大好き…」

「バカ、それはおまんこの匂いだ」

「あんた精力強いんだもん。ほら、まだ少しずつ出てくるでしょ」

湿り気が残った陰毛に頬ズリして、香織はうっとりとしていた。

スレからしの淫売でも、惚れた男の前ではトコトン純情になる。

これは最近の女たちが失ってしまった心の一面であろう。

計画が実現したのは、それから三日後のことである。

その日、前から香織を口説いていた客がくるというので、いつもより早く

店に行き、私は二階の天井裏に登った。

座布団を二枚上にあげ、念のため小便用にゴム製のカラの氷枕を

持ちこんで横になる。柱に近い部屋の隅に直径2センチほどの穴をあけると、

部屋全体を斜めに俯瞰することが出来るようになった。

あとは香織が上がってくるのを待つばかり、作業の間に、階下ではそろそろ

客が来ている様子だったが、それでも実際に二階で声が聞こえるまで

二時間ほどかかった。

その頃はやりのトランジスタラジオのイヤホンを耳に差し込んで、私はウトウトと

していたのだが、もの音にハッと我に返って穴から覗いてみると、香織の頭が

すぐ眼の下にあった。

「入んなさいよ、いまお蒲団出すから」続いて男の姿が視界に現れる。

角度が狭いので顔は良くわからなかったが、中年の四十才を過ぎた

サラリーマン風である。

「お店は閉めて来たけど、お客が来るからなるべく早く済ませてね」

私が横になっている真下の押入れを開けると、香織はゴトゴトと音を立てて

蒲団を敷いた。上に私がいることは知っているのだが、少し酔っているのか、

ほとんど意識していない様子である。その間、男は鏡台の横にあぐらをかいて、

もの珍しげに部屋の中を見まわしていた。香織とは今日が初めてらしい。

女を買った経験もあまり無い様子だったが、精一杯カンロクをつけて

横柄に構えているのが可笑しかった。

「いいわよ、よろしくお願いします」

敷き終わると、香織が取ってつけたように蒲団の裾で両手を突いて

挨拶をする。それをきっかけに男が上着を脱ぎ、ネクタイを取り、

ワイシャツを脱ぐのを手伝って鏡台の横に掛けると、香織はそこでまた

ちょっと甘えた口調になって言った。

「あの、前金なの。ゴメンネ」

「うむ」

下半身裸の男が立ち上がって、背広の内ポケットから財布を出して

幾らかの金を払う様子は、何とも間抜けなカモであった。

受け取ったギャラを枕の下に挟むと、香織は手際良くスカートを取って

蒲団に仰向けになった。上着はつけたままだが、チョンの間なので

これは仕方あるまい。

「ゴムをつけてね、自分でやれるでしょ」

「わかった、いいよ」

俯いて男が自分の男根を二・三度しごいてコンドームをつける。

その間、香織の目が宙を泳いで私が覗いている天井の穴を

探しているようであった。中指を穴に差し込んで動かしてやると、

すぐに気がついたらしく、香織は伸ばしていた足をわずかに広げた。



三、淫欲のパノラマ


プックリと膨らんだ腹と、二つに分かれた脚の頂点に黒々とした陰毛が

盛り上がって、真ん中に薄赤い肉片がチョコッとハミ出している。

薄暗い電灯の下で、下半身ムキ出しになって上を向いた香織の姿態には、

思いがけなく淫靡な色気があった。

だがそれも男が覆い被さってきたのですぐに見えなくなった。

黄土色の男の尻が香織の股を割って、腰の両側から、脂がのった白い脚が

ヌッと突き出しているといった構図である。

結合部は見えなかったが、そのころ売っていたモノクロのエロ写真では

見たことのない角度で、かえって新鮮な感じがした。

男が腕を差し込んでしきりにモゾモゾと動かしている。固くなったのを

掴んで女の中心を探している様子だった。

やがて、狙いがついたのか、男がグンと腰を落とした。

「あッ、うッ」

曲がっていた香織の脚が一瞬宙を蹴って、前よりもいっそう縮んだ。

入れやがったな…

と判ると、慣れている香織の感触が甦って自然に勃起してくるのを

どうする事も出来ない。私としても、自分の女が他の男に抱かれるのを

見るのは初めての経験である。

しっかりやれ…

無言で応援しながら眼を凝らしていると、男が腰を使うたびに、香織の脚が

不安定に揺れる。どうなって繋がっているのか判らないのが難点だが、

見えそうで見えないところが覗きの醍醐味とも言えるのだろう。

男が動くと、香織の身体がそれにつれて伸びたり縮んだりするように見える。

だが動きはそれほど激しいものではなかった。

「痛いッ、あんまり酷くしないでよゥ」

さして発情しているとも思えない艶のない声であった。男が機嫌を取るように

身体をズラして、ハメたまま背中を丸めて乳首を舐めにかかる。

ようやく香織の顔がはっきりと視界に入った。眼をうつろに開けて

天井を見上げているのだが、乳首を吸われる刺激から逃れるように

ときどき眉をしかめる。

このやろう、もっと気分を出せ…

合図のつもりで、覗き穴に指をいれて動かしてみたが、こちらの意思が

香織に伝わったのかどうか。

薄暗い部屋の中で斜め上から見下ろす男女交合の図は、古ぼけた

無声映画のような動きの鈍い映像であった。

「あふぅ、はッはッ」

早くイカせてしまおうとするのか、香織がしきりに鼻を鳴らして男を誘う。

背中で組んだ二本の脚が男を引き寄せるように絞めつけるのが判った。

それにつれて男の動きが速くなる。そのとき、思いがけなく奇妙な光景が

目に映った。クチャクチャと卑猥な音がするたびに、垂れ下がった袋が揺れて、

ペタペタと女の尻を叩くのである。これは香織にとって不思議な快感であろう。

そのせいかどうか、香織がしきりに腰を弾ませるので、ときおり挿入した

穴の周辺が見え隠れする。それほど太い男根ではないが、女の肉に

メリ込んだように陥没して抜き差しされる様子は、思わず笑いが

こみ上げてくるほど滑稽で卑猥だった。

「あァいいッ、イッて、イッてェ」

やがて、香織がうわづったような声を上げた。半分は本気になっているような

響きがある。あれが演技ならたいしたものだ。

男が何か言ったが、言葉にはならなかった。

「ねぇッ、イクよ、イッちゃうゥ」

そのとたん、赤黒い男の尻の肉がピクピクと震えた。

「ふィィィ…ッ」

男が射精する瞬間はおそらく肌で感じるのであろう。笛を吹くような声で

啼きながら香織が仰け反る。この間、およそ十二・三分の出来事であった。

肉の塊りのように重なって二人はしばらくじっとしていたが、やがて男が

ノロノロと身体を起こす。見ると男根の先に精液を溜めたコンドームが

ダラシなくぶら下がっていた。

「ねぇ、快かった?」

香織が今度こそ大股を広げて、チリ紙でゴシゴシと土手のまわりを

拭きながら言った。

「奥さんよりいいでしょ。私、これでも絞めかたが上手いのよ」

色気の無いことおびただしいが、こんなのが当時の商売女である。

男はほとんど口を利かず、そそくさとズボンを穿いた。

「ちょっと飲んで行かない。一杯ならおごるわよ」

「うむいいよ、もう帰る」

ボソッと男が言った。部屋全体に、情事の後のどこか空しい雰囲気が

漂っている。昭和二十年代の後半、青線の料金がショート八百円、

泊りでも二千円くらいだった頃の話である。



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