ある娼婦の自殺









一、 危険な遊び

「絞めてッ、も、もっと強く」

枕をはずし、布団から仰け反るように身を乗り出して、女は咽喉の奥で

かすれた声をあげた。

「この野郎、ナメるんじゃねぇ。本当に絞めるぞ」

「い、いいから、ああ快いッ」

上からのしかかつて、捲くれた長襦袢からムキ出しになった太ももの間に

男根を突き刺したまま、親指と人差し指で首根っこを掴んでグリグリと

圧しつけると、女は真っ赤に充血した顔全体を膨らませて白目を剥いた。

「ウゥゥムッ」

穴の周りの括約筋が硬直して男根を絞めつけるのだろう。抜き差しするたびに

コリコリと固く感じる。盛りを過ぎた女にしては珍しい味と感度の持ち主である。

「てめえ、こうやっていつでも男に狂ってるのか」

半ば気が遠くなったように、目を虚ろに見開いたまま、女は僅かに首を横に振った。

東京で、まだ場末の芸者遊びができたころの話である。

そのころ私がよく通ったのは、東京は中野の郊外にある新井薬師という

三流の花街で、「ひさご」という名の待合である。

夕方から馴染みの女を呼んで、スッポン鍋などの料理をつついたあと、

一晩がかりでゆっくりと楽しむ。女の名前は美ち奴といった。

いわゆる枕芸者なのだが、芸者と言うだけでそれなりに高級感があったし、

当時まだ盛んだった赤線の女などに比べれば、また違った趣きがある。

三十代も後半の大年増だが、床あつかいが変わっていて、もう五・六回

馴染みを重ねていた。

「こんなことやってると本当に死ぬぜ。それでも良いのかい」

「あウゥンッ、も、もっと…」

首筋を捩じるように締め上げておいて、思いきってグンと突き上げるように

深く腰を入れると、女は仰け反ったまま投げ出した手首の先をビリビリと

痙攣させた。

「ウグググ、ウググ…」

「この変態、それでもイッてるのかっ」

「グェェ、クックゥッ」

二・三度激しい突きをくれると、その度に女の腹に深い横皺ができた。

まだ若かったせいもあって、こちらの快感もたちまち上昇する。

えぇい、構うものか…

耐えようもなく、直接子宮の中に吐き出すような感じで、ギクギクッと

男根が最初の脈動をはじめた。とたんに、バネ仕掛けの人形のように

女の全身が跳ねる。

跳ねあがった恥骨の突起が痛いほど男根の付け根に当たった。

「よぅし、もっとイケ、イケッ」

「ひィーィッ」

美ち奴の喉が、まるで笛のように鳴った。穴の入り口が、はっきりそれと

判るほど続けざまに収縮する。これは、ちょっと他では味わうことのできない

珍味である。

絶頂と言えばこれほどの絶頂を見せる女はいないが、文字通り窒息の

直前まで締め上げられたあげくの痴態だった。

「あぁいい、あぁいぃぃ…」

うわ言のように口走りながら、ぐたりと仰向けになった咽喉元に、くっきりと

二条の絞め痕が残っていた。

余韻を味わっていると、快感の波がまだ衰えず押し寄せてくるのか、時おり

穴の入り口がピクピクと締まった。

「快いわ。私、なんだかヘンになりそう」ようやく夢から醒めたように、

美ち奴が低い声でつぶやくように言った。

「もうヘンになってるんじゃねぇか。おめぇよっぽどの変態だな」

「そうかも知れないわねぇ。こんな馬鹿な女出会ったことないでしょ」

「そうだな、首絞められて悦ぶような気違いは始めてだぜ」

「意地悪…」

美ち奴が恥ずかしそうな笑いを見せたのをしおに、身体を起こして

根もとまで埋まっていた男根を抜く。股を広げさせたまま奥を覗くと、

暫くしてブクブクッと大きな泡と一緒に大量の精液がいっぺんに

溢れ出してきた。

「おい、ぜんぶ出しちゃったぜ」

「いいの、もうすぐ始まる時期だから…」

枕元からチリ紙を取ると、美ち奴は自分の股間をそのままに

馴れた手つきで男根の汚れを丁寧に拭いた。

「有難うございました。こんな気分になれたのもあなたのお陰だわ」

奇妙な挨拶だが、美ち奴とこうなるまでにはそれなりのいきさつがあった。



二、まくら芸者


美ち奴に初めて逢ったのは、それからおよそ半年ほど前、いつも呼んでいた

馴染みの女の都合がつかなくて、代役なら誰でも良いと言って偶然

番にあたったのが最初である。

第一印象は可もなく不可もなし、けっこう年を食っているなといった程度で、

そのまま相手をさせることにした。もともと愛情のいらないセックスだから、

やることにもためらいがない。

「おい、そろそろ寝よう。裸になれよ」

お銚子を二本空けると、私は女を促してさっさと服を脱いだ。

「ハイ」

女が次の間に下がって帯を解く。芸者だから、高級ではないが

いちおう和服である。何枚も重なった布地の中から、脂が乗った

女の肌が出てくるところを眺めるのが、私は好きであった。

「襖は開けておけ、こっち向いて脱ぎな」

初会なので逆らってはいけないと思ったのか、美ち奴は言われたとうり

立ったままちょっとポーズを作って着物の前を開いた。

色が白く、乳房が思いのほか大きい。腰に巻いた浅黄色の腰巻を取ると、

骨盤が張ってウエストはくびれていたが、さすがに年のせいで、腹の肉が

少したるんでその下に陰毛がくっきりと際立って見えた。

「好い身体してるじゃねぇか、毛の生え方が良いな」

「いや羞かしいわよ、そんなに見ないで下さい」

「その感じじゃ相当な淫乱だぜ。おまんこをスルのは好きか」

「そんなでもないけど、人並みくらいは…」

「まぁいいや。せっかく逢ったんだ、どんな道具か味をみせてくれ」

「はい、よろしくお願いします」

何とかして客の気を逸らせまいとしているところが面白い。

一流の芸者遊びにはいろいろと面倒なしきたりもあるのだろうが、ここでは

そんな心配は無用だった。浴衣に着替えて床に入る。手を入れてみると、

中はもうシットリと濡れていた。簡単な前戯への反応もまぁまぁである。

そのまま上から乗りかかってハメてみると、良くこなれた商売女といった

感じで感触は悪くなかった。

「どうだ、気持ち好いのか」

「あぁ快いわ。おにいさんとっても…」

「もっと腰をあげろ、サネを圧してやる」

「快いッ、もっと奥…」

だが、どこか空々しい。そつなく声をあげたりもするのだが、先刻から

十分以上抜き差ししているわりには乱れ方が物足りないのである。

そのころの私は若さに任せて、買った女は嫌でも徹底的に

イカしてしまわなければ気が済まなかった。

「この野郎、もっと気分出せ。いいから思いきりイッて見ろ」

「いい、いいッ、もうイキそうなのよゥ」

「嘘をつけっ」

太腿を腰に巻きつけ、足首を背中で交叉して男根を迎え入れようと

するポーズは、まるで歌麿描く春画の一場面である。

こちらも真剣になって上から上から叩きつけるように体重を乗せると、

人一倍大きな乳房がゆさゆさと揺れる。その度に、接合した部分が

ビチャビチャと卑猥な音を立てた。

「あぁもう快い、は、はやくイッて…」

二流でも芸者は芸者、このへんのテクニックは心得たもので、美ち奴も

懸命に感覚を昂めようとしているらしいのだが、努力すればするほど

絶頂に達する様子がなかった。

「ねぇイッて、お願いだから、私もうこれで十分…」

「ふざけんな、人形を抱いているわけじゃねぇんだ」

とっさに片手で乳房を掴んで、握りつぶすように爪を立てた。

「あァうぅん…ッ」

息が詰まったのか、美ち奴が胸を反らして無意識にのけぞる。

構わず力任せに捩じりあげると、女は堪りかねたように悲鳴を上げて

背中で組み合っていた足首を解いた。

「あ、いいッ、いいッ」

握られた乳房の動きにまかせて身体が前後にゆれる。指の間から

盛り上がった肉が、みるみるうちに赤紫色になった。

グタリと股を広げたまま、ハッハッと短く喘ぎながら、そのとき美ち奴が

意外なことを言ったのである。

「ねぇッ、く、首を絞めて」

「なんだと…?」

「は、はやく、ほんとうにイキそうなんだからッ」

そうか面白ぇ、望みならやってやろうじゃねぇか…、

私は容赦なく美ち奴の首に手をかけた。さぁ、それからが大変だったのである。



三、首吊り人形


年は食っていても見てくれは悪いほうではないが、こめかみに青筋が走って

唇が半開きになる。眼は開いているのかつぶっているのか、うっすらと

白眼になっていた。呼吸することが出来ないので、ときどき肺の奥から

噴き上げてくる空気が、ブハッと音を立ててあぶくのような白い唾液を吐いた。

それが唇の端からよだれになってブラ下がっている。醜いと言うより

見るも無残な表情だが、美ち奴が絶頂に達したのはその直後だった。

見せかけの快感ではなく、今度こそ本物の頂点である。

「あぅむむむ」

二・三度身体をよじったと思うと、投げ出していた脚が太腿からギクンギクンと

痙攣する。その度に穴の筋肉にハッキリとした手応えがあった。

「快いぜ、もっとイケ、もっと締めろ」

だが美ち奴は声を出すことが出来ない。ただ断末魔のような痙攣を繰り返す

ばかりである。

これ以上やったら本当に死ぬな…、

と思ってから、また一呼吸おいて腕を放すと、その瞬間、美ち奴はまるで

バネ人形のように全身で跳ねた。

「うげぇ、ひゅッ、ひゅぅぅ…ッ」

跳ねるのに合わせて、床入りの前に食べたスッポンの汁をゲブッ、ゲブッと

吐き出す。

「穢ねぇっ、いいかげんにしろ」

汚物を避けて足元に回ると、まだヒクヒクしている太腿の間に身をかがめて、

こんなときの道具はどうなっているのかと土手の陰毛をつまんで左右に

広げてみた。

「ふぅん、こいつは良いや」

目に見えて動いているわけではないが、充血した粘膜が固くなって、

磯巾着のように内側に捲れ込んでいる。

真ん中にマッチの棒が入るくらいの小さな穴があって、そこから透明な粘液が

糸を引いて尻のほうまで垂れ落ちていた。

入れなければ損だ…、というのが、そのときの私の直感である。

意識が朦朧としているのを構わず、片足を肩に担いで横ざまにグサリと突き刺す。

男根が硬直しきっているのでどれほどの締め具合だったか定かではないが、

そのとたん、それまで波のようだった大きな痙攣がブルブルと小刻みな

震えに変わった。こちらの持久力もほとんど限界である。

失神同然になった美ち奴の体内に無造作に精液の塊りを吐くと、私はホッと

息をついて女から離れた。

「快かったぜ。ご苦労さん」

「は、羞かしい」

美ち奴は、枕に顔を埋めたまま、まだ小刻みに震えていた。

嫌がっているのではなかった。夜具を汚し、商売女にあるまじき醜態を

さらしたことが耐えられないほど恥かしいのだ。

それはちょうど娘に化けた女狐が、我にもなく獣の正体を現わして

しまったような、逃げ場のない恥かしさであったろう。

だがこのことが縁になって、私はそれまで馴染みだった女を捨てて、

新井薬師にくると美ち奴と寝るようになった。やることも次第に

エスカレートして、あるときは濡れ手拭を使って、あるときは派手な

モミ柄のしごきで、またあるときはズボンのベルトで絞め上げてみたが、

美ち奴はその度にこの世のものではないような激烈な反応を示した。

だが所詮、手の指を使って絞められるのが最高だと言う。

こんなことは、商売柄他の客には絶対に言えない二人だけの秘密だった。

そしてそれから半年ほど、珍しく一ヶ月近い間をおいて「ひさご」に行って

美ち奴を呼ぶと、あの妓はもう辞めましたと言われてエッと思った。

そんな筈はない。黙って姿を消すわけがないと納得できなかったが、

本当にいないと言われて仕方なく前の馴染みだった葵という芸妓を呼んだ。

まだ若いが、セックスをすること以外取り柄のない三文芸者である。

「美ち奴はどうした、故郷にでも帰ったのかい?」

「えッ、しらなかったの?」

頓狂な声をあげて、葵は眼を見張った。

「お客さんがくるのをあんなに楽しみにしていたのに、振ッちゃうなんて、酷いわ」

「馬鹿いうんじゃねぇ」

「あら本当よ。失恋自殺、それも首吊りで、警察がきて大騒動だったの」

「なに…?」

「ホラ、やっぱり心当たりがあるんでしょ。罪な人…」

葵は阿呆な媚び笑いを見せて寄り添ってきたが、どう考えても美ち奴に

自殺するような動機はなかった。

もしかしたら、独りで例の遊びをやっていて、極限の恍惚の中であの世に

旅立ってしまったのではないだろうか。






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