第一話・胡 蝶 蘭




一、 雨のスナック

中野新橋といえば、近くに有名な相撲部屋があるので

知られているが、一昔前、ここは二流どころの花街であった。

今でもその面影が色濃く残っていて、いわば山の手の下町

といった情緒を感じさせる町なのである。

『胡蝶蘭』は、その中野新橋の商店街のはずれ、

目立たない紫色の看板を出した小さなスナックバーであった。

ママの名前は麗花といって、四十才は過ぎているように

見えたが、若い頃はけっこうな美人だったろう。

べつに色気を売り物にするわけでもなく、私がこの店に

出入りしてそろそろ半年なるが、客扱いもそつがなく、

浮いた噂を耳にしたこともなかった。

ママとその妹の二人で切り盛りしている、アットホームな

店だったのである。

その夜、戸外はショボショボと雨が降っていた。

夕方から本降りになるとは聞いていたが、そのせいか

珍しく客も少ない。

九時過ぎに近くの商店の親父が帰ってしまうと、止り木には

私ひとり、カウンターの中は麗花ママだけになった。

妹の梨花は、子供が盲腸炎になったとかで今夜は病院に

泊り込みで休みだという。

「ふぅん、そりゃ心配だな。女の子かい」

「すぐに手術ですって、今年高校生になったばかりなんです…」

「そんじゃまだ生娘だろ。せっかくの身体に傷をつけるのは

可哀相だな」

麗花はうつむいて、ちょっと翳のある微笑を浮かべた。

「まぁ場所が違うんだから仕様がねぇか」

命には別條ないのだろうが、生え揃ったばかりの陰毛を

剃り落とされて手術台に乗っている娘の様子を想像すると、

私は妙に卑猥な気分になった。

時間は十一時に近い。客もないまま、そろそろ店もお終いである。

外には相変わらず、雨足の音が次第に強くなっていた。

「車を拾って帰ろう。家まで送ってやるよ」

麗花がカウンターを片付け始めたのを見て私はさりげなく言った。

店は通いだが、マンションはそれほど遠くない筈であった。

「あら、すいませんねぇ」

こんな夜は客に送られて帰るのもサービスのうちである。

外に出ると雨は思ったよりひどく、足元にいくつも水溜りが

出来ている。それを跨ぐようにして表の通りに出ると、

タクシーはすぐに来た。

「荻窪、青梅街道をまっすぐ行ってくれ」

麗花を先に押し込んでおいて、ドアが閉まると同時に

運転手に告げる。

とたんにエッという感じで麗花の身体が固くなった。

それでも一言も無粋な言葉を洩らさなかったのは、さすがに

水商売の女である。

車が走り出すと、麗花は無言で手を伸ばして私の太腿の

あたりをキュッと抓った。それが突然帰る先を変更された女の

精一杯の抗議と、承諾のサインだった。

こうなってしまえば首に縄をつけたも同然である。

荻窪の少し先にあるラブホテルの前でタクシーを停めると、

私は麗花を促して玄関のドアを開けた。

「悪い人ねぇ、知りませんよ私なんかと…」

背中を押されるように部屋に入ると、麗花は呟くように言った。

男の強引さを恨んでいるようでもあり、はじめから納得して

いるような口ぶりでもある。このあたり、若い娘の反応とは

全然違う。

「シャワーでも浴びてきなよ。俺は後からはいる」

一緒に入ろうと言わなかったのは、年かさの女への思い遣り

である。盛りを過ぎた身体の線を、いきなり男の視線に

晒すことには逡巡いがあろう。

麗花がバスルームに消えた後、部屋に残ったのは小さな

手提げバッグがひとつ、麗花がバッグを置いた位置を

動かさないように、私は手早くチャックを開けてみた。

赤い皮製の二つ折りの財布、雑多な化粧品が入った

ビニールのケース、客の名刺や請求書や、ゴチャゴチャと

整理もされずに詰め込まれていたが、その横にある

内ポケットの中を覗いて私はオヤと思った。

薄い藤色の健康保険証である。

抜き出してみると名前は木村れい子、あるいはこれが

麗花の本名だったのかも知れない。

そして生年月日が昭和十一年六月四日とあった。

「……ん?」

一瞬、頭の中で計算が上手くまとまらなかった。

えぇと、昭和が六十四年、その年平成になって、今年で十二年…。

今まで四十才は過ぎていると思ってはいたが、もしかすると、

麗花は六十才の還暦をとっくに超えた老女だったのである。



二、三年ぶりの情事


入院した妹の娘が高校生と言うのは、母親の年令から

考えても順当であろう。梨花は間違いなく四十才に

なっている筈だ。とすると、梨花と麗花は果たして本当に

姉妹なのだろうか。

ほの暗いカウンターと、赤や緑の照明に紛らわされて

頭からそう思いこんでいたのだったが、むしろ二人は

母娘と考えたほうがはるかに自然である。

私は、思わず背筋にゾクッと寒いものが走るのを感じた。

「ごめんなさい、お先に…」

そのとき、乳房から下をバスタオルで巻いて、麗花が

戻ってきたが、私はさらに狐に抓まれたような気持ちになった。

肩まである髪の毛を巻いて露出した首筋から背中にかけて、

どうしても六十才とは思えない色気が漂っている。

湯上りのせいもあろうが、薄桃色に上気した肌から

微かな湯の香が立ち上っていた。

「ほう、好いじゃないか、見直したよ」

声をかけると、麗花は濃い化粧を残したままの顔を

こちらに向けてニッと笑いながら言った。

「嫌ね、そんなに見ないで下さい」

汗ばんだ肌をタオルで抑えながら、バッグを引き寄せて

化粧を直す。健康保険証を見られたことには気がつかない

ようだが、素顔を見せるのはやはり避けたかったのであろう。

ひょんな弾みとは言え、ここまで来ればその後のことは

承知の上である。

「ねぇ電気消して、恥ずかしいから…」

この年になって、まだ男の感触に未練を持っている

自分が恥ずかしいのか、ベッドに入るとき、麗花は

かすれたような声で言った。

「わたし三年ぶりなのよ。本当に、こんなことするの」

「へぇ、良い旦那でもいるのかと思った」

「いませんよ、そんな人。あァ何だか今夜はとってもヘン…」

早くヤッて…、と言わんばかりの口ぶりである。

脇腹に手を伸ばすと、全体に痩せたタイプでブヨブヨした

贅肉の感触はなかった。だが私としても母親ほど

年上の女を抱くのは初めての経験である。

緊張しているつもりはないが、何故か立つものが立ってこない。

「おい、こっちを向きな」

身を固くして脚を閉じているのを、太腿に手をかけて強引に

正面を向けた。ザラザラと疎らで粗い陰毛が掌に触れる。

若い女と違って密生した感じではなく、恥丘全体に地肌を

見せて広がっていると言った印象だった。

淫裂に指を入れると、ツルリとした滑らかな湿り気があって

第二関節のあたりまで雑作なく入った。

「アゥ…」

麗花は微かな呻き声をあげたが、三年ぶりといっても

痛がるでもなく、それほど激しい反応を示すわけでもなかった。

六十才を過ぎても女は濡れるものか…

指二本入れて、容赦なく掻きまわしてみたが、

ピチャ、クチュッとわりと澄んだ音がする。

淫液はタップリと出ているのだが、女盛りのヌラヌラした

粘り気はなかった。むしろ唾液に近い。

匂いを嗅いでみたが、サッパリとした感じで独特の

ムッとくる淫臭も気にならない。生理はもうとっくに

アガッている筈だが、これが年令から来る体力の衰えなのか

ホルモンの変化なのかは定かではなかった。

よぅしこの女、どこまで化けていられるか試してやる…

男根が勃起していないこともあって、私はこの老女に対して

いっそう残酷な気持ちになっていた。

いきなり身体を起こすと、女の顔を跨いで、広げた膝を両腕で

抱え込むように逆向きにのしかかる。

電灯を消した闇の中で甘酸っぱく匂う女の肉に噛み付くように、

ガブリと顔を伏せた。

「クェェッ」

奇妙な呻きをあげて、麗花が腰を跳ねる。クリトリスは

意外なほど大きかった。

唇で挟んで小刻みに舌を動かすと、太腿の筋肉がピリピリと

引き攣るように痙攣する。

「やめて、やめ…、アァッ」

顔を跨いでいるので、半立ちの男根が否応無しに眼や口の周囲を

グネグネと捻転する。やがて生暖かい感触が伝わってきたのは、

避けきれなくなった麗花が根元まで咥えたためであった。

「グフッ、ウゲッ…」

穴に突き刺すのと同じ感覚で上下に動かしながら、しゃぶっていた

クリトリスを思いきり吸い上げる。

その度に麗花は仰け反って苦痛とも快感ともつかない

淫靡な音で咽喉を鳴らした。

「どうだい、このへんで一度気がイクところを見せてみな」

私は腕を伸ばして遠慮なく電灯のスイッチを点けた。



三、落陽の舞


「アゥアァッ」

突然明るくなって、麗花は何か言おうとしたがもう逃げ場がなかった。

陰毛をこすり付けられ、男根を捩じ込まれて、せっかくの化粧が

台無しである。つけたばかりの口紅が散って鼻の頭まで

赤く染まっていた。髪の毛が長いだけ、乱れて頬にかかった

様子は凄惨な女の情念そのものである。

「嫌よぅ、電気消して…」

身体を伏せて隠そうとするのを抱き起こして仰向けに抑えつけながら、

私は冷静な口調で言った。

「好い身体してるじゃねぇか、年には見えねぇよ」

「はッ恥ずかしい、なんで、こんな…」

明るい照明の下で見る麗花の裸体は、決してそれほど

衰えていると言うほどのものではなかった。

ぐしゃぐしゃになった厚化粧を除けば、女としてまだ十分に

観賞に耐える。色の白い女で、肌にシミや斑点もついていない。

巨乳でないことがかえって幸いして、乳房に垂れ下がった

ところがなかった。

ひと昔前なら、六十才といえば白髪で腰の曲がった老婆を

連想させたものだが、少なくとも麗花にはそんな老醜の面影は

見えない。少し弛んで崩れかけた体型が、むしろ熟しきった女の

色気を醸し出していた。

「ハメるぜ。イキたいだけイキな」

何時の間にか張り裂けそうに硬直した肉棒を握って、割れ目の

深いところをなぞり上げると、今度は観念したのか、麗花は

股を広げたまま唇を噛んで眉を寄せた。

「うむッ」

分泌する液は相変わらずサラサラした感じで、若い娘のように

括約筋に弾力がない。痩せてコリコリと締まっているので、

挿入した瞬間の感覚はやはり違っていた。

だがこれはこれで、他では味わうことの出来ない独特の

快美である。

「ハメやすい道具だな。どうした、もっと絞まらねぇのか」

「あいいッ、フゥゥ、はッはッ」

「ええっ、それでも感じてるのかよ」

付け根まで深く刺して、肥大したクリトリスを陰毛で圧し潰すように

捏ねると、麗花はほとんど苦痛に近い表情を浮かべて身を捩った。

穴の粘膜よりクリトリスのほうが感じるのは当然だろうが、

それでも快感が爆発的な上昇をして来ないのである。

それは焦れったいと言うより、溺れかけたものが投げられた

ロープをどうしても掴むことが出来ない必死の喘ぎだった。

「イカねぇのか、イケなけりゃこっちがイクぜ」

「まッ待って…ッ、ウゥゥムッ」

若い女なら、括約筋を絞めた反動で一挙に快感を

爆発させることが出来る。男もそうだが、射精の瞬間に

筋肉が収縮するエネルギーは相当なものであろう。

だが麗花の肉体は、すでにその体力を失っているようであった。

もがけばもがくほど、穴のあいた気球から空気が漏れるように

快感を消耗してゆく様子がありありとわかった。

「そんなんじゃ駄目だ。上に来いっ」いきなり引き起こして

腹の上に据える。体重は四十キロそこそこで、見た目より

ずっと軽かった。

「腰が抜けても知らんぞ。しっかり踏ん張ってろ」

両手で骨盤を掴んで、下から腰を跳ね上げると同時に、

クリトリスを激しく男根の根元にこすり付ける。

「ぎゃあふッ」

二度、三度、全身の重みをかけて子宮を突き上げると、

その度に麗花は人形のようにガクガクと前後に首を振った。

「よぅし、イケ、イッてみろ」

「あァァァッ」

突然、関節を突っ張るように痙攣させたかと思うと、

女の身体から力が抜けた。勃起した男根を挿入したまま、

崩れるように倒れかかる。

ヒク…、ヒク…

微かだが、穴の入口が締まる感触が伝わってきた。

髪の毛を掴んで伏せた顔を持ち上げてみると、眼が

虚ろになって、剥げ落ちた化粧の奥に、まざまざと六十才を

過ぎた女の老いがあった。

「シ、死にそう…」

「イッたのかい、そりゃ良かったな」

丸太のようになった女の身体を転がすと、私はあらためて

麗花の上に乗った。ゆっくりと腰を使う。

ツルツルした感じのヌメリ気の少ない淫液は心地よかった。

射精しても妊娠する心配はない女だ。私は時間をかけて、

麗花の穴の一番深いところに雫も残さず大量の精液を吐いた。

麗花の下半身が、ブルブルと再び微妙な反応を見せたのは

そのとたんである。




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