純 情 不 倫
一、心のすきま風
一週間続きの連休で実家に戻っていた娘夫婦が帰ってしまうと、
みね子の身辺は急に寂しくなった。
一日中まつわりついて煩かった孫の声が消えてしまうと、ホッとする
反面、何故か大事なものから自分だけポツンと取り残されたような
気がする。
娘の香奈子が三度三度大騒ぎでつくってくれた食事も、また独りで
少しばかりの米を炊かなければならなくなる。
孫が騒ぐのをまるで戦争のようだといって笑っていたことが懐かしかった。
その晩のこと、いつもより早めに夕食を済ませ、ぼんやりと空ろな
気持ちになっていたときであった。無遠慮に表を叩く音がして、
返事も待たずに玄関のガラス戸が開いた。
「ご免なさい、お隣りの佐々木ですが」
「ハイ、あらいらっしゃい」
「賑やかで大変だったでしょう。疲れませんでしたか」
よほど親しい間柄なのか、佐々木は玄関からづかづかと上がり込んで、
みね子の部屋の襖を開けた。手にビニールで包んだ皿らしいものを
提げている。
「けっこう、くたびれているんじゃないかと思ってね。これ、どうぞ
食べてください」
「あらいつも、済みませんねぇ」
「いや何、こっちは商売なんで、片手間に作った料理だから気にしないで」
「ほんとに、男の方にこんな…」
食台の上に置いた皿の上に、形のよいエビフライが二本とサラダに
オードブル風のハム料理が盛り合わせで乗っている。
「材料は新しいから美味いと思いますよ。遠慮なく食べてください」
「有り難うございます。いつもとっても美味しく戴いていますわ」
佐々木というのは、みね子の家の隣に住んでいる。ホテルの食堂で
コックをやっているという話だった。独身なので、ときどき手作りの
洋食を持って来てくれるのだが、強いて断るわけにもゆかず、
いつの間にか自然に受け入れるようになってしまった。
さすがにプロというだけあって、みね子の料理より味も手際もよく
出来ていたことは確かである。
「でも済みません。今日はもう食事を終わってしまったものですから」
「おやおや、それは残念だな」
それほど残念そうな様子も見せず、佐々木は気安くみね子と
向かい合ってあぐらをかいた。
「奥さん、昼間までいた可愛い女の子、もしかしたらお孫さんですか」
「はい、そうなんです。やかましくてお邪魔だったでしょう」
「そんなことないですよ。私、子供は大好きですから」
佐々木は胸のポケットから煙草の箱を出しながら、親しそうな
笑顔で言った。
「でも意外でしたね、奥さんにあんなお孫さんがいるなんて…、
見えないなぁ」
シュポッ、と最近珍しいオイル式のライターで火を点ける。
「若いからまだ四十代かと思っていたけど、違ったんですねぇ。
私は五十三ですが、同じくらいかな」
「あら嫌だわ、そんな…」
思わず慌てて、みね子は頬にポッと血が上がるのを感じて顔を伏せた。
四十代はお世辞としても、去年還暦を過ぎて、その年輪は顎から
首筋にかけての皺にクッキリと刻まれている。
七・八年も若く見られたことが、嬉しい、と言うより恐ろしかった。
「そんなもう、私しっかりとおばぁちゃんですのよ」
「いやお美しい。まだまだ、花も盛りじゃありませんか」
「お上手なこと。もう枯れ葉しか残ってないのに…」
「あの悪いけど、ちょっと灰皿を…」
「アッ、気がつきませんで…」
独特の厚かましさというか、佐々木が何か理由を作っては
話し込んでゆくのは、このところしばしばであった。
タイミングよく灰皿を要求されて、みね子は台所にある小鉢を
持ってきて置いた。
「ごめんなさい。うち、灰皿がないものですから、こんど買っておきます」
「はぁ、有り難いですね。煙草のみは、そうしていただけると助かります」
別におかしな態度も見せないので、自然に親しくなってしまったのだが、
このままズルズルとこんな関係が続いたとしたら、やがて
どうなってゆくのか。
みね子はふと、胸の中に奇妙な不安が霧のようにわき上がってくるのを感じた。
二、遅かった目覚め
その予感が現実のものになってきたのは、それからひと月もしない
夜のことであった。
佐々木の態度は相変わらず馴々しく、最近では料理どころか部屋の中の
掃除まで手伝ってゆくようになっている。男のくせに、自分でも変だと
思うのですがこういう仕事が好きなんですと佐々木は言った。
「困るんです。佐々木さん、かえってご迷惑ですから…」
「いいえ、私は好きでやっているんです。ご近所で変な評判にならないように
注意しますから是非やらせて下さい」
道路沿いの障子を閉めて掃除機を使いながら、男は慣れた手つきで言った。
「私はねぇ、子供の頃から奥さんのような美しいご婦人のお世話をするのが
夢だったんですよ。ですから、今とても幸せだと思ってるんです」
「あらまぁ美しいだなんて、こんなおばぁさんに…」
男の言い分と女の受け止め方には、どこかに微妙な発想のズレがあった。
だがみね子はまだそのことに気がついていない。
その日の夜、佐々木が戻ってから、みね子はあの奇妙な出来事を
発見したのだった。
夕食を済ませ、風呂に入って出てきたのは九時半過ぎである。
全裸にバスタオル一枚巻いたまま、みね子はいつも下着を入れてある
箪笥の引き出しを開けた。
「………?」
パンティが何枚置いてあるかも数えたこともないが、何故か感じが
違うのである。股の部分を内側に巻いて、クルクルと丸めて並べて
あるのだが、もっときっちりと詰まっていたような気がする。
若い娘なら、何色でどんな模様ということまで覚えているのだろうが、
みね子のはスーパーで折に触れて買ってきた白の綿ショーツばかり
である。いちいち数を確かめていたわけでもないので、おかしいと言うのは
あくまで直感であった。
あの人が、もしや…
瞬間、頭に浮かんだのは佐々木である。あの馴れなれしいほどの
厚かましさで、自分の目を盗んでタンスを開けることが出来るのは
あの男以外にはなかった。
どうして、あの人が…?
ここで、みね子はもう一つ、女だから起こる錯覚に陥る。
あの人は、本当に私を女として見てくれていたんだわ…
六十才を超えて、色気など見せる方が恥ずかしいと考えてきた
女の内部で、燻っていた性欲に火がついたのはこの瞬間であった。
女として枯れ果ててしまった筈の肉体に性的な執着を持つ男がいた
ということは、みね子に取って、掛け替えのない拠りどころだった。
みね子はその夜、三十年ぶりに自分で自分の性器に指を触れた。
月経があがってから、もちろん初めてである。クリトリスに中指の
先端を当てて、軽く圧し潰すように左右に回してやると、ゾクゾクと
脳天まで痺れるような快感が衝きあげてきた。
あぁ私、まだ女だったんだわ…
それは喜びというより、一種の感動であった。自分の肉体が男の
欲望の対象になっていることがどれほどの生き甲斐につながるものか、
みね子は身に染みて感じるのである。
不思議なことだが、死に別れた夫のことは頭の中に浮かんでこない。
誠実に愛され、セックスもかなり濃厚だったという思い出はあるが、
浮かんでくるのはあの厚かましい佐々木の粘液質な笑顔だった。
あの男が白いパンティを盗んで、眺めたり舐めたり、時には太く
なった男根を包んで精液で濡らしたりしているのかと思うと、
ゾクゾクするほど性欲が昂進する。両脚をピンと伸ばして、みね子は思い切り深く、下の方から陰核を掻
き上げていった。
アァ、ウッ…
無意識に手首の動きが早くなる。徐々にではあるが、筋肉が
引きつるような快感が盛り上がってきて、みね子は下唇を噛んだ。
もう一方の手で乳房を握る。乳首を摘んだ指がクネクネと動くと、
若い頃感じたよりもずっと淫らな感覚が直接クリトリスとつながって
ジンジンと鳴った。
佐、佐々木さんイヤよ、やめて…、私を弄ばないで…
愛されたいというより、犯されている感覚の方が強いのである。
妄想の中で佐々木の腕が太股に絡み付き、肋骨の浮いた乳房の
回りをベロベロと舐める。ヒィッとのけ反るような仕草を見せて、
みね子の膝がピリピリと震えた。
あぁイク、も、もう少しで…!
それは夫に死なれて二十年振りに味わう感覚の爆発であった。
三、ワキ毛と股ズリ
それからまた一か月後、事態は奇妙な進展を見せていた。
「あぁッ気持ちが快い…、佐々木さん本当にお上手なのね」
思いがけなく華やいだ、と言うより子供のように甘えた嬌声が
奥の方から聞こえる。
「そんなことないスよ。奥さんのお肌がまだまだ若いから…」
「嬉しいわッ、そう言ってくださるのは佐々木さんだけよ」
声は浴室である。それ程広くないごく当たり前の四角いユニットバス、
大人が二人一緒に入れば、肌を擦り合わせ自由に動くこともできない
空間に、白い蜘蛛のような肢体が蠢いていた。浴槽にお湯が満ちて
いるわけではなかった。空風呂の中に、みね子は男にしがみつくようにして
子供のようにはしゃいでいるのだった。
「危ない、キャッ滑るゥ」
「奥さん、私の腕に掴まりなさいよ。ほらほら沈んでしまいますよ」
ボディローションのような瓶を持って、肩からヌルヌルした液体を
振り掛けながら、男がみね子を抱き寄せる。首に回した二の腕から
大きく露出したワキの下に、いまどきの女には珍しい黒々とした
ワキ毛が濡れて貼りついていた。
「おお、良いですねぇ。このワキ毛の魅力、たまりませんよ」
「はしたないでしょう。きっとあなたがお好きだと思って剃らなかったの」
「ひっひっひ、嘗めさせてください。この匂い、この味、最高の芸術品だ」
不自然に身体を捩じって片肘を高々と挙げたポーズは、見方によっては
ロダンの彫刻を思わせる。本人はその気なのだろうが、それよりも遥かに
卑猥で淫慾の匂いがプンプンとしていた。
「わ、私、女なのねッ。女の身体をしているのね」
「当り前ですよ、奥さんは今が絶頂じゃありませんか」
ワキ毛をむき出したまま、反らせた上半身を両腕で抱え上げると、
空の浴槽の中で男がグイと片膝を立てた。
「私を跨いで、もっともっと気持ち良くさせてあげますよ」
「あッはぁん、快いわぁッ」
狭い箱のような空間で、男と女の肉体が絡み合い、八本の手と
足がもつれ合う。全身がローションでヌルヌルして、瞬時も同じ形で
収まろうとしないのである。
「奥さんの毛を私の膝の上に乗せて、両脚で私を挟んで…」
「で、出来ないわ」
「私が支えてあげますから、いいですか、そうもう一息!」
ようやく、みね子の腰が浴槽の縁の辺り迄持ち上がって、
下から受け止めている男の膝の上に乗った。
「奥さんの毛のザラザラがたまらん。ホラゆっくりと動いて下さい」
「うえぇ…」
べっとりとローションに濡れた陰毛が、男の太腿を股の
付け根まで滑り落ちる。その途端、みね子の乳房の横に、
濡れ光りした男の亀頭がヌラッと顔を出した。
「うひぃ、きッ気持ち快い…」
二・三度腰を上下されると、みね子はたまりかねて獣のような
呻き声をあげた。
広がるだけ広がって、毛深い男の太腿に貼りついた土手の肉が、
内側の小陰唇を巻き込んで剥き上がったクリトリスの先端を
ズリズリと擦る。その淫靡絶妙な感覚は、六十才を過ぎた
女の魂を宙に飛ばすに十分な効力があった。
「さっ佐々木さん、私どうなるの、死、死にそう」
「まだまだですよ奥さん、思う存分狂わせてあげますからねぇ」
ズルズルと滑り落ちてくる女の背中を二・三回抱きとめると、
四角い風呂桶の中で、男は半分上を向いたような形で胡座をかいた。
「さぁ奥さん、ここへ、ここへ乗って…」
「ドッどうすれば良いのッ」
「中腰になって、私のこれを掴んで下さい。さぁ早く、奥さんの中へ…」
言われるとうり、男根を夢中で自分の穴に当てようとするのだが
足下が滑って思うようにならない。
「佐々木さん、大きい、大きいッ」
その途端、ヌルッと片足が滑ってバランスが崩れた女の身体が
のし掛かった。
「入ったッ、奥さん上手ですぜ」
「ウッウゲェ…ッ」
「根元まで来ています。このまま射精して良いですか」
「嬉しいッ、アァァ、イクイク、イッてしまいますゥゥ」