マンションにいた幽霊






一、見えない視線


紺野美沙子が、姑つまり夫の母親と同居するようになってから、

やがて半年になる。

JR総武線の駅近くにある3LDKのマンションの八階、それまで一緒に

生活していた娘の愛美が結婚して空いた部屋に、入れ違いに姑の菱子が

入ってきた。美沙子も四十代半ばになって、いまさら嫁姑の仲がどうこう

言うわけでもないし、菱子が郊外に住んでいた家を人に貸して、家賃の

半分を入れてくれると言われれば、むしろ渡りに船であった。

義父は三年前に亡くなっているから、いつかは夫の母も引取らねばならない。

そんな事情が重なって、そろそろ中年過ぎた夫婦とその姑の世間的には

平凡な暮らしが始まったのである。

菱子はまもなく七十才だが、まだしっかりしていて、家事も手伝ってくれたし、

日常の買い物にも進んで出かけてくれる。美沙子にしてみれば

結婚まで気ままなOLだった娘に比べて、ありがたい助っ人が

増えたという感じで大歓迎だった。

「いやよ、あなた…。今夜もまた虐めるんでしょう?」

少し遅めの食事を終ると、菱子はさっさと自分の部屋に引き上げてしまう。

テレビにも面白い番組もないのでそろそろ寝る時間だ。美沙子は食前に

飲んだワインの酔いを残した顔で夫に流し目をくれた。

「もうお年ですよ、少しは控えて頂戴」

「うふふ」

夫の昭三は鼻の先で笑っただけで、黙って女房のまたぐらに手を入れた。

まだ五十前だがやり手の証券マンで、若い頃には浮気騒動も二度や

三度ではなかった。

生まれつき精力が旺盛と言うのか、いわゆる絶倫型でしかも巨根である。

それが美沙子を結婚に踏み切らせた理由でもあった。

夫婦揃ってスキもので、中年になるまでセックスが絶えたことがない。

ある意味では理想的なカップルなのだが、娘が結婚して家を出てから

ますます遠慮がなくなって、夜ごとの愛撫も濃密さを増していた。

美沙子もすぐにその気になったらしく、胸をはだけたネグリジェ姿で

隣の部屋に布団を敷く。

マンションだから間取りは限られていて、南向きに部屋が二つ

並んでいて、その先がダイニングやキッチン、トイレ、バスルームといった

スペースである。

奥にもうひとつ六畳の和室があって、これが今では姑の菱子専用に

なっている。真ん中にかなり広いスペースを挟んでいるので、声が

姑の部屋まで伝わると言う心配はなかった。

「おい来いよ。明日は早いんだ、時間がねぇぞ」

ガウンの中は素っ裸で、夫の昭三が横になる。美沙子はためらわずに

ネグリジェを脱いで、赤黒い男の腹に柔らかい素肌を覆い被せていった。

「ふん、相変わらずの餅肌だな」

「でもおっぱい弛んできたわよ。どうしよう」

「まぁいいさ。その代わり、こっちの筋肉を絞めろ」

とたんに、美沙子の三角州に夫の巨根がゴツゴツと当たる。

それだけで、美沙子はたちまち忘我の境地に入って自然に股を広げた。

「あなたッ、入れてェ早くッ」

「そんなに欲しけりゃ自分で入れろ。穴はもうベタベタなんだろ」

「ウフン意地悪、私が無器用なこと知ってるくせに、足元見られてるのね」

娘時代に比べれば見違えるほど肉厚になってボリュームを増した大陰唇を、

両手の指で無雑作に広げる。男の上に跨って、美沙子はたちまち

嬌声を上げた。

「うわァァ、いいッいいわ、あなたの太いんだもん」

グズグズッと肉の襞を掻き分け、圧しひらくように陥没してくる巨根の感触は、

実際何ともいえなかった。腰骨の蝶つがいが熔けて外れてしまいそう。

美沙子はほとんど爪先立ちになって、挿入した角度を直角に腰を激しく

上下に振った。

「アアいい、快いわァ、たッたまんないッ」

「お前巧くなったなぁ、こんな芸当は普通の女じゃできねぇだろう」

「イヤよゥ、ほかの女の人とヤッちゃ。ねぇお願いッ」

「分かってる。だからこうやって、毎晩古いおまんこでも使っているんじゃねぇか」

「意地悪ッ、飽きたら承知しないから…ッ」

何の遠慮もなく慣れきった中年夫婦の淫戯である。

だかそのとき、美沙子は何か得体の知れない奇妙な視線のようなものを

背中に感じて、思わずゾッと後を振り返った。



二、影の予感


だがべつに、何が起こったというわけでもなかった。

その晩もいつものとうり、美沙子はタップリと気をイカされ、股の間から

滲み出してくるネバついた液を拭いて泥のような眠りにおちた。

十分に性欲を満たされた後の女の眠りは深い。

次の日、夫の昭三が勤めに出たあと、美沙子は爽やかな気分で、

ベランダに洗濯物を干した。マンションなのでベランダとの仕切りは

重いアルミサッシで、内側にカーテンがかかっている。

八階だから下着を干しても盗まれる心配はないし、まして覗かれることなど

考えられないのだった。

二間続きの和室は襖仕切りだが、あちこちに傷みが目立って、美沙子も

そろそろ張り替えなければと思っている。

ん……?

美沙子の胸に、ふと奇妙な予感に似た不安がよぎった。

まさか、この部屋から寝室を覗かれているということはないだろうか…。

立ち止まって襖の傷みを注意してみたのだが、隣の部屋が見えるほど

大きな穴が開いているわけではなかった。

すぐに気を取りなおして、美沙子はキッチンに戻った。

「今日はお天気が良いから、洗濯物も早く乾きそうね」

姑の菱子が朝の食器を洗いながら屈託もなく言った。

「あ、すいません。ぜんぶ洗って貰っちゃって…」

「いいのよ。私だって、ここの家族の一員なんですから」

それはそのとうり、家族は姑と夫婦の三人である。

寝室を覗くとすれば、菱子しかないのだ。

美沙子は、そんなことを考える自分のほうがよっぽど可笑しいと思った。

それから一週間、何の裏づけもないので忘れる方が当たり前だが、

美沙子はいつものように夫の昭三に求められるまま裸になった。

夜具はお義理で二組敷いてあったが、掛け布団を跳ねてしまえば、

スペースは誰に遠慮も要らない夫婦のパラダイスである。その夜は

夫の求めに応じて、美沙子のほうが下になった。

「ほらよ、自分の指で土手を広げてごらん。舐めてやるからよ」

「いやン恥ずかしい、もう濡れちゃっているのよ」

「ひっひっひ、相変わらず好きもんだな」

卑猥で満足そうな声と一緒に、ベチョッとした生暖かい感触が

下腹部に触れる。

「あぁん駄目ェ」

美沙子は思わず本気で声を上げた。娘時代に比べて伸びてきた

感じの小陰唇が夫の唇に挟まれ、一息にヌルッと吸い込まれると、

異様な快感が全身にビリビリと響く。

「あッ、ふぅん…」

夢中で手を伸ばして、夫の男根をさぐる。確かに他の男よりも太いと

自信が持てる逞しい肉の棒を掌一杯に握って、美沙子は昭三の腰骨に

しがみついた。

こうなったら、あとはもう無我の境地である。

夫の舌が、太腿の奥深く粘膜の中まで陥没する。美沙子は握った男根を

引き寄せるのと反対に、仰向きになった上半身を曲げて、根元まで

受け入れようと顎を上げた。ようやく唇で締め上げて、吸いこもうとしたとたん

「グヘッ…」

加減がわからず、昭三が闇雲に腰を落としたので、馬なみに長いのが、

いきなり咽喉仏を越えて突き刺さった。

「ゲホゲホッ、ウゥムプッ」

声を出すことが出来ずに、美沙子は夢中で腰を跳ねた。

苦しいことは苦しいのだが、セックスをやり尽くしてきた中年女にとって、

こんな刺激が何よりの快美なのである。

「うはぁ、ハッハッ」それから態位を変えて騎乗位から背向位と美沙子は

喘ぎ続け、この間3・4回はイカされていた。何時の間にか身体の位置が

変わって、顔が隣の部屋の正面を向いている。

「はッはッ、苦しいッ、イク、もうイクゥ」

後向きに尻の肉を掴んで突かれるたびに布団をズリ上がって、美沙子は

手の平で畳を叩きながら叫んだ。

「イクわッ、あんた、たッたまんないッ」

そのとき、微かに隣の部屋の襖が動いたのである。いや、そんな気が

しただけなのかも知れない。実際に眼も眩むような絶頂の瞬間に、

そんなことをいちいち確かめている余裕などなかった。

あ、あッ…

と一瞬身体を反らしてその方向を見たが、襖はピクリとも動かない。

その代わり美沙子は、ミシッ、カサカサ…、と人が去って行く微かな

気配を感じ、暫くしてコトンと反対側の廊下へのドアが締る音を聞いた。



三、無残な幽霊


翌朝から、美沙子は姑の菱子の顔を直接見ることが出来なくなってしまった。

昨夜襖の向こう側にいたのは、本当にこの人だったのだろうか…

信じまいとしても、この家には夫のほかには菱子しかいないのである。

口に出して聞くことも何故か憚られた。

菱子は恐らく

「あなたは夢を見ていたんじゃないの」

くらいのことは言うに違いない。

第一、証拠と言っても全くそれらしいものがないのだ。四十を過ぎて性欲が

ますます盛んな夫との夜を思うと、美沙子には何をどうしたら良いのか

見当もつかない。

また今夜も、姑は覗きに来るのかもしれない。だからと言って夫の要求を

拒絶することなど、美沙子は結婚以来一度も夫を断ったことがなかった。

まして、菱子は昭三にとって実母である。

証拠もないことを軽はずみに口外できるものでもなかった。

今夜もまた、覗かれているかもしれない…

全身に快い夫の重さを感じながら、美沙子はフッとわれに帰ってしまう。

それでも肉体だけは、意思に反して気持が快いと反応してしまうから

困るのである。もう何回こうした夜を過ごしただろうか、だが菱子が

尻尾を出すようなことは決してなかった。

隣の部屋に人の気配はするのだが、コトリという物音もしないし、襖が

不自然に動いたりすることもない。

思いきって夫から離れて、立ち上がって襖を開ければそこに姑が

いることは、今では美沙子の確信になっていた。

だが、怖ろしくてそれが出来ない。菱子がどんな格好で、どんな顔で

こちらを見詰めているのかと思うと、どうしても襖を開ける勇気が

出ないのである。

実は、その晩も同じだった。ゴソッという音と、かすかに呻く声が聞えた

ような気がしたのだが、それ以上に美沙子の快感の方が昂ぶっていた。

いくら歯を食いしばってみても、どうにもならないヨガリ声が咽喉の奥から

突き上げてくる。

昭三の巨根に捩じりまわされ、魂も飛ぶような快感に七・八回もイカされて、

美沙子はグッタリとのびてしまつた。夫の昭三は余裕たっぷり、汚れた

男根をティッシュで始末すると、さっさと自分でトイレに行ってあとは

高鼾である。

暫くして、美沙子は素っ裸のままヨタヨタと這うように起き上がった。

いつもなら裸のままで寝てしまうのに、何故か虫が知らせて隣の部屋を

開けてみる気になったのである。

万一覗かれていたとしても、菱子はもうとっくに自分の部屋に引きこもって、

息を殺している筈であった。その安心感もあって、美沙子はよろめくように

隣の部屋との襖を開けた。

「あぁッ、うわ、わ…」

何かが転がっている。それが菱子であることに気がついて、美佐子は

棒立ちになった。

「お、お姑ァさん…ッ」

物体はまだヒクヒクと動いていた。それでも美沙子がとっさに夫の昭三を

起こすことが出来なかったのは、菱子の異様な状態である。

いかにも老人らしい厚手のグレイのネグリジェを胸元まではだけ、陰毛の薄い

下腹部がプックリと蛙の腹のように露出して、細い脚が膝を上を向けて

開いている。美沙子が息を飲んだのは、その真ん中に菱子がいつも

使っている毛染め用のビンが、グサリと斜めに突き立っていたからである。

どうして、突然こんなことが起ったのか説明できなかった。

唯一考えられるのは、寝室の隣の部屋に忍び込んだ菱子が、

二人が媾合する声に聞き耳を立てるか、何とかしてそれを覗こうとした。

そのとき、菱子自身も自分の性器に化粧品のビンを捩じ込んで

オナニーしていた、としか言えないのだった。気がイッたのかどうか

判らないが、脳溢血なのか心筋梗塞か、菱子は夫婦の営みを

看視している最中に、突然発作に見舞われたのであろう。

アゥ…

と老人が微かに息をついた。

眼を虚ろにあけて、生命に別状は無いようである。

「お姑ァさん、待って…」

美沙子は姑の足元にしゃがみこんで、震える手で股間から丸くて太い

化粧品のビンを抜いた。穴の口が何故か強い力で締っていて、ビンを

抜くのにもかなりの力が要った。手早くネグリジェの前を合わせて

太腿を隠すと、美沙子はけたたましい声で夫を呼んだ。

「あ、あなた、あなたッ早く起きて…!」

これからはもう覗かれなくて済む。誰に遠慮もなくセックスが出来るんだわ。

「あなたッ、早く救急車を呼んでください。お姑ァさんが、たいへんなのよゥ」





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