一、 孫のパソコン
三好絹子がコンピューターに興味を持つようになったのは、
孫のカンナから手ほどきを受けたからである。
今年六十五才だが、最近では何とか自分でマウスが操れるようになった。
扱ってみると一日中飽きが来ないほど面白い。
絹子のような日常に何の変化もない年寄りにとって、これは新しい
発見であった。その昔、百万円もしたコンピューターが、今では
十万円そこそこで買える。学校の授業にも組み込まれているし、
子供でも驚くほどの速さでキーボードを叩く。いわゆる、IT革命である。
カンナは中学一年生だが、学校の友達よりも、彼女たちの間でメル友と
呼ばれているコンピューターの通信ゲームで知り合った友人の方が多い。
デスプレイの画面に映し出されたアドレス帳というのを見ると、まだ会ったこともない
高校生、大学生の名前がギッシリと打ちこまれていた。
「お前、大丈夫なのかい。こんなに多勢、男の子の友達を作って…」
「こんなの少ない方よ。うちらのクラスには千人以上メル友を持ってる
子もいるわよ」
カンナはこともなげに言って笑った。
「へぇ、顔も知らない子と、良くそんな簡単に友達になれるもんだね」
「だから良いんじゃない。みんな同じ人間だし、お互いにわかりあえるのよ」
そう言われてみればそうかも知れないのだが、絹子にはやはり
馴染めなかった。
見も知らぬ男の子と交際して、間違いでもあったらどうするの…、
と古めかしい考えに捕らわれてしまうのである。だが試しにやってみると、
意外に面白かった。
何よりも、反応がスグに返ってくるのが良い。どこの誰ともわからない
相手だが、それほど悪い人たちとも思えなかった。
「ね、面白いでしょう。この子はね、いま失恋して悩んでいるのよ」
「この子はカンナに夢中なんだけど、何しろ北海道じゃね」
数十人のメル友の状況を暗記していて、カンナはまるで恋人の話を
するように言った。
「おばあちゃんにも出来るかしらねぇ」
「こんなの簡単じゃん、誰だって出来るもん」
絹子が自分専用のパソコンを買ったのは、それから数日経ってからである。
「あら、お母さんパソコンを買ったんですか?」
嫁の今日子が、ビックリしたような声を出して言った。
「インターネットをやるんですか?まぁ、スゴイですねぇ」
息子夫婦は、全くの機械オンチである。
この家でパソコンがいじれるのは孫のカンナだけであった。
絹子もはじめは見当もつかなかったのだが、カンナの協力で、
三日間かかってどうやらブロバイダーにも接続することができた。
おぼつかない手つきでマウスを操作してみると、その向こうには
今まで想像もしていなかった猥褻な画像の世界が広がっている。
それは絹子が一生かかっても手にいれることが出来ない膨大な
宝の山であった。
時間は昼間からタップリとある。その日から、絹子は自室の六畳に
こもって無限とも言える電脳の宇宙にのめりこんで行った。
はじめは花とか愛犬のページなどと言うのを見ていたのだが、
少し馴れてくると、イヤでもアダルトなヌードのページにぶつかる。
女子高の制服を着た若い女が、カバッと股を開いて黒々とした陰毛を
露出している。なかには圧し倒されて無残に男の性器を挿入されている
写真まであった。
インターネットに熟練した者にとってはありきたりの画像なのだが、
絹子は眼を見張った。若いころ、亡くなった夫に抱かれながら、ベッドの中で
エロ写真と言うのを見せられたことがある。
年増の芸者風の女が客らしい男とセックスしている現場なのだが、
それだけで絹子は恥ずかしさに顔が火照って、いつもより激しく興奮して
何回もイッてしまったことを記憶している。
カンナの前ではオクビにも出していないが、絹子はもともと感じやすい
体質だったし、性欲も好奇心も強かったほうだ。
年令を重ねるにつれて忘れるともなく忘れていたのだったが、こんな写真を
見せられると、眠っていた子を突然呼び起されたような気がする。
道徳とか教育的にとかはともかく、男女の性行為を公然と展示することが
出来る時代になったと言うことは、いまの若者はなんて自由なんだろうと
絹子は思った。
二、シーメール
いちど病み付きになってしまうと、もう歯止めはきかなかった。
ほとんど一日中、絹子はパソコンにかじりついて画像を漁った。
日本人の娘は若くて可愛いのが取り柄だったが、裏本から複製した
ものが多い。そこにゆくとアメリカのポルノはさすがに金がかかっていた。
美しい海岸を借り切って撮影した男女十数人の乱交パーティ、堂々と
豪華な劇場を借り切ったSMショーの実況写真など、平凡な未亡人絹子に
とってはまるでお伽話のような光景である。
だがもっとビックリしたのは、いわゆるシーメールと呼ばれる人種の
映像であった。
日本でもオカマぐらいは絹子も知っていたが、これはもうそんな軽い
知識の範囲でおさまるような存在ではなかった。
なだらかな肩、盛り上がった胸、くびれた腰、どこから見てもスタイルの
良い女性なのだが、彼女たちの股間を見て絹子は息を呑んだ。
そこには紛れもなく男だけが持っている肉の塊りが生えているのである。
えッ、これが男…?
これ見よがしに腰を突き出して、自分の持ち物の太さを誇示している
女もいれば、勃起したやつを手でしごいて、ウットリとしたオナニーの
表情を浮かべている女もいた。
なかにはハッキリ男とわかる若者の前で股を広げて舐めさせている
女までいる。
いや、それはどう見ても、滑らかで色情的な男そのものの肉体なのであった。
長い間、私は忘れていたんだわ…
女性の体型になりきった黒人のシーメールの見事な肉体。その中央にある
ド太い男根に異様な執着を感じる。
誰もいない部屋で、絹子は独り深い溜め息をついた。
夫に死なれてから十年近く、一度も思い出すこともなかった性の
欲求である。だが絹子はすぐに我に返った。六十才をとっくに過ぎた老女が、
異性との情事など簡単に実現出来ることではない。
性欲が昂進すればするほど、みじめになるだけではないか…
そのとき思いがけなく、絹子の局部に突然これまで感じたことのなかった
奇妙な感覚が起った。
ジィン…
と痺れるようなクリトリスへの充血感、突然そのあたりでズキンズキンと
心臓が鼓動を打ち始める。若いころ夫とセックスをしていたときにも感じなかった
不思議な快感である。
あ、あ……
思わず、絹子は太腿と膝のあたりにギユウッと力を入れた。
熱い血液の脈動がますます昂まってきて、クリトリスが膨らんでくるのが
ハッキリとわかった。
「ウゥム…!」
尻の肉を力一杯に絞めて、絹子は咽喉の奥で低い呻き声を上げた。
そのとたん、ギクンと全身が震える。
何なの、いったい、これは何…?
絹子は、呆然となった。男なら一種の夢精に近い感覚なのだろうか。
精液の放出こそないが、あきらかに気がイッたのである。たちまち、
穿いているショーツの布地に、ジクジクと冷たい粘液が染み出して
来るのが判った。あわててショーツを脱いで膝立ちにしゃがむと、
手もとのティッシュで割れ目をしごくように拭いた。
ベットリと湿ったティッシュを指に挟んだまま、絹子はパソコンの画面を
見詰めた。男とも女ともつかない両性具有の黒人が演ずる姿態は、
この上なく異常で猥褻な画像だったが、それを見て、忘れていた
性の快感が突然噴き出したように盛り上がって、気がイッてしまう。
こんな現象は、今までに経験したことがないことであった。
自分の肉体に、まだこれだけの果汁が残っていたことが驚きだった。
萎びかけた果実だが、このまま枯らしてしまうには惜しい。
余韻が、まだ後を引いていた。痺れているようなクリトリスを太腿で
絞めつけながら、絹子はボンヤリとした頭の中で意外なことを考えていた。
それは自分でも思いがけない奇妙な着想であった。
インターネットでは、どんなことだって出来る。男が女になれるなら、
犬が猫になることだって出来るだろう。
だったら、私のようなお婆ァちゃんが二十歳の娘に化けたって少しも
可笑しくなんかない。思いついてしまえば、これほど簡単なトリックはなかった。
若いカンナのような学生は携帯電話を利用するが、インターネットには、
掲示板という名の交流システムが無数に存在している。
憑かれたように、絹子はそれらしい掲示板のページを探して検索をかけた。
三、淫液狂い
捜していた掲示板はスグにあった。
「恋人の出会い掲示板」
という名前で、早い話がナンパ専門の伝言システムである。
男性はいくらかの入会金を払うようだが女性は無料だった。入ってみると、
男からの書き込みが多いが、ポチポチと女からの応答も混じっている。
本当にセックスが好きで男を漁っているのか、好奇心に駆られて一時の
アバンチュールを求めているのか判らないが、女性が公衆の面前で
セックスをしようと呼びかけることなど、絹子の時代には到底
考えられなかったことだ。
これも、インターネットが持っている匿名性、絶対にこっちの身分がバレる
心配がないというシステムが原因である。文章は意外にスラスラと出来た。
『私は二十一才の女性です。毎日淋しくて、メールで私の心を癒してくれる
恋人を探しています。できれば三十代の元気な男性が希望です。マナミ』
マナミというのは、もちろん仮名である。
掲示板に書きこんでパソコンの画面を見詰めていると、五分もしないうちに
たちまち反響があった。
『三十三才の男性、健康には自信があります。よかったら連絡下さい』
『バツイチの男ですが、割り切って交際してくれる女性を求めています。
東京近辺の方でしたら車で迎えに行きます』
『あなたとセックスしたい、精力を持て余している二十八才です』
まるで、ドラエモンの腹の中から飛び出してくるように、次から次へと
交際に応じる男からの応答画面が現れる。
およそ二十分の間に、その数は三十人を超えた。
本当に二十歳そこそこの女性が恋人を求めていると信じ込んでいるの…?
絹子は背筋がゾクゾクするほど嬉しくなった。
実物を見れば、もう女とは認めてもらえないような年令になっても、精神は
まだ瑞々しく、夢や憧れに満ちている。次々に現れる画面を見詰めながら、
絹子は全身に活気が満ち満ちてくるのを感じた。
パソコン用語で返事を書くことをレスを付けると言うが、2・3通選んで
レスをつけてみると、面白いように反応があった。
ほとんどが住所を知らせてくれとか、直接お会いしたいといった虫の良い
文面だが、中にはまだ高校生だと言う少年から、どうしてもセックスを
経験してみたいので、僕の童貞を上げますから奪ってくださいといった
切実なものまであった。
孫のカンナが使っているギャル言葉を思い出しながら、そのひとつひとつに、
如何にも若い娘らしいレスをつける。
あるメールには、親が同居しているので会いたくても会えないの、といった
思わせぶりな断り状。あるメールには、セックスが好きでたまらない若い女の
悩みを切々と訴えてみせる。
書いているうちに自然に気持が乗り移って、その年代の自分に戻って
しまうのが楽しかった。メールの内容はかなり露骨で、毎日オナニーを
しているのかとか、どんな態位が好きかとか平気で聞いてくる。
答えるほうもどうせ会うことはないと判っているから、いくらでも大胆になれた。
出任せのスリーサイズから乳房の形、好きな口紅の色、理想的な男性の
タイプなど、聞かれるままに答えているうちに、質問もだんだんと
エスカレートして、陰毛の生え方が濃いか薄いか、クリトリスの大きさから
セックスで気がイクときの声の出し方まで、平然と答えられるようになった。
恥ずかしさや嫌らしさは少しもなかった。
キーボードに向かって猥褻な文章を打ちこんでいると、身体中の血が
弾んでクリトリスにドキドキと脈が伝わってくる。いつかのように自然に
イッてしまうと言うようなことはなかったが、その代わり、絹子は六十才を
過ぎてはじめてオナニーの常習者になった。
猥褻なメールを一通送ってはクリトリスをまさぐる。椅子に浅く腰をずらして
股を広げスカートを太腿一杯に捲くると、指が深々と穴の奥まで入った。
若いころと違って、年老いた女のオナニーは、ただ快感を刺激すれば
良いと言うものではなかった。
じわじわと一日中、波間を漂う夜光虫が明滅するように湿った淫液の
感触を楽しむのである。
その日も麻薬に痺れたようになって、絹子は周囲への注意力をほとんど
失っていた。
「おばぁちゃん何やっているの、アッ…」
学校から戻ってきたカンナに突然後から声をかけられて、股間にさし込んだ
指を抜くひまもスカートで隠すひまもなかった。ギョッとして振り向くと、
異様なものを見てしまったカンナが、顔をこわばらせたまま無言で
その場に凍りついていた。