たそがれ新婚旅行








一、 意外な縁談


後藤一郎のところに、その話が持ちこまれたのは去年の暮れのことだ。

「いや、突然そんなことをおっしゃられてもお返事の仕様がありませんな」

少し戸惑いを見せて笑いながら、その場はとり繕っておいたのだが、

それ以来、いったいどんな女なのだろうという興味はいつも一郎の

心のどこかにあった。

六十八才、三年前に妻に先立たれ、好きな盆栽と釣りで気楽な毎日を

送っている。

仕事も引退して、いくらかの蓄えと豊かな年金で生活に不自由は無かった。

もう女とは縁が切れて、二度と異性の肌に触れることはあるまいと

思っていたのだが、降って湧いたような奇妙な縁談である。

持ってきたのは、その町の地元で県会議員の後援会長をしている老人で、

知り合いに、ぜひ一郎と結婚したいと願っている未亡人がいるのだという。

「真面目な話なんです。先方は誰にも頼めることではないからと非常に熱心で」

「いやしかし、この年になって今更…」

「羨ましいですな。後藤さん、まだご婦人に惚れられるなんて、ハンサムは

やはり違う」

「ご冗談を…」

それからまた半年ほど経って、今度は直接その本人だと言う未亡人から

連絡があった。丁寧な文面の手紙で、現在六十四才であること、

天涯孤独で身寄りはいない。主人とは十年以上前に死別、家と多少の

財産が残っている。経済的には決して迷惑は掛けないから結婚して

いただけないだろうか。条件は婿でも嫁でもどちらでも構わない…、

といった内容で、出来れば結婚したいという気持がめんめんと書かれている。

落ち着いた達筆で、いわば一種のラブレターである。

一郎は、黙って手紙を元の封筒に戻した。六十も半ばの女だから、若い娘の

ような激しい恋愛感情は持たないのだろうが、それだけに、抑制された女の

心が伝わってくる。

一度、逢ってみようか…

老人同士でデートしたからと言って、それほど世間の物笑いになるような

ことではあるまい。

紹介者が地元の有力者だったと言うことも一郎を勇気づけた。

その日が今日なのである。

それまでに手紙の往復が二・三回あって、話がまとまったのだが、場所は

駅前にあるホテルのロビーが指定されていた。若いころ女と遊びまわった

デートの感覚とはやはり違う。一郎はここ暫く着たことのないよそ行きの

スーツに身を包んで、出来るだけ派手めのネクタイを締めた。

約束の時間の十分前、ホテルについてロビー全体を見回してみたが、

まだ女は来ていないようであった。手紙には和服で黒のハンドバックを

持っていると書いてあったが、いったいどんな女が現れるのか、

三十年前に美人だったが、今はすっかりお婆さんになってしまった

古い女優の顔がチラチラと脳裏に明滅する。

女への期待は幾つになっても変わらんものだ、と一郎は苦笑した。

約束の時間から三分過ぎた頃、フト背中に人の気配を感じた。

「あの…、後藤さま…?」

振り向くと、思ったより若く見える、老人と言うより中年と言ったほうが

似合う女が、スキのない瀟洒な和服姿で立っていた。

「あっ、そうです私、後藤で…」

「絹子でございます。はじめまして…」

「いや、こ、こちらこそ…」

年甲斐もなく胸がどきどきして、声が多少上ずっている。

「わたくし、前から存じ上げておりましたの。お買い物のところを

ときどきお見かけしたものですから」

女は恥らいを含んだ目で笑いながら深々と腰を折った。

「そうですか、それはどうも」

「宜しかったら、どこかでお茶でも…」

「はあ、結構ですな」

それがその日の予定なので、ホテルの中の喫茶店に誘うと、

二人は向い合って席を取った。

それまで描いていたイメージは、どこか生活に疲れて動作も緩慢な

老婆である。絹子は往年の映画女優には似ていなかったが、これが

六十才を半ばも過ぎた女かと疑いたくなるほど清楚で清潔感があった。

本名は野田絹子と言うのだが、初対面のとき、野田と言わずに

名前で挨拶されたことにも好感が持てた。

ひとめ惚れと言うのではないが、一郎の心の中に一種の張合いの

ようなものが芽生えたのは事実である。



二、密やかな結婚


何回かのデートが重なって、いろいろと話が進んだのだが、お互いに

娘や息子はいるが独立して一家を構えていること、煩わしい係累は

いっさいいないこと、生活も安定していることなど、結婚の妨げに

なるようなことはお互いに何もなかった。

だが一郎は、残った最後の問題を解決しておかなければならないと思った。

やはりこれだけは、どうしても絹子の了解を得ておかなければならないであろう。

「絹子さん…」

「はい?」

いつものホテルで食事をしながら、さり気なく切り出してみる。

「結婚というのは、僕たちが夫婦になることですよねぇ」

「そうですね」

「絹子さんはどう思っているかわからないのですが、実はその…」

「はぁ…?」

絹子はちょっと怪訝そうな顔をしたが、すぐにその意味を察したらしい。

一郎が何を言い出すのか、俯いてじっと次の言葉を待っている様子だった。

「5年ほど前からかな。年令的に、男としては僕はもう…」

「いえ、あなたには十分に魅力が…」

「そう言う意味じゃない。つまり、愛撫はして上げられると思うのですが…」

「はい」

「実際の行為となると、能力がなくて…」

「承知しております」

絹子は顔を上げて、微かな笑みを見せながら言った。

「それだけが目的じゃありませんもの。気になさらないで…」

「うむ」

「私たち、青春を取り戻せるものなら一生懸命に努力してみます。でもあなたへの

信頼と尊敬の気持は変わりませんわ」

「ありがとう、それを聞いて安心した。よろしく頼みます」

「私こそ、こんなお婆さんを可愛がっていただいて、涙が出るほど嬉しいわ」

そのときから、二人の絆がしっかりと結ばれたように一郎には思えた。

純情と言うか、年老いて爽やかな恋愛感情が芽生えることもあるものだ。

年が年だけに、お互いに目立つことはしたくない。仲介者になってくれた

議員の後援会長にそれなりの御礼をして、なるべく早く一緒になることで

合意が出来た。

新婚生活を少しでも早く、少しでも長く楽しみたいと絹子は言った。

二人が、近くの教会でひそかな結婚式を挙げたのはそれから

間もなくのことである。

参列者は誰もいない。

ただ神父の前で誓いの言葉を述べ、指輪を交換しただけの質素な

結婚式であった。新婚旅行は海外は疲れるからというので、九州の

山奥にある鄙びた温泉宿。観光地にもなっていない温泉で、ゆっくりと

身体を休める旅行は一郎の趣味でもあった。

木造の旅館で、案内された部屋はタタミも古く、土壁に襖仕切りと

言った作りである。

「どうです、食事の前にお風呂にでも入りませんか」

丹前に着替えて、これも年代もののテーブルの前に胡座をかくと、

一郎は軽い調子で声をかけた。

「えぇ、でも恥ずかしいな」

宿の帯を結んで、鏡台で背中を向けた絹子は、これが六十を超えた

女かと意外なほどに色っぽかった。

そう言えば、交際期間中身体を触れ合ったことは一度も無いのだ。

「いいじゃないの。この温泉はね、粗末だが歴史が古いんで有名なんだ」

もう夫婦じゃないか、と言いたいのだが、一郎にもどことなくテレがあった。

「なんなら僕ひとりで入って来るよ。時間はかからないから…」

「いえ、ご一緒に…、お供します」

絹子が立ち上がりながら言った。

「正式に結婚したのに可笑しいわ、別々にお風呂に入るなんて…」

「ハハハ、それはそうだな。今日から君は僕の奥さんだからね」

「君なんて呼ばないで、絹子と言って…」

女の色香が全身に滲み出ている。圧倒されるような思いで、一郎は

肩を並べて部屋の外に出た。

浴場は一度外に出て、石の階段を降りて行くと、川の近くに洞窟のように

岩を積み重ねて作った露天風呂である。

掘建て小屋の脱衣場に入ると、絹子は無言でスルリと重ねた浴衣と

丹前を脱いだ。いつも背中を見せているので、乳房の形とかスタイルは

よく判らないが、肌の白さが第一印象であった。

それがかえって色っぽい。



三、洞窟露天風呂


露天風呂の広さはタタミ二十畳敷き以上はあった。

岩石をくりぬいた露天風呂なのでそれほど深くない。湯は温度がぬるく、

足を投げ出すと肩が露出する程度の湯量である。

「いいお湯だこと、心が落ち着きますわ」

少し離れて、両手で湯を肩に掛けながら呟くように絹子が言った。

「お背中を流しましょうか」

「うむ」

夜の浴客はあたりに一人もいない。

「こっちへおいで…」

湯の中で腕を掴んで引くと、待っていたと言うわけではないが、

抵抗することもなく自然に身体を寄せてくる。

「これから、仲良くやっていこうな」

「はい」

「いや、絹子が若いのにはおどろいたよ」

「そんな…、恥ずかしいわ」

二の腕から腋の下を通って乳房を握る。一郎にとって、初めて触れる

妻となる女の肉体である。

乳房は意外なほど固く張って、大きさもタップリとあった。

「はぁッ…」

息を吐いて、湯の中で上半身がよりかかってくる。

「絹子…」

この雰囲気で男根が勃起するとは思えなかったが、それらしい性欲の

高まりを感じたことは確かである。

温泉で汗ばんだ顔をこちらに向けると、一郎はかなりの強さで

女の唇を吸った。それから腕を伸ばして、脂肪が乗った柔らかい

腹の肉を愛撫するようになでる、その下に少し異質な感触で、

湯の中に漂う陰毛のそよぎがあった。

だがいくら人影がないといっても、新婚の老夫婦にとって、露天風呂では

それ以上の行為は無理であった。

それでも小一時間、風呂からあがって部屋に戻ると、襖仕切りの隣の部屋に

二組の夜具が隙間なく並べて敷いてあった。

宿の料理はお決まりのコースで、年配者には多すぎる。

二人で飲んだ一本のビールに、絹子は頬を染めていた。

「寝ましょう、今日は疲れただろう」

「はい」

二組の夜具のひとつに、二人で一緒に横になる。浴衣の胸をはだけて、

一郎は絹子の乳首を吸った。

「あぁあ、あなた…」

たちまち呼吸が荒くなって、絹子が呻き声を上げた。

乳首は長く垂れ下がって相応の年令を示していたが、感度はまだ

十分に残っているようであった。

「絹子、感じているのか?」

「えぇ、えぇ、嬉しいわ」

陰毛の奥に指を入れると、ツルリと滑らかな感じの湿り気があった。

温泉で洗った後なので粘りはないが、やはり濡れているのだ。

そのとき、女の掌がそっと一郎の太股に触れた。

控えめだが微妙な動きで男根のある場所をさぐる。

恥ずかしがるだけでなく、何とかして新しい夫に応えようとする様子は、

やはり小娘ではなかった。だが一郎の肉体は、女の指で抓まれたり

軽くしごかれたりすると、快感はあるのだがどうしても勃起して

こないのである。

一郎は居たたまれないような気持になった。

「絹子、僕が舐めてあげよう。いいかね?」

掛け布団をはねて、浴衣の裾を思いきり広げる。

ひいっと微かな声を上げて、一瞬、女の身体が縮んだ。

若いころはピンと張りきっていたであろう内股の肌が、何本もの小皺を

見せてたるんでいる。

陰毛が薄くて疎らなのは、かなりの量が抜け落ちたためであろう。

下腹部に、深い妊娠線が刻まれて地図のように見えた。ためらわず、

一郎は暗紫色に見える肉の襞に唇を当てた。

柔らかくて微かな性臭のある肉片である。クリトリスは小さくて、やはり

勃起していないようであった。

「あッあなたぁぁん」

六十才を超えた女の肉体が震える。

「わッわたしもやってあげる。やらせてェ」

刺激に耐えかねたのか、絹子が上半身を起こして一郎にしがみついてきた。

「あなたッ、あなたぁぁ」

柔らかくて、勃起したときの半分くらいしかない男根を口一杯に含んで、

絹子は咽喉を鳴らした。

「うぅむ」

痺れるような感覚が、萎えた男根の先端に沸き起こる。

「好いよ、絹子。スゴク快い…」

眼を閉じて、一郎は全身の力を抜いた。

確かに、それは何年ぶりかで味わう性の快感である。

必死で男を甦らそうとする絹子の努力に、これ以上の愛の表現は

無いように一郎には思えた。




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