一、牡丹という名の娼婦
いまはもう当時の面影はないが、東京の下町、亀戸や
錦糸町あたりと言えば、有名な売春地帯だった。
人一人スレ違うのがやっとという狭い路地に、軒の低い
一見飲み屋風のバラックが密集している。店内には青や赤の
色つき蛍光灯が淫蕩なムードを漂わせて、せいせい3人どまりの
女が無表情に外を行く人影を見詰めていた。いわば人生のドン底を
這うようにして生きている女たちの吹き溜まり、赤線と言うより、
無許可の私娼窟である。
彼女たちは、肉体に男を射精させる道具を持った商品なのである。
その顔を覗き込むように、今夜相手をさせる女を物色して
店を冷やかして歩くのが面白くて、私は良くここに通った。
終戦後まもなく、風営法はおろか売春防止法さえまだ施行されて
いなかったころの話である。
私が選ぶのは、若い女よりも年は取っているがどこか暗い感じの
娼婦が多かった。
「おい、名前は何て言うんだ」
「牡丹…」
声を掛けると、女は俯いたまま低い声で言った。源氏名を牡丹と
言うには、地味な和服を着て、30才をとっくに過ぎた感じの
垢抜けない女である。
「おまんこは大丈夫だろうな。2・3回イカせるけど良いか?」
「え…?」
女は、一瞬おびえたような眼をした。
「だからよ、ちゃんとサービスするのかって聞いているんだ」
「ハイ」
嫌だと言えば素通りである。何をされようと、客を取るためには
承知しなければならない。あとはその客が簡単に終ってくれることを
願うしかないのだ。
「よし、上がるぜ。三発は覚悟しろよ」
笑いながら、私は冗談のように言った。
若い女なら何か言葉を返すのだろうが、そこは年増の
良いところである。牡丹は相変わらず俯いたまま、黙って
背中を向けると奥の細くて急な階段を登る。
案内された部屋には薄暗い裸電球が一つ、調度品は
粗末な鏡台が置いてあるだけで家具らしいものもなかった。
真ん中に湿ったようなせんべい布団が敷いてある。
じめじめと陰気な部屋で女を抱く前の気持ちは、それだけで
身体の芯から猟奇的な欲情がこみ上げてくるような
雰囲気があった。
「早くしろ、時間がねぇんだ」
帯を解いて浴衣に着替えたところを押し倒して、強引に股をひらく。
「あ、待って…」
女はあわてて鏡台の引き出しからコンドームを出すと、
馴れない手つきで袋を破着ながら言った。
「これやってください。病気になると怖いから…」
「それじゃお前が嵌めてくれ。ついでに舐めてみな」
ズボンを脱いで思い切り太くなつたのを突き出すと、女はとっさに
顔をそむけて片手で男根のつけ根を握った。だか初めての男の肉塊を
いきなり口に入れることは出来なかったようだ。
何とかコンドームを装着すると、男根をおし戴くように自分の額に当てた。
「舐めねぇのか?」
「ご免なさい。やったことがないもんで…」
今なら女子高生でもフェラチオなど平気でするが、当時の娼婦は
だいたいこんなものであった。
「ちぇっ、おまんこしか出来ねぇのか、それじゃ寝ろ」
あらためて脚をひらくと、パンティを穿いていないので、青いほど
白い太ももの奥に、黒々と茂った陰毛があった。
せんべい布団に横になった女の腹にのしかかって、品物を扱うように
グサリと突き刺すときの感覚は、今どきの女にお世辞を使いながら
やらせてもらうセックスとはまるで違った淫靡な世界である。
「おい、もっと腰を上げろ。奥まで入らねぇぞ」
早く射精してもらいたいので、女は眉をひそめて男根を
迎え入れようとするのだが、うまく角度が合わないのだった。
手を入れてみると、クリトリスは大きかったが、ヌメリが枯れて
ほとんど濡れていない。その上コンドームを嵌めているので、
先端は埋まったものの、周囲の肉を巻き込んでそれ以上は
進まなくなっていた。
「い、痛い、乱暴にしないで…」
手荒くこすられると、剥けた粘膜が痛いのであろう。ともすれば
腰を引いて逃れようとする。だが金で買った女を犯すのは、
これからが醍醐味である。
二、無残な絶頂
「お願い、ツ、ツバをつけてくださいッ」
「贅沢言うんじゃねぇ。濡れなけりゃ濡らすまでやるぜ」
「ウッ、ウゥムッ」
容赦なく突き上げると、女は痩せた身体を弓なりにして唇を噛んだ。
「下手くそ、お前客をイカせるのが商売だろえが、痛がっていて
どうするんだよ」
いちいち情けをかけていたのでは何も出来ない。そのまま
横抱きにして片足を肩にかつぐと、強引に根元まで入れた。
「ぐぇ…」
「見ろ、入ったじゃねぇか」
腕を伸ばして乳房を掴むと、グニャッとした感じで思ったより
小さかった。それを握り潰すように、弾みをつけて揺すると、
女はのけ反ったまま薄いせんべい布団の端を掴んで
ガクガクと揺れた。
「てめえ、それでも商売女か、もう少し真剣にやれ!」
「ウゥゥ、や、やめて…」
「イケよ、まだイカねぇのかっ」
これでは快感どころではなかろう。だが務めを果たすためには
我慢するより他に解放されるすべはなかった。
僅かに滲み出してきたヌメリが男根の動きをいっそう残酷にする。
「ハ、早くイッて、お願いだから…ッ」
「こんなおまんこじゃ男はイカねぇよ。てめえがイッてからだ」
そのころの私は、快感をある程度コントロールすることが
出来るようになっていた。女には災難だが、こうなると
いくら刺激されてもイカないのである。
どうせ一度限りの女だと思えば気も楽であった。
「ウゥッ、ウッウッ…」
息をつめ、身体中の筋肉を硬直させて感覚を盛り上げようと
するのだが、それ以上はどうしても自由にならない。
女はやがてグッタリと全身の力を抜いた。
「どうした、もうお終いなのか?」
失神したと言うのではないが、神経がいうことを聞かないのである。
見ると半開きになった眼が、恨めしそうに天井の裸電球をを
見上げていた。
「今ごろになっておまんこが濡れてきたじゃねぇか。いったい、
どうなってんだ」
たしかに、それは奇妙な現象であった。干からびたように
乾いていた穴のまわりが、いつの間にか、動かすと音がするほど
濡れていた。毎日何人も相手にしているうちに、普通の刺激では
反応を示さなくなっていたのかもしれない。
「ようし、それじゃ眼を覚まさせてやろう」
ふと思いついて、私は女の肉の中から男根を抜いた。
「ケツを上げろ」
粘り気の強い液体がべったりと絡みついているのを、すぐ下の
もう一つの穴に当てる。ほとんど無抵抗になった女の深い凹みに
狙いをつけて、ひと思いに体重をかけた。
「ギャッ」
女は押し殺したような短い悲鳴を上げて敷布に爪を立てたが、
それきり身動きもせずじっとしている。前の穴に入れたときに
比べると、あっけないほど簡単にメリ込んでしまったのは意外だった。
「へぇ、こっちのほうが楽だぜ」
しばらくじっとしていると、まるで生きもののように括約筋が締まる。
その動きにつれて全身がヒクヒクと痙攣していた。
「あ、あ、いい…」
あれほど感覚が鈍くなっていた女がヨガリ声を上げはじめたのは、
それから5分ほど経ってからのことだ。
「いいッ、そ、そこ…」
これは私にも初めての経験であった。腰骨を両手でかかえて
前後に揺すると、女は本当に息を吹き返したような反応を示した。
「てめえ、相当な淫乱だな。おまんこよりこっちの方が良いのか」
「し、知らないッ。酷いことしないで、あぁッもっとやってェ」
朝から晩まで弄ばれ続けてきた肉体に残っていた快感が、
いっぺんに噴き出してきた感じである。
それまで声をひそめていたのは、バラック造りの部屋の外に
漏れるのをためらっていたこともあったが、いちど堰が切れると
女のほうがはるかに大胆になった。
「あァッ、いくいくゥ、いくッ」
前穴とは違った肉を裂かれるような刺激に酔ったようになって、
女は何回となく絶頂に達した。
「いくぜ、もう一度一緒にイッてみな」
「早くッ、早くッ、いッ、いっちゃうゥ」
ジィンと脳天を突き抜けるような快感が来て、溜まっていた精液を
女の腹の中に吐き出す。そのとたん、キュウッと肛門の括約筋が締まった。
三、アナルの快感
はじめは気紛れのつもりだったが、牡丹とはその後も
後を引いて何回か会った。
女のほうがむしろ熱を上げていたので、二度目からは
玉代はタダである。
「お前、生まれつきの変態だな。いつからケツの穴で
やるようになったんだ」
「ひどい、私初めてだったのに…」
「おまんこには千人も二千人も男をくわえているくせに、
こっちは初めてなのかよ」
「おかしいわね。ほんのちょっとしか離れていないのに、なぜかしら」
恥ずかしそうに笑いながら、牡丹はそれほど大きくない痩せた
尻をこちらに向けた。
普通のセックスはほとんどしない。私にしてみれば病気の
心配はないし、コンドームも使わなくて良いので、けっこう楽しむことが
できる。さして美人ではないが、玩具のように弄ぶにはもってこいの
女だった。
そして半年ほど経ったある日、いつものように何の約束もせず
フラリと店に顔を出してみると、何故か女の姿がなかった。
代わりに店に出ているのは牡丹よりずっと若い、桔梗という源氏名の
新入りである。
「牡丹はどうした、客を取ってるのかい」
「さぁ…」
肉付きもよく健康そうな娘である。桔梗は怪訝そうな眼で
私を見つめながら言った。
「お馴染みさんですか?」
「うん、まぁな」
「アレ、牡丹姐さんなら辞めたって聞いたんですけど…」
辞めるつもりならとっくに話をしている筈なのに、これはおかしい。
店に入って詳しく聞いてみると、何でも身体をこわして
入院しなければならなくなったのだと言う。
「どこの病院だか分かるか」
「さぁ、おカァさんなら知っているかもしれないけど、私わかんない」
「そうか、仕方がねぇな」
結局その日は桔梗を抱くことにして、帳場で牡丹の入院先を
聞き出すことができた。
「どうだお前、ケツの穴にちんぼを入れてもらったことあるかい」
「いゃァそんなァ、ないわよゥ」
「やってみねぇか、気持ち良いらしいぜ」
「やだッ、もぅ変態ねェ」
肉と肉を結合したまま、桔梗はケラケラと笑った。
その部分はしっかりと濡れてはいるが、早くも娼婦独特の
感情のないセックスを身につけはじめている。
「ねぇ早くイッてよゥ。私疲れちゃうから」
30分足らずのチョンの間で、コンドーム越しに桔梗のなかに
精液を吐いて、私はその足で牡丹が入院したと言う病院を訪ねた。
「どうしたお前、どこが悪いんだ」
ウトウトと眠っていたらしい牡丹はハッと眼をあけると、
信じられないと言った顔でベッドから私を見上げた。
「久し振りで店にいってみたら、お前が辞めたと言うんでびっくりしたぜ」
「ごめんなさい、つい言えなくって…」
「仕様がねぇから、後釜の桔梗っていう子とやってきたけど、
いい女だったな」
「そう、よかったわね」
女はふと寂しそうな笑顔を見せたが、それほと妬いている
様子もなかった。
「お前は、いつ退院するんだ」
「わかんない、先生はしばらく安静にしていると言うけど…」
病状は思っていたより悪いらしく、声にも元気がなかった。
だが病気の本人を前にして病気の話でもあるまい。
「まぁいいや、治ったらもっと変態に仕込んでやるぜ。早く出てこいよ」
「嬉しい…」
それは、牡丹が初めて私に見せた女の顔であった。
それからまた、しばらく当たり障りのない話をして、そろそろ帰ろうかと
立ちかけたとき、女が急にベッドで身体を捩じって背中を向けた。
「ねぇ、あんた…」
「ん…?」
「お、お尻を、さわって…」
「へぇ、こんな病気になってもまだヤリてぇのか」
「お願い、入れて…」
病室は粗末な六人部屋である。まさか抱き上げてハメるわけにも
いかなかった。毛布の下に腕を入れると、柔らかい割れ目に
ベットリと淫汁を滲み出している。私はさり気なく指を2本、
女の尻の穴にいれた。
「おいお前、よく濡れるようになったな」
「ほんと? だったらきっとすぐに治るわ」
だが思いなしか、以前よりげっそりと肉の落ちた尻の感触であった。
牡丹の顔を見たのは、結局これが最後である。それきり女からは
何の連絡もなかった。