行き倒れの娼婦






一、年増娼婦の災難


今ではほとんど見かけなくなったが、昭和三十年ころまで、東京のあちこちに

焼け残った平屋建ての日本家屋が建っていた。

軒先が少し傾いた感じの、最近のモルタル壁と違う薄い木の黒ずんだ

板壁である。

狭い路地に面した塀の曲がり角に電柱があって、ブリキの笠をかぶった

ムキ出しの裸電球がぼんやりと足下を照らしていた。

こんな古風な風景が、盛り場からほんの二・三十メートル入った裏通りに

点在していたころの話である。

当時、私が住んでいたのは、その路地をはさんだ向かい側の、新築だが

四畳半ひと間の安アパートの二階だった。

腰高の窓を開けると、夜霧に湿ったような裸電球の灯りが煙って見えた。

ふと、気がついたことだが、いつの頃からか、その街灯の下に女が一人

佇むようになっていた。

盛り場のすぐ裏だから、付近に街娼がいてもおかしくはないが、それにしても

人通りが少なく、近くに連れ込み宿もないので商売には向いていない場所

である。どこからか縄張りを追われてきたのか、新顔なのでめぼしいシマを

確保することが出来なかったのか、気がついてから一週間ばかり注意して

いたが、ほとんど客がついた様子もなかった。

あるときは深夜一時過ぎまで、うな垂れて電柱に寄りかかっていることも

あったし、あるときは珍しく男が寄ってきて、二言三言話をしたかと思うと、

未練もなく背中を見せて立ち去ってしまったりする。

女がその場所から姿を消していたのは、一週間で一度か二度あれば

良いほうであった。

それでも毎晩のように、女は街灯の下に立っていた。

周囲が平屋なので、窓から斜めに見下ろすことが出来るのはここだけである。

商売女としては地味な模様のワンピース、暗いので顔だちはよく判らなかったが、

女の盛りを越えて、三十はとっくに過ぎている感じだった。

あれでは、食っていくだけでも大抵じゃなかろう…

そんな思いが頭のどこかを掠めはしたが、だからと言って私がその女に

関心があったわけでもなかった。

そのころの私は、けっこう女に囲まれていて、若さに任せて彼女たちの

アパートを回っては適当に処理していたから、こんな三流の立ちん棒女に

興味を持つ必要もなかったのである。

その日、例によって馴染みの女のアパートから戻ってきて、私は快い疲れで

部屋の真ん中にゴロリと横になった。時間はもう夜の十一時を回っていたろう。

しばらくウトウトしていると、突然下の道で女が何か言い争っているような

声が聞こえた。

「ん、何だ…?」

声はときどき高くなったり低くなったりするのだが、話の内容はよく判らない。

耳ざわりなので、起き上がって窓を細めに開けてみると、ほの暗い街灯の下に

男と女の影が奇妙に絡みあっていた。

嫌がる女の腕を取って、男が曲がり角の暗いほうに引き込もうとする。

女が拒んで後ずさりするのだが、よろける度に「アッ」とか「ちょっと止めて」と

意味もなく短い嬌声をあげた。

ちょうど、嫌がる犬を無理やり引きずっているような形である。

部屋の電気は消してあるので、向こうからは覗かれていることは判らない。

しばらく争っていたが、男が突然掴んでいた女の腕を放した。

「アッ」

重心を失った女が、短い叫び声をあげて道の真ん中に尻餅をつく。

あわてて起き上がろうとするのを、後ろに回った男が女の肩を抑えつけて

ズルズルと引きずって行く。眼を凝らしていると、女はしきりにもがきながら

逃れようとするのだが、力の差は歴然であった。

それでも声をあげて助けを求めようとしないのは、やはり商売の後暗さから

であろう。

けっ、やるじゃねぇか…

事件になれば、女も一緒に二日間ブタ箱で過ごさなければならない。

立ちん棒女の弱みにつけこんだ痴漢の一種である。

いまいましい野郎だと腹が立ったが、助けてやるより黙って見ていたほうが

面白い。女を強姦する現場には、私は何回も立ち会ったことがあったが、

こんな路上での無言劇は初めてである。

しばらく争っていたか、終いには女も諦めた様子で、両手を男の腰に回して

危うくバランスをとりながら、されるがままになっているようであった。

客馴れした年増の売春婦にしては何とも惨めな犯され方である。



二、夜のカラス


街灯の照明範囲から外れているので動きはぼんやりとした影絵のようだが、

男の股間に顔を圧しつけられて、結局はズボンから突き出した奴を

咥えさせられてしまったらしい。

下手に抵抗して、怪我でもさせられるよりはましだと思ったのかも

しれないが、路上なので、裸にして犯されるまで行かなかったのは

何よりだった。影がうごめくたびに、ウグウグと苦しげに咽喉が鳴る音が

部屋の中まで聞こえてくるような気がした。

まるでモノクロの古い映画を見るような淫靡な凌辱のシーンである。

やがて、男は射精したのか、いきなり突き飛ばすように女から離れた。

アッと思うまもなく、片手でズボンをズリ上げて路地の暗闇に走り去って行く。

女はフラフラと立ちあがったが、後を追うでもなく、酷く気落ちした様子で

再び電柱に寄りかかると俯いたまま動かなくなった。

この間、僅か十分足らずの出来事である。

面白ぇ女だ…

二階の窓を閉め、私は衝動的に急いで上着を引っ掛けるとアパートの

階段を降りた。

街灯の道は、アパートの玄関からちょうど反対側にあたる。私道を抜けて

四つ角に出ると、そこが問題の場所であった。

女は相変わらず電柱に寄りかかって動こうとしていない。

偶然通りかかった通行人といった感じで、私は無造作に女の傍に寄った。

「おばさん、何やっているの?」

「………」

女はぼんやりと顔を上げたが、覗きこんでみると、強引に咽喉を突かれて

精液を呑まされたせいか、眼の周りが充血して少し潤んでいるように見えた。

「この辺は危ねぇんだ。痴漢が出るぜ」

「えぇ…」

いま姦られたばかりの女に残酷な突込みを入れると、見られていたとも知らず、

女は頬に諦めたような微かな笑みを浮かべた。

「ありがと、気をつけるわ」

「おばさん、遊べるのかい?」

女はちょっと意外そうな顔をしたが、すぐに気を取り直してはにかむように言った。

「私なんかで良かったら、良いけど…」

「名前は、何ていうんだ」

「アンナです」

「ゲーセン(五千円)だ。一晩いいな」

「はい」

どうせ本名ではあるまいが、交渉はこれで成立である。

当時の五千円は、淫売宿の娼婦が一晩買える肉体の代価だった。

「ドヤ代は要らねぇから俺んちにこい。すぐそこだ」

そのころ盛り場に住んでいるのは、闇屋かポン引きなど、女で食っている

類いの人種である。だが現在のヤクザとは根本的に違っていた。

部屋が近くだと聞いて、アンナはかえって安心したようであった。

いま来た道をたどってアパートの二階に上がる。部屋に入ると、

アンナは入口のところに立ったまま呟くように言った。

「いいお部屋ですね。お兄さん、うらやましいわ」

「いいから入れ。押入れに布団があるから、自分で敷きな」

「はい」

窓の下に街灯があることには気がついていない。

アンナは言われるとうり押入れから布団を出して部屋の真ん中に敷いた。

「これで良いのかしら」

「うむ」

あらためて明るいところで顔を見ると、義理にも美人とは言えない。

年は恐らく四十才を越えているし、栄養失調ではないかと思うほど痩せて、

頬骨が高く、肉の落ちた細い脚をしていた。

連れ込んでは見たものの、先刻まで活きの良い若い女を抱いていたせいもあって、

私はとたんに食欲が減退した。

女には見向きもせずねさっさと服を脱いで布団に仰向けになる。

見知らぬ男に犯されたばかりの女だと思うと、これ以上弄んでみても

甲斐があるまい。

私が誘いをかけないので、アンナは取りつくシマもなく寝ている足もとに

正座して俯いていた。どのくらい経ったのか、ウトウトとしかけていると、

女の手が遠慮がちに布団の縁を這って、そっと男根を握った。

黙っていると、掌に包んで軽くシメタリ緩めたり、しごくように上下に動かす。

「何やってるんだ」

「だって、このままじゃ悪いから…」

「いいよ、疲れてるんだろ。眠くなったら横に来て勝手に寝ろ」

いくら触っても勃起してこないことが判ると、アンナは男根を指で摘んで

身体の重みをかけないように注意しながら、真上からそっと亀頭に

唇を寄せた。




三、街の行き倒れ


ナマ暖かい口のぬくみが伝わってくる。舌を動かすので、亀頭の周りを

しゃぶられるとジンジンと気味悪い刺激があった。

ついさっき男の精液を呑まされたばかりなのに、こうまでして稼がなければ

ならない女の身の上が憐れだった。

黙って舐めさせていると、眼の裏に先刻の場面がチラチラと浮んでは消えた。

「おばさん、この商売、いつごろから始めたんだ」

「ひと月と、ちょっと…」

だったら、まだいくらも男に抱かれてはいない。嘘か本当かわからないが、

当時は女の数が多かったせいもあって、売春と言うのは意外に効率の悪い

商売であった。

それでもようやく半立ちになって、口の中でボリュームが増してくると、

アンナは男根を咥えたままポケットからコンドームを出してゴソゴソと

封を切った。

「お兄さん、これ使ってくださいね。私、病気をうつすと悪いから…」

「おい、どうしてもヤラせる気か」

「遊んでくださいよ、せっかくお金をいただいているんですから…」

娼婦にしてはどこか素人くさい。お人好しで、妙に義理堅いところのある

女である。

「よし判った。ここに寝ろ」

ムクリと身体を起こして、アンナと場所を交代する。

今更のように恥ずかしそうな顔をするのを布団に仰向けにして、

服を脱がせてみると、薄い胸に肋骨がわずかに透けて見えた。

乳房にもほとんど肉がついていない。大きくて黒い乳首が、まるで

異物のように垂れてぶら下がっていた。

「おまんこを見せてみな」

腹が凹んでいるので、恥骨が不自然に突き出している。その上に、

黒くて太めの陰毛がわさわさと集まって塊りになっていた。

土手を開いてみると、別に濡れているといった様子もなく、少し変色した

肉ベラがベタリと内側に貼りついて、微かな淫臭が漂ってきた。

道具として決して上等なほうではないし、萎れかけた花びらのような

感じである。

えい、構うものか…

これまで若い女ばかりを扱ってきたが、何ごとも経験のうちだ。

コンドームの上からタップリとツバを塗って、痩せた太腿を担ぎ上げると

私は容赦なく腰を入れた。

「アッフン…」

周りの肉を巻き込んだのか、その瞬間アンナはちょっと眉を寄せたが、

何とか受け入れようとしていっぱいに脚をひらく。

それでも五・六回抜き差ししているうちに、ヌメリが滲み出してきて

動きが楽になった。

「どうだい、少しは感じるのか」

「あふぅ、あふッ」

こいつ、感度は悪くねぇな…

苦しげに肩で息をしながら、男根が奥を突く度に全身でのけ反る。

「お、お兄さん、ちょっと休んで…」

「馬鹿言うんじゃねぇ、これからが快くなるところだ」

「あひぃ、うッうむ…ッ」

とたんにアンナは軽くイッてしまったらしい。歯を食いしばって、

激しく首を左右に振った。

こちらは一時間ほど前に射精してきたばかりなので、持久力は

十分にある。女がもがけばもがくほど冷静になって、私はあれこれと

責め方を変えた。

「あぁもうッ、た、助けて…」

この女のどこにこんな快感が潜んでいるのか、一度イキはじめると、

男が射精しない限り納まることがないのが女の肉体の不思議である。

「いいか、そろそろイクぜ」

「あッ、あッ、あぁぁ…」

私が残った精液をコンドームの中に吐くまで、それからおよそ

三十分以上かかった。

「そんなに感じていたんじゃ商売にならねぇだろう。おばさん、身が持たんぜ」

「すみません、わ、私、まだ慣れていないから…」

笑いながら身体を放して男根から剥がしたコンドームを抛ってやると、

アンナはまだゼイゼイと咽喉を鳴らして起き上がる気力がなかった。

面白い経験をした、とその場はそれで終わったのだが、それから

一週間ほど経ってからのことだ。相変わらず夜遅くなって部屋に

戻ってみると、何となく外の道が騒がしい。

窓を開けてみると、制服の警官が二人、それに刑事らしいのと近所の


野次馬が七・八人群れてザワついている。

「行き倒れだってよ」

「なんで、こんなところで…」

そんな声が途切れ途切れに聞こえた。確認したわけではないが、それきり

アンナが現れなくなったのも事実である。





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