襖ごしの情事
一、 襖ごしの情事
今では夢のような話なのだが、終戦後2・3年、都会に憧れて出稼ぎに来る
人間の数が激増して、そのころの住宅難と言ったら酷いものであった。
疎開先から戻っても我が家は焼けているし、マンションなどもちろんまだ
建っていない。
見つかる住居と言えば、焼け跡に建ったバラック同然のハモニカ長屋か、
焼け残った古い家の間貸しがほとんどである。私はその二つとも経験したが、
当時住んでいたのは、中野区哲学堂の近くにある細野と言う質屋の二階だった。
質屋だから家の造りは頑丈で、押せば揺れそうなバラックアパートより、
よほど上等である。
今どき、質屋が見知らぬ他人に部屋を貸すなど考えられないことだが、
インフレで生活はやはり苦しかったのだろう。
暖簾がかかっている店の横から、通用口をあがると二階には廊下があって、
六畳が二つ並んでいる。仕切りは襖一枚を隔てただけだが、それぞれ独立した
部屋として間借り人が住みついていた。
私が借りたのは奥の六畳で、床の間もついていたが以前は来客用に
使っていたらしい。
便所は大家と共同、炊事は外食で、そのころの貸間スタイルと言えば
だいたいこんなものだったのである。
隣りの部屋には、関西から出て来たというワリと品の良い女が住んでいた。
名前は島田妙子、顔を見れば挨拶をする程度だったが、ときどき若い男が
泊りに来る。本人は弟だと言い訳していたが、そうでないことはすぐに判った。
どう見ても女のほうが年上で、三十才はとっくに超えている。
男は若いツバメか学生なのか、要するに世間にはあまり知られたくない
関係なのである。
いくら隠したくても、お互いの会話は襖を隔てて筒抜けだから、プライバシーなど
あったものではなかった。
「しぃッ…」夜の八時過ぎ、それまで物音がしなかった隣りの部屋で、
不意に押し殺したようなかすれた女の声が聞こえた。
「静かにしてよ。ね、ね」
「うん、むふふ…」
男が低い声で何か言った。
「………」
こっちは独り身だから、自然に聞き耳を立てる。電気は消しているのだが、
薄い布団の上でゴソッ、ゴソッと身体が触れ合う気配が伝わってきた。
そしてまたしばらくの間、シンとして何も聞こえなくなった。
フフッ、ススッ…、フフフッ…
やがて、妙子が咽喉で息を吸い込む微かな空気の乱れが伝わってきた。
始まったな…
身体を起こして襖に耳を当てると、ピチャッ、ヌチャッと何かを掻きまわすような
粘り気の強い音が途切れ途切れに聞こえた。
ヤッてやがる…
たったそれだけの音だが、普段とり澄ました顔で姉弟を演じている女の
様子を想像すると、私は奇妙に倒錯した嫉妬を感じた。
裸になっているのか、どんな格好で股を広げているのかも判らない。
卑猥な言葉を交わすでもなく、おそらく態位を変えるのもままならずに
絡み合っているのであろう。
それでもイクときには変化が現れるのではないかと耳を澄ましてみたが、
ヌチャクチャという音のリズムが少し速くなった程度で、妙子は最後まで
声を噛み殺していた。
襖の間にどこか隙間でもないかと思って探してみたが、電気は消しているし、
部屋の中を窺う方法はなかった。
ちぇっ、そんなに恥かしいのかよ…
こっちも中途半端な気分で、その晩はそれで終ってしまったのだが、
翌朝目が覚めてみると男はもういなかった。
昨夜のことなど何もなかったと言った様子で、女が洗濯物を干している。
「お姉さん、いいお天気になったね」
「あ、おはようございます」
「弟さんは、もう帰ったのかい」
「えぇ、仕事があるものですから…」
「弟の分まで洗濯してやるんじゃ、お姉さんも大変だな」
妙子は動揺を示す様子もなく、かすかに笑って見せた。
性欲の匂いを必死に隠して生きていると言ったタイプの女である。
その身体が、昨夜はさぞかしタップリと精液を吸い込んだろうにと思うと、
奇妙に犯してやりたい衝動を感じる。
少し太めの腰の周りが艶めかしく、朝の光がまぶしかった。私が、そのころ
玩具にしていたエリ子という女をこの部屋に連れ込んだのは、それから
三日ほど経ってからのことである。
二、メスの啼く声
大学生とは名ばかりで、その頃の私は新宿の闇市で店を3軒まかされて
いたので資金は豊富だったし、女に不自由していると言うわけでもなかった。
ときどき学校に行っては、まだ数が少なかった女子学生をヒッカケて遊びに
誘う。エリ子もそんな仲間の一人だった。気の良い娘で、闇市で銀シャリを
食わせてやると、お礼のつもりなのか、どんなことでも言うことを聞いた。
こちらも若いから、セックスは毎日でも良い。
たいていは店の片隅か近くの焼けビルの蔭で用を足すことになるのだが、
言わば手軽で便利な排泄用の女である。初めて部屋に誘われて、エリ子は
ちょっと意外そうな顔をしたが、本人は恋人気分で愛されていると思っているから
何の抵抗もなくついて来た。
「へぇ、良いお部屋だわねェ」
中に入ると、エリ子は感心したようにきょろきょろと辺りを見回しながら言った。
「素敵じゃない。わたし、こんなお部屋に住んでみたかったのよ」
「冗談じゃねェ、同棲さしてやるなんて言っちゃいねぇよ」
ぶっきらぼうに答えて、無造作に女の上着に手をかける。
「さっさと脱げよ。俺は女が抱ければそれで良いんだ」
「えッ、ウン」
こんな扱いにはエリ子も慣れていた。逢えば食事をご馳走になったお礼を
身体で返すのが、何時の間にか習慣になっている。
手早く洋服を脱ぐと粗末な貧しい下着である。エリ子はそれを見られるのが
恥ずかしいのか、くるくると丸めてためらいもなく全裸になった。
「布団なんか敷かなくてもいいや。そこに寝ろ」
「あぁ、で、でも、枕貸して」
押入れから枕を出して放ってやると、エリ子はしがみ付くように両手で
抱えてうつ伏せになった。
「おめぇ、わりといい身体してんな」
タタミの上に、直接裸で転がっている女を見下ろすと、肌が小麦色で、
盛り上った尻の肉から流れるように伸びる太腿の線がひどく卑猥だった。
「股を広げてみな、そんなんじゃおまんこが見えねぇよ」
「いやァ、恥かしいぃ」
「言うとうりにしろっ、それじゃ手伝ってやる」
「ひぇぇ…」
片方の足首を踏みつけておいて、もう一方の脚を掴んで思いきり
持ち上げると、エリ子は軽い悲鳴を上げて下半身を捩じった。
「どッ、どうすんのよぅ」
「好いから、こっちへ来い」
股裂きのまま引きずって床の間の柱に括りつけると、脚の付け根に内臓を
露出したように割れた肉の色がナマナマしい。
立ちあがって、私はゆっくりとズボンを脱いだ。そのとき、隣りとの境の襖を
3センチほど開けたのだが、エリ子はもちろん気がつく筈もなかった。
「よぅし、これで可愛がってやるから、イケるだけイッてみな」
電灯を点けると、内側からハミ出している肉ベラまで見えるようになった。
外はまだ明るかったが、まもなく隣室の女が戻ってくる時間である。
「あぁ快いッ、あぁ快い…ッ」
いつもならほんのチョンの間で、腰を抱えて精液を吐けば終ってしまうのだが、
時間はタップリとあった。エリ子にとってもそれまでになく刺激的だったようで、
素肌に汗をベットリと滲ませながら悶え狂った。
「快いのッ、快いのよォ、もっとヤッてぇ」
気がつくと、少し開けておいた筈の襖が、何時の間にかピッタリと締まっている。
隣りの妙子が戻ってきて、慌てて閉めたのに違いなかった。
と言っても声は筒抜けである。
「アイクッ、イクうぅ…」
結び目が緩んで宙吊り状態は解消されていたが、床の間に尻餅を
ついたような格好で、エリ子は何回目かの絶頂に達しようとしていた。
「ちぇっ、またイクのかよ。キリがねぇな」
「うゥゥむッ」
こちらの持久力もそろそろ限界である。だが、ここで出してしまったのでは
何もならない。エリ子が痙攣を始めた瞬間、私は女を突き飛ばすように
挿入していた男根を抜いた。
「アァァ、い、いやァ…」
それに構わず身体の向きを変えると、とっさに脚の爪先を使って、
蹴るように境の襖を開けた。
三、嫉妬の報酬
「………!」
半ば予期していたことだが、襖から三十センチも離れていないところに、
まるで人形のように、妙子が立ち竦んでいた。
あまりにも突然に開けられたので身をかわす余裕もなかったのであろう。
それに気がついたのか、一瞬の間を置いてエリ子がヒィーッと甲高い悲鳴を
上げた。
「お姉さん、やっぱりそこにいたのかい」
「………」
呆然として言葉も出ない。妙子は顔がこわばって、口もとが引きつったように
小刻みに震えていた。
「ちゃんと開けておいてやったのに、何で閉めたんだよ」
「………」
「コソコソしやがって、あんまり格好つけるんじゃねぇっ」
妙子は二・三歩後ずさりしたが、ほとんど抵抗力を失っているようであった。
他人のセックスを覗こうとしていた尻尾を掴まれたと言うのは、気の弱い
三十女にとって決定的な弱点と言って良い。
「お姉さん、それとも、一緒に仲間に入りたいのかい」
肩に手をかけると、妙子はクタクタと腰が抜けたようにその場に蹲ってしまった。
「ほう、舐めたいのか」
「ユ、許して、何もしないで…」
「何もしちゃいねぇよ。あんたが勝手に舐めたがっているんだ」
斜めに硬直して天井を向いている奴を突きつけると、指先に髪の毛を
からめて引き寄せる。妙子は反射的にイヤイヤをしたが、唇をこじ開けるように
こすり付けると否応無しに捩じり込んだ。
「悪いな。あっちの女に入れた後だから少し匂うぜ」
「むぐぅ、ぐふぐふ…ッ」
それでも噛み付いたりしないのは、男を知った中年女の哀しい習性であろう。
振り向くと、エリ子が呆気に取られたように股を広げたままこちらを凝視していた。
「馬鹿、見世物じゃねぇ」
後ろ手に手荒く襖を閉める。ここまでやってしまえば、あとは女をどう扱おうと
思いのままである。
「もう好いだろう。いい加減で白状したらどうなんだ」
赤の他人のはずなのに、あの晩のことを思い出すとムラムラと嫉妬に似た
気持ちが込み上げてくるのが不思議だった。
「あんた、こうなってもまだ弟とヤルつもりなのかい」
「チ、違う。そんなんじや…」
「それじゃ恋人なのかよ。毎晩聞かせやがって、えぇっ、どうなんだ」
「あ、あの人とは何でもないの。ほ、本当ですッ」
「だったら俺にも犯らせろ。あんた、本当は男が欲しくて仕様がねぇんだろ」
「あぁいや、そんな…」
だが射精寸前まで昂まっていた性欲に、これ以上のハケ口はなかった。
理不尽だろうがゴリ押しだろうが、行くところまで行かなければ収まりが
つかない。
「マ、待って、乱暴しないで…」
逃げ切れないと観念したのか、そのとき急に妙子が自分からスカートを
捲り上げるような仕種を見せた。
「酷いことしないで、お願いだから」
身体で済むことなら済ましてしまおうとする、女が自然に身につけた計算
であろう。このへんが、エリ子のような若い娘とは違うのである。