一、 痴姦の論理
痴漢の目的はレイプとは違う。挿入まで出来れば何よりだが、
決してそこまで狙っているわけではないのだ。
好奇心というか、未知への憧れというか、名前も知らない女のナマ肌を
いじくり回し、発情させて微妙な反応を楽しんでこそ痴漢の本当の
意味がある。
この日の収穫は思ったより多く、たまたま隣りにきた二人の女を同時に
抱え込んでものにすることが出来た。
混雑している一階の立ち見席から、最上階のいわゆる天井桟敷に
連れて行くことに成功したまでは良かったのだが、意外に積極的だった
女の後ろから挿入して、堪えようもなく射精してしまったことに私は
無性に腹が立った。
せっかく上質の獲物が罠にかかつていると言うのに、これでは時間を
かけて弄ぶ楽しみも薄れてしまう。
「座れ。騒ぐんじゃねぇぞ」
低い声で、すぐ横で立ちすくんでいる女に脅しをかける。
射精した直後で一時的に男根が萎えていることを知られたくなかった。
抱いていたほうの女を放して、三階の最上段の席に押し込めるように
女を座らせると、私はズボンの前をはだけたまま、並んで腰を下ろした。
あらためてあたりを見回すと、少し離れた席に混雑を避けて上がって
きたまばらな人影があったが、誰もこちらに気がついている様子はなかった。
ここは一階に比べてガラガラに空いているかわりに、目の下にスクリーンが
菱形に歪んでいる。隣りの席で映画を見る気力も失っている女を睨みつけて、
私は強引にスカートの中に腕を入れた。
はじめに触ったのは、先刻太腿の半分くらいまでズリ下ろした厚手の
パンティである。女はそれを元に戻すことも出来ず、先刻一階で
脱がされかけたままにしているのだった。
「全部脱げよ、言うことを聞かないと酷いぜ」
「ふぅん、ふぅッ」
女は怯えて声が出ない。僅かにすすり泣くように息を吐いた。
見たところ三十歳を過ぎた感じの年増にしては純情である。
かまうものかゴムに指をかけて力まかせに引っ張るのだが、
狭い椅子に並んで腰掛けた姿勢では簡単に脱がすことが出来ない。
位置を変え、無理やり足を伸ばして、ようやく毟り取ることができたが、
そのころ貴重品だったナイロンのストッキングが絡み付いて、
足首から抜いた拍子に一緒に靴が脱げて前の座席の下あたりに
飛んでしまった。
「ア嫌」
女があわてて前屈みになったところを胸元に腕を入れて、ブラジャーを
肩から外した。
「靴、靴かえして」
「あとで拾ってやるよ。静かにしろ」
ブラウスの前をはだけているので、作業は楽であった。
ベッドで抱くのとは全然違う軟らかい乳房の手触りがたまらなく肉感的で、
先端に丸みを帯びた乳首を摘んで捏ねると、強すぎて痛かったのか、
女はヒッと咽喉を鳴らして身体を硬直させた。このあたり、痴漢の
醍醐味である。
「騒ぐんじゃねぇ。ちゃんと前向いて映画を見てろ」
小声で耳もとに脅しを吹き込む。女は身動きもせず、小刻みに荒い吐息を
吐いた。
コートで覆われてはいるが、内部は服が乱れて目茶目茶である。
布地を捲ってみると、映画館の暗闇に露出した白い肌が臍の下あたりまで
うすぼんやりと浮かんで見えた。
艶めかしいというより、罠にかかった獲物の肉を確かめてみるような印象である。
狭い椅子の背に身体を折り曲げて固くなっている女の膝の間に手を入れると、
強引に左右に開くと、とたんに湿り気を帯びた空気が立ち昇って微かな
淫臭が鼻をついた。
こんな時でも女は濡れるものなのだろうか、柔らかい股の真ん中に
指を潜らせるとヌルヌルと動きは滑らかだった。
腰を引いているのと姿勢が窮屈なので、指はそれ以上奥へは行かなかったが、
クリトリスを掻きあげると、異様な刺激に身体が自然に反応して、その度に
ヒクヒクと腹の筋肉が波を打つ。
「何だよ、興奮しているじゃねぇか。おめぇ本当は好きなんだな」
「ひッ、ひくッ」
そのときふと気がついたことだが、いつのまにか、隣りにいたもう一人の
女の姿が消えていた。
ちぇっ、逃げやがったな
ちょっと惜しい気もしたが、顔も名も判らない女で、犬と交わるように
射精した相手である。いまさら未練を持っても始まらないことであった。
二、後追い狼
こうなったら、コートの中でほとんど裸にされて、椅子から立てなくなって
いる女をいたぶるしかなかった。
私は靴が脱げて裸足になった女の脚を、強引に前の椅子の背もたれの
上に乗せた。
「ダッ誰か来るから」
女が震え声で抗議しようとしたが、そうなったらその時のことだ。
そんなものに構っている余裕はなかった。無造作に腕を入れると、
陰毛はかなり濃いほうで、動かすと指にうるさく絡みついてくる。
蒸れたような淫臭のもとはここから発生しているのだった。
「心配すんな、誰も来やしねぇよ」
有無を言わさず、おりものの混じったような粘り気を内股に塗り広げながら、
未知の女の感触を楽しむ。やがて、女の息使いが不自然に荒くなった。
「や、やめて、よして、嫌よゥ」
こいつ、犯されることより、それを誰かに発見されることのほうが
恥ずかしいのだ。いくら暗闇といっても、ここは間違いなく公共の
場所なのである。
真剣に抵抗されればこちらのほうが危険なのだが、女の言葉の奥には、
どこかでこの凌辱を受け入れているような響きがあった。
「あッ、ふぅんッ」
暗闇からニュッと突き出した白い太股が、奇妙に動物的でナマナマしい。
「あひッ、あひぃッ」
「快いのかよ。もっと快がらせてやろうか」
「よしてッ、も、もう」
容赦なくクリトリスを嬲ると、全身の筋肉がヒクヒクと痙攣する。
この感触は、痴漢に成功したものでなければ判らない快感である。
萎えていた男根が見る見るうちに復活してくるのが自分でもわかった。
「よぅし、おまんこをこっちに向けろ」
「いやぁ、いやぁよゥ。ひぃッ」
ダンボールの箱に詰め込まれたような狭いスペースで、無理やり脚を
広げた女の股間を覗いてみたが、奥は暗くてどんな状態になっているのか
よく判らなかった。
だがこうなれば、もう馴れ合いである。試しに太くなった男根を握らせてみると、
女はそこしか掴まるところがないような勢いで握り締めたまま離そうとしない。
前の女のヌメリが付着したままなので、締めるたびにグニュグニュと
表皮が動いた。
女が奇妙な欲情の虜になっていることが判ると、私はますます大胆になった。
振り向くと、目の下のスクリーンが、そろそろ映画のクライマックスを
迎えようとしているところだった。
画面は暗いが、かなりのボリュームで音楽が鳴っているので、
少しくらい声を上げても離れた席にいる観客に聞こえる心配はなかった。
「声を出すんじゃねぇ、騒ぐとバレるぜ」
それでもいちおう脅しをかけておいて、女の脚の間に潜りこむ。
窮屈な姿勢で何とかハメて見ようと思ったのだが、これは無理であった。
前の椅子との間隔が狭くて、自由に動くことが出来ない。
その上女の腰が沈んでいるので、持ち上げるだけでも容易な
ことではなかった。
「い、痛い。カンニンしてぇ」
「ちぇっ、下手糞だな」
あれこれやっているうちに、せっかく復活した男根が再び萎みはじめている。
どっちが下手なのか棚に上げて、私はイライラと女の髪を掴んだ。
「立てよ、こっちに来い」
「えッ、く、靴」
「いいから早くしろ。お前だってヤリてぇんだろ」
こうなったら、どこか場所を変えるしかあるまい。
あるいは先刻のように、立ったまま後ろからハメるのでも良かった。
若い性欲は、行くところまで行かなければ収まりがつかない。
席を立って女を通路に引きずり出そうとしたときであった。
ん?
私はふと、思いがけない女のすすり泣くような声を聞いた。あわてて
あたりを見回してみたが、近くに人の気配はなかった。
あいつだ!
それは直感である。
私が痴漢しているのを知って近づいてきて、積極的に挿入を求めてきた女。
簡単にイッてしまった後、どこかに消えたと思っていたのだったが、
まだ近くにいたのだ。それどころか、恐らくこれも痴漢なのだろうが、
女の後を尾行けてきて、用の済んだところをもう一度捕らえて
イタズラしている奴がいる。
他に観客が出入りした形跡がない以上、そう考えるしかないのだ。
今までは自分のことで夢中になっていたのだったが、思わぬ展開に
私は呆然となった。
三、淫欲の影絵
お互いに見知らぬ仲であっても、映画館の痴漢には一種の仲間意識というか、
連帯感のようなものがあった。
痴漢同士でモメごとを起こして、せっかくの猟場を失いたくないという
自衛本能である。
先客がついている女には、後からきた痴漢は決して手を出すことはしないし、
女がどれほどメロメロにされていても、見て見ぬふりをするのが
エチケットである。
ましてこの場合は私が先に手をつけて、射精までして手放した女を
捕まえたのだから、文句をつける筋合いはなかった。
むしろ私が気づかないのに、ここまで尾行て来れたのは見上げた
腕前である。
どこにいるんだ?
おぼろな闇を透かして、注意深くあたりを捜してみたが、それらしく
動いているものはなかった。そのとき、またすぐ足もとから、うぅぅぅ、と
女が呻く声が聞こえた。
えっ通路から身を乗り出してみると、最上段の椅子席のすぐ後ろ、
つまり私が二人目の女を弄んでいた背中合わせになった場所に、
黒い影のような固まりがあった。
そこは立ち見席の観客が前に倒れないように太い鉄柵が嵌めてあって、
私が最初の女を押し付けて後ろから犯したところである。
椅子席との距離にすれば、ほんの30センチくらいしか離れていない。
黒い影のように見えるのは、男がオーバーのようなものを頭から
かぶっている為であった。暗がりに馴れた眼で見ると、反対側に
女の白い脚らしいものが2本伸びて宙に浮かんでいた。
「しいっ」
こっちの女が、ようやく脱がされた靴を捜して立ちあがろうとしたのを制して、
私はもう一度椅子に腰を下ろした。
それから背もたれに顎を乗せて、眼の下を透かしてみる。
「ひゅぅぅ、ふぁッ、ふぁッ」
どうして今まで気づかなかったのか、男が腰を動かすたびに、はみ出した
女の脚が微かにゆれる。映画館の冷たいコンクリートの床の上で、
それは明らかにハメられて弄ばれている状態を示していた。
よくやるよなぁ
同じ痴漢に、私は不思議な感動に似た気持ちを感じた。あの女はいったい
何者なのか、抱き合っている二人も互いに顔も名前も知らない筈なのである。
やがて、黒い塊のの動きが次第に速くなった。
「どうしたの」
私が手を出さなくなったので、そそくさと身繕いを整えた女が怪訝そうな
顔を寄せた。別に怒っている様子もなかった。
どちらかと言えば、もう恋人気取りである。
「ねぇ、何かあったの?」
黙って眼で下を見ろと教えてやると、覗き込んだ女が、しばらく間を置いてから
「ひぇぇッ」
と息を引いた。夢中で何か言いそうになったので、口を抑えてそのまま
頭をズボンの股間にこすり付ける。
「舐めろ、お前にゃ目の毒だ」
「うっぐゥ」
狭い椅子の間にしゃがみこんで呼吸が苦しいのか、女はときどきブハッと
大きな息を吐いた。その音が、1メートルと離れていない床の女に
聞こえない筈はなかった。
「しっかりやれっ、もっと舌を使わなくちゃだめだ」
「げほ、げほッ、ぷはぁ」
下にいる女に、こっちも負けずにやっているぞと言うことを知らせて
やりたかった。快感は上昇しているのだが、2回目の射精は
なかなか始まろうとしない。私は後頭部を乱暴に押さえつけて、
男根を咽喉の奥までねじ込むように腰をまわした。
そのとき、場内に流れていた音楽がひときわ高くなった。
「よしイクぜ。ぜんぶ飲めよ」
全身の血がカッと熱くなって、女の口の中に精液をしたたかに注ぎ込んだのと、
映画が終って場内が明るくなったのがほとんど同時である。
三階にいた客が立ちあがって、最上段にある出口の扉に向かって
近づいてくる。私はシートに突っ伏している女を放して、慌ててズボンの
ファスナーを上げた。
あいつらは?すぐ下を見て、私はまた狐につままれたような気持ちに
なった。つい先刻まで黒い塊になって絡み合っていた二人の姿が、
いつのまにか消えている。
見ると精液とわかる白く濁った滴が点々と落ちていた。
あのとき間違いなく、男が射精寸前になっていたことは確かなのである。
やっぱり、やりやがったんだどうやって女を逃がしたのか、まるで
忍者のような痴漢の早業であった。