焼け跡の娼婦たち
一、娼婦という名の職業
娼婦、つまり売春婦である。もう少し露骨な言葉でいえば淫売…。
人類最古の職業といわれる淫売だが、平成の日本ではほとんど
絶滅してしまったと言って良い。
売春防止法の施行は昭和三十三年である。
かつて遊郭と呼ばれ、戦後は赤線と呼ばれて隆盛を極めた売春宿も、
確実に、しかも根こそぎ消滅してしまった。
直接の血を引くシステムは特殊浴場だが、これとてもソープランドという
社会に認知された呼び方で、パチンコ屋とあまり変わらない気安さで
一般化している。僅かにそれらしい雰囲気を残しているデートクラブも、
働いているのはごくフツーの女の子、人妻から女子高校生まで多種多様である。
彼女たちに言わせると
「ちょっとお小遣いが欲しいから…」
職業を聞けば臆面もなく
「パートで働いています」
「私フリーターです」
などとおっしゃる。そして実は、ここがかつての売春婦とは基本的に
違う点なのである。
セックスの自由化、と言ってしまえばそれまでだが、今時の若い女は
婚前性交はあたりまえ、人妻になっても、気が向けば何時でもどこでも
肉体を提供してくれる。
厳然として存在していたシロウトと商売女の区別も、いつの間にか
曖昧になってしまった。自由恋愛と言う名のもとに、すべての女たちが
セックスの対象となる。まことに有り難い世の中になったものだ。
当時の売春婦は、生活そのものが束縛され厳重に管理されていた。
肉体を売るというのは、客にではなく、実はその管理者に対して一切の
人権とプライバシーを売り渡してしまうことだったのである。
彼女たちは例外なく多額の借金を背負っていたし、人間ではなく、
肉体に快楽の道具を持っている一種の商品であった。
犬のように犯され、品物のように弄ばれても、チョンの間で三百円、
泊り千円程度の報酬のためには我慢しなければならない。
終戦直後の混乱期、真っ先に復興したのが闇市と、こうした女たちを
抱えた淫売窟である。
戦争に男を奪われて、自分の性器をさし出すしか生きるすべのなかった
女たちが辿った道は、最近取り沙汰されている従軍慰安婦の問題とは別に、
戦後の日本が抱えた重苦しい恥部であった。
だが、このことで訴えを起こした日本の女は一人もいない。それは
若者たちが特攻隊という名の無条件の死を宣告されて、何の抵抗もなく
無駄に命を失っていったのと同次元の不条理である。
私は、そのころ青春の真っただ中にいた。
さいわい戦争に駆り出されることは免れたものの、治安や教育の権威が
極端に地に堕ちた時代、目の前にあったのは、奔放な性欲と荒廃した
世相である。
金さえあればセックスに無抵抗な女は手当たり次第に手に入った。
これは、その当時出会った女たちとの淫靡な追憶の物語である。
二、日替わりの女
今では見かけなくなったが、板壁で軒が低く、全体が燻った色で、
いまにも倒れそうな感じの平屋である。
錦糸町の闇市に近く、奇跡的に焼け残った一角にその家はあった。
街灯がまだ整備されていないので、夜になるとあたりは真っ暗である。
隣家にも微かな明りが灯っていたが、人の出入りはほとんど判別が
つかなかった。ここがもぐりの淫売宿になっていることは、隣りの住人も
おそらく気がついていなかったに違いない。
玄関の横にある木戸を開けて台所から声をかけると、痩せて背の高い
女が顔を出す。
「新しいの、いるかい」
「ちょっと待ってください」
狐のような顔の女が引っ込むと、入れ違いに奥から亭主らしい40がらみの
男が現れて、無愛想に言った。
「30分くらいかかるけど良いかね」
「いいよ、どんな女だ」
「昨日、口がかかったばっかりだから何とも言えませんがね。いい女だよ」
「まぁいいや、頼む」
男は、そのままそそくさとどこかに出ていってしまった。
部屋に上がると先刻の女房が、ぬるくて色もついていない、それでも
お茶らしいものを持ってくる。
「女は、何人ぐらいいるんだい」
「さぁ、わかりませんねぇ。いつも代ってるから…」
「向こうから頼ってくるの?」
「そういうこともあるし、まぁ、人助けですから…」
狡猾そうに女房は口を濁した。
どこからどうやって連れてくるのか、この家に来るたびに女の顔ぶれが
変わっているのは不思議である。つてをたよってひそかに客を取る
女たちであることは判るのだが、そこから先はこの夫婦の企業秘密だった。
結局小一時間も待たされたあげく、その晩現れたのは、30才を少し越えた
感じのひと眼で人妻と判る女である。
「いい女でしょう。今夜が口あけだよ」
敷居の隅で小さくなっている女を斜めに見下ろしながら、男が自慢そうに
言った。
「いいとこの奥さんだからね、だいじに扱って下さいよ」
そこに布団があるからと女に指図して亭主が引っ込むと、おずおずと
立ち上がって押し入れをあける。引っ張り出した布団を敷く手もとが
小刻みに震えていた。
「この近くなのかい?」
「はい、いえ…」
「名前は…?」
「それは…、か、かんにんして下さい」
「よし、それじゃこっちへ来い」
肩に手を掛けるとビクッと身体を固くしたが、構わず布団に捩じ伏せると、
ひだの多いスカートが捲れて痩せた太腿が宙に踊った。
「アッいやッ、やめて…」
「騒ぐんじゃねぇ、隣りで聞いてるんだぜ」
たしかに、それほど広い家でもないので、近くの部屋でポン引きの夫婦が
黙って終るのを待っているのだ。今思えば考えられない環境だが、
それがかえって欲情を刺激する。
強引にハメた感触は可もなく不可もなし、育ちの良い主婦の最後の
手段だったのだろうが、わずか30分程の刹那の享楽であった。
三、瓦礫ベッドの少女
今でいうアルバイトだが、そのころ私は新宿の闇市で進駐軍放出の
雑貨類を売っていて資金は潤沢であった。
闇市にはさまざまな物資が溢れていたし、どこからともなく得体の知れない
人間が流れ込んでくる。現在の隆盛を極める新宿副都心の原形である。
その一角にある屋台みたいなにわか普請の食堂で飯を食っていた
ときのことだ。すぐ横に腰掛けていた女の子が、私の手もとを見つめながら、
聞こえないほどの小さな声で言った。
「わたしにも、頂戴…」
秋も終りだというのに、ブラウス一枚でひと目で浮浪児と分かる少女である。
「腹へってんのか」
「………」
「金もっていねぇんだろ。タダで座ってると怒鳴られるぜ」
少女は哀しそうな目で私を見たが、それ以上は何も言わない。
こうした場所に紛れ込んで食べ物をねだる浮浪児は跡を絶たなかったが、
たいていは店の男につまみ出されてしまうのである。
「お前、いくつだ」
「十四…」
「おまんこ出来るのかよ」
「………」
「よし、ヤラせれば食わしてやるよ」
少女は、微かにうなづいて見せた。最近のコギャル・マゴギャルと違って、
まだ子供である。
与えたのは麦飯にメリケン粉の団子を混ぜたスイトンとも雑炊ともつかない
ものだが、丼一杯食べても少女は腹がいっぱいになったというわけではなかろう。
逃がさないように手を引いて外に出ると、焼け跡を整理してない空きビルが
あちこちにあった。大体の様子は分かっているので、焼けビルの裏に
まわると、うずたかく積まれた瓦礫の山である。
陰になっている所に、誰かが犯された跡なのか、それとも街娼が青カンの
場所にでも使っているのか、瓦礫を除けて焼けトタンを敷いた
小さな凹みがあった。
「おい、早く寝ろ」
背中を押すと、つんのめった拍子にガラガラとトタンが異様な音を立てる。
いつもこの方法で僅かな食べ物にありついているのだろうが、少女は
逃げられないと観念したのか、おとなしくトタンの上に横になった。
だが動く度にガラガラと音がするし、膝をつくにしても、ひどくヤリにくい。
結局引き起こして、立ったままハメてしまったのだが、少女はもう何回も
犯られているらしく、べつに痛がる様子はなかった。その代わりもの凄く臭い。
なにしろ風呂に入っていないのである。
まだ毛も生えていなかった。なかは狭くてキチキチと締まるような
固い感じである。
セックスと言うより犬の仔を犯しているような気持ちだったが、その子とは、
それきり二度と会うこともなかった。