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悪女繚乱






7・偽りは愛の証し




     
一、露見した不貞


その夜、加奈子が車で自宅に帰りついたとき、時計の針はもう10時を

まわっていた。

車を家の少し手前で停めると、ブラウスの汚れとスカートの泥を気にしながら、

加奈子は足が宙に浮いているような感じで歩いた。

夫が、戻っていなければ良い…

ともすれば、フラフラと足が撚れて、歩行がS字型になる。それでも何とか

自宅の前までたどり着いて、加奈子は息を飲んだ。

帰っている…!

奥の部屋に、電気がついていた。10時過ぎているから当然と言えば当然だが、

加奈子は何事も起こらないことを祈った。

これまでにも、危機一髪のことは何回もあったが、不貞妻の機転と幸運で

何とか切り抜けてきた。だが今夜のこの始末では、いくら見え透いた嘘を

言っても隠しようがない。

着替えはできたといっても、髪は崩れ、後ろから犯されたとき神社の床柱に

しがみついた跡が、頬と乳房に不自然な縦のスリ傷になって残っていた。

どうしよう…

玄関の前に立ちすくんで、加奈子は素早く対策を考えてみた。だが今更ここまで

来て、何を考えても無駄であった。後は夫の寛大さと、妻への無関心に縋るしかない。

加奈子は覚悟を決めた。

扉に手をかけると、鍵がかかっている。バッグから合鍵を出して扉を開けると、

家の中はしんとして静まり返っていた。

夫の勝彦は何をやっているのか…

凍りついたような空気の玄関で靴を脱ぎ、片隅に寄せる。そのまま立ち上がって、

加奈子はごく自然に居間の襖を開けた。

「ただ今…、遅くなってご免なさい」

「うむ」

独りで、冷蔵庫のありあわせのもので食事を済ませたらしい夫が、テレビから視線を

逸らさずに声だけで答えた。

帰りが遅れたことにそれほど感情を害している様子でもなく、いつもと同じ鈍感で

寛大な態度である。

乱れた服装に気づかれないようにスッと襖を閉めて、加奈子はキッチンに行き、

バスルームにお湯を張るスイッチを押した。風呂に入ってしまえば、髪の乱れや

身体に付着した汚れは消してしまうことができる。

危うく難を乗り越えた気持ちで、加奈子は浴槽に全身を浸した。

パンティーを穿いて、湯上りのワンピースに着替えてしまえば、普段の平凡な

人妻の加奈子である。

「ご免なさいね、ちょっと用事があって吉祥寺まで行ってきたの。偶然友達に

会って、お茶飲んでお喋りしてきちゃったものだから」

「ふむ、何時に家を出たんだ」

「さぁ、6時ころだったかしら…」

「嘘をつけ、午後からずっといなかったんじゃないのか」

ちょうどテレビにコマーシャルが入ったので、勝彦は妻の顔をまともに

睨みつけるように言った。

「あら、そんなことないわ。だって、友達に会ったのは7時過ぎだもの」

実は・・・、

あの神社の森で出会いサイトの二人組みに犯される前に、加奈子は今日も

ご主人様の徹也と会っていたのだ。いつものことなので、そのことをうっかり

計算に入れていなかったのが失敗だった。

「宅急便の連絡票が二通も入っていたぜ」

「えッ」

「昼間からいなかったんじゃないか。何処に行っていた?」

一瞬絶句して、加奈子は言い訳の言葉を捜した。だがとっさに適当な口実が

浮かんでこないのである。

「あ、ごめんなさい。私ちょっと、昼間は…」

それまで、妻の行動には何の疑念も持たなかった勝彦だが、ようやく

おかしい…、という感覚が芽生えたようだ。そうなると、男の追及は

要を得て執拗であった。

「この間も携帯で連絡を取ったとき、お前は家にいると嘘を言ったな」

「えッそんなことないけど…」

「馬鹿を言え、この家の何処にBGMが流れているんだよ。あのときだって

どうもおかしいと思っていたんだ」

「………」

そういえば確かに、ご主人様とラブホテルで奉仕しているとき、夫から

連絡の電話がかかったことがあった。ご主人様に乳首を摘まれて悲鳴を

上げそうになるのを必死にこらえながら応答したのだったが、近頃の

携帯電話の性能が良いのか、受話器が微かに流れているラブホのBGMの

音を拾っていたのであろう。

「あ、あの時は、友達と喫茶店に…」

「いい加減なことを言うなっ。あの時は頭が痛くて食事を作ってないから、

外でご飯を食べてきてと言ったじゃないか」

女の嘘は、一度綻びるとあとはズルズルと穴が大きくなっていった。



    二、虚構の駆け引き


その夜ひと晩がかりで、勝彦は加奈子を責めた。妻の不貞など、これまで

思ってもいなかったことだから当然である。

だが加奈子にしてみれば、どうしてもご主人様のことだけは話したくない。

そのほかの浮気は、加奈子が自分で蒔いた種だから責めを一身に被れば済む。

たとえ離婚になろうと、ご主人様にだけは責任を負わせたくなかった。

それはご主人様のためというより、どうしても陣内徹也と別れることが

できない加奈子の未練である。どちらを取るか迫られるのだったら、

今ここで夫と別れても良いと加奈子は思った。

だから、弁解するというより、夫の勝彦が愛想をつかして別れ話になっても

構わないといった気持ちですべてを白状してしまったのである。

神社の拝殿の床下で犯されたこと、電車の痴漢に後を追われて自宅の玄関先で

肉体関係を持ったこと、出会い系サイトに電話をかけて浮気したことも

一度や二度ではないことなど・・・。

勝彦にとっては衝撃というより、あまりにも淫らな妻の行状に、開いた口が

ふさがらないといった状況である。

「私だって、悪いと思っているの。あなたには何回謝っても足りないくらい」

珍しく同じベッドで添い寝した形になって、加奈子は甘い声で言った。

「わたし、あなたから離婚すると言われても弁解の余地はないわ。いいから

あなたの自由にして…」

「どうして急に離婚なんて言い出すんだ。好きな男でもいるのか」

「いいえ、そんな人いません。でもぅ、私の身体が…」

「俺だけじゃ満たされないと言うのかい」

「申し訳ありません。以前からこんなじゃなかったんですけど、油断しているとき

手を出されるとつい…」

「ちっ、いまさら離婚なんて言われても、俺の立場を考えてみろ」

嫉妬して暴力沙汰に及ぶような夫ではなかった。それだけに、煮えたぎるような

胸の思いが伝わってきて、加奈子は心から済まないと思った。

そんな思いを込めて、そっと手を勝彦の股間に伸ばす。勝彦も、それを

払いのけようとする意思はないようであった。

グニャリとした感触の柔らかい肉塊を握ってしごいていると、少しずつ筋張って

硬くなってくるのが判る。こうなると、あとは長年狎れ親しんだ夫と妻の

以心伝心である。

「ねぇ、許してくださるの?」

「やっちゃったものを元に戻すわけにはいかねぇだろう。もう二度とやるな」

「はい、あなた…、わたし嬉しいわ」

加奈子にしてみれば、勝彦と離婚することに未練はないが、そのことで

ご主人様に負担をかけることはできないのである。一から出直さなければ

ならない生活や、改めて働かなければ食っていけない現実を考えれば、

このまま女房の座に納まって夫に納得してもらったほうがどれだけ楽か

知れないのだった。

「もうしない、神様に誓っても良いわ」

勝彦の胸に顔をうずめて、明日はどうやってご主人様と連絡を取ろうかと

考えながら、加奈子は舐めるような殊勝な声で言った。

「その代わり、今までよりもっと可愛がって…、でないと私、また病気が

出ちゃう」

「判ったよ、俺も仕事が忙しかったからな」

勝彦が、女房のほうに身体の向きを変えながら言った。家内の浮気がもとで

離婚騒動などと、みっともない家庭事情が会社に知られずに済んだという

だけで、ほっとしたというのが正直なところだった。

「ウフフ、あなたって、弱いようで本当は強いんじゃない…」

お互いに、顔の見えない暗さである。いっぱいに媚を含んだ女の声が聞こえて、

あとは次第に荒くなる息遣いだけ、それもやがて、ウゥゥム…、という女の声で

静かになった。

「待ってて、洗ってきますから」

枕もとのスタンドの電気をつけて、加奈子が部屋を出た。

仰向いて股を広げたまま無言の勝彦…。口元が微かに歪んで、女房が出て行った

あと、誰にともなく、軽侮と嘲笑をこめて呟くように言った。

「ふん、貞操も何もあったもんじゃねぇ。てめぇはただの遊び道具なんだよ」

そのとき加奈子は、トイレでビデの水流を一杯に上げて、体内に入った

勝彦の精液を洗い流そうとしていた。

よかった、ご主人様のことだけはバレずに済んだ…

水流が膣の肉を圧し広げて内部で渦を巻いている。その感触がたまらなく

快いのだ。中指と人差し指を二本揃えて、加奈子は先刻より硬くなった

クリトリスを揉んだ。

あぁイクわ、ご、ご主人様…ァ



   三、遊ばれて幸せ


翌朝…

何事もなかったように、勝彦は会社に出勤して行った。それを玄関で見送る

加奈子は、誰が見ても平凡な家庭の主婦であった。

夫の背中が見えなくなると、加奈子は玄関のドアを締め、鍵をかけて

いつものように携帯電話を開くと、慣れた親指でご主人様の電話番号を

押した。

ル・ル・ル・ル・・・、と10回以上も呼び出し音が鳴って、ようやく

受話器の向こうにぶっきらぼうな声が聞こえた。

「はぁい、誰…?」

「あッ、わたし、私です」

「なんだ、加奈子か?」

「はいッ、ご主人様」

「朝っぱらから、いったいどうしたんだよ。もう発情しているのか」

「はい、もう…、ご主人様の声が聞きたくて」

「けっ、こっちはそれどころじゃねぇんだ。昨夜から徹夜でさぁ」

「どうかしたんですか、お身体でも?」

「そんなんじゃねぇよ、別れ話だ。まったくついていねぇや」

「えぇッ、ではあの、琴江さんと…?」

「男つくりやがってさ、出て行けとぬかしやがんの」

唖然として、加奈子はしばらく次の言葉が出せなかった。琴江というのは

ご主人様と同棲している女の名前なのだが、実際にアパートの部屋代などは

女が支払っており、徹也はいわば居候で養われている身の上である。いつ

出て行けと言われても仕方がないことは本人が一番良く知っている筈で

あった。

無意識に先取特権を認めているのか、加奈子は琴江という女に嫉妬めいた

感情を持ったことはなかった。むしろ徹也の日常の身の回りを世話してくれる

女性として尊重する気持ちが強い。アパートに忍び込んで徹也に抱かれる

ときも、加奈子は自分の存在を琴江に気づかれないように、ずいぶんと

気を使ったものだ。

その琴江が、ご主人様の徹也に別れ話を持ち出してきたと言うことは、

加奈子にとっても決して影響のないことではなかった。

ご主人様に彼女がいないと言うことでホッとする反面、これからどうやって

生活していくつもりなのだろうとひどく気になる。加奈子も一家の主婦だが、

自由になる金はそんなにないのだ。

「とにかくちょっと出て来い。これからのことで話がある」

「はい、じゃこれから?」

「うん、早いほうが良いな」

返事も早々に電話を切ると、加奈子の頭にはもう昨夜の夫への誓いなど

なかった。あわてて身支度を整えると、箪笥の引き出しから預金通帳を

出してバッグに入れた。

そのまま家を出ようとしてハッと気がつく。

そうだ、ご主人様に逢うときはパンティーを穿いていってはいけないのだ。

履きかけた靴を乱暴に脱いで浴室に駆け込む。脱いだパンティーを洗濯機に

放り込むと、加奈子はチラッと鏡を見た。

何故か寝不足の顔が活き活きとして、輝いているように見える。

徹也の身の回りから女の影が消えると、こんなにも張り合いが出るものかと

加奈子は自分でも意外に思えた。

無我夢中で家を飛び出し、加奈子は駅前の銀行で
残高がいくらあるのか、

考える余裕もなく通帳から10万円下ろして、ご主人様のアパートに

たどり着くと、肩で大きく息をして2階の窓を見上げた。

いつもと変わりない、何の変哲もない窓である。軒先に物干し用の紐が

張ってあって、女物のブラウスと靴下がぶら下がっていた。

「私です、いま着きました」

「いねぇよ、上がって来い」

万一琴江が在宅していることを思って携帯で連絡を取ると、屈託のない

徹也の声が返ってきた。

足音を忍ばせるようにして2階への階段を上がる。ドアのノブを回すと

鍵はかかっていなかった。

ご主人様…

徹也は奥の部屋のベッドで毛布をかぶっている。

そっと靴を脱いで、加奈子はより添うようにベットの横に膝をつくと、

手をそっと毛布の中に入れた。

硬く勃起しているわけではないが、張りのあるご主人様の男根に触れると

加奈子はもう身震いするくらいに欲情していた。

「舐めるだけにしろ。昨夜からほとんど寝てないんだ」

気だるい調子で言って、徹也が身体を上に向けた。別れ話で夜を明かした

深刻な雰囲気は少しも感じさせない、あっけらかんとした言い方である。

加奈子は黙って赤黒く脈を打っているような肉棒に頬を寄せた。




 

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