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   一、淫獄の門

有沢梨江が、思い惑ったあげく、とうとう夫以外の男に抱かれようと

決心したのは、その年の秋も深くなった頃のことであった。

昭和23年。東京にはまだあちこちに敗戦の傷跡が色濃く残っていた。

盛り場には復興の兆しが見えはじめていたが、戦争で男を奪われた

女たちの生きる道は、闇の行商か売春婦のほかになかった時代である。

「そうか、どうやらその気になったか?」

赤松大造は、濃い胸毛を見せびらかすように着物の前をはだけて、

口もとに薄い笑いを浮かべた。

「楽な仕事じゃあねえが、ここは一番、頑張ってみるしかあるめえ」

「はい…」

 うつむきがちに、梨江は頷くのがやっとだった。

葛飾区青砥…、当時はまだ畑と町工場と、バラックの住宅が混在していた

東京の場末である。

工場が焼け残ったのが幸いして、有り合わせの材料で作ったフライパンが

飛ぶように売れた。その金で浅草の裏手にもぐりの淫売屋を経営したのが

当たって、大造の手にはあぶく銭がタップリと入った。

「これからは女の時代だ。今のうちに稼げるったけ稼げ!」

大造は、梨江にも店に出て働けというのである。店を取り仕切っている

嫂の勝子の差し金であることはわかっていた。

「お前だって、一発いくらで金になる身体じゃねえか。もったいねえと思わねえかよ」

「考えさせてください。お願い…」

 必死の思いで、梨江は両手をついた。

「うちだって、こう見えてもそんなに楽じゃないのよ。せめて食べるものくらいは

自分で調達して貰わなけりゃねえ」

 かたわらで、勝子が底光りのする眼で梨江を睨みつけている。

「そりゃ、弟の嫁には違いないけどさ。戦死した男に義理だてしてみたって、

はじまらないでしよう?」

「いえ決して、そんなつもりでは…」

戦争で荒んだ心に欲と飢えが絡めば、人間は鬼にもなれば蛇にもなる。

その日から、食事は一日一度の芋粥だけになった。

三月十日の空襲で、ようやく助かったのが不思議なくらい。大造の工場の物置を

借りて何とか今日まで生き延びてきたのだったが、あのとき火の中を

引きずるようにして逃げた娘の香代が、もう13才になる。

夫は生きているのか戦死したのかもさだかではなかった。ラジオは毎日のように

復員のニュースを伝えていたが、待っている人の名前はどこからも聞こえなかった。

一週間思い迷ったのだが、育ち盛りの香代のひもじさを思うと、いても立っても

いられなかった。この家を追い出されたら行き着く先は眼に見えている。

残ったものと言えば、結局、34才になる熟れた女の肉体よりほかになかった

のである。

「よし、決まればそれで良い」

 大造は、上機嫌であぐらをかいた。

「千束の店で働かせてやろう。今夜から店に出ろ」

「えっ、今夜から…?」

「明日だって明後日だって同じことだ。客は毎晩くるんだぞ」

「あの、香代は…」

「お前が稼ぐんだったら、このまま置いといてやる。顔が見たけりゃ

昼間戻ってくれば良い」

「夜は、帰れないんですか」

「ばかやろう、夜は稼ぐのが淫売だよ」

「………」

 あぐらの奥に、ふんどしから赤黒いものがはみ出してダラリと垂れ下がっている。

 洋モクの封を切って、大造はゆっくりと火をつけながら言った。

「男の扱い方はまさか忘れてる筈もねえだろう。とにかく品物を出してみろ」

「え…?」

「どんな道具を持ってるか、おそそを見せろと言ってるんだ」

「こ、ここで…、ですか?」

「使いものになるかどうか、中身を見なけりゃわからねえだろうが」

「は、はい…」

「色気で言ってるんじゃねえ。早くしろっ」

モンペの紐を解く指がブルブルと震えて、思うように動いてくれないのである。

覚悟はしてみたものの、到底耐えられる仕打ちではなかった。

「私やっぱり、とても…」

「体裁つくるんじゃねえっ。そんなんで客が取れるか!」

焦れったそうに洋モクを灰皿にこすりつけると、大造はいきなり腕を伸ばして

ひと息にモンペを膝の下あたりまで引いた。

「あひ…ッ」

日に灼けていない真っ白な太腿と尻があらわになった。梨江は、脚をかたく

合わせて立ちすくんでいる。

「てめえの身体だと思うからそんなに震えるんだ。ここんところは売りものだって

ことを忘れるんじゃねえぞ」

前を押さえた手を乱暴に払いのけると、大造は、こんもりと盛り上がった

陰毛を掴んで無造作に手前に引いた。

「こいつで飯を食うと決めてしまえば、気持が楽になるんだ。わかったか!」

「くうッ…」

 割れ目に指を挿し込まれて、梨江は腰をくの字に折った。

「けっこう湿ってるじゃねえか。お前、本当に今日まで男を抱いていなかったのかよ」

「ああ、いや…」

 ジンジンと背筋を衝撃が走る。だがとても快感などと呼べるものではなかった。

「ふうん、子持ちにしてはベロもしっかりしてるな」

逃れようとして二三歩よろめいたとき、突然襖が開いて勝子が入ってきた。

梨江はとっさにその場にしゃがみ込んでしまった。

「あなた、あとで手を洗って下さいよ…」

 梨江を見据えて、勝子は棘のある声で言った。

「どうなのさ。やる気になったのかい?」

「嫂さん許して…、お、お願い」

「あら、さんざん面倒見させておいて、今さらわがまま言われたんじゃ困るのよ。

それとも子供を連れて出て行くつもり?」

 太腿と尻を必死に隠しながら、梨江は動くことができなかった。

「みっともない恰好して、そのなりじゃお店に出られないでしょ。貸して上げるから

早く着替えなさいよ」

 バサリと、抱えてきた衣類を投げた。

「ス、すみません」

「待って、その前に私にもちょっとお道具を見せてごらん」

軽く肩を突くと、モンペが足首に絡みついて梨江は他愛なく尻餅をついた。

「ああ…ッ」

「どうせ着替えるんじゃないの。いちいち面倒な人ね」

ズルズルと足首からモンペを引き抜く。今度こそ隠しようもなく下半身が

ムキ出しになった。

「あら、思ってたより毛深いんだね。相当おスキなんじゃないの?」

「カ、勘忍して…」

「女同士でしょ、そんなに羞ずかしがることはありませんよ」

穢れたものに触るように指先で陰毛を引っ張って肉を左右にめくると、

勝子は唇を歪めて、ふふん…、と鼻の先で笑った。

「長い間やらないでいると、こんな、子供みたいな色になるものかねえ」

「どうだ。ものは悪くねえだろう?」

 二本目の洋モクの煙を吹き上げながら、大造が横から口を出す。

「駄目ですよ、毛深くてこれじゃすぐに毛切れしちゃう。使いものになりませんよ」

「ふむ…」

「あなた、手を汚したついでにここをキレイに剃ってやったらどう?」

 腹違いとは言え、これが本当に夫の姉なのだろうか…。

「何たって年増ですからね。少しでも若く見せたほうが良いんじゃないの?」

「そうか、十七・八の生娘が平気でアメ公と寝るご時世だ。そのほうがサッパリして

良いかも知れねえな」

「この調子じゃよほど仕込まないと無理ですよ。気持をはっきりさせてやる

ためにも、こんなもの要らないわ」

 勝子は冷酷な判断を下した。

「よし、カミソリ持ってこい」

「お願いです。そ、それは…」

「あんたのためを思って言ってるのよ。誰がこんな汚いところに触わりたいもんですか」

「いえ、わたし自分で…」

「いいから、盥に水を入れておいで。石鹸はそこに進駐軍のいいのがあるでしよう」

「は、はい…」

「何をグズグズしてるんだ。まだわからねえのかっ」

 大造に一喝されて、梨江はよろよろと立ち上がった。

ムキ出しの下半身が、肌がそそけだつほど辛い。両手で前を押さえて、

梨江はおぼつかない足取りで洗い場に行った。

カラカラカラと軽い音を立てて金盥に水が溜まってゆく。それを見詰めていると、

これから自分が堕ちてゆく穴の深さを覗くような気がした。

 心では必死に逃げ道を探しているのだが、身体が言うことを利かなくなっている。

梨江は水を張った金盥を両手に捧げて、大造の前に戻った。隠しようのない

股間の陰毛が、歩く度に微かにそよぐ。

「そこに寝て股をひらけ!」

 大造が、顎の先で言った。

下に新聞紙を敷いて、ピシャピシャと冷たい水をかける。それから石鹸を

じかにこすりつけた。

「毛が濃いからたいへんだぜ。土手のまわりまでビッシリだ」

「ほんと手入れが悪いんだから…。これだからシロウトの女は駄目ねえ」

「ま、仕様がねえ。そのうちに泣くほど快くなってくるさ」

息を詰めて、梨江はかたく眼をつぶっている。大造があれこれと毛の生えぐあいを

調べていると、勝子が片手で梨江の膝を押さえながら言った。

「ちょっとあんた、楽しんでいないで早くやってくださいよ。時間がないんだから…」

 どこかに嫉妬めいたものがあって、蛇のように底意地が悪い。

 どれ…、と大造はカミソリを構えた。

 生え際に刃が当たると、無意識にピクンと下腹部の筋肉が跳ねる。

「動くんじゃねえ、怪我をするぞ」

 ジャリッと微かな音がして、梨江は背筋まで凍るような気がした。

「ほう…、こいつは良く切れるな」

 最初の一叢がけずり取られて、石鹸の泡と一緒に金盥の水に浮いた。

 ジャリ、ジャリッ…。

「ちぇっ、裏側のほうまで生えていやがる。もっと股をひらけ!」

 膝のあたりを押さえつけていた勝子が、ぐいと脚を拡げた。

「危ねえっ、ビラビラが切れたらどうするんだ」

「生娘じゃあるまいし、そう簡単に怪我なんかしませんよ」

「今夜から客をつけるんだぜ。商売もんだ、気をつけろ」

全身の筋肉がこわばって、身動きができない。気の遠くなるような屈辱と

羞恥の中で、梨江は夫婦の会話を聞いていた。

 縮れた毛が束になって、金盥の水に浮いている。

「こうやって、のっぺらぼうにしてみると、結構デカいもんだな」

 カミソリを棄てて、大造は面白そうに言った。

「男が威張っても敵わねえわけだ。こんな道具じゃ片っ端から精を

吸い取っちまうぜ」

「子供を産むところですからね。女のここは丈夫にできているんです」

 何をいまさら…、と勝子は梨江の胸もとに着るものをほうった。

「あんた、旦那様の前にいつまでも恥ずかしいところを晒していないで、

早く支度しなさいよ」

「あっ、はい…」

気を取り直して、梨江はようやく起き上がった。下腹がヒリヒリして、

何とも言い様のない感覚が残っている。そこがどうなっているのか、

確かめている余裕はなかった。

 渡されたのは安っぽい花模様のワンピースである。

「アラ、似合うじゃない…」

綻びた裾に解けた糸が垂れていた。前に働いていた女が捨てて行ったのであろう。

梨江にはサイズが大きくて、肩が半分ズリ落ちそうになっている。

「ちょっと直せば若く見えるわよ」

当時、進駐軍の若い兵隊の腕にぶら下がって歩いていた洋パンのスタイルである。

ふつうの女では気恥ずかしくてとても外を歩ける代物ではなかった。

「まあ良いじゃろ。店に出て化粧をすれば同じことだ」

 大造がとりなし顔に言った。

「ヘンな顔するんじゃないの。もう時間だからね、洋服に文句言ってる

暇はないのよ」

 勝子がそれまで着ていたモンペを取り上げて、慌ただしく急き立てる。

「待ってください。香代に留守番をするように言ってきますから…」

「いちいち面倒な人ね。香代だってもう子供じゃないんだから、早くしてよ」

「はい」

勝子が着替えに消えたので、梨江はあわてて香代のところに戻ろうとした。

「おい、待て!」

「えっ」

 後ろから大造に肩を掴まれて、ギョッとして振り向く。

「ちょっと、こっちへおいで」

「あ、あの何処へ…?」

「いや、ここで良い。急ぐんだからよ」

 薄暗い廊下の隅に押しつけると、大造は襖を閉めた。

「初物だ、味をみせてから行け」

「ヒィッ…」

 後ろから羽がい締めに腰を抱かれて、梨江はタタラを踏んだ。

「ヤメテ…ッ」

「静かにせいよ。あいつが気がつくと、またうるさいからな」

 パンティを穿かされてないので、ペラペラの裾を捲るとそのまま尻が

丸出しである。

「騒ぐんじゃねえ。一度だけだ」

「ネ、嫂さんが…」

「だから、早くしろと言ってるんだ!」

 勝子に発見された時の恐怖が、梨江を沈黙させた。

「どうせ、夜になれば客に抱かれるんだ。商売もんには手をつけたくねえからよ」

 ウッ…、と梨江は息を詰めた。

毛を剃られた肉の谷間を圧しわけて、別の感覚がメリ込んできた。夫を戦場に

とられて六年ぶりに味わう男の硬さである




<つづく><もどる>