魅くものと魅かれるものと、奇しき縁に結ばれた男と女


(2)


田沼 葵の手記 「愛奴への道」





1月○日 【調教第4日目

 前日からの大雪の影響でJRのダイヤが乱れていて、

約束の時間に1時間半も遅れてしまった。でも御主人様は

「お疲れさま、大変やったなあ」

と笑顔で迎えて下さった。

食事をしたあとホテルへ。

 部屋へはいると、まずはビールで軽く乾杯。

「褌、してきた?」

 御主人様に聞かれて、うなずく。

 次の調教には褌姿で来るようにとメールで命令されていたのだった。

 私は着ているものを脱いで、御主人様の目の前に立つ。

「いいなぁ。よく似合ってるよ」

 御主人様はそう言って、私の体を撫でながら、長いあいだ見ておられた。

 やがて鞄から首輪とロープを取り出した御主人様は、

まず私に首輪をすると、今日は亀甲縛りをして下さった。

「もう一度、パンストを履いてごらん」

 言われたとおりにパンストを履き終えると、御主人様はご自分の

ダウンジャケットを私に羽織らせた。

戸惑う私。

「カメラのフイルムを買い忘れたから、お使いに行って来て!」

 思ってもみなかった命令に驚き、次の瞬間には思わず首を横に振った。

「恥ずかしいの?」

 御主人様は私の両肩に手を置き、うつむいた私の顔を

のぞき込むようにしておっしゃった。私は何も言えず、ただ黙って

コクリとうなずいた。

「一緒に行ってあげるから」

 御主人様はむずがる子供に言い聞かすように優しくおっしゃった。

それでも、どうしても「はい」と言えなくて、イヤイヤしながら、

御主人様に抱きついて泣いてしまった。

けれども御主人様はそれ以上強制はされなかった。

「じゃあ、今日はここまでにしておこうね。でもきっと行けるようになろうね」

 そう言って、ダウンジャケットを脱がして下さった。

「そのかわり、あとでお仕置きするよ」

 そして泣きじゃくる私を優しく抱いてベッドへ連れていって下さった。

「切り抜き、持ってきた?」

 これも御主人様からの命令で、こんなふうにされたいと思う雑誌の

切り抜きを持ってくるようにとのことだった。

SM雑誌から切り取った数枚の緊縛姿のグラビアを御主人様に差し出す。

「こんなふうに縛って欲しいの?」

 私がお見せした写真を見ながら御主人様がおっしゃった。

御主人様も雑誌を持ってきて下さっていた。数年前の古い雑誌。

そこに載っている写真は、どれも凄いものばかりだった。

 次に御主人様は私のために作って下さったという鞭を見せて下さった。

形はベルトそのものだ。とても鞭には見えない。3〜4センチ幅で、

少し厚みのある黒い皮。皮のいい匂いがした。

それで少しだけ打って下さった。

ジーンとした重みのある痛みが体の中に染み込んでくるようだった。

 今度は立ったまま、両手首を縛ったロープを敷居に結びつけ、

足を軽く開き、私が買ってきた豆絞りの手ぬぐいで猿轡をして下さると、

亀甲縛りを締め直された。手ぬぐいでの猿轡は初めての経験だったが、

予想以上にきつくて少し驚いた。

自然に呼吸が荒くなり、体が震えはじめて、やがて独りでにガクガクと

動き出した。

む「縛られて嬉しいの?」
 
少し離れて眺めておられた御主人様がおっしゃる。

私は夢中でうなずいた。

 今日は乳首やラビアに加えて、脇の下や足の付け根にも

洗濯バサミの責めを受けた。そんな責めの合間合間にカメラを構える

御主人様。そして再び鞭での責め。でも鞭はもっと欲しかった。

 そのあとベッドで休憩。そのとき突然のin。バックの姿勢でもいただいた。

私に上になるように言われて御主人様に跨る。

思わず自分から動いてしまった。とても淫らな私が居た。

 そのままベッドの上で、今度は両手を後ろで縛り、その続きに

両足を縛られた。逆エビ状態。そんなに苦しくはなかった。

そしてそのまま御主人様の責めが始まった。

まずアナルパール。いよいよアナル調教が本格的に始まるのだろうか。

2〜3度、入れたり出したりが繰り返された。

ポコポコとした感触が気持ちよかった。

入るときより出るときのほうがいい。アナルパールを入れたままで、

御主人様の指が私のクリトリスに。

心地よい快感が通り過ぎると、それは拷問と言ってもいいほどだった。

体がガクガクと動いて止めることが出来ず、それでも責めが続くと、

苦しいほどに感じて、最後は釣り上げられた魚のように、

ベッドの上で飛び跳ねてしまった。

これがイクということなのだろうか。気持ちいいとか、そんな快感を

通りこして苦しかった。もう少し素直に心と体の力を抜けば、

もう少し気持ちよく感じるかもしれないという気もする。

御主人様と逢うまで、ほとんどエクスタシーの経験がなかった私は、

どうしても体以上に心に力が入ってしまうようだ。

「もっと晒けだしてごらん」

と御主人様はおっしゃったが、まだまだ晒け出せていないのかもしれない。

ぐったりした私を御主人様はそのまましばらく抱いていて下さった。

 休憩のあと、今度は座った状態で開脚縛りにされた。

剃毛していただけるのだと思っていたら、革製の鼻まで隠れるアイマスクと、

ボールギャグをされた。まもなく鞄からゴソゴソと何かを取り出される音がした。

何が始まるのだろう。

私は見えない目で御主人様の気配を追い掛けた。

 やがて御主人様が私の前に座り込まれた気配がしたと思ったら、

乳首に何かを塗られた。すぐに消毒液だと気づいた。

予想はついた。怖かった。

「さっきのお仕置きをするよ」

 乳首に御主人様の指を感じた。と、そのとたんに激痛が走った。

そう、針!こらえようとしても呻き声が出てしまう。とても長い時間に感じた。

乳首の中を、ゆっくりと針が動くのを感じていた。

感覚的には何本もさされたように思うが、詳しくはわからない。

写真を撮ってくださらなかったから、それほどでもなかったのだろう。

「お仕置き、ありがとうございました」

 両方の乳首へお仕置きしていただいたあと、御主人様にお礼を言った。

「これも楽しめるようになろうね」と御主人様はおっしゃった。

 アイマスクとボールギャグを外していただいて、蝋燭をくわえた。

御主人様にも垂らしていただいたりして、たっぷりといただいた。

 鼻で煙草を吸うことも教えて下さった。その滑稽な姿を想像すると、

とても恥ずかしい。

 そしてバイブ責めへと続く。たまらなく感じて、またイキそうになったけど、

とても辛くて、初めて「お許し下さい」と言ってしまった。

 今日は天気が悪いので早めに調教を終えることになり、

いつものように御主人様と一緒にお風呂へ入った。

 調教の道具達を片づけながら、御主人様がこんなことをおっしゃった。

「時代劇の映画に出てくる女郎さんのような赤い腰巻きをした葵を

責めてみたいなぁ」

 原体験が時代劇だというだけあって、考えることが違うと感心してしまった。

 投稿の話も出た。御主人様にペンネームを考えてほしいとお願いしたら、

しばらく考えておられたあと、良いのが思いつかないので自分で考えるようにと

言われてしまった。

手記も私が書くように言われた。

 ホームまで送ってもらって、電車に乗った。帰りの電車は普通に動いていた。



1月△日


 このあいだの調教のあと、風邪をひいてしまった。

御主人様に逢いたい一心で、必死に治した。その甲斐あってか、

そんなにひどくならずにすんでホッとした。でもまだおなかの調子が悪い。

 ふと気になって御主人様にTELしてみた。なんと、御主人様も風邪を

ひいておられた。びっくりした。3日も休んだの、数年ぶりだとおっしゃってた。

やっぱり、お腹に来たんだって。私も、って言っちゃった。

気をつけて、無理しないでって言ってTELを切った。

やはり水曜はだめかもしれない。いや、99%ダメだろう。

 それにしても、不思議というか何というか、信じられないような話だ、

同じ日に、同じような症状で、二人一緒にそろって風邪をひくなんて。



2月×日 【調教第5日目】


 風邪のおかげで、調教が1週間延びた。

 ともあれ、御主人様も私も治って、今日は無事逢えた。

 今日は御主人様にお土産がある。この前に言われた赤い腰巻きを

買ってきたのだ。豆絞りの手ぬぐいに引き続き、調教の道具を自分で

買いに行った。それにしても、ちゃんと売ってるんだ。びっくりした。

普通は真っ赤な腰巻きなんてしないよなぁ〜、なんて思ったら、

とても恥ずかしかった。

 今日はまず御主人様が私のために買って下さった黒い編みタイツと

ガーターに着替えた。

「とてもよく似合うよ」

 御主人様にそう言われて嬉しくなる。

 私も赤い腰巻きを見せた。案の定、びっくりされていた。
 
次に御主人様のカバンから出てきたのはのは、黒い革製のブラジャーだった。

それも普通のじゃなくて乳首が出るように穴が開いているものだ。

そんな卑らしいブラジャーをして、首輪をつけてもらう。

その首輪に鎖が繋がれた。そして黒い皮のTバックを履かせてもらった。

皮の手錠で後ろ手に拘束されたあと、最後の仕上げは、鼻まで隠れる

黒い皮のマスク。これで鼻から顎まで、顔の約半分がマスクに覆われてしまう。

当然、鼻で呼吸するは苦しい。でも呼吸するたびに皮のいい匂い包まれるから、

今では一番好きな猿轡になっている。

 そのあと御主人様は私を鏡の前に立たせた。

「ほら、凄く卑らしい格好だね」

 御主人様は後ろから私を支えながらおっしゃった。

私は皮の匂いで半ば恍惚になりながら、鏡の中の自分の姿と対面した。

乳首が顔を出している黒い皮のブラに、同じく黒い皮のTバック、

そして黒のガーターと網タイツ。

後ろ手に皮の手錠で拘束され、顔半分は黒い皮のマスクで覆われている。

本当に卑らしい姿。

 今日のホテルは御主人様の好きな和室。

真ん中に襖があって、その奥にベッドがあった。御主人様は、その襖を

取り去ってしまうと、そこへ私を連れていく。

敷居にロープをかけ、それを皮の手錠と結び、ピンと張られた。

両足首が左右の柱に結びつけられたロープで縛られる。御主人様は

作業が終わると、しばらく私をご覧になっていた。

そして今日も写真を撮って下さった。

 そのまま責めが始まった。ブラから顔を出している乳首にベルのついた

洗濯バサミがつけられた。今日はいつもより少し痛く感じて、その分大きな

声をあげていたと思う。御主人様は目の前に座り込んで、私をご覧に

なっている。御主人様に見られていると思うと、体がガクガク震えてきて、

御主人様が手も触れないのに、そのままイッてしまった。

こういう風に精神的なものだけでイクのは、御主人様の手でイカせてもらう

のとは、また違った感覚のような気がする。

「よく、ここまで成長したね」

 御主人様は感慨深げに言って下さった。それを聞いて嬉しくなって、

いっそう体が震えた。

 洗濯バサミの責めが終わると、御主人様は私に上半身を倒させ、

お尻を突き出すような格好にした。そして鞭を手にされた。

お尻を中心に、この前よりたくさん、鞭をいただいた。

やっぱりこの鞭は特製のことだけあって、ジーンとした痛みが残る。

一打ちごとに痛みが体の奥に染み込んでくるようだった。そしてそれが

次第に心地よくなってきた。

 最初の休憩のとき、御主人様がおっしゃった。

「もう葵にはどんなことをしてもついてきてくれる、嫌われたりしない、

大丈夫だと信じられる。だから、もう二人の間には遠慮はいらない」

 私が御主人様と過ごす時間のことは、たとえ両親でも理解しては

くれないだろう。私にとって、御主人様はかけがえのない人。世界中で

ただひとりの人。そんなことを思ったら涙が出てきた。

御主人様の前で泣くのは何度目だろう。悲しいとか、辛いとかで

泣くのではない。私のすべてを愛して下さる御主人様がいて、

改めて本当に幸福者だと思った。御主人様からいただいた契約書の一節、

 『一、ご主人様を愛し尊敬し、絶対服従を誓うこと』

 『一、最愛の奴隷、愛奴としてご主人様から生涯愛されること』

を思い出したら、涙が止まらなかった。

「さあ、久しぶりに剃毛してあげよう」

 御主人様は部屋の中央にテーブルを置き、私をその上に仰向けに

乗せると、テーブルの4本の足に、私の手足をそれぞれ縛りつけ、

口にはボールギャグをして、その上から豆絞りの手ぬぐいでギュッと

猿轡をされた。

 まもなく剃刀の感触がした。いつになく丁寧に剃ってもらっているような

気がして、少しずつ感じはじめた。

剃刀と御主人様の指の動きにあわせて声をあげていると、

「気持ちいいの? 嬉しいの? 怖いの?」

と立て続けに聞かれ、どこで返事をして良いのかわからなかった。

気持ちよくて、嬉しかったのだけれど。

 剃毛が終わると、いつものように、赤ちゃんのような、その部分に「愛奴」と

書いて下さった。その上から千枚通しでチクチクと念入りに文字をなぞられる。

御主人様にしていただく刺青、何日かで消えてしまう刺青。

早く本当の消えない入れ墨をしたい、御主人様はそう思ってらっしゃって、

私もその覚悟はあるけど、なかなか難しい。

 御主人様の指や舌は触れるか触れないかの微妙なタッチで私を責める。

最初はとても気持ちよくて、それが続くと苦しいほどになって、

最後はテーブルの上で飛び跳ねてしまうほど激しく、そして果てしないくらいに

イッてしまった。ぐったりした私の戒めを解き、ベッドまで連れていって下さる

ときには、もう一人では歩けないほどだった。

 激しい責めに耐えられた御褒美に、御主人様の乳首をおしゃぶりさせて

いただいた。私の一番大好きな御褒美。

御主人様のちっちゃな可愛い乳首に吸いついていると、赤ちゃんになった

ような気持ちになってくる。

「今度は御主人様を気持ちよくして」

 御主人様に言われて、今度は私が御奉仕する番だ。

私の下手な御奉仕にも、御主人様は時折声を出して下さって、

感じてもらっているようで、そんなときはとても嬉しくなる。

御主人様が体を動かし、それに合わせて私は御主人様のアナルまで

一生懸命に御奉仕した。人のアナルを舐めるなんて、とても出来ないと

思っていたけど、心から愛する人になら出来るんだなぁと感心してしまう。

 今度は座布団の上に座った状態で縛られた。

そして蝋燭が登場。御主人様はまず私の口にくわえさせた。最近では

SM用の赤い低温蝋燭ではなく、普通の白い物を使うので、熱さが身に

染みる。自分で蝋燭をくわえて、自ら蝋を垂らすことにも少し慣れてきた。

縛られて体が震えてくると、それに合わせて蝋も落ちる。

その熱さにまた体がピクッと動いて、それでまた蝋が落ちる、

それが繰り返される。 部屋の灯りを消した真っ暗な中で、

私がくわえた蝋燭の炎が揺らめいて、とても綺麗だった。

御主人様にも蝋を落としていただいて、身体中が蝋だらけになって、

そしてその上から抱きしめられた。

 そのあと御主人様と一緒にお風呂へ。お風呂場で、まず私の体の蝋を

取ってもらってから、湯船のなかで抱っこしていただいた。

とてもいい気持ち。このまま、ずうっと一緒にいたい。

御主人様のそばにいるだけでいい。そんなことを思ってしまう。

 残念ながら、今日は私が買ってきた腰巻きの出番はなかったが、

次はこれを使って和風スタイルで調教すると約束してもらえたので、

楽しみだ。

 それと、投稿のことも相談した。

ペンネームも決まったし、写真も撮って下さったし、あとは手記を書くだけ。

これが一番難しいけど、なんとか頑張って、良い手記を書きたいと思う。

御主人様のために……

  

− つづく −



97/06/18(水) 田沼 葵





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