羽根をなくした妖精 �V
篠原歩美
(13)
暖かな部屋に連れていかれた。石鹸の匂いがした。水の流れる音がした。
「一年間の、汚れを落としましょうか。」
ムラサキは、恥ずかしさを感じさせない手ばやさで、ヴィジョンを裸にすると、
裸のヴィジョンを軽々と抱きかかえ、レザー貼りと思われるやや冷たいベットに
横たえた。
「脇の下の毛と、恥毛を処理いたします。」
ヴィジョンは、ムラサキによって言いようのない快感に満たされていた。
まず、誰かが側にいるという心地よさ、柔らかく温かい手で触られて
いるという気持ちよさ、それが、脇腹、脇の下、太股、股間となると
しびれるようなうっとりとした気分にしてくれた。
「お美しいです。」
ムラサキが、ヴィジョンの乳首にいきなり口づけた。
「あっ!」
こんなに気持ちのいいことって・・・ヴィジョンは、戸惑いすら覚えた。
何で?身体って・・・乳首ってこんなに・・・
「一年間も、何の刺激もない生活を続けますと、こんなに敏感になれるんですのね。」
どうやら、ムラサキの悪戯のようだった。
でも、一年をかけて創られた身体・・・?
「さあ、次は、バスタブへどうぞ。」
ヴィジョンは、ムラサキに手を引かれるままに起きあがり歩いた。
「スミレ様。」
ムラサキにきつく手の握られるまで、スミレとは自分のことだと
気がつかなかった。
「スミレ様、そんな男のような歩き方ではなりません。もっと女らしく
なさりませんと。生きることで、精一杯だったご苦労はお察しいたしますが、
これからは、それではなりません。」
ヴィジョンは、なぜか心が痛んだ。
もっと女らしく・・・遠い昔に、嫌と言うほど言われた言葉、もっと男らしく・・・
心を切り裂かれるほど嫌だった言葉・・・もっと男らしく・・・
ヴィジョンは大声を上げて笑いたいくらいだった。男らしくと言われ続けた自分が、
今度は女らしくと言われている・・・
「そうです。内股で歩いて下さい。もう少し歩幅は短い方がよろしいかと、はい。」
忘れていたわけではないが、意識の外にあり、しっかり自覚するまでに
なかった身体・・・女・・・女体。
「スミレ様!」
ヴィジョンは、バスタブを大きくまたいで入ろうとした膝頭を、内向きに直した。
「こんなにお美しく、敏感なお体をお持ちなのに・・・いいですか、スミレは、
代々誠実、謙譲という名にふさわしい品格のあるお方が、名乗って参りました。
いいですか、心を尽くし、慎み深く、しとやかで、恥ずかしがりや、これが
スミレですから。」
ムラサキの指導のもと、ヴィジョンは本当の女になっていった。
立ち居振る舞いから、化粧の仕方まで、女はどうすべきかではなく、
男はどう望むかという視点で、徹底的に矯正されたのである。
幸か不幸か、ヴィジョンはこんな地下の宮殿で、まさに女に生まれ変わった
のだった。いや、ただの女ではない。心が体に支配された女として・・・。
(14)
「これから、ヒイラギの部屋へご案内します。これからは、
そこで寝起きをするようになります。」
「ヒイラギ?」
「はい。」
「ムラサキ様・・・」
「様はおやめ下さい。」
「え?」
「今日からは、スミレ様、貴女は立派な商品なのです。」
「商品ですか・・・」
「はい、わたしはその商品にすらなれなかった、商品の世話役です。」
「だから、どうなの?」
「身分が違うのです。」
「どこかへ、行っちゃうんですか?」
「いいえ。いつまでも、私は貴女の世話役です、常に次の間で
控えて居るようになります。」
「よかった。」
「ありがとうございます、私も嬉しいです。」
一年前、ヴィジョンをここに連れてきたゴブリンは、覚悟した方が
いいと言った。覚悟とはどんな覚悟なのだろう。どれほどつらく、
悲惨な部屋なのだろうか。
そのヒイラギの部屋に、一人投げ込まれるのでは恐ろしくてたまらない。
「ヒイラギの部屋って、どんな所なんですか?」
「一言で言えば被虐の部屋、詳しくは、もうすぐ体験なされますから、
説明するまでもないかと思われます。とにかく、辛くても
我慢なさってください。」
「それでは、何故ヒイラギという名前が付いているのですか?」
「わたしには分かりません。魔除けの意味を込めてという話は
聞いたことがあります。」
「以前から付いていた名前なんですか?」
「もうすぐ着きます、私語は慎んで下さい。」
長い廊下の行き詰まったところに、小さなドアがあった。
ムラサキが、ノックした。
「ムラサキか?」
「はい、スミレを連れて参りました。」
中から聞こえた声は、せむしのニングルに違いなかった。
ドアは中から開けられ、ムラサキに押されるようにして、ヴィジョンは
首をすくめて中に入った。振り向くと、大きなムラサキは
身を屈めるようにしてヴィジョンにつづいて中に入り、
ヴィジョンの後ろに立膝の姿勢で控えた。
部屋と言うよりは広間だった。玄関があるということは、
今入ってきたドアは、さしずめ勝手口といったところか。
その小ささから茶室のにじり口を思わせた。フローリングの床に
システムキッチン、食堂用のテーブルと椅子。タイル貼りの床に
バスタブとトイレ。毛足の長いジュータンの床に大きなベット。
毛足の短いジュータンの床にソファー。そのソファーに
せむしの老人が、深々と座っていた。
「スミレ様、伏して下さい。立っていないで・・・」
ムラサキは、長いことスミレに小声で注意していたのだが、
ヴィジョンには全く聞こえていなかった。ムラサキに、
スカートの裾を引かれた時、
「スミレ、かまわない。そのまま歩いて私の前にきなさい。」
「はい。」
怖くはなかった。ゆっくりとソファーに近づいた。
ソファーの背もたれが高くて見えなかったが、せむしのニングルの
向かいに、もう一人のニングルが居た。
「ひざまずいて、命令を待ちなさい。」
ヴィジョンは言うとおりにした。振り向き、遠くに控えている
ムラサキと同じ姿勢をとった。
「お客様、いかがでしょうか。」
「気に入った。羽根のないのは何か訳でもあるなのかな?」
「そこまでは・・・」
せむしの老人ほどでもないが、お客様と呼ばれたニングルも
若くはなかった。
「スミレ!盗み見るような視線はいけない。恥ずかしげに
俯いているのがいい。いいね。」
「はい、分かりました。」
「お客様、何せ初物ですので。」
「ほー、それはなによりだ。結構じゃないか。だが、鞭のほうは?」
「どうぞ、お望みでしたら、ご自由に。道具の方は全てあちらに
用意いたしております。ただし、調教は全くしておりませんので、
多少、暴れるやもしれませんが、そこは、お客様次第と言うことで。」
「ますます気に入った。」
「ただし、商品ですので傷だけは付けないよう、お願いいたします。」
「もちろん。」
「鞭のほかには?縄とか、他にもいろいろと用意いたしておりますが。」
「今日はいらない。」
「はい、かしこまりました、では、ごゆっくりと。」
せむしの老人は、ヴィジョンの頭を優しくなでて、
「お客様を喜ばせておくれ、いいね。」
そう優しく言い残し、玄関を出ていってしまった。
(15)
「ご立派でございました。初めてだというのに、お可哀相に。
こんなに赤くお肌が腫れてしまわれて・・・今、お薬を塗りますので、
滲みるかもしれませんが、我慢なさって下さい。
ああ、こんなに・・・お労しい・・・」
身長10センチのフェアリーに、15センチもあろうという大きな
ニングルがうなだれて涙を流していた。
「ムラサキ様・・・」
「様ではありません」
「ムラサキ、わたしの為に、泣かないで・・・」
「でも、お可哀相で。この部屋まで聞こえて参りました、
耐え切れぬ叫び声が・・・」
ヴィジョンは、痛みの余韻を引きずりながら、苦痛以外の何かを
感じていた。
「とても嬉しい、ありがとうございます、ムラサキ様。」
「様はいりません・・・」
「はい・・・あなたの気持ちは、涙が出るほど嬉しい。でも、ムラサキ。」
「はい、スミレ様。」
「耐え切れぬ叫び声といいました?」
「はい、皮、肉を切り裂き、骨をも砕きそうな痛みを、自分の身体を以て
想像してしまいました。」
目尻のつり上がった女のニングルは、はらはらと涙が頬を伝うままに
させていた。
「ムラサキ。わたしはこうして、ここにいます。」
「はい。よろしゅうございました。あのまま、痛みに耐えかね死んで
しまわれるかと思われましたから。」
「うれしいです。ムラサキ。でも、わたしは、耐えたのです。あの、痛みに、
耐え抜いたのです。あなたは、わたしに、以前、こう教えて下さいました。
自分が感じる快感には限度がある。でも、殿方の快感を自分の快感と
思うことができるのなら、それには限度がないって。」
「はい。」
「今回は、とても、苦痛以外の何ものでもありませんでしたが、
それでも、お客様の打擲に耐えることで、お客様の口元に
見られる満足に、なぜか、救われる思いだったのです。」
「え?」
ヴィジョン自身でさえ理解できないことを、第三者に説明すること自体、
無謀だったろう。だが、スミレの身体を思いやり、我が身のように
苦しんでいるムラサキを、慰めなければならなかった。
「よく分かりませんが、我慢することができた満足感と、お客様を
満足させてお送りすることができた充足感で、なぜか、
酬われた気分なんです。」
「え?」
「ムラサキ、あなたは、わたしに成り代わって、痛がり、苦しみ、
やりきれない思いに満ちているようですが、私の身体は違ったのです。」
「スミレ様・・・」
「気持ちがいいとはほど遠いのですが、これはこれで満足なのです。」
ヴィジョンは、ムラサキの涙を唇で拭ってあげた。
「わたしは商品なのですよね。すばらしい商品だ。値が高いだけのことはある。
そう言われて、うれしくない商品があるでしょうか。」
「スミレ様、ご立派です。たった一日で・・・」
「ムラサキ。泣かないで下さい。ここは、もしかしたら、わたしにとって
決して居心地の悪い所ではないかも知れないのです。」
(16)
ヴィジョンは、ソファーのあるジュータンの床に、立膝の姿勢で控えていた。
身につけているスカートの丈はそう長いものではなく、正面に回ると、
容易にスカートの中は見えた。立膝は、そのためのものでもあった。
そして、時にはショーツをつけないでという命令の時もあった。
今日が、それであった。
せむしの老人の後に続いて玄関を入ってきたのは、体格のがっしりとした、
トロールのおばさんだった。目が合わないうちに、素早く目を伏せた。
「どうしてヒイラギの部屋をご希望で? ここに居るのは被虐志向の
女の妖精だと、ご存じかと思っておりましたが・・・」
「知ってたさ。知ってたからここを頼んだんだよ。」
「これは、とんだご無礼を。」
「私をレズだと?ははははははっ。」
おばさんの豪快な笑い声が聞こえてきた。しかし、二人は玄関を
入ったところで立ち話をしているらしく、会話の内容までは、
ヴィジョンには聞き取れなかった。
「品定め?」
「そうだよ。その名をとどろかせた紫陽花館の中でも随一といわれる
ヒイラギの部屋。そのヒイラギの部屋の主、えーと、スミレだったか、
それを襲名したのが素人だって、その筋の仲間内じゃ、もっぱらの評判だ。
しかも、羽根のない妖精という、なにやら、いわく付きのね。」
「何はともあれ、評判とは有り難いことですな。」
「一目だけでも見とこうと思ってねえ。」
「見るだけですか?」
「どういう意味だい。」「いやいや、深い意味はございません。」
「いや、何かあるね、その言い方は。」
「めっそうもない。」
「リアルのことだろう?え?気にしてるのは。」
「これは、参りましたな。」
「やはりねえ。売らないのかい。」
「はい。」
「それほどの玉かい。」
「はい。」
「ほー。これは楽しみだ。リアルの時も渋ったが、それ以上だと?」
「はい。」
「まあいいさ。今日は飲ませてもらおうか。その、素人をつまみ代わりにしてね。」
「かしこまりました。」
二人の足音が近づいてきた。
「スミレ!お酒の用意を!」
「はい。」
「ちょっと待ちな、品定めなんだよ今日は、裸でやりな!」
ギョロっとした眼、とがった鼻、皺を化粧で隠そうともしない顔で、
およそ女と分かるのは、赤い髪の毛を少女よろしく三つ編みにして
左右に垂らしているからだった。そんな、太ったトロールのおばさんは、
口調と目つきは厳しかったが、口元は笑っていた。
「ごもっともで。スミレや、身につけているものを全てとりなさい。」
「はい。」
「ゆっくりやるんだよ、いいね。ところで、酒も、あたしばかりじゃ
無粋というもんだ。マスター、あんたも付き合いな。それと、その子・・・」
「スミレです」
「スミレにも、ワインを。」
「かしこまりました。後ろからでよろしいでしょうか?」
「後ろ?」
「はい、お尻から飲ませる・・・」
「ここじゃ、そんなこともできるんだ?それで、酔うのかい?」
「後ろからの方が即効性があるようで・・・」
「面白いねえ、それでいこうか。」
「はい、では、こちらで処置いたしましょうか?それとも、お客様が、
されますか?それと、器具は何を使いましょうか?」
「まかせる。あたしゃ、ここで飲んでるよ、そっちでやってもらおうか。」
「はい。」
「そうだ、その子用のつまみに、山芋を用意してもらいたいな。
皮はむいてね。あとは丸のままでいいから。食べさせるのも
そっちでやってもらおうか。」
「かしこまりました。」
「これは楽しみだわ。たっぷり腰を振って踊っておくれ。」
ヴィジョンには、何のことだかさっぱり分からなかった。
この長いショータイムは、始まったばかり・・・
(17)
「お客様は?」
「もう帰られました。」
「ううっ・・・」
タオルがかけられ、よそ目には見えなかったが、ヴィジョンの性器は
うずくように赤くただれていた。
「気を失っていたのですね。恥ずかしいことをして、恥ずかしい姿のままで・・・」
恥じ入るヴィジョンの表情、しぐさは、女であるムラサキの目にも愛らしかった。
「よく洗って薬を付けておきましたので、山芋の掻痒感は治まっているかと
思いますが、かなり過敏になっておりますので・・・」
「何から何まで・・・ムラサキ、ありがとう。」
「勝手に処置いたしまして失礼いたしました。」
「とんでもありません。」
気がついたヴィジョンを抱え、ムラサキが控えの間へ移ろうとした時、
いきなりせむしの老人が、広間に入ってきた。二人は、急いで立膝の
控えの姿勢をとった。
「たいそう喜ばれて、帰って行かれた。」
せむしのニングルは、ヴィジョンの前にかがみ込み、股間に指を差し入れてきた。
「うう、あっ」
ヴィジョンは身を固くして、老人の行為に耐えた。
「たいしたもんだ。ワインに酔っていたとはいえ、一人であそこまでいくとは・・・」
「ありがとうございます。」
せむしの老人は、ヴィジョンから離れ、ソファーに深々と身体を沈めた。
「ここは、客にあらゆる快楽を提供する所だ。客が求めるものを
全て与えてやる。いや、正確には、客が求めているものより一回りだけ
大きなものを与えてやる。これがビジネスなのだ。さっきのトロールが
満足して帰っていったように。 ムラサキから教わったことは、
すっかり身に付いているようだ。しかも完璧に。」
老人の視線が分かるように、ムラサキは緊張して、耳を赤くしていた。
「スミレ、この館がお前に望むもの。それは、お前が女を演じきると
言うことだ。答えはそれで終わりなのだが、もう少し説明すれば、
客が与えようとするものを、最終的に受け入れればいいのだ。
最終的といったのは、与えられたものを、すぐに、そのまま
受け入れてはいけないと言うことだ。駆け引きをお前が楽しみ、
それを客の喜びに代えてやるのだ。言葉にすると難しいが、
すでに、お前はそれを実行している。たいしたもんだ。」
ぼーっとして黙ったままのヴィジョンに代わって、ムラサキが口をきいた。
「もったいないお言葉。これを励みに、さらに精進いたします。」
「頼んだぞ、ムラサキ。」
ヴィジョンには、この老人の言っていることが、ほとんど分からなかった。
ただただ、ありのままでいようとしただけだったから。地下牢で身につけたもの・・・
たとえそれが何であれ、与えられるものは感謝して受け入れたほうが
身のためだということ。身体は、間違いなくそれを望んでいたのだから。
ワインを浣腸器でお尻に入れられるのも、山芋をヴァギナに入れられ、
ちくちくとしたむず痒さに耐えきれなくなるのも、心は激しく抵抗した。
嫌で嫌でたまらなかった。恥ずかしくて逃げ出したかった。大声を上げて
暴れてみたかった。でも、身体は、じっと耐えることを望んでいた。
耐えることで得られる、その後にくる充足感を、身体は、既に学習して
いたのだ。そして、今日は、今まで体験したことのない絶頂感をも、
身体は覚えてしまった。 ヴィジョンは、うっとりと、感動していた。
女の身体に隠されていた、現実をも飛び越えてしまうしびれるような快感、
この忘れられない気持ちよさ・・・ せむしの老人は、ヴィジョンが
我に返ったときには、既に部屋にいなかった。
(つづく)