羽根をなくした妖精�W


                            
篠原歩美




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今日、身につけることを許されたのは、フリルの付いた白いエプロン

だけだった。いっそ全裸の方がまだ恥ずかしくなかったかも知れない。

見られたくないと思えば思うほど、よその視線が見られたくないところに

注がれる錯覚に陥ってしまう。

しかし、ヴィジョンは、この恥ずかしさを楽しんでいた。

恥ずかしさを望んでいるという意味ではない。この恥ずかしさの後に続く

快楽を、身体が予期し、疼きはじめていたのである。

「楽しそうだな。」 

気がつくと、マスターと呼ばれるせむしの老人が、すぐ近くに立っていた。

「え?は?いや・・・」

「そのまま準備を続けてくれて構わない。」

「はい。」

「今日も、一昨日来ていただいたトロールのご婦人だ。ただし、連れがいる。」

「はい。」

「粗相の無いように。」

「はい。」

「おや、もしかして、その腰つき、もう、湿り始めたのかい?」

「いいえ、そんな。」

「その、潤んだ目頭を見ても分かるさ。」 

確かにヴィジョンの身体は、これから繰り広げられるであろう快楽を

待っていた。

「もう、みえられたようだ。」 

ヴィジョンは、目を伏せてその場に控えた。

「ようこそ、おいで頂きました。」

「堅苦しい挨拶はいらないよ。楽しければいいのさ。昨日のようにね。」

「ありがとうございます。」 

トロールのご婦人は、どかどかとやって来てソファーに腰を下ろすと、

「リアル!お前の今日の相手だ。傷さえ付けなければ何をしても

いいそうだ。そう、今までの欲求不満をぶつけてやりな。」

「はい、女王様。」

「おやおや、お手柔らかにお願いしますよ。」

「はいはい。」 

ヴィジョンの頭の中が、一瞬にして真っ白になった。

リアル・・・

『リアル、リアルなの?どこに居るの?声だけじゃ分からない。

わたしの愛したリアル。どうしてこんな所に?』 

しつけを破り、視線をあげたヴィジョンの目に映ったのは、紛れもない

リアルだった。ただし、想像を超えていたのは、全くの裸体であって、

その手に鞭を持ち、闘争心むき出しの厳しい目をし、股間を

いきり立たせていたことだった。

「スミレ!こっちに来て、四つん這いになるんだよ。」 

トロールのおばさんのやさしいが張りのある声。

「はい。」 

ヴィジョンはトロールのおばさんに従った。ヴィジョンに全く気づいていない

リアルの表情に、安心してなで下ろした胸の奥底から、ふつふつと

悲しみが沸いてきた。涙が、止まらなくなった。

「リアル、好きにしな!」

「はい、女王様。」 

リアルは、仁王立ちになり力任せにヴィジョンの白いお尻めがけて

鞭を振り下ろした。その一発で、ヴィジョンは痛さのあまりにジュータンの上を

転げ回った。

「リアル、待ちな!全く、お前は加減てのを知らないんだから。

自由奔放なのはいいが、お前は、あたしの奴隷だということを忘れてるよ。

いいかい、これはショーなんだ、あたしを喜ばす、ショーなんだよ。」

「申し訳ありません。」 

言葉では謝っているが、リアルの目に、絶対服従の色は微塵も感じられなかった。

「鞭はやめて、平手にしな!」 

リアルは四つん這いのヴィジョンの後ろに跪いて、お尻、太股、背中と、

素手で叩き始めた。今度は、単に痛みを与えるという叩き方ではなく、

卑しめ、辱めるといった精神的な要素を含んだものに代わっていた。

じっくりと、時間をかけて嬲り始めた。 

涙を流していたヴィジョンは、しくしくと泣き始めた。

「そんなに痛いかい?泣くほど哀しいのかい?それとも恥ずかしいのかい?」 

四つん這いになってうつむいている妖精のあごを、右足の爪先で持ち上げ、

トロールのご婦人は、妖精の顔を堪能しようとした。

苦痛にゆがむ顔、悲嘆にくれる顔、羞恥に耐える顔・・・

既にすすり泣きからしゃくり上げて泣き始めたヴィジョンの顔は、

なんと苦痛、悲嘆、羞恥、全ての色をにじませて尚、輝いて見えた。

「ほー、たいした玉だよ、評判以上かも知れないね・・・マスター!マスター!!」

「なんでございましょうか。」

「本番は?」

「ご自由にどうぞ、ここはお客様本意の部屋でございますから。」 

見てそれと分かるほど、ヴィジョンの濡れて開いた女の誘いに、

リアルの男自身は、限界を越えようとしていた。

「リアル、最後の仕上げだよ、その子を、いい声で鳴かせてあげな!」 

もうろうとし始めていたヴィジョンの思考の片隅で、理解できる断片的な

言葉をつなぎ合わせると、これから起こることが何か想像できた・・・

我にもなく、歓喜に震えるなかで、腕を折り、胸を床につけるようにして、

背を反らせた・・・リアルを迎え入れるために。





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「どうされたのですか、今までにないほどすばらしい肌艶で

いらっしゃいますのに、浮かない表情で・・・そんなに思い詰めた

お顔をされて。」 

嬉しかった、素晴らしかった・・・リアルと結ばれてよかった。

あの快感のためなら、何でもできる、何でも我慢できる・・・

ヒイラギの部屋と言う名前のめぐり合わせ・・・

リアルにもう一度逢いたい。でも・・・ 

ヴィジョンの身体は、リアルと一体になった感触におぼれたまま。

そして、心までも、諦めていたリアル、忘れていたリアルに占有され・・・

「リアルって方のことについて、聞いてもいいですか?」

「はい、私の分かることでしたら。」

「妖精が、どうしてトロールの奴隷に?」

「リアル様は、あのご婦人に買われたのです。」

「買われた?」

「はい、ここから・・・」

「リアルはここにいたんですか?」

「スミレ様?!リアル様をご存じだったんですか?」

「いえ、とんでもない、見たことはあります、同じ妖精ですから・・・」 

ヴィジョンは思い出したくない過去をあれこれ話す気になれずに、嘘をついた。

「リアル様も、スミレ様と同じでした。ここに売り飛ばされてきたみたいです。」 

ムラサキは、ヴィジョンの身体の手入れをしながら、世間話をするように

リアルの話を始めた。

「どうして?」

「さあ、スミレ様と同じじゃございませんの?よく分かりませんけど。」

「いつごろ?」

「聞いた話では、十ヵ月ほど前に連れてこられ、つい最近ですよ、

スミレ様と同じ地下牢から出てきたのは。」

「地下牢?」 

忌まわしい言葉と共に、忌まわしい記憶も蘇ってきた。全てを捨てて、

生きるという本来の姿に生まれ変わった穴蔵。納得はしていても

思い出したくない記憶。

「はい、でも、スミレ様と違って、リアル様は心が壊れてしまわれたらしくて・・・」

「心が壊れた?」

「はい。」 

これで、理解できた。リアルの様子が変だったわけ。

「知性はあるけど理性がない。現在はあるけど過去と未来がない。

そう伺いました。私には何の事だかさっぱり分かりませんけど。」 

あの穴蔵で、全てを捨て去り、最後に残った本性が、リアルの場合、

あの姿だったのだろうか・・・

大粒の涙が、ヴィジョンの目頭から溢れ、小鼻を伝って口許に滲み入った。





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トイレとバスのタイル床のエリア。ひざまずいているヴィジョンの

していることは、雑巾を持っての掃除だった。

「スミレ様、私が致します。」 

控えの間から出てきたムラサキは、あわててヴィジョンに声をかけた。

「ムラサキ、お願いだから出ていって下さい。」

「いいえ、それは私の仕事ですから。そのような汚いことをなさっては

いけません。」 

ムラサキの汚いという言葉に、スミレの顔がいっぺんに赤くなった。

「お願いです。命令という言葉が使えるのなら、命令します。

ここから、出ていって下さい。」 

ムラサキは戸惑っていた。世話係として、当然しなければならない仕事を

放棄していいのだろうか。 

立ちつくしたまま出ていこうとしないムラサキの存在に、ヴィジョンは

肩を震わせ、身を切られるような羞恥に悩まされていた。

「この汚いのが、わたしのなのです。今日のお客様に・していただいた・・

浣・腸で、わたしが・飛び散らした・わたしの・ウン・チ・なんです。」

「ご免なさい、気が付かなくて・・・」 

顔を覆いながらムラサキは、まさに消え入るように控えの間に戻っていった。 

誰にも見られていなければ、さほど苦痛を伴う行為ではなかった。

手際よく、自分の汚物を処理し終わると、きれいになった便器のふたを閉め、

そこに腰を下ろした。ほんの先刻まで、ここで繰り広げられていた

阿鼻叫喚・阿鼻焦熱地獄を思い起こしながらヴィジョンはうっとりと目を閉じた。

嬲り、痛めつけ、嫌がり恥ずかしがることを強要し、一人勝手に性欲を

ぶちまけて帰っていったお客様の行為を、始めから逐一思い出しながら、

自慰を始めた。いつからか憶えていないが、それは、最後までいかせて

もらえなかった夜の習慣になっていた。  

頃合いを見計らったように、控えの間から出てきたムラサキが近寄ってきた。

「近頃変わられましたね。」

「そうでしょうか。」

「はい、隠されなくてもよろしいかと思いますが。」

「別に、何も隠しては・・・」 

ヴィジョンの頭の中に、リアルが現れては消えていった。

「私はいいことだと思っておりますが・・・」

「いいこと?」

「はい、目が輝いております。」

「どう変わったのでしょうか?」

「言葉にするのが難しいのですが・・・スミレ様が見えてきた・・・お客様が

求める欲望の捌け口ではなく・・・スミレ様が、お客様を、まるで

導いているようで・・・」 

ヴィジョン自身、このままじゃいけないと思っていた。与えられたものを

受け入れる、例えば、ムラサキにかしずかれ、お客様の言いなりになり、

それで満足して・・・

『スミレ様が見えてきたって、ムラサキは言ったけれど、ムラサキが見た

スミレって何だろう?わたしって何だろう?どう変わってきたのだろう?

・・・こうなると、リアルにどうしても逢いたい。出来るなら、昔のリアルに。』 

どうやら、リアルの出現は、ヴィジョンに、”求める”という心の働きを蘇らせた

のかも知れなかった。

あの地下の穴蔵の中に捨ててきた、求める、願う、希望する、そういった類の

情動が、リアルに逢いたいという心に芽生えてきたのである。 

太陽光の差し込まないこの地下宮殿では、目に見えた季節の移ろいはない。

しかし、春から夏へと変わりゆく気配を、ヴィジョンは確かに感じていた。





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ヴィジョンは、いつものようにソファーのあるジュータンの床に立膝で控えていた。

今回は、ニットのワンピース、小さなイチゴもようのショーツをつけたまま。 

大きな笑い声で、見なくてもそれと分かってしまう、例のトロールのおばさんだった。

しかし、今日は若いトロールの声が少なくても二人分あった。

ここ一月あまり、かなりの日数を通ってくれていたが、リアル以外の連れが

あるのは、初めてだった。 

せむしの老人のこもったような声・・・

「ご執心のようで、大変有り難く存じております。」

「まいったねえ、申し込んだのが三日前だよ!」

「おかげさまで。」

「まあいいさ。今日は弟子を二人連れてきた。楽しませてもらうよ。」

「ご存分に、どうぞ。」 

ヴィジョンは、お客様をもてなすために、目立たぬようキッチンに立った。

「マスター、ちょっとした用意がしたいんだが、いいかね?」

「言っていただければ、こちらで致しましたのに。」

「いやいや、急な思いつきだったからね、許してもらえるなら、勝手にさせて

もらうが、いいかい?!」

「どうぞどうぞ、手伝うことがあるなら・・・ムラサキ!ムラサキ!!

お客様のお手伝いをしなさい。」 

ソファーは全て壁際に運ばれ、広くなったジュータンの広間の中央に、

大きな水パイプが運び込まれた。これらを手際よくやってのけたのは、

やせたのっぽのトロールと、太ったちびのトロールの二人だった。

さらに、彼らは、幾つもの大きな袋を部屋の中に運び込み、そこから

取り出したすみれの花を、部屋中に撒き始めた。

「これは見事な演出ですなあ。」

「マスターに感心されるとは思ってもみなかったよ。あはははははは・・・」 

右上の糸切り歯とその奥隣の歯が欠けてない。大口を開けて笑うものだから、

どうしてもそれが目立ってしまう。なぜか憎めない、愛嬌のようなものを

感じさせてくれていた。 

広い部屋の一角に、すみれの野原が出現した。用意された水パイプの瓶の

火皿に火が入れられ紫色の煙が、ゆっくりと部屋にたゆたい始めた。

「スミレ!おまえさんの世界を用意してみたのさ。自由に飛んでみな!!

おっと、これは悪かったね、おまえさんは羽根がなかったんだね、

そこんとこは、あたしが、ちゃんと助けてやるよ。」 

トロールのおばさんは、みんなに気付かれないように、ヴィジョンに片目を

つぶってみせた。ヴィジョンは、立膝の姿勢をとり、深く頭を下げ、

恭順の意を表した。

「スミレ!ここに来な!そう、そんで、お尻をだしな!そうだね、パンティーは

いらないね。そう、お尻をこっちに向けて、四つん這いで、違う、腕は折って、

そう、胸を床につけるようにお尻を高くあげて・・」 

ご婦人は、水パイプの吸い口を口に含んで、豪快に煙を吸い込んだ。

手早く、本体と吸い口をつなぐ管の部分を取り外すと、その管をヴィジョンの

お尻の穴に差し入れた。

「痛!」 

嫌がる暇もなく、ヴィジョンのお尻とトロールのおばさんの口が、一本の管で

繋がった。何が起こったのか、それは、ヴィジョンの様子を見れば、

一目瞭然だった。

「あっ、うっ、んっ。」 

ご婦人は、管を本体に戻し、既に水パイプを楽しんでいた。トロールのおばさんの

吹き出した煙は、ドーナツ型の輪を創って、ひとつ、ふたつと部屋の中を

漂っていた。

「いや!」 

姿勢を変えようとしたヴィジョンのお尻から、小さな破裂音がして、

煙が吹き出した。顔をおさえようと手を動かした拍子に、すーっという音と共に、

ヴィジョンのお尻から沢山の煙が勢いよく吹き出した。 

ヴィジョンは身を固くしてうずくまった。身体を隠せるところがあるのなら、

どこにでも潜り込みたい心境だった。 

笑い転げるトロールのやせたのっぽと太ったちび。

「こりゃいいや。」

「おかしら、最高のアイディアですぜ!」

「おいらにもやらして下せえ。」

「お前らには、もったいないよ。」

「おかしらばっかじゃ、大変だろうと思って。」

「うるさい!黙ってな!それと、」 

トロールのおばさんは若い弟子を肘でつつきながら、小声で・・・

「おかしらじゃねえ!言うなら親方って言いな!」

「なんで?」

「何でもいいから、そう言うんだよ!」 

トロールの女親方は、眉間にしわを寄せて、苦笑いするしかなかった。

「もう一回、こいつの尻から、ぼわっと煙を出させて下せえ、おかしら。」 

二回目は、煙を出しながら四つん這いで歩かされた。

三回目は、立ったままお尻を突き出すようにして、煙を吐き出すよう命じられた。

四回目は、太ったちびの顔に、煙を吹きかけた。トロールのおばさんも、

二人の若い弟子たちも、身体をふるわせて笑っていた。せむしの老人も、

声こそ出さないが、愉快そうに目を細めていた。 

ヴィジョンは恥ずかしがりながらも、身体がほてるのを感じ始めていた。

しかし、ヴィジョンが覚えているのはそこまでだった。自然な眠りとは

明らかに違う、力づくの睡魔が、ヴィジョンを深い眠りへと引きづり込んでいった。 


  

(つづく)