ルネサンスのプリマドンナ
(カテリーナ・スフォルツァ)
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この話は、レオナルド・ダビンチやミケランジェロの活躍したルネサンス期のイタリアが舞台です。
実在の人物、歴史上の事件を素材に使ったフィクションです。
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目の前のチェーザレ・ボルジアは、眠るでもなく目を閉じたまま、椅子に座っている。
白い羽をつけた黒いベレーも、絹の服も、もちろん、甲冑もつけてはいない、普段着の
二十五歳の男がいた。幾分頬を赤らめてはいるが、興奮とは言いがたい表情だった。
勝者の余裕というよりは、チェーザレの持つ天性の冷酷さだろう。これまでの戦いを
思い起こし勝利に酔いしれているのか、あるいは、これからの戦利品の扱いに
心躍らしているのか、その心の中までは、読み取ることはできない。
一方、ルネサンス期におけるイタリアのプリマドンナと謳われたカテリーナ・スフォルツァは、
鉄の胸当ての上に山吹色の服を羽織り、無造作に髪を後ろで束ね、チェーザレの前に
立っていた。幾分頬を赤らめているが、こちらは明らかに興奮した表情をした
三十七歳の女だった。
捕虜となった屈辱がその表情に幾分影を落としてはいるが、女の身でありながら、
君主としてこの国を十二年間守り抜いた誇りが、その表情を凛々しく輝かせていた。
ローマ法王領であるロマーニャ地方にのさばり悪政をしく小僭主を制圧し、
教会のものは教会に返すという大義名分のもと、チェーザレは、父であるローマ法王
アレッサンドロ六世の法王教書を以って、まず、ロマーニャ地方の小僭主たちに対し
宣戦布告した。その最初の攻撃目標が、カテリーナ・スフォルッア伯爵夫人の領国
フォルリとイーモラだったのである。フランス ルイ十二世より借り受けた、
イヴ・ダレグレ指揮下の三百の槍騎兵、ディジョン指揮下のガスコーニュとスイスの
歩兵四千。ヴィテロッツォ・ヴィテッリが指揮するイタリア スペインの傭兵と、
アキッレ・ティベルティとエルコレ・ベンティヴォーリオの傭兵を加えた、総勢、
約一万五千の傭兵軍の総指揮を取るのが、チェーザレ・ボルジアだった。
ロマーニャ地方最強のひとつといわれたイーモラの要塞は、フォルリからの援軍も無く
チェーザレの前に十五日間で陥落した。
その間カテリーナは、チェーザレを迎え撃つ準備の為、農業用水を止め、見通しの
邪魔になる立ち木をすべて切り倒し、農民をフォルリ市内に強制移住させた。そして、
膨大な食料物資とともに、ラヴァルディーノの城砦に立てこもった。
これまでの専制的な政治への不満に加えて、この民衆を無視し、城砦を守る
ことだけに専心したカテリーナに対し、フォルリの民衆の心は、これで完全に
離れてしまった。
1499年12月19日午後、雨の中チェーザレは、白馬にまたがり、フォルリの町に
歓迎の意を以って迎えられた。一万五千の全軍の兵に対して、フォルリ市民の家々が
宿舎として提供された。これで、カテリーナ・スフォルッアに残されたものはフォルリの
町外れにあるラヴァルディーノの城砦だけとなったのである。
城砦に向かって掘りの岸に立つチェーザレと、峡間胸壁の上に立つカテリーナとの間で、
三度ほど会見が持たれたが、カテリーナからの脅しの砲弾がチェーザレに打ち込まれる
という幕切れで、最後の会見を終えた。篭城戦の開始である。
重苦しい灰色の雪雲が垂れ込めるフォルリの町にも、新年は訪れた。
大きな塔を四つの小塔が囲む難攻不落の城砦も、一ヶ月という篭城戦によって、
無残な姿をさらしていた。
そして、篭城戦最後の日。1500年1月12日。
外城壁は連日の砲撃ですでに破壊されていた。とてつもない数の薪束とその上に
乗せられた船が橋となり、外城壁と内城壁の間の堀も意味をなさず、多くの兵士が
内側の城壁をよじ登って城砦の中に入っていった。 攻撃軍が四つの塔のひとつを
占拠し、その塔の旗を奪い取ると、攻撃軍は勢いづいて城砦の中になだれ込んだ。
まもなく四つある小塔の中の二つを守る傭兵隊長が寝返り、これを知ったカテリーナは、
わずかな手勢を連れ、城砦中央の大きな塔で防戦を続けた。
1500年1月12日の夜半過ぎ、伯爵夫人カテリーナ・スフォルッアは、傷付いた
兵士のうめき声の渦の中、七百の屍を縫うようにして、総司令官チェーザレと
フランス軍司令官ダレグレに両腕を支えられながら、捕虜として城砦を出た。
そして、そのまま、その夜と次の日の一日中、チェーザレは、カテリーナを連れて
自分の宿舎の寝室に引きこもってしまったのであった。
その寝室はもとより、数名の警備兵を除いて、側近ならびに従者までも、
チェーザレの宿舎となった有力者の家から退出させられていた。残されたものは、
チェーザレとカテリーナの二人だけ。
この事実を知ったフランス兵、そして後には全イタリアの世論までも、チェーザレの
この行為を非難したという。自由を奪われた高貴な女性を私的に拘束し凌辱したことは、
騎士道精神を冒涜するものであると。
「もう少し、くつろがれてはいかがですか?」
チェーザレは、目を閉じたままカテリーナに声をかけた。
「では、どうしろというのです?」
いすに深々と腰を下ろして目をつむっているチェーザレに対し、やや離れたところに
立たされているカテリーナは、くつろぐという言葉の意味を解しかねていた。
「戦は終わったのだから、いまさら鉄の胸当ても無いだろうと思ってね。」
どちらかというと、抑揚の無い、感情のこもっていないチェーザレの言葉に、
カテリーナは、とげとげしく突っかかるような感じで、
「胸当てを取れと?!」
チェーザレはあくまでも事務的な口調で、
「そう。」
カテリーナの昂揚した表情に、さらに赤みが加わった。
「羽織を取り、胸当てをはずし、帯を解き、スカートも下ろし、裸になれというのか?!」
チェーザレの口調は変わらない。
「そうしたいのなら、止めはしない。」
「何を企んでいる!?」
カテリーナは目を閉じたままのチェーザレをにらみつけながら叫んだ。
「なにも企んでなどいない。」
返事は返ってくるが、カテリーナには、チェーザレの本意が分からない。
いけないとは思いながら、怒りに任せた言葉が口をついてしまう。
「おまえとする話など無い!」
この部屋から出ようとするカテリーナに、初めて目をあけたチェーザレは、
語気厳しく叫んだ。
「動くな!」
チェーザレのあまりの豹変に、カテリーナは硬直したかのように
立ち止まってしまった。チェーザレはさらに続けた。
「くつろげとは言ったが、この部屋から出ていいとは言っていない!」
カテリーナも負けてはいなかった。振り向きざま、
「私は、あなたの捕虜でもなければ、ましてや奴隷でもない!」
チェーザレは、片方の口の端を上げ冷たく笑っただけだった。
二三歩チェーザレに詰め寄ったカテリーナは、
「私は、ダレグレというフランス兵の隊長に捕らわれたのです。つまり、
私の待遇はフランスの法律に寄るということです。戦時下では、女は
捕虜にできないというフランスの法律によって、私は、捕虜ではない。
ましてや、あなたの捕虜ではない!」
チェーザレは、カテリーナの自尊心まで吹き飛ばすほどに高笑いし、
「美しいだけではなく、度胸の据わった知識人といううわさもまんざら嘘では
なかったようだ。だが、この部屋には戦いに勝った私と、戦いに負けた
あなたがいるだけだ。しかも、あなたの常々使っている剣もこうしてここにある。」
この言葉を理解するには、カテリーナには少々時間が必要だった。
時のローマ法王アレッサンドロ六世をわが父として教会勢力の後ろ盾を得、
親族となったフランス王ルイ十二世の全面的な応援を受け、華々しく
登場したヴァレンティーノ公爵チェーザレ・ボルジアであったが、その政治的手腕、
軍事的手腕、信念等は、未知数であった。冷たく人を射るような眼差し
からだけでは、野望実現の為なら手段は選ばないという冷酷なチェーザレを、
見破ることはできないで当然だった。
「聡明な伯爵夫人にしては、どうしたことか。説明しないとだめですか。
二人しかいないこの部屋では、法律はこの私なのです。冷静さを欠いて
激情した伯爵夫人は、私に剣で切りかかり、私はやむを得ず返り討ちにした。
こう言う事実だって作り出せることくらい、あなたには理解できるはずだが。
まさか、ご婦人に忠誠を誓ったりするフランスの田舎臭い騎士道精神とやらを、
私が持ちあわせているなどとは考えてはいないでしょう。」
カテリーナは、これでようやく、チェーザレを理解する糸口をつかんだ。
「おまえの考えの中には、倫理とか、徳の高い行いなど無いらしい。」
「その通り。しかし、伯爵夫人、あなたもその点においては同じではないだろうか。
目的の為には手段は選ばない。」
「何のことでしょうか。」
白をきってはみたが、カテリーナには、チェーザレの言いたいことは
分かっていた。暗殺者、陰謀者への徹底的な、しかも残虐な処刑に
みられるように、カテリーナの統治は弾圧と恐怖によるものであった。
倫理にのっとり、徳の高い行いによって民衆の心をつかむ政治ではなかった。
「あなたの衣服を剥ぎ取って首に縄をつけ、三ヶ月もの間、バルコニーから
吊るしたままにしてあげてもいい。あるいは、石畳の上を、肉が削げ落ちるまで、
馬に引きずらせるのもいいかもしれない。空井戸に生きたまま投げ込んで
そのままっていうのはどうだろうか。」
これは、すべてカテリーナ・スフォルツァ伯爵夫人のした、処刑の一部であった。
「よくお調べですこと。」
チェーザレは相変わらず椅子に座ったままだったが、敬意を表するかの
ように胸に手を当てた。
「あなたは有名であられる。」
「脅迫するのかと思えば、今度はおだてて、お望みは何なのですか?!」
カテリーナは、馬鹿げたことを聞いたものだと後悔した。チェーザレの
望むことなど決まっている。
「くつろいでください。」
「またそれか!」
カテリーナは体が無性に熱くなるのを感じていた。
勝った者が負けた者のすべてを奪い取る、これは戦の習いである。
捕虜としての扱いに対して、礼節を欠くなどといった甘っちょろい考えなど、
チェーザレはもとよりカテリーナですら持っていなかった。欲しいから奪う。
理屈はそれで十分なはずだ。だから、カテリーナは、チェーザレが力ずくで
身体を奪ってくるのであれば、それはそれで諦めなければならないことかと
考えていた。
なのに、チェーザレは椅子に座ったまま立ちあがろうともしない。
カテリーナは、チェーザレの望みが強姦でないことに気づきはじめた。
自分と同じ冷酷さを持つ男に対し、恐怖に萎えてゆくもうひとつの女心を、
カテリーナは、感じはじめた。わたしはこんな弱い女ではなかったはずだと、
おのれを叱咤した。
「裸になれというのか!?」
「そうしたいのなら、止めはしない。」
カテリーナは唇をかんだ。山吹色の服を脱ぎ捨て、鉄の胸当てをはずした。
無造作に投げ捨てた鉄の胸当てが、大きな音を立てた。
「ここでは、あなたの勇猛果敢な振る舞いは、お呼びではないのだ。」
「無駄な抵抗はやめろって言うことかしら。」
「そうとられたのならそれでもかまわないが、無骨さより天衣無縫な美しさが
見たかったものだから。」
何をする男か分からないという恐怖を感じ、残された衣服に手をかけ、
ゆっくりと脱ぎ始めた。腰に金貨の入った袋をぶら下げ、金貨をばら撒きながら、
兵士を叱咤しながら城砦を走り回っていたカテリーナの面影は、
もうそこに無かった。これから、何をされるのか、どんな苦しいことを、
どんな痛いことを、どんな恥ずかしいことを、強要されるのか、この不安は、
カテリーナから、大胆で勇敢な強気の心を、一気にしぼませてしまった。
「そんなに、恥ずかしいかな。」
「おまえみたいな若造に、見て下さいと言わんばかりに恥ずかしい姿態を
さらす女が、どこにいるというのですか!」
チェーザレは、ゆっくりと、笑みを浮かべながら、カテリーナを指差した。
「そこに。」
今度はカテリーナが、笑みを浮かべながらゆっくりと、切り返した。
「経験の乏しいお坊ちゃまに教えて差し上げましょう。愛しい殿方の前だからこそ、
女も大胆になれるのです。嫌がる淑女に恥ずかしいことを無理強いするなど、
下級兵士ならまだしも、家柄があり教養のある殿方のすることではありません。
お金で納得しているような娼婦は別ですが。」
衣服を着た男の前で、裸体を晒すという生まれて始めての恥ずかしさの中の、
精一杯の演技だった。そんなカテリーナをチェーザレはいとも簡単にねじ伏せた。
「女からは常に何か教えられる、まさにこの古い諺どおり、勉強になりました。
ただ、それならば、伯爵夫人、あなたは、恥ずかしがらずにもっと大胆に
なってもよろしいのでは?」
カテリーナは、屈辱と恥辱から頭に血が上り、自分でも顔を赤らめていることが
分かるほどだった。それが、チェーザレの次の一言で、頭から血の気が
引いてしまった。
「わたしは、あなたを捕らえたフランス隊長に、一万デュカーティという
大金を与える約束をしているのです。そうなれば、あなたは私にお金で
買われた娼婦ということに、」
カテリーナはその場でくずおれてしまうほどのめまいを覚えた。娼婦扱いされる
屈辱もさる事ながら、これは、最後の望みが断ち切られる事を意味していた。
貸し与えられていたとはいえフランス兵が捕らえた捕虜は、フランス王の
捕虜としてフランス王の元に送致されなければならない。
だから、カテリーナはチェーザレの捕虜ではない、しかも、女は捕虜に出来ない
というフランスの法律のもとカテリーナは自由の身である。この理屈が、
一万デュカーティが賞金として、フランス隊長に支払われるという事実によって、
意味をなさなくなってしまうのである。つまり、まさしく伯爵夫人は、
一万デュカーティでフランス隊長からチェーザレに娼婦として売られたかたちと
なってしまうのであった。カテリーナは、チェーザレを恐ろしいと思った。
この落ち着いた冷徹さは、緻密で周到な準備があったからだったのだ。
「あなたは私にお金で買われる娼婦ということです。」
カテリーナは、チェーザレの言葉をかき消さんばかりに叫んだ、
「違う!」
叫んではみても、事態の好転は望むべくもなかった。しかし、全く望みが
ないわけではなかった。神聖ローマ帝国皇帝を義兄にもち、スフォルツァ、
ローヴェレ、リアーリオの三人の有力な親族枢機卿をもち、第三の夫
ジョバンニ・メディチとの縁からフィレンツェの有力貴族メディチ家とも関係がある。
だから、たとえ、ローマに送られようとも、再起の機会は必ずあるとカテリーナは
考えた。
「面白いものをお目にかけましょう。それを読んで、もう少し素直になって
くれればうれしいんだが。」
チェーザレは、近くの机の上にある、手紙を無造作に放り投げた。
「読んでいただきたい。」
手紙を手にしたカテリーナは、手が震えるのを感じた。
ローマ、サンピエトロ大寺院にて、漁夫の指輪とともに、と書かれてあった。
ローマ法王アレッサンドロ六世からの手紙である。しかも、その内容は、
フランスが騒ぎ出さないうちにカテリーナを殺してしまえという、遠まわしの
チェーザレへの命令書だった。
「ご安心下さい。今のところ、その命令は次に届いた手紙によって破棄されて
います。ただ、伯爵夫人がお考えのような楽観的な状況ではないことだけは、
ご理解頂けたかと思います。」
カテリーナは、絶望のふちに立たされた。フランス兵の捕虜、そして、
フランス王の臣下としての扱いを望んでいたのに、殺意すら抱いている
法王の居るローマへ送られかねない状況にあるというのだ。
「意気消沈といった面持ちになられたようだが、私は悪いようにはしないつもりだ。」
「取引ですか?」
「いいえ。」
「わたしをどうするつもりで?」
「ローマでの事ですか、それとも、今夜、これからの事ですか。」
「どちらもです。」
「私の一存ではどうにもならない問題ですが、ローマ ベルヴェデーレ宮に
捕虜として軟禁し、様子を見るというのが、今のところ妥当な成り行きかと
思われますが。ただ、今宵のことは、まだ、決め兼ねています。あなた次第
といったところでしょうか。」
「ひとまず様子を見る。ローマでは多分そんなところかもしれませんね。
でも、今宵は、そうでしょうか。わたし次第?馬鹿馬鹿しい。」
「これはこれは、ただ素直に自分をさらけ出していただければ、お互いに
もっと、楽しめるのではと思っただけです。あなたの望みどおりにしたいと
思っています。」
あらゆる望みを断ち切られたカテリーナに、素直に自分をさらけ出せとは
どういうことか。望みどおりにとはどういうことか。
「城壁の上に立ち、スカートをたくし上げ、丸見えになった自分のおまんこを
指差しながら、」
カテリーナは、青ざめて無意識に叫んでいた。
「違う!」
チェーザレはカテリーナを無視して話しつづけた。
「人質のわが子が殺されようとも、このおまんこで、」
「違う!」
「いくらでも作れるのを知らないのか!と叫んだとか。」
「違う!」
「そうむきにならなくてもいいではないか。それでは、これは作り話なわけだ。」
あくまでも冷静なチェーザレに、カテリーナもなんとか語気を和らげた。
だが、全身を絞り上げるような恥ずかしさに、震える声で、
「台詞は一字一句違わぬでもない。だが、スカートをたくし上げてはいない。
たくし上げるまねをしただけだ。」
カテリーナは、不思議な気分を味わっていた。なぜだか、こんな若造に、
そんなとるに足らぬ噂に腹を立てている自分をさらけ出すなど。
急に、激しい恥ずかしさと共に熱いなにかがこみ上げてきた。
「伯爵夫人、どちらにせよ、イタリアのプリマ・ドンナ(第一の女)には、
欠かせないエピソードに変わり無いかと、思うが。」
「つまらぬことに激昂した。」
カテリーナは、薄絹一枚の姿となって、チェーザレの前に立っていた。
陰毛は黒々と透けて見え、乳房のふくらみはもとより乳首までがはっきりと
見て取れた。この時、カテリーナは、震えるような恥ずかしさを感じていた。
男を知らぬ乙女でもあるまいに、チェーザレの視線から、逃れたいと思う
初心な自分の心に戸惑っていた。乳首は硬くはり始めていた。
チェーザレはあくまで無表情のまま、裸同然のカテリーナを鑑賞した。
美しかった。三十七の身体には見えなかった。まず、歳を重ねるたびに
脂肪も重ねてゆくイタリア女性にしては、かなりやせていた。色艶のいい肌は、
引き締まり、特に顔と手がきれいだった。髪も無造作に後ろに束ねてはあるが、
戦いの後なのに不潔感が無かった。名実ともにイタリアのプリマ・ドンナが、
恥ずかしそうにやや身をひねるように立っていた。
「きれいだ。」
戸惑い、ややうつむき加減だったカテリーナは、顔を上げ、チェーザレを
にらんだ。
「語気荒く怒りをあらわにするのも美しかったが、そうして羞恥に顔を赤らめ、
視線を落とす姿は、さらに美しい。」
信じられなかった。チェーザレの前で、些細な噂話に腹を立て、そして、
裸同然の姿態を晒すことが、こんなに恥ずかしいなどと、カテリーナには
驚きですらあった。
「無礼です。」
「ご婦人をお褒めするのが、無礼とは心外です。」
何をしようとしているのかが一向に分からないチェーザレに、カテリーナは
落ち着いてことの成り行きを見守る余裕が無くなっていた。どう事が上手く
運んでも、自由の身になることは九分九厘ありえない。ならば、この忌まわしい
試練は、素直に受け入れるから、早く終わって欲しい、という自暴自棄な
心境に陥りかけていた。しかし、『そんな歯の浮くようなことを言っていないで、
犯したいならさっさとやてくれ』なんて、口が裂けても言えるはずが無かった。
言えるはずが無かったが、若造の前で、裸同然になり、娼婦呼ばわりされ、
奴隷同然に立たされつづけ、しかも、意に反し、この状況が耐え切れぬほどの
恥ずかしさで、わが身をさいなんでいる事実から一刻も早く避けられるのなら
避けたかった。
つ づく