漠然と。。。生きていることに意味なんて無いと感じていた。
生きることに意味を見出せる人々は、順調な人生を歩んでいられる幸せな人達だけ。
順調な人生とは程遠い道を歩むのは、もちろんわたしの不器用さのせいだ。
道を踏み外しても軌道修正できる柔軟性や器用さを、わたしは持ち合わせていなかった。
目標を見失ってしまったのも、新たな目標を見出せないのも、もともとの性格によるものである。
考えるほどに、自分という存在に嫌気がさしてしまう。
だから。。。電話の向こう側が、変質者であってもかまわなかった。
生まれ落ちたことがすでに罪であり、こうして生き続けることは、わたしへの罰なんだと思ってた。
ざくざくと切り刻まれゴミ袋に詰められ人生を終えるのも、わたしらしいかもしれない。。。
存在し続ける限りわたしの罰は続くのだろうから・・・。
怪しげなキャッチコピーのテレクラは『奴隷市場』というネーミングだった。
レディコミの片隅に小さく掲載されたそれは、見落としそうな広告であった。
どことなく気になるそのネーミングは、記憶の片隅に住み込み。。。徐々に根を張っていた。
投げやりなわたしの中で『奴隷市場』は、はびこり続け。。。妄想は、日々蔓延し続けた。
妄想での人身売買の舞台は、忘れ去られた場末のストリップ劇場やら、裏道にある地下酒場であったりした。
週末の深夜、その競りはひっそりと行われるのだ。
粗末な台の上に立たされる女性は、後手に縛られ眩しいライトに照らし出される。
ライトの光に視覚を奪われた彼女等は、薄暗い店内に人影を認めても顔の判断までは出来ない。
ざわめきや囁き声に人の数を判断するのみである。
彼女等は全くの裸体であったり、申し訳程度の布地しか使ってない下着姿で立たされている。
泣き叫ぶ者には猿轡がかまされ、暴れる者は容赦なく平手打ちされる。
品定めに開脚し陰部を開くように強要され、鞭打たれながら嗚咽を漏らす。
差し入れられた指や玩具に感じよがる声もあがり、狂宴さながらのなか入札がおこなわれる・・・。
などと馬鹿げた妄想を抱くに至った。
馬鹿げた妄想だと解かっている。
だけど頭から離れない、馬鹿げた妄想。
この妄想から逃れるのは、簡単な事であった。
電話してみればいいのだから。。。
好奇心にも後押しされたわたしは、『奴隷市場』に電話をかけていた。
固い女性の声が電話の向こう側で流れてきた。
抑揚の無い女性の声は、システムについての簡単な説明の後、どちらの嗜好かと問いただしている。
わたしは考えもせず「M」を選択して、プッシュボタンの「2」を押した。
「ただいま、お相手を探しています・・・。」
その声の後に、金属質なオルゴールの音が唐突に流れ出した。
耳にキンキンとうるさいオルゴールの音は、同じフレーズを繰り返し奏でている。
受話器を耳に押し当てなくとも、そのオルゴールは響く音であったし、耳障りでもあった。
受話器をテーブルに置いて、煙草に火をつける。
繋がったら何を話そうか?馬鹿正直に答える人なんていないだろう。
だけどすぐにばれる嘘は吐きたくない。。。つじつまの合わない嘘は、聞いていて悲しくなってしまうもの、人にも吐きたくない。
「ふぅ・・・。」
煙を吐き出し、喉の渇きに気がついたあたしは、缶ジュースを冷蔵庫に取りに行った。
テーブルに戻ると、あの耳障りなオルゴールの音が聞こえなくなっていた。
「もしもし・・・。」
受話器に耳を押し当てながら発した声は、緊張のせいもあって自分の声に感じられない。
「返事が遅かったね。」
渋めの落ち着いた声。ロマンスグレーの紳士を想像させる声である。
「すいません、今 ジュース飲んでいたから・・・。」
聞かれてもいない言い訳をしていた。
あやふやになった語尾のあとに続く言葉を、相手は待っているのだろうか?
数秒の沈黙のなか、いい加減な名前と『奴隷市場』に電話した言い訳をでっちあげる。
「は・・初めまして、つかさと言います。」
いい加減な名前を言うわたしの声は、うわずってトーンがいつもより高くなっていた。
気持ちを落ち着かせ話し易いように、ジュースを2口飲み込む。
「つかさは、何をしていたのかな?」
何ってジュースを取りに行っていたのだけれど、それをそのまま言うと気に触るかもしれない。
嘘で塗り固めようとしていたのに、ありのままを告げる事に気が引けた。
だけど、気の利いた嘘も思いつかない。
「えっと・・・。」
もしかして相手はいやらしい状態にあることを、期待しているのかもしれない。
その期待を裏切る内容を言ったら、嘘を考える時間が稼げるかも。。。「喉が渇いて、飲み物を取りに行っていたんです。」
「緊張して口が渇いていたのだね。」
「ええ・・・まぁ・・・そんなところです・・・。」
否定すべきだったかも。。。そんな考えが頭を掠めたが、今更どうにもならない。
「ここは、初めてのようだね。」
この質問にも事実を言うしかなかった。
でたらめを言っていい加減に聞き流したガイダンスを問われたら、窮してしまう。
「そうです・・・。」
「つかさはどんなところか解かって、電話したのかな?」
微妙な質問であった。
SM的なテレクラだという認識はあった。
だけど妄想の否定という口実で、わたしは好奇心から電話をしている。
肯定する返事をした場合には、SMの相手を探しているという意味合いも含まれてしまうのではなかろうか。
否定的な返事をするのは、冷やかしかと一喝されるかもしれない。
「気の合う人・・同じような趣味の人と、話をする場所・・・?」
この時点であたしは相手のペースに呑まれ、でたらめを考える余裕すら無くなっていた。
嘘を吐くつもりだったら、初めから嘘で塗り固めておかないといけなかったようだ。
人格から性格に至るまで、想定していなかったあたしは、ありのままでへらへらとしゃべる事に、なってしまった。
「そうだね。つかさはどういった趣味嗜好を、持っているのかな?」
『趣味思考』とは、話の流れに合わない堅すぎる質問に感じていた。
だけどそれが、自分の勘違いであること。
また、趣味嗜好を聞く事が挨拶代わりとは、この時点では知るよしも無かった。
唐突な質問には、質問で反撃してしまおう。
「そういえば、お名前さえ伺っていないのですが・・・、お聞きしてもいいかしら?」
控えめに、大きな猫を被っての反撃は、効いたのかもしれない。
ほんの2〜3秒の沈黙に、少しだけわたしに余裕がうまれた。
「足立とでも呼んでくれればいい。つかさは自分のことを話す事に、躊躇いがあるようだね。」
その後足立と名乗った男は、自分のことをあれこれと話し出した。
警戒心を解こうとしたのだろう。
だけどわたしはその内容をほとんど覚えていない。
ただ一つ確証のあることは、男が足立という名前でない事だけであった。
『奴隷市場』には、その後も時々電話をしていた。
そんな中。。。嗜好を聞くのは挨拶みたいなものだとか、テレフォン・エッチに似た電話調教なるものを知った。
初めてした電話調教は、白けさせる内容。
受話器の向こう側の男。。。名前も歳も覚えていないが、自称Sであった。
「今、つかさは僕の奴隷だよ、言う事は何でも聞かなくちゃいけないよ。」
で始まり。。。排尿音を聞かせろとか、玄関先に立って全裸で自慰行為をしろとか、言っていた。
それのどこが面白いのか、理解できない。
初めて電話で話した相手がした命令に従って、つきあったわたしも相当な変態である。
白けて途中から声や音の演技しかしなかったのに、
「ほら、大きく固くなったコレが欲しいだろう。どれくらい固いか聞かせてあげよう。」
受話器にソレをボンボンと当て、音を聞かせる男もどうしようもなく変態だ。
馬鹿らしくて電話を切っていた。
『奴隷市場』で繋がる受話器の向こうの男達。
彼等には、呆れ果ててしまう。
早急に欲望を満たそうとする姿勢は、同調する暇さえわたしに与えない。
自分本位な性行為やフェティシズムを、満足させることに執着している。
彼等が追い求めるもの。
それは全てを受け入れる、究極の母親像ではなかろうか?
そんなマザコン男は、私の嫌いな人種であった。
それなのに『奴隷市場』に、わたしは電話をしている。
淡い期待感を持って、受話器を持っている。
なにを期待していたのか、解からないまま電話している。
再び足立と繋がったとき。。。期待が何だったのか解かった。
あたしは足立と再び話がしたかったのだと。。。