愛 奴 み あ




第2章  告  白



西とみあは、かねてから約束していた梅の花を観に、山奥の梅園に訪れていた。

みあは、梅の花が好きだった。「百花の魁」と言われる梅の花。

寒い冬を越え、春の訪れを一番に知らせる小さな梅の花に凛とした強さを

感じるのである。みあは、一大決心の抱えて梅園を訪れた。

大好きな梅の花の下なら勇気がでるかも。

白梅、紅梅が咲き乱れていた。まるで極楽浄土のような美しさである。

甘い梅の香りが流れていた。



「西さん、お願いがあるの。」

「なに?みあちゃんのお願いならなんでもきくよ」

「わたしを西さんのお嫁さんにしてください」

西の顔が、一瞬かたまった。そして黙っていた。

「西さん?」

みあは不安になった。拒否されたのか。沈黙が続いた。

みあは先に口をきった。

「ごめんね、西さん。・・・困らせちゃったみたいね。・・・もういいから。

ほんとにいいから、ね?」

みあに背を向けたまま、やっと西が口を開いた。

「ありがとう、みあちゃん。ありがとう・・・こんなおじさんと結婚してくれるなんて・・・

でも、ごめん。僕はみあちゃんを幸せにできないんだ。ごめん。もっと早く言うべき

だったのに。・・・ごめん」

「西さん?みあは西さんといっしょにいられるだけで、十分幸せだよ。」

西は空を見上げながら言った。

「みあちゃん、僕もみあちゃんが大好きさ。いっしょに暮らせれたらどんなに

うれしいだろう。でもね、ダメなんだ。・・・はっきり言うね。

僕は普通のセックスには興味がないんだ。・・・みあちゃん、SMって知ってる?」

みあは黙っていた。

「僕が感じる女性の一番美しい姿は縛られた姿なんだ。一番色っぽく見える顔は、

その縛られた状態で拘束と恥じらいを余儀なくされるときの顔。軽蔑されるだろうけど、

僕はいつも想像の中で君を縛っていた。君の肌にくい込む縄、羞恥と官能の狭間で、

妖艶な華となる君。・・・僕だけの華」

西が振り向くと、みあは両手で顔を覆い、泣いているようにしゃがみこんでいた。

西は、静かにみあの前までくると、同じようにしゃがんだ。

「みあちゃん、ごめんね。嫌な想いさせて。こんな変態おじさん、早く忘れてくれ。」

みあが顔を上げた。

「ちがうの!・・・ちがうの、西さんっ」

西は、みあの隣に肩を並べるように座った。みあはポツポツと話だした。

「わたしも西さんに話してないことがあるの。・・・わたし、小さいころ父の隠して

いた本を、そっと見たの・・・縄で縛られた女性の写真集だった。・・・最初は何これ?

って感じだったけど、何度も見ているうちに、すごく素敵に思えてきたの。

縛られて痛いはずなのに、顔は苦痛に歪んでいるのに、なぜか綺麗なの。気持ちよ

さそうなの。・・・わたしにはそう見えた。わたしもこんなふうにされてみたい。

・・・子供のくせにそう想ったの。おかしいでしょ。」

「いやぁ」

西が答えた。

「それからしばらくは、そんなこと忘れてた。恋人と普通のセックスをして、

それなりに感じて。・・・でも、いつも何か違うって感じてたの。どんなに好きな人に

抱かれていても、<何か違う>。その何かがずっとわからなかった。」

「うん、それで?」

「ある日、彼が遊びだからって、両手を紐で縛ったの。背筋がゾクゾクした。

その時思い出したの。あの写真集を。その日は、まるで自分じゃないようだった。

彼がね、冗談っぽく言ったの。<おまえ、マゾッ気あるんじゃないか>ってね。」

「その時、<そうか>って想ったの。それから、自分で通販でSMの本を買ってね、

読んだんだ。幾つも幾つも読んだよ。そのうち、やっと<何か>がわかってきたんだ。

うれしかった・・・。どうしてか、うれしかったの。」

「みあちゃんの<何か>、わかったよ。・・・ありがとう。・・・話にくいこと、

一生懸命話してくれて。」

「ううん、西さんだから話すことができたの。西さんが、自分のこと話してくれた

から、わたしも話せた」

「うん」

西は頷いた。そして、また空を見上げた。

二人の頭の上には、紅梅が咲き乱れていた。遠くに青い空が見えた。

大きく深呼吸をすると、西は言った。

「神様っているのかもしれないね」

みあも大きく深呼吸した後、答えた。

「うん、わたしもそう想う。・・・神様に、感謝しちゃう。」

二人は、顔を見合わせ笑った。そして、熱いキスを交わした。

「やっと巡りあえた」




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