愛 奴 み あ




第5章  手紙<ラブレター>

みあにとって、西の葬式はまるで映画の1シーンを見ているような感じだった。

ただ、目の前の映像が流れていくだけ。みあは目を開けているだけにすぎなかった。

不思議と、悲しみという感情は消えていた。いや、感じられなくなっていたのかもし

れない。

心が死んでいるのだから。



初七日がすぎ、家族はみあを心配しながらも、帰っていった。

両親は実家に帰ってくるように言ったが、「しばらくここにいたいの」というみあの

気持ちをくんだ。

「やっと一人になれたよ、あなた・・・」 遺影にむかってみあはつぶやいた。

「まだ、いるよね。待っててくれてるよね。今いくからね」

みあはそう言うと、かばんから市販の風邪薬と精神安定剤のビンをとりだした。

どちらも単独で使えば治療になるが、いっしょに大量に内服すると、意識障害を引き

起こす。

そのまま放置すれば、確実に死に至る。

みあは、西が好きだった着物に着替えた。生前、西はみあの着物姿を好んだ。

着物のまま、縛るのだ。なんともいえない色香を醸し出す。美しく妖艶な愛奴みあ



食卓の上に、両親への手紙を置いた。

「ごめんなさい・・・」



さあ行こう、と薬のビンに手をかけたとき、玄関のチャイムが鳴った。

こんな時間に・・・と思ったが、玄関に出て行った。「どなた様ですか?」

「夜分にすみません。役場の広岡です。急ぎ奥さんに渡したいものがあって・・・」

広岡は、西がかわいがっていた部下だった。

鍵をあけ、ドアを開けると、慌てた様子の広岡が立っていた。

「夜分に申し訳ないと思ったんですが、大事なことを思い出して。・・・僕、西さん

から奥さんに渡してほしい、

って前にこれを預かっていたんです。」

そう言って差し出したのは、一枚のフロッピーだった。

「西さん、もし自分に何かあったら、妻にこれを渡してほしい、頼む。って僕に渡し

たんです。驚いたけれど・・・

まさかこんなに早く渡すことになるなんて・・・」

フロッピーを受け取りながらみあは聞いた「それっていつ頃のことですか?」

「一ヶ月くらい前です。」

みあが泣いて、出向を辞めて欲しいとお願いしたころだ。西は、その頃すでに自分に

起こることを予感していたのか。

やっとの思いで、広岡に礼をいうと、みあはすぐにパソコンの前に座った。

この中に何があるんだろうか。夫は、わたしに何を残したのだろうか。

ドクドクと息をするのが苦しいくらい、激しく動悸がした。



ファイルの中には「みあへ」という文書が入っていた。ファイルを開けると



  「僕の愛するみあへ



  この手紙を君が読んでいるということは、僕はもういないんだね。ごめんね、みあ。

  君を残して、先に死んでしまうなんて、ひどい話だな。

  僕が、広岡にこの手紙を託したのは、僕のあとを、きっと君は追うだろうと思ったからさ。

  もし、僕が君を失っても同じことを考えるだろうからね。

  この手紙を読んでいるということは、まだ間に合ったんだね。よかった。



  みあ、夫でありご主人様である僕の命令だよ。

  死ぬことは許さない。生きなさい。どんなに辛くても悲しくても、生きなさい。



  みあ、忘れてはいけないよ。愛奴みあを生み、大事に育てたのはこの僕だ。

  愛奴みあは、僕の生きた証なんだよ。わかるかい?

  子供のない僕たちだけど、僕は子供を残すより、みあというすばらしい愛奴を残せる

  ことのほうがずっとうれしいんだ。



  残されたみあには辛いことだと承知の上で、命令しているんだ。

  みあ、僕の命令は、君がこの世にあるかぎり生き続けているんだよ。

  「生きる」ということが、僕の命令であり、調教なんだよ。愛奴の君は、命ある限り

  僕の調教を受け続けるんだ。



  みあ、君はちゃんと感じることができるはずだよ。僕の熱い眼差しを・・・

  官能に狂うみあを、愛しく見つめる僕を、感じられないかい・・・?



  みあ、僕たちの「精神の繋がり」は、死などによって絶たれる、そんな柔なもの

ではないはずだ。

  そうだろ、みあ。ご主人様と愛奴・・・この繋がりは、何ものによっても絶たれ

るものではないんだ。



  僕が育てた華・・・愛奴みあ

  命令だ・・・自分のマゾ性をもっと、もっと深めなさい。淫乱で妖艶で美しい大輪の

華になるんだ。

  僕は、いつも君のそばにいる。感じとるんだよ、僕を。



  最後に、みあ、身体を大事にしなさい。自分を大事にしなさい。・・・命令です。



      みあのご主人様より 





夫からの手紙<ラブレター>だ。

胸の奥から熱いものが込み上げた。みあは、泣いた。一晩中、声を上げて泣いた。







<つづく> <もどる>