七、黒い陽炎
「ついでに、毛も剃ってしまえ」
水道の栓を止めると、哲彦は冷酷な視線を美果の股間に向けた。
「マゾの女に、そんなものは要らねえよ」
「ハイ…」
寒さと羞かしさにガタガタと震えながらうなずく。
浴槽に漬けられると、美果はようやく普通の神経に戻ることができた。
自分は、もう茂之の妻でもこの家の主婦でもないのかもしれない…。
ただの猥褻物だと言われたことが、何よりもそれを暗示しているように思えた。
「おまえ、いつも使ってるカミソリがあるだろう」
「あ、そこに…」
入浴のとき陰毛の形を整えるのがこれまでの習慣であった。
使い慣れたカミソリが、すぐ横の化粧籠のなかにあった。
浴槽から立ち上がると、ようやく生気を取り戻した肌から湯滴があたりに散った。
「剃った毛は湯の中に落とせ。そのほうが世話がなくて良い」
哲彦がカミソリを渡しながら言った。
「ハイ」
立ったまま脚をひらく。下を覗くと鉈で割ったような陰裂が
湯面に写って揺れていた。
浴槽の縁に片足を乗せて、カミソリの刃を上に向けると土手の生え際に当てる。
ためらっている余裕はなかった。息を詰めて、美果は掻きあげるように
手首を引いた。
「はあッ…」
微かな音がして、かなりの分量の毛が、まとまってボタリと湯の中に落ちた。
独身時代から愛着をもって、ハート型に整えてきた陰毛が、見るかげもなく
形を崩されてゆく。
ジャリジャリと微かな音がするたびに、湯面に落ちるちぢれ毛が数を増した。
やがてツルツルになった恥丘の素肌が露出すると、剃りあとは腹部の白さより
いっそう青白く見えた。
「調べてください…」
美果は前かがみになって、自分でワレメの奥をさぐりながら言った。
「わたし、キレイになった?」
一本でも残っていることは気持ちが許さなかった。どうせ要らないのなら、
徹底的に奪い取ってほしい…。
「よかろう、カミソリを渡せ」
ホッとして、美果は殉教者のような気持になった。もうこれで身体に
残ったものは何もないのだ。
湯の中に、縮れた陰毛が無数の虫の死骸のように漂っている。
美果はふと、さまざまな自分の過去が身体から離れて浮いているような気がした。
それは同時にこれからの新しい出発へのしるしなのであろう。
「あがれ」
「あッ、はい…」
浴槽を出て、美果はタイルに蹲った。そのポーズがいちばん
自然のように思えた。
「こっちを向け!」
髪の毛を掴まれて顔を上げると、眼の前に斜めに怒張した男根があった。
これまで一度も触れたことのない哲彦の肉体である。
ギョッとして、美果は思わず顔をそむけようとした。
「ぐぇッ」
いきなり後頭部を抑さえつけられて、呼吸を整えるまもなく股間に顔を突っ込む。
いっぺんに根もとまで突っ込まれて、ゲェッと咽喉を鳴らした。
鼻が潰れそうになるほど圧しつけられて、息をすることができない。
太腿でガッシリと頬を挟まれているので、ちょうど咽喉の奥に
くさびを打ち込またような形になった。
「うッぷう…」
「動くんじゃねえぞ」
哲彦が、頭を抑さえつけたまま言った。
ザリザリッ…、と掴まれた髪の毛に異様な衝撃があった。続いてまた、
ザリッと次の衝撃がきた。
「ぎゃあッ」
ほとんど反射的に、美果が跳ねた。
「ぎゃッ、ぎゃあ…ッ」
「危ねえっ」
叱りつけるように哲彦が言った。
「おとなしくしろっ、怪我をするぞ!」
「ユッ、許してぇ…ッ」
夢中で哲彦の股間から逃れようとする。
「お願いですッ。カ、髪を切るのだけは止めてェ…ッ」
奪われるものは何もないと思った安堵を根底から否定されて、
美果は必死に哀願した。
「マゾになります、ほんとにマゾになりますからッ」
「この野郎、まだわからねえのかっ」
「ヒェェッ」
猛烈な平手打ちが頬に決まった。
斜めになったところをモロに乳房を蹴られて、仰向けにひっくり返った。
「カッ、カンニンして…」
「てめえ、おまんこの毛を剃れば良いとでも思ってるのか」
無毛になったばかりの恥丘を踏みつけて、哲彦が言った。
「マゾの女に人権はないと言ったろう」
「ハ、ハイ…ッ」
叩かれたはずみに鼻血を噴いて、タイルに血がとんでいる。
「甘ったれて気持ち良くなるばっかりがマゾじゃねえんだ」
「………」
「オモチャになり切ることが、本当の歓びだろうがっ」
「わ、わかりました…」
美果は、虚ろな視線で天井を見上げた。
「こい、もう一度やり直しだ」
腰が抜けたようになっているのを引きずって、頭から浴槽に漬ける。
ザブッと顔が沈むと、脚が宙を蹴った。陰毛の浮いた湯の中で、
髪の毛が海草のように揺れた。
「ぶはぁッ」
息をする暇を与えず、二度三度と強引に顔を突っ込むと、やがてブクブクと底から
大量の泡が浮き上がってきた。
引き上げると、ゲホッとお湯を吐いた。昨日から何も食べていないので、
出てきたのは濁った風呂の水ばかりである。
「カミソリじゃ無理だな。ハサミはどこにあるんだ?」
「カ、カガミの前…」
美果はうわごとのように言った。顔のあちこちに陰毛の残骸がへばりついている。
「待ってろ、いまキレイにしてやる」
背中に馬乗りになって、哲彦は容赦なく頭のてっぺんに鋏を入れた。
べったりと濡れた髪の毛は、ウエーヴがかかって肩の下くらいまであった。
残酷な音を立てて、それは惜し気もなく束になって切り取られていった。
全体が5ミリほどのトラ刈りになったところで身体を起こすと、咽喉に男根のくさびを
打ち込んで、太腿で頭を固定する。
カミソリを使って慎重に剃りあげてゆくのだが、これも容易な作業ではなかった。
コメカミからつむじのほうに少しづつ青い部分が広がって、完成までおよそ
一時間かかった。
「よし」
唇から涎の糸を引いて、美果はくたくたと足もとに崩れ落ちた。艶のある髪の毛が、
とぐろを巻いてあたりに散乱している。
「見ろよ、マゾ女の髪の毛だぜ」
美果は恐ろしいものでも見るように、自分の身体から離れてしまった
髪の毛の束を見つめた。
「わ、わたし、どうなっているの…」
頭にさわるのが怖くて、美果はうつむいたまま喘ぐように言った。
「ふふ、出来上がったところを見るか?」
哲彦が、浴室のドアを開けた。
よろめきながら引き出されて、美果は化粧鏡の前に立った。
「ああ…ッ」
美果は息をのんだ。
なんて、可愛いんだろう…!
それが第一印象であった。鏡に写っているのは、まったく別の世界の生き物である。
青白い頭の丸みは、どんな愛玩動物よりも可憐で新鮮だった。
女の虚栄とプライドを象徴する体毛を奪われたあとの肉体は、初々しい
清純さと臘人形のように妖艶な美を兼ね備えていた。
鞭の痕がまだ幾筋か残っていたが、琥珀色の乳首がピンと立って、
無毛の恥丘にくっきりと刻まれた縦の線…。
なだらかな肩の丸みから、盛り上がった乳房、くびれた腰、月並みな表現だが、
全体が不思議な羞じらいの媚態を示している。
この動物が、奇妙な魅力を持っていることに美果は自分でうろたえていた。
ほんとうに、わたしかしら…?
呆然として、美果は鏡に映ったもう一人の美果を見つめた。
「腕を上げてみろ」
哲彦が、後ろから声をかけた。
二の腕を高く上げて、頭の上で手の甲を合わせる。
ここだけは剃るのを禁止されているワキ毛が、黒い陽炎のように揺らめいていた。
卑猥だわ、もの凄く…、
先刻までの恐怖がまるで嘘のよう、身体の奥に異様なときめきがあって、
また新しい性欲が衝き上げてきた。
美果は、さらに深いマゾの歓楽の淵を覗いているような気がした。
八、淫らな美獣
「おまんこは濡れているか」
「は、はい」
美果は反射的に答えた。
鏡の向こうに現れた哲彦の浅黒い肉体は、美果よりふたまわりほども大きくて、
まるで妄想の世界に出てくる巨人ように見えた。
「こいつは、お前とは別の世界に棲んでいる動物なんだぜ」
哲彦が、肩ごしに鏡に写った美獣を指さしながら言った。
「これからどんな狂いかたをするか、自分で確かめて見ろ」
アッ…、
いきなり後ろから太腿を抱えられて、美果は軽い悲鳴を上げた。
脚がWの形にひらいて、真ん中に無毛の陰裂がパックリと口を開けている。
砂洗いで爛れた肉ベラが、鶏のササミのように垂れ下がっていた。
臘人形の身体の奥に秘められた卑猥な眺めを、美果は化粧台に
つんのめるような姿勢で凝視した。
そのとき、ひらいた股のつけ根にゴツンと異常な衝撃があった。
「ううむ…ッ」
何の予告もなく、怒張した肉塊が一挙に侵入して、背筋を突き抜けるような
劇痛が走った。
あっけなくというより、それはあまりにも突然にきた。
これまで、何回となく期待しては裏切られてきた哲彦との最初の結合である。
「アッ、アア…ッ」
鏡の中で、白い美獣がカッと眼を見ひらいている。美果には、それが
自分自身であることが信じられなかった。
粘膜をえぐるように肉塊が突き刺さっている。傷ついた粘膜が灼けるように熱い。
激しい疼痛が全身に広がって、たちまち痺れに変わった。
抱えられた尻を哲彦の下腹部に押しつけようとして、美果は
無意識に身を悶えた。
この間、僅かに数秒のできごとである。
「わッ」
突然、無情に男根を抜かれて、美果は危うく鏡の前からズリ落ちそうになった。
「あッいや、もっと…」
「バカやろう、快がるんじゃねえ」
尻たぶを鷲掴みにして、哲彦がぐいと割れ目をひろげた。自分では見る
ことの出来ない陰裂の後ろ側がムキ出しになった。
エエ…ッ、
美果は、息をのんだ。
先端が突きつけられたのは、それまで考えたこともなかった後門である。
「ど、どうするの…?」
「おまえ、こっちはバージンか?」
「ハハ、ハイ…」
前の穴に入れたのは、ただヌメリをつけるためだけだったのであろう。
狙われた場所がわかると、とたんに全身の筋肉が激しく緊張した。
「力を抜け、怖わがっちゃ駄目だ」
淫汁を塗りまわした肉塊を圧しつけられ、無理に捩じ込もうとすると、尻の穴が
ゴム風船を指で押したように陥没する。
「クッ、クゥッ…」
だが括約筋が固く締まって、どうしても受け入れることが出来ない。
「この野郎、もっと股をひらけっ」
「アアッ、ハイ…」
尻たぶに平手打ちを喰らって、よろめきながら身体を立て直すと、ビシッと
背中にベルトの鞭がとんだ。
「ヒィッ…」
「ケツの穴を犯されるのは、マゾの勤めだろうがっ」
続けざまに鞭をもらって、必死に化粧台にしがみつく。美果は正面から
美獣と向かい合う姿勢になった。
鞭が鳴るたびに、未熟なメロンのような坊主頭がのけ反る。みるみるうちに、
背中から腰のまわりにかけて、赤いミミズ腫れが広がっていった。
「ヤ、犯ッて…ッ」
全身が波を打って、鏡の美獣が喘ぎながら哲彦を呼んだ。
「お願い入れて下さいッ。いいから平気だから…ッ」
「自分で穴を濡らせ。ちゃんとやらねえと後が痛えぞ」
「ハ、ハイ…」
ためらっている余裕はなかった。
震える指先で、前の穴からヌメリを取って茶色の凹みに塗りつける。
哲彦が両手で骨盤を掴んで、先端をつぼみの中心に当てた。
「いくぜ」
強引に手前に引き寄せると、無惨に凹んだつぼみの真ん中がブチッと割れた。
「ギェ…ッ」
固く締まった括約筋を無理やりコジあけられて、美果はカリカリと奥歯を噛んだ。
亀頭の溝のあたりまでメリ込んだところを弾みをつけて前後に揺すると、
沼地に杭を打ちこむように、小刻みに臓物の中に埋まってゆく。
股を引き裂かれるほどの苦痛だったが、その奥に不思議な陶酔と
満足感があった。
「つうッ、も、もっと…」
火がついたような痛みをこらえて、美果は腰を揺すった。
とうとう、つながることができた…。
哲彦の肉体の一部になったことが、すべての苦痛を超えた至福の歓びであった。
「ひぇぇ、快い…ッ」
突き刺されたまま、絶え間なく背中で哲彦の鞭が鳴った。そのたびに、
肛門の括約筋が激しく収縮する。
身もだえして、美果は苦痛と快楽の境をさまよっていた。
尻の穴も淫汁を分泌するのか、男根の動きが滑らかになった。
鞭の間隔が、次第に短くなってくる。
ハッハッと息を弾ませて、美果は不思議な恍惚の世界に引き込まれていった。
「あ快いッ、いく…」
美果はせっぱつまった叫び声を上げた。
もちろん、クリトリスが感じているのではなかった。身体の内部で強烈な
オルガスムスに似た現象が起こるのである。
同時に、哲彦の動きが早くなった。
内臓を突き上げられて、美果は前のめりにゴツゴツと鏡に頭をぶつけた。
「ウゥゥ、い、いくぅ」
哲彦の最初の脈動を身体の深いところで感じたとき、美果は完全に
鏡の美獣と一体になっていた。
全身が痺れて、何かが溶けてゆくような気がする。もう鞭の痛さはほとんど
感じなかった。
バシィ…ッ、
激しい一撃を受けて、ゆっくりと振り返えると、美果は笑っているような
表情を浮かべた。
そして、ズルズルと鏡の前から崩れ落ちていった。
「まだだ、後始末をしろ」
引き起こして、まだ十分に固さの残っている肉塊を、咽喉の奥で
グリグリと捏ねる。
「ぐふ、ぐふッ」
首がぐらぐらになって、麻薬を嗅がされたように美果は全身の力を失っていた。
ようやく普通の感覚を取り戻して、あたりを見まわすことができたのは、
それから10分くらい経ってからのことだ。
「来い、めしを食わせてやる」
哲彦が、首に鎖りを巻きながら言った。
だが立ち上がって歩くことができない。横抱きにかかえられて玄関に戻ると、
昨夜からの毛布がそのままになっていた。
二階に上る階段の手すりに鎖りをつながれて、美果はぐったりと毛布に横になった。
「待ってろ、何かあるだろう」
哲彦が持ってきたのは、今朝茂之が食べ残していったらしいフランスパンと、
ポットにいくらか残っているコーヒーだけである。
毛布に胡座をかいて、哲彦は美果の丸い頭を膝の上に乗せた。
フランスパンの固い皮をむしって口の中に押し込む。冷たいコーヒーを含んで、
口うつしに飲ませてやると、美果はまるで夢を見ているような眼をした。
「美味しい…」
この時のパンの味を、美果はそれからずっと忘れることはなかった。
握りこぶしほどのパンのかけらを食べさせてしまうと、哲彦は立ち上がって
ズボンを穿いた。
「どこに行くの…?」
「帰るのさ」
哲彦は、こともなげに言った。
「何時までも、こんなところにいる訳にはいかねえからな」
「ええッ」
急に不安になって、美果は鞭で傷ついた身体を起こした。
「すぐ戻ってくるんでしよう?」
「さあ、今度はいつになるかわからねえな。風邪を引かないようにしろ」
哲彦はもう靴を履きはじめている。美果はあわててその足に縋ろうとした。
「い、行かないで…、お願いッ」
「心配することはねえよ。鍵はかけていってやる」
「待って…ッ」
だが、鎖りの長さは2メートルくらいしかなかった。それが現在の美果に許された
行動範囲なのである。
「お願いですッ。か、帰ってきて…」
カシャッと鍵をかける音が聞こえて、非情な靴音が遠ざかっていった。