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    十一、階上・階下


夫の茂之とエルが二階に消えたあと、美果は素裸のまま、哲彦の足もとに

うずくまって二日ぶりの食事をとった。

食事といっても、哲彦がコンビニで買ってきた生の食パンを勝手に口の中に

押し込まれるだけである。それでも二人きりになったことで、美果はようやく

自分を取り戻すことができた。

丸坊主になってから、一歩も外に出ていない。久し振りで食べるパンの味は

思いのほか新鮮だった。

ペットに餌を与えるように、哲彦がパンの耳をちぎってくれる。口移しに

ジュースを飲まされると、美果はほんとうに犬になったような気がした。

 ムキ出しの尻から背中にかけて、靴ベラの鞭の痕がヒリヒリと熱い。

クリトリスをマトモに叩かれた衝撃がまだ残っていて、腫れあがった粘膜が

疼くような脈を打っていた。

「あッ快いッ、キャッハハハ…」

 また、二階から羞じらいのないエルの嬌声が聞こえた。

のびのびと発育したボディに豊かな陰毛が渦を巻いて、茂之が獣のように

顔を突っ込んでいる情景がまだ眼の裏に灼きついている。

「バカバカッ、もっと強く…ッ」

 セックスにはあれほど淡白だった夫が、いったいどんな痴態を演じているのか…。

 想像しただけで、神経を締めつけられるような倒錯した性欲が突き上げてくる。

それは、嫉妬とも違う。美果がこれまでに経験したことのない、アブノーマルで

淫らな情念の世界だった。

「何だ、もう喰わねえのか?」

 哲彦が怪訝そうに言った。

「それだけじゃ身体がもたねえぞ」

美果はわずかに首を振った。あの声を聞くと、空っぽの胃袋が食べるものを

受けつけなくなってしまうのである。

 そのとき、二階でズシンと音がして、けたたましいエルの笑い声が聞こえた。

 思わず身をすくめて、おびえたように天井を見上げる。

「あの娘、けっこう女王様やってるじゃねえか」

 哲彦が、おもしろそうに言った。

「多分アルバイトだろうが、仕込めばものになるぜ」

「アルバイト…?」

 美果は、ちょっと意外な気がした。

女王様のことはSMの雑誌で知ってはいたが、実物に出会ったのは、

今日が初めてである。そう言えばエルは思ったより明るい感じで、

セックスを趣味で楽しんでいるような現代っ娘だった。

「ほんとうの女王様じゃないんですか」

「いまどき真ものなんかいねえよ。SMクラブに勤めてるのは大抵アルバイトだ」

 哲彦が、さも軽蔑したように言った。

「女王様といったって女は所詮マゾだ。いい加減なものさ」

「でも、ずいぶん馴れているみたい…」

ふと、以前訪ねたことのある『薔薇の館』というSMクラブを思い出して、

美果はおそるおそる哲彦の顔を覗いた。

「主人とは、前からのお知り合いだったんでしようか」

「知らねえな、初めての女だ」

 哲彦が、珍しくニヤニヤと笑った。

「お前、もしかして亭主にヤキモチを妬いているんじゃねえのか」

「えッ、いえそんな…」

 うろたえて、思わず顔が赤くなった。

夫がどんな女を抱こうと、今さら口を出す権利はないのだ。茂之の妻というより、

現在の美果は明らかに哲彦の女なのである。

「ごめんなさい、わたし余計なことを…」

 急に、胸に熱いものがこみあげてきた。

「わ、わたし、主人とはもう…」

離婚されても仕方がない…、それは哲彦との異常な関係が発覚したときから、

覚悟していたことであった。

 夫が公然と女王様のエルを自宅に連れてきたのも自然の成り行きであろう。

「お前、本気でそう思ってるのかよ」

「だって、これ以上あの人に迷惑をかけるわけには…」

「バカだな。彼はものすごくお前を愛しているんだぜ」

「えぇッ」

だが、現実に茂之が二階でエルと絡みあっていることを思えば、とても信じられる

言葉ではなかった。決して夫への愛情が醒めたわけではないが、溢れ出した水を

もとの器に戻すことは、とうてい不可能であろう。

「わたし、マ、マゾだから…」

 美果は必死の思いで言った。

「あの人では駄目なんです。お願い、わたしをどこかに連れていって…」

「このやろう、まだ判らねえのか!」

「あ…ッ」

 いきなりひっぱたかれて、美果は横ざまに尻餅をついた。

「自惚れるんじゃねえ、お前には相手を選ぶ権利なんかねえんだ」

「ごめんなさいッ」

「犯りたいと言われたら、誰の前でも股を拡げるのがマゾの女の勤めだろうが」

「は、はい…」

「まあ良い、おまんこをこっちに向けろ」

絨毯に転がったまま、美果は無意識に脚を拡げた。哲彦に犯されて夫に見捨てられる

のなら、それも本望である。

 無造作に身体を引き寄せると、哲彦が陰裂をひらいた。

「みろ、こんなに出しやがって…」

なめらかな膨らみの奥に、先刻エルが真っ赤な爪で掻きまわしていった肉ヒダが、

蜂蜜を塗ったように濡れている。

「ちょっと触られたくらいで、恥ずかしいと思わねえのか」

 哲彦が、残ったパンの切れはしでクリトリスの周囲を乱暴にこすった。

「ウェェッ…」

溜まっていた淫汁を拭き取ると、そのまま美果の口に押し込む。ヌメリのついた

パンの塊りを美果は眼をつぶって噛んだ。

「キャハハッ」

 二階の声が、まるで心臓を突き刺すように聞こえる。

奔放なエルのボディが、茂之の上で淫らな妖精のように躍っている姿が、鮮やかに

脳裏に浮かんだ。真っ赤に膨らんだ夫の肉塊が、いつもの三倍くらいの大きさで

性器に喰い込んでいる。真ん中がふたつに割れた卑猥な軟体動物が、

空中を幾つも浮遊していた。

妄想のとりこになって、声が聞こえるたびに、身体の芯に麻薬を注射たれている

ような気がする。

「快い快いッ、ギャハッ」

エルの声を聞くと、反射的に括約筋が収縮して、充血した穴のまわりに痺れる

ような快感が起こった。

「ウウム…」

身をよじって、絨毯に無毛の恥丘をこすりつける。自分ではどうにも処理することの

できない欲望のもどかしさに、美果は引きつった顔で哲彦を見上げた。

「ム、鞭をください」

異常な性欲を訴えるようにあえぐ。どんな方法でも良い、出口を失って暴れ

まわっている被虐の虫を追い出して欲しかった。

「お願いッ、ぶって…」

先刻、靴ベラで叩かれた痕が赤紫に変色している。頭髪も陰毛も失った肉体は、

初々しい乳房が異様にエロチックだった。

「お前、エルのことが、そんなに気になるのかよ」

 白い美獣が悶える姿態を、哲彦は冷酷に見下ろしながら言った。

「ちょうど良い。それじゃ、今から二階に上がってみるか?」

「エエッ」

 ギョッとして、美果は息を止めた。

「遠慮することはねえよ。その調子ならレズもいけるんじゃねえのか」

「ヒェッ」

 ブルブルと身体が震えた。

夫とエルが絡みあっている現場に引き出されることは、鞭の刺激よりもっと

淫靡な拷問である。

「恥ずかしがることはねえだろう。ひっぱたかれて悦ぶだけがマゾじゃねえんだ」

 二の腕を掴まれて、美果は絨毯を泳ぐように後ずさりした。

「許して下さいッ。それだけは…」

「何故よ。亭主がほかの女とヤッてるところを見たくねえのかい」

「ユ、許して…」

二人の痴態を見たくないというより、淫欲にまみれた姿で晒しものになるのが

耐えられなかった。肩まであるエルの茶髪に比べて、青々とした坊主頭は、

誰にも隠しようのない背徳のしるしである。

 応接間の隅にうずくまって、美果は震えながら哲彦を見上げた。

「このやろう!」

 猫が鼠を追い詰めるように、哲彦がぐいと顎を掴んだ。

「てめえ、自分が変態だってことを忘れるんじゃねえぞ」

「ハ、ハイ…」

「立てっ」

粘膜が火照って、また新しい淫汁が滲み出している。催眠術にかけられたように、

美果はフラフラと立ち上がった。



    十二、視姦の部屋


 震える手で、美果は三人分のコーヒーをいれた。

クリトリスがまだボッキしている。身体の奥に、満たされなかった被虐の

欲情がくすぶっていた。

「お前、あいつとは良いコンビになれるかも知れねえよ」

いれたばかりのコーヒーに手を伸ばして、ブラックのまま啜りながら、

哲彦が屈託のない声で言った。

「何時までも俺にくっついてることはねえ。階上で遊んでこい」

「えッ、来てくださらないの?」

二階からは、あれきり何の物音も聞こえてこない。この身体でエルの前に

出るのかと思うと、恥ずかしさを通り越して美果は一種の戦慄さえ感じる。

「あとで行くよ。マゾの女がどんなイキかたをするか、見習いの女王様に

見せてやれ」

「………」

「早く行け。コーヒーがさめるぜ」

「はい…」

さいわい、二階の騒がしさは静まったようだ。今なら眼をそむけるような場面に

出会うこともないだろう…。

勇気をふるい起こして、美果は階段をのぼった。心臓が潰れそうな不安と動悸が

交錯して、トレイに乗せたカップが、持っているだけでカチカチと鳴った。

 何と声をかけたら良いのか、襖の前に立ち止まって、美果は唾をのんだ。

「あのぅ、もしもし…」

「何だね…?」

なかから、物憂げな茂之の声が聞こえた。 ドキッと胸を衝かれて、思わず階段を

駆け降りそうになる。

「あ、あの…、コーヒーをお持ちしたんですけど…」

「ああ、はいんなさい」

覚悟を決めて、美果は指先でそっと襖を開けた。最初に眼に入ったのは、

スラリと伸びた女のふくらはぎである。

「し、失礼します…」

 眼を伏せたまま、美果は初めての客に挨拶するように頭を下げた。

二人とも全裸である。部屋中に、セックスを終った後のようなけだるい

雰囲気が漂っていた。

夫の腹を枕にして、エルがほとんど大の字になっている。こちらに足を向けて、

見事な太腿の中心に盛り上がった陰毛がゆっくりと息づいていた。

「そこに置いてくれ」

 眠っているエルを起こさないように、茂之が首だけ持ち上げて言った。

「あ、あの…」

股間の男根が、グタリと横になっている。

どうして良いかわからず、美果は正座して両手をタタミについた。

「アッ、誰か来たの?」

 エルが眼をあけて、びっくりしたように美果を見つめた。

「アラ、お坊さん…、どうしたのよ」

「エッ…」

 いきなりお坊さんと呼ばれて、美果はしどろもどろになった。

「ご、ごめんなさい。コーヒーが冷めないうちにと思って…」

「コーヒー? わッ嬉しい」

 オーバーな歓声をあげて起き上がると、遠慮なくカップに手をのばす。

「美味しい…」

 茂之の胸にもたれて、エルは無邪気に笑った。

「久し振りでイッちゃったもんで、眠ったみたい。やっぱり疲れるのよね」

「あ、それじゃ起こしてしまって…」

「いいのいいの。どうせ、今夜は泊まりなんだから…」

 エルはこともなげに言った。

美果のことなどまるで眼中にない。それから振り返って、茂之の前に

惜し気もなく股を広げた。

「ちょっと、おツユが乾いたらここが痒くなってきちゃった」

「えっ、どれどれ…」

 茂之が、別人のような素早さでワレメを覗いた。

「ちゃんと舐めなくちゃ駄目よ。もう一度気持ち良くして…」

エルは片手にカップを持って、もう一方の手で、器用に茂之の肉塊を弄んでいる。

どういう育ち方をしているのか、恥ずかしさをまったく知らない娘である。

 美果には、異常なエルの性格が、典型的な女王様のように思えた。

「この人、舐めるのがスゴク上手なの。お坊さんも何回もイカされたんでしょ?」

「え、ええ…」

美果は曖昧に笑った。だが正直なところ、茂之に舐めてもらったことは

結婚以来一度もないのだ。

 不思議に嫉妬めいた気持はなかった。

これまでヴエールに隠されていた夫の秘密を垣間見たような気がして、

ゾクゾクするほどの欲情を感じる。

「お坊さん、ほんとにこの人の奥さん?」

 コーヒーを飲みながら、エルが好奇心いっぱいの顔で言った。

「いつもどうやって暮らしてるの。信じらんない」

美果が口ごもっていると、顔の半分をエルの股間に埋めて、茂之が

くぐもった声で言った。

「私は妻を犯してもらうのが夢でね。こいつは正真正銘の女房ですよ」

「へえ凄い、私より変態ね!」

 エルが眼を輝かせて、珍しい動物を眺めるように身体の隅々を観察する。

「私もスキだけど、それじゃセックスが死ぬほど好きなんでしょ?」

美果はうつむいたまま、煮えたぎる羞恥の快感を味わっていた。それは鞭の

刺激と違って、心のヒダを掻きむしられるような感覚である。

「あら、お坊さんのくせに、ワキ毛を剃っていないの?」

 眼ざとく気がついて、エルが頓狂な声を出した。

「珍らしいわねッ。ちょっと見せて…」

「エッ…」

 思わず身体を固くすると、エルは自分から高々と肘を上げて、頭の後ろで組んだ。

「私なんかホラ、永久脱毛…」

 ピンと跳ね上がった乳首から、張りつめた曲線が腋窩に連続している。

体型は、全体に美果よりもひとまわり大きい。プロポーションが素晴らしい

だけに、美事な彫像のような上半身である。

「フフッ、私とは毛の生え方が反対ね」

 エルがウェーヴのかかった茶髪を掻きあげながら言った。

「ねぇちょっと、ワキ毛見せてよ…」

 美果は、全身が火の玉になったような気がした。

あやつり人形のような動作で二の腕を上げる。クリーム色の肌が、そこだけ

濃い蔭になって、見るからに卑猥な眺めである。

 そのとき、エルが突然嬌声を上げた。

「ア、そこ快いッ。もっとやって…」

 茂之が、顔を真っ赤にして陰毛に額をこすりつけている。

「ウゥゥ、また気持ち快くなりそう」

顔の上に胡座をかくような形で腰を据えると、粘膜が鼻の周囲に貼りついて、

大の男が息をすることができない。

「ぐふ、ぐふっ」

「この人、舐めるのが上手いのよッ。たまんない…」

 アア…ッ、

 先刻まで倒れていた夫の男根が、いつの間にか直立している。

 美果は、呆然とそれを凝視した。

「アいいッ、いくゥ」

 エルが激しく腰を揺すった。

「もっと強く舐めてッ。いくいくッ」

 もう少しで絶頂…、という時であった。

「女王様、元気が良いな」

 不意に、背中で嘲笑うような哲彦の声が聞こえた。

 ギョッとして美果が振り向く。その耳もとで、ヒュゥッと空気を裂く音が鳴った。

「ギヤァァ…ッ」

 のけ反って、エルが乳首を天井に向けた。 ビシ…ッ、

 避ける間もなく、ボリュームのある乳房のてっぺんに次の一撃がきた。

「ヒィーッ」

 あらためて、エルは長い悲鳴を上げた。

「意気地がねえな、立てっ」

 茶髪を掴んで引き起こすと、今度は平手で思い切り乳房を張った。

「ウワッ」

 恐怖に引きつった顔でよろめく。

「ブッ、ぶたないで…ッ」

 眼を皿のようにして、エルはその場に棒立ちになった。

「どこで修行してきたか知らねえが、そんなんじゃ女王様はつとまらねえぞ」

 細い鞭の先で乳首をつつきながら、哲彦が冷酷に言った。

「お前、さっきイキかけてたんだろ。続きをやってみな」

「ええッ」

「女王様がオナニーするところを見せてもらうのも面白いじゃねえか」

「待ってッ、やる、やるから…ッ」

 哲彦が鞭の先端をワレメの中に入れると、エルは、反射的に股を広げた。



<つづく><もどる>