十九、スパゲティの味
毛布を身体に巻いて、美果は粗末な椅子の陰でうつむいていた。
この部屋で唯一の家具である。20分くらい過ぎて、鉄の扉が錆びた
音をたてて開いた。
鍵は、初めから掛かっていないのである。
「美果サマ…」
電話で聞いた、よく澄んだ声であった。
「お食事を…、遅くなりました」
眼をあげると、ジーンズを穿いた若い女が立っていた。
テーブルがないので、食事の一式を乗せたトレイを絨毯の上に置くと、
手で美果のほうに押しやりながら言った。
「どうぞ、何も出来ませんけど…」
ピラフ仕立ての炒飯とコンソメスープ、野菜サラダ、ポークソーセージ、
それにクッキーが2個乗っている。美果はふと、香港にとぶ飛行機の
機内食を思い出した。
「あの…」
恥ずかしさをこらえて、美果は身体に巻いた毛布をはずした。
「麻耶さん…、ですか?」
「はい」
服装はエル女王様ほどケバくないが、少女雑誌の表紙にでも
出てきそうな可憐な顔立ちをしている。輪郭が小さいわりに眼が大きくて、
鳶色の瞳がキレイだった。あるいは、ハーフなのかも知れない。
雑誌のカバーガールのように見えるのはこのためであった。
「お世話をかけてしまって…」
美果は素裸のまま正座して頭を下げた。
「ごめんなさい。こんな恰好で…、わ、わたし…」
「いえ」
当惑したように、麻耶は首を振った。
「好いんです。私もマゾですから…」
「えッ?」
「あの、食べてください。なるべく早く」
麻耶は、戻る時間を気にしている様子だった。
あわててスプーンを取る。飢えきった胃袋に、塩分のきいた軽食の味は
何よりの御馳走であった。
絨毯に背をかがめて、何とか上手く食べようとするのだが、麻耶の眼には
やはり家畜としか映らなかったであろう。じっと見つめられていると、
美果は身が縮む思いがした。だが、麻耶が自分からマゾヒストだと
名乗ってくれたことで、どれほど気持ちが楽になったか知れない。
この人も同じ星の下に生まれている…。
どんな運命をたどって今ここにいるのかわからないが、そう言えば、
美果の星座は奇しくも乙女座であった。
「お身体は大丈夫ですか…」
鞭の条痕を見つめながら、麻耶がさり気なく声をかけた。
「陰部も、スパンクされるの?」
「えッ、えぇ…」
ギクッとして、ソーセージの塊りを嚥みこんだ拍子に咽喉が
ゴクンと音を立てた。
「気持ち快いですか?」
感情をおもてには出さなかったが、マゾヒストでなければ出来ない
質問である。クリトリスが急にボッキしそうになって、美果はあわてて
スプーンを置いた。
「御馳走さま、とっても美味しかった」
「もういいの? おなかスキませんか?」
「ありがと…」
麻耶が片付けはじめたのを見て、さっきから気になっていたことを聞いた。
「いま、何時かしら…?」
「電話をいただいたとき、2時ちょっと過ぎていました」
「それじゃお仕事中だったんでしよう。ごめんなさいね」
「いいえ、夜ですから…」
深夜の2時なのである。時間の流れが完全に混乱していた。
「あッ、麻耶さん…!」
立ち上がった背中を夢中で呼び止める。
「お願い教えてください。あの方は…、今度いつお見えになるんですか?」
「さぁ…」
振り返って、麻耶は首をかしげた。
「わからないんです。オーナーの予定は、私にも…」
鉄扉に鍵を掛ける音は聞こえなかった。どちらにしても、美果が外に出る
ことは不可能である。部屋に、微かな香水の匂いだけが残った。
麻耶が口にしたオーナーという言葉は、哲彦の実体を知るわずかな
手掛かりである。だが具体的なことは何ひとつわからなかった。それから
一日に一度か二度、電話をかけると麻耶が食事を運んでくれた。
メニューはだいたい似たようなものであった。
鞭の痕も次第に薄くなって、皮下の鬱血が赤紫から黄色に変色していた。
食事の回数にして5回目、つまり3日ほどたって、美果は生理になった。
パンティを穿いていないのでナプキンは使えない。電話でタンポンを
頼むのが恥ずかしくて、美果はトイレのビデで滲み出してくる経血を洗った。
結局、次の食事のときも言い出せなかった。
その晩…、
と言っても、本当に夜だったのかどうかは定かではない。血を洗って
トイレから出ると、不意に鉄の扉が開いた。
「こちらでございます…」
低いが澄んだ麻耶の声が聞こえた。
「おう」
入ってきたのは、50がらみの恰幅の良い男である。とっさに毛布を
引き寄せようとしたが間に合わなかった。
「ごゆっくり、どうぞ…」
「わかった。品物はそこに置いておけ」
麻耶は扉の向こう側にいて姿を見せない。細い手がトレイに乗せた
皿をそっと押し込む。ギギッと扉がきしんで閉じた。
「お前か、いい女じゃないか…」
靴のまま絨毯に上がってくると、男は椅子に腰を下ろして、美果の全身を
見上げ見下ろしながら言った。
「あ、あ、あなたは…?」
「余計なことを聞くものではない。質問に答えなさい」
男が、押さえ込むように言った。
「メンスになったのは、いつだ?」
「えッ」
やはり、気付かれていたのだ…、
それでなければ聞かれる筈がない。あの可憐な美少女に
身体の隅々まで観察されていたのだと思うと、背筋が寒くなった。
「えぇ、いつから始まったんだよ」
「き、きのう…、です」
「ふうん」
男は、ちょっと考えているような仕草を見せた。
「少し早いが…。まあ、新鮮なほうが良いだろう」
意味はよく解らなかったが、突然、黒雲のような不安が湧いた。
この男に売られたのだろうか…、
どんな男に抱かれても文句を言う資格はないと哲彦に宣告された
言葉が、まだ胸の奥に突き刺さっている。
美果は、頭の中が真っ白になった。
「もっと、こっちへおいで…」
男に手招きされて、宙を踏むように美果は前に進んだ。
「ふむ、だいぶシバかれているな」
腰骨に手を掛けてグルリと後ろにまわす。尻から太腿のあたりを
念入りに調べて、正面に戻した。
「アゥ…」
土手の肉をひろげて、顔を近づけると男はクンクンと鼻を鳴らして
匂いを嗅いだ。
「いい香りだ、無花果の匂いがするな」
満足そうにうなずく。それから指を入れてグイと中をえぐった。爪のまわりに
ヌルリとした赤いものが付いてくる。男は無造作に指を自分の口に入れた。
「美味い…!」
気の遠くなるような羞恥と不安で、美果は立っているのがやっとだった。
「ちょっと、アレを持ってきなさい」
顎で指されたほうを見ると、先刻、麻耶が置いていったトレイである。
皿の上に、茹であがったスパゲティが山盛りになっていた。
特に調理してあるというわけではないが、バターをからめてあるのか
つやつやと光っている。こんな場合だけに、美果は何だか蛔虫の山を
見るような気がした。
「スパゲティ・ミートソースは好きかね?」
おぼつかない歩き方でトレイを男の足もとに運ぶと、
男は上機嫌で言った。
「はい」
「なかなか美味いものだよ。今夜はゆっくりと御馳走になることにしよう」
何故かゾッとして、美果は思わず身を退こうとした。
男が、強引に足首を捕らえる。絨毯に転がされて身体を折り曲げると、
おむすびのような形でワレメが天井を向いた。
「動くんじゃないっ。じっとしていなさい!」
男が陰裂に唇をつけて、風船を膨らますようにプウッと空気を吹き込む。
「ウ、ウゥ、ウゥゥ…」
不安な予感が現実になった。
血が滲みはじめた肉ベラの隙間から、油で濡れたスパゲティを
ヌルヌルと押し込まれると、異様な重量感が腟の底に溜まっていった。
犯されるより、はるかに淫靡で屈辱的な責めであった。
歯を食いしばって、美果は悲惨な玩弄に耐えた。
二〇、黄金の輪
「しばらく、こうやっていなさい」
ポケットから絆創膏を出すと、男は左右の陰丘を合わせて幾重にも
貼った。最後に幅広のガムテープでぴったりと裂け目を塞ぐ。
「こうやっておけば女の体温で熟成して、味が滲み込むんだ」
皿の上に、スパゲティはもうほとんど残っていなかった。
男は、それ以上のことは何もしない。本気でスパゲティが熟成するのを
待つつもりなのであろう。奇態な経血マニヤである。
美果は、肩で息をしながら部屋の隅に転がっていた。穴の中が重苦しく、
痛いほど張っている。スパゲティが子宮の中にまでヌメリ込んでいるような
気がして、起き上がることができないのである。
陰裂は絆創膏で厳重に蓋をされているのだが、身を起こすと、
白い蛔虫のようなものがウシャウジャと溢れ出してしまいそう…。
そして、かなりの時間が過ぎた。
突然、ギィッと異様な音がして、また鉄の扉が開いた。
つんのめるように、人間のかたちをした黒い塊りが飛び込んできた。
「美果サマ…ッ」
ひと言だけ、短い声が聞こえた。バニーガールに似たエナメルの
コスチュームをつけた麻耶であった。
部屋の真ん中でようやく踏み止どまると、麻耶は振り返って
身構えるようなポーズをとった。飛び込んできたのではなく、思い切り
突き飛ばされたのである。扉の外から、数人の男の影が少女を取り囲んだ。
それぞれ、アメリカの怪奇映画に出てくるような三角頭巾を
すっぽりとかぶっている。
リーダーらしいのが椅子に腰掛けていた先客のスパゲティ男に近寄って
何か耳打ちした。
「あ、良いですよ。私はこっちの女に用があるんで見物させてもらいます」
相談はすぐにまとまったようであった。
スパゲティ男が椅子をズラして、美果がうずくまっている部屋の隅に
移動する。20帖ほどの部屋に入ってきた男の数は、全部で4人である。
そのとき、麻耶が弾かれたように扉のほうに駆け出そうとした。
男の一人が腕を掴んで引き戻す。
ドンと背中を突くと、前のめりに反対側によろめいていった。もう一人の
男が抱きとめてボールを投げ返すように次の男に送る。
「ウァ…ッ」
部屋を斜めに横切って、麻耶はリーダーらしい男の前に倒れこんだ。
それでも這うように扉に近づこうとする。
「腕を縛って…!」
リーダーが声をかけると、男たちが一斉に折り重なって少女を
押さえつけた。声はほとんど出さなかったが、麻耶は野兎が
跳ねるように暴れた。
必死に抵抗するのを、一人が手首をくくったロープを握って
手繰り寄せた。もう一人が反対側のロープを力まかせに引っ張る。
「イャァァ」
腕のつけ根が抜けそうになるほど左右に張られて、麻耶は苦悶の
表情を浮かべてヨロヨロと立ち上がった。
「脚、脚…っ」
爪先を蹴り上げようとするのだが、身体が十の字になっているので
自由が利かない。十の字は、たちまち大の字になった。
唖然として、美果はこの情景を見つめていた。
これはゲームなのだろうか、それとも麻耶は本当に抵抗しているのか…。
がっくりと首を垂れて、麻耶は部屋の真ん中で揺れていた。手足の
先端をそれぞれ別の方向に引っ張られているので身動きすることが
できないのである。
「悪いが、これを持って頂けませんか…」
「仕方がない。じゃ付合いましよう」
ロープを渡されて、スパゲティ男が見物席の椅子から立ち上がると
仲間に加わる。
「いつもこれだ。まったく世話がやけるんですよ」
リーダーが麻耶の正面にまわって、いきなり強烈な往復ビンタを食わせた。
ビシッ、バシッ…!
心臓が縮むような音に、美果は思わず眼をそむけた。
「今夜はお客様が多いんだ。ちゃんとおもてなし出来ないでどうする!」
バチッバチッと、遠慮会釈のないビンタが飛んだ。
「やるか、やらんのかっ」
「ヤ、やります」
麻耶が、身を悶えながら何かを訴えるように美果を見つめた。
男が、光沢のあるエナメルの衣装を脱がせにかかる。肌に貼りついた
ようなベストをずらし、ハイレグの股下にあるホックをはずすと、クリーム色の
身体の正面が露出する。
アァ…ッ
それは、美果が初めて眼にする肉体の装飾であった。
まだ固くて、上を向いている乳首の根もとに、かなりゲージの大きい金色の
リングがガッチリと嵌められていた。ふたつのリングを繋いで細めの
チェーンがみぞおちのあたりに垂れている。真ん中に、紅色の石が
入った小さなペンダントが揺れていた。
輪郭のくっきりした小型の陰毛を持っていて、クリトリスにひとつ、
左右の肉唇にふたつづつ、合計5個の金の輪が光っている。いつもは
陰裂の中に収まっているのだろうが、リングからは、それぞれ
30センチ以上あるチェーンが簾のように垂れ下がっていた。
ピアスは、それだけではなかった。
乳房に4個、臍の周囲に3個…、探せばまだ他にもあったかもしれない。
ダイヤこそ使っていないが、華麗な囚われの美畜である。
麻耶の奉仕はフェラチオが専門であった。男の前に膝立ちになって、
ズボンからヌッと突き出した肉塊を口に含む。
そのとき、鳶色の瞳がまたチラッと美果にサインを送った。
美少女を汚すのを楽しむように、次々に射出される男たちの精液を
一滴も残さず嚥みくだすことは相当な苦行である。
「どう、あなたも如何ですか?」
射精が一巡したとき、リーダーが声をかけた。
「私は結構です。こっちの方が良い…」
スパゲティ男が転がったまま動けなくなっている美果の脚を掴んで、
ズルズルと引き寄せると、あぐらの上に尻を乗せた。
「ウウム…」
腟の容量一杯に詰めこまれたスパゲティが、血と水分を吸い取って
いっそう膨らんでいる。男がベリッと絆創膏を剥がした。
塞がれていた土手がふたつに割れて、奥から血の泡と一緒に
白い塊りが盛り上がってきた。男があわてて口を寄せたが、とても
いっぺんに食べきれる量ではなかった。
「おうおう、こいつは大変だ」
大急ぎで、皿を股間に当てる。
「ここに出しなさい。落とすんじゃないぞ」
ゴボッ…と大量のスパゲティをいっぺん吐き出す。子供を産み落とすときは
こんな感じなのかもしれない。
「よし、この上にしゃがんで…」
血にまみれた皿を跨ぐと、続いて中に残っていたのがズルズルと
落ちてきた。
「スパゲティ・ブラッドソースですな」
三角頭巾がそれを見て、いかにも気色悪そうに言った。
穴から垂れ下がっているのをすすり込んだが、男は流石にそれ以上は
食べる気になれなかったようだ。糞喰いのスカトロマニヤもそうだが、
一度空気に触れてしまうと駄目なのである。
「次っ、こちらだ。グズグズするな!」
振り向くと、麻耶がようやく二巡目の最初の男の精液を嚥み終わった
ところだった。
男たちはそれぞれかなりの年配である。続けてボッキさせるだけでも
大変なのに、射精までもって行くのは並大抵の苦労ではなかろう。
時間がかかるので、待っている男をダレさせないために、麻耶は両手に
男根を握ってしごきながら乳首や性器のピアスを嬲られていた。
二人目の男が、ダッチワイフを使うように容赦なく腰を動かす。
一切の感情を奪われたセックスマシーンである。顎が外れそうな
苦痛に耐えて、麻耶は奉仕を続けなければならないのだった。
ふと、美果はその男が夫の茂之に似ているような気がした。
まさか…!
そんなことがある筈もないが、そのとき、恐ろしいことに気づいた。
茂之は、はじめからこのクラブのメンバーだったのではないか…?
それでなければ、これまでの夫と哲彦とのつながりの説明が
つかないことに美果はようやく思い当たったのだった。
そのとき、珍しく部屋の電話が鳴った。
リーダーの三角頭巾が受話器を取って、すぐに振り返った。
「美果というのはお前か…」
「はい」
「こっちへ来い。オーナーから電話だ」
「ハハ、はい…」
全身がこわばったようになって、美果はとっさに立ち上がることが出来なかった。