二十五、不思議な主役
「そやな、一緒に入ろう」
「いえあの、わ、わたし後から…」
「ええやないの、早く行ってキレイになっておいで」
はま子は、美果を亭主と一緒に風呂に入れることも何とも思って
いないのである。
三吉に引きずられるように、美果は階下の風呂場に行った。工場の機械の
片隅に囲いがあって、そこがタイル張りの浴室になっている。
浴槽に新しい湯が満たされていた。タオルも石鹸も、新しいものが
置いてある。それは三吉夫婦が美果を歓迎し同時に期待している証拠のように
思えた。
「おめこ洗ったろか?」
三吉が浴槽から身を乗り出して、覗きこむように言った。
「じ、自分でしますから…」
はま子にくさいと言われたことは、大変なショックだった。
ビルの地下室で過ごした10日間の体臭が肌にしみついて、気づかないうちに
辺りに発散している。女としていちばん恥ずかしい匂いである。
お湯に漬かる前に、美果は身体中に石鹸をぬって気が済むまで
洗った。三吉が浴槽の縁に腰を下ろして、ぼんやりとそれを見つめている。
ようやく肩からお湯をかぶって石鹸の泡を流すと、三吉が待ち兼ねた
ように言った。
「こっち向いてみいな」
身体を正面に向けると、僅かに伸びた陰毛がウッスラと三角地帯を
覆っている。ウエストから太腿にかけて、見違えるようにツヤのある
滑らかな肌が光っていた。
「ええ身体やなぁ、涎が出るわ」
両手で腰のくびれを引き寄せながら、三吉が言った。
「どや、ひとつハメさせてんか?」
「え、えッ…」
年齢に似合わず、股間の肉塊が斜めにそそり立っている。それを誇示する
ように三吉が大きく股をひろげた。
「びっくりせんかてええがな。ちょびっと味をみるだけや」
「ああッ、や、やめて…」
よろめいて、危うく転びそうになった。あわてて立ち直ろうとするところを
三吉が後ろから尻を抱えた。
「ユ、許して…ッ」
頭の中が、不気味なはま子の影像で一杯になっていた。
平凡な中年の主婦がなぜ亭主を女と一緒に入浴させようとするのか…。
美果が怖ろしいのは裸の三吉ではなくて、ここに姿を見せない
はま子なのである。
「アウゥ…ッ」
腰骨を抱えられて爪先立ちになったところに、背後からゴツンと
ぶつかるような衝撃がきた。
「なんや、洗ったばかりなのにもうヌメリを出しとるやないか」
粘膜を掻き分けるように肉の塊りが圧し入ってくる。そのとき階段の
上り口のあたりで、はま子が二人を呼ぶ声が聞こえた。
「何やってんの、早く来ないと御飯が冷めちゃうわよゥ」
とたんに、美果は背筋が凍りついたようになった。
「おっと、ほな、めしが先や、よく温ったまって出なはれ」
三吉も風呂場で犯すことが目的ではなかったようだ。惜しげもなく
男根を抜いて、あっさりと美果を放すとそうそうに身体を拭いた。
ホッとして、美果はもう一度汚れたところを念入りに洗った。
浴室を出ると、いつの間にか足もとに浴衣が置いてある。はま子が
いつここに来たのかとドキッとしたが、ほかに着るものはなかった。
パンティははじめから穿いてないので、素肌にきっちりと帯を締めて、美果は
二階に戻った。
「あら、似合うやないの」
さっぱりした浴衣姿を見て、はま子は満足そうに笑った。
「有り難うございました」
何日ぶりかで風呂らしい風呂にはいって、生き返ったような気持に
なったことは事実である。
「おなかがすいたやろ。何もないけど我慢してや」
ちゃぶ台に三人分の食事の皿が並んでいた。トンカツに卵焼き、
野菜の炒めもの、熱い湯気のたった味噌汁など…、凝ったものでは
ないが、すべて手料理である。
「精力つけとかなあかんで…」
三吉があぐらをかいて、コップにビールを注ぎながら言った。
「本番はこれからや。わざわざ東京から来て貰ったんやさかいな」
「は、はい…」
身体の奥に風呂場での感触がまだ残っている。
すすめられるままに、美果はビールを飲んだ。何食わぬ顔で、
はま子が食事の世話を焼いてくれた。これだけならどう見ても
普通のおばさんである。
夫の茂之が、ミンクハウスのエルを逗子の家に連れてきた夜のことを
思い出す。あのとき美果は、とてもこれほど冷静ではいられなかったのである。
もしかしたら、本当に変態なのは三吉よりはま子なのかも知れない…。
美果は、直観的にそう思った。
「そろそろ、始めようやないか」
食卓の料理は半分以上残っていたが、三吉が隣りの部屋の襖を開けた。
6帖の部屋いっぱいに、真っ白いシーツをかけた布団が敷いてある。
はま子が昼間のうちに用意して置いたのであろう。
美果はもう驚かなかった。ここが今夜、銀の鈴が弄ばれる舞台なのである。
「おいで…」
三吉にうながされて美果は躊躇なく立ち上がった。飲まされたビールが
身体の中で淫靡なリズムを奏でていた。
浴衣の帯を解かれて、肌が三吉に触れたとき、ちらりとちゃぶ台の横を
見たが、はま子の姿は何故か見えなくなっていた。
「奥さまは…?」
「風呂にでも行ったんやろ」
心のどこかで、ふっと冷たい風が吹いたような気がした。
はま子の存在には、異様な怖ろしさを感じる。だがそれを意識しない寝室は
美果にとってただの不倫の現場に過ぎないのだった。
独身時代から数えて、三吉が何人目の男になるのかわからないが、
女はまだエルと麻耶の二人だけしか知らないのである。
もし、あの奥さんに抱かれたらどうなるのだろう…。
ブルッと身体が震えた。
「見た通りの変態夫婦やさかい、たっぷりと楽しませてもらいまっせ」
いきなり布団に押し倒され、唇にビールの匂いのする生温かい息が
からみついてきた。美果は、ほとんど反射的に股をひろげた。
「銀の鈴のおめこや、滅多に拝めんしろものやで…」
こうこうと明るい電灯の下で、三吉がひらいた肉唇の間にガブッと
顔を埋めた。
「ウ、ウッ…」
クリトリスがビリビリと痺れる。短い陰毛を天井に向けて、美果は
奥歯を噛んだ。
「ウムッ、クウゥ」
軟らかな肉ベラがすぐに唾液でベタベタになった。与えられた刺激が
全身を駆けめぐって、快感が次第に上昇する。
「よっしゃ、イクときの顔を見せてんか」
三吉が唇を離して、まともにのしかかってきた。真上から両腕をガッチリと
抑さえつけられて、卑猥なワキ毛をさらけ出す。
「ア、快い…ッ」
美果は、鋭い叫び声を上げた。
弾力のある肉の塊りが、メリ込むように子宮の底を衝いた。
「イッ…、イッて、しまうッ」
「おう、良く締まるわ。たまらんな」
「アウゥ…ッ」
太腿が宙を蹴った。のけ反って、次の大波を必死でこらえようとした
ときであった。
「あんたら、何してんねん!」
快感の波に揉まれてもがきながら、美果は凝然と眼をひらいた。
開け放した襖の横に、湯上がりのはま子がピンク色の肌に浴衣を
ひっかけて立っていた。跳ね起きようとしたが、三吉に腕を抑さえられていて
身動きすることができない。
「アァァ、イクゥ…」
恐怖の視線をはま子に向けたまま、美果は夢中で口走った。激しいショックで
感覚のコントロールが利かなくなっていた。
「何やて…?」
はま子が唇を歪めた。
「この子は…ッ、まるで泥棒猫やな」
「ヒィ…ッ」
「まあ、ええやないか」
三吉が、ゆっくりと身体を起こしながら言った。
「せっかく東京から来てもろた女やさかい、もちょっと犯らせてぇな」
「ふん、犯るんならうちが犯ったる!」
はま子が押し入れを開けて、バサッと美果の胸もとに何かを投げた。
油光りしたような数条のロープである。
二十六、縄だるま
美果には、これが示し合わせた演出であることはある程度わかっていた。
三吉が女を犯しているとき、突然女房のはま子が現れるといったストーリーは、
おそらくこの夫婦がいつも使っているプレイへの誘導手段なのである。
それでなければ、三吉と一緒に風呂に入ることをすすめたり、眼の前で
乳房を嬲られても何の動揺も示さなかったはま子が、急に怒りだしたり
する筈もないのだ。
「………」
尻餅をついたまま後ずさりしながら、美果は身体が宙に浮いている
ような気持で、はま子の形相を見つめた。
「なんや、その顔は…、淫乱なおめこ泥棒やないか…」
演技とわかっていても、美果には言いわけをする言葉がなかった。
悪く言えば罠に嵌められたのだが、現実に三吉の肉塊はふかぶかと
突き刺さっていたし、乳房から尻の穴まで丸見えだったのである。
「あんた、ひとの家にきて亭主を寝取ったんやで」
手に持ったロープの束をしごきながら、はま子が舌なめずりするように言った。
「ええ度胸や。バレたらどないされるか覚悟してやったんやろな?」
「えッいえ、わたし…」
「まッ図々しい。なんやその恰好は、おめこ丸出しやないか」
アッ…、と美果は反射的に膝を揃えて布団に正座した。
「言ってみいな、うちの人に何度イカされたんや」
眉を吊り上げて、歪んだ笑いを浮かべる。演技は真に迫っていた、と言うより、
その場の雰囲気に乗って本気で嫉妬に狂っているとしか思えなかった。
「も、申しわけ…」
言い終わらないうちに、バシィッと肩口にロープの鞭が飛んできた。
「クゥゥッ」
思わず身体が傾いて、両手をついたまま顔を布団に伏せる。
「色気違いみたいに、おめこ晒しくさって、覚えておき…ッ」
容赦しない鞭が、続けざまに鳴った。
「ウゥ、ウゥ…ッ」
声を出すまいとして、美果は夢中で敷布に爪を立てた。
ロープの重さが背筋から下腹まで突き抜けるような気がする。たちまち、
背中一面に赤紫色の条痕が浮び上がってきた。気が遠くなるような
衝撃の中で、美果はようやくこれまでの成り行きを理解することができた。
この女に会わせることが、哲彦の目的だったのであろう。三吉は、言わば
介添役に過ぎない。ゲームは、東京で哲彦に新幹線のチケットを渡された
ときから始まっていたのだ。主役は間違いなく女房のはま子である。
よそ見には平凡で、人の良さそうなただのおばさんだが、彼女こそ哲彦が
真物は滅多にいないと言っていた女王様…。つまり真性の女サディスト
なのであろう。それは美果にとって戦慄するほどの驚きであった。
「ほんま、しぶとい子やねえ」
はま子が、軽く息を弾ませながらロープを棄てた。
「この子、わりと辛抱が良いさかい。ムチには馴れてるんやな」
突っ伏している腕を捩じ上げながら、はま子は人形の壊れ具合を
確かめるように言った。
「良い肌して…、この身体ならちょっとくらいきつく責めても応えへんやろ」
「アッ、うぅむ…」
グキッと肩の骨が鳴った。
「ちょっと、もう少し縄を出してんか」
「よっしゃ」
三吉が押し入れからダンボールの箱を出して、ドサッとひっくり返すと、
大量のロープの束が蛇のように布団の上に散乱した。
縛られる…!
そう直感したとき、太腿の奥がズキン…と脈を打った。
みるみるうちに、犯されたあとの充血したクリトリスが膨らんでくるのが
わかった。強烈な被虐性のボッキである。
「もう少し、きつく折檻してやらんとあかんわ」
はま子が背中で思い切り手首を交差して、ギリギリと縄を巻きつけ
ながら言った。
肘を固定され後ろ手に締め上げられると、乳房がピンと張って胸が
弓なりに反った。何人の女の脂を吸ってきたのか、ロープはなめし革のように
しなやかで、にぶい光沢を持っていた。
ズキ、ズキ…とクリトリスが疼く。
正座した内股の奥で、クリトリスが痛いほど固くなってセリ出している。
焦点を失った視線で、美果は痴呆のようにはま子を見上げた。
「なんや、サカリがついたような眼ェして…」
盛り上がった乳房に8の字にロープをまわしながら、はま子が笑った。
「敏感な子やな。こんなんで、もう感じているんかいな」
胸を締めつけられて、小刻みに肩で息をしている美果を見下ろすポーズに、
一種の貫禄のようなものさえ漂っている。
「ええか、マゾの女は人間やないんやで…」
「はは、はい」
「そやけど、けだものとも違うんや。おめこが進化してるさかいな」
片足を腰骨にかけてウエストを締める。女の力だが、まるで荷造りの
感覚である。
「アフッ」
ビクッ…と、クリトリスが跳ねた。
「今のうちや、イクんやったら勝手にイッたらええがな」
「お、奥サマ…ッ」
筋肉が続けざまに収縮した。痺れが全身に広がって、いつの間にか
緊縛の苦痛を感じなくなっている。身体のあちこちに、重なりあったロープの
瘤や結び目が次第に増えていった。
本当にイッているのかどうか、美果自身にもよくわからなかった。
ただ不思議な陶酔と錯乱に襲われていることだけは確かである。
「これッ、もっとしゃんとしなはれ!」
膝を立てて足首と太腿を俵を締めるように縛り上げられると、ようやく
バランスをとって倒れないのがやっと…、美果はがんじがらめの
縄達磨になった。
「もうええやろ。そのへんで…」
残っていたビールを飲み干しながら、三吉が声をかけた。
「もうちょっとや、すぐ終わるさかい」
残ったロープを2重にして腰縄に結びつけると、尻の割れ目から手早く前に
まわす。先端を乳房のロープにかけて、容赦なく引き絞った。とたんに肉唇が
激しくロープを噛んで、クリトリスを圧し潰すように食い込んでくる。
「ア痛ゥッ…」
もう快感どころではなかった。身をよじろうとするのだが、ギッチリ縛られていて
自由がきかない。
「オーバーやな。どないしたん」
「す、すこし緩めてください…ッ」
「あら、ちょうど良い具合やないの」
はま子は、縛り上げた生贄をいたぶるように言った。
「辛抱おし。またすぐイキたくなるさかい、それまでのお慰みや」
「アヒィ…ッ」
美果は、身体を丸くして喘いだ。動けば動くだけ、クリトリスを毟り取られる
ような痛みが増すばかりである。
「どや、そろそろ出来たんかい?」
三吉が隣りの部屋から立ち上がって、美果の様子を覗きこむ。
「ほう、ええ顔しとるやんか。これやったらちんぼもタツわ」
「阿呆なこと言いな」
ケラケラと女房が笑った。
「肝心なところは縄でくくってあるさかい、お役に立ちまへんで…」
「わかっとるがな。どうせ、お前のオモチャなんやろ」
どこか、遊び半分の会話である。それだけに、ゾッとするほどアブノーマルな
情欲のかげりが言葉の端々にチラついていた。
「そやけど、わざわざ東京から連れてきたんや。こっちにもヤラせんかい」
「へえ、珍しく元気やね」
はま子が、硬直した亭主の肉塊を眺めながら言った。
「こんな泥棒猫のどこが気に入ったの?」
「決まっとるやないか、おめこや…。お前のお古よりずうっとええで」
「ふん…」
どこまでが本気で、どこまでがお芝居なのか…。底光りのする視線が
ゆっくりと美果のほうを向いた。
「ならやってみなはれ。生きてるオモチャがどれくらい苦しむか、楽しみや」
「ウェッ、ユ、許して…」
美果は、血が凍るような気がした。
「お願いですッ。カッ、カンニンして…」
「怖がることはないで、ちょっと舐めてもらうだけや…」
三吉が、無造作に顔を跨いだ。
「うむッ、ぐぇほ…ッ」
ぎくしゃくと身体全体が前後に揺れた。