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    三十七、変態聖誕節

 女が何か叫んで、逃れようとして腰を引いた。だがほとんど爪先立ちに

なっているので、それ以上はどうすることもできない。

「オォ…ゥ、ナ、ナインッ」

 異様な恐怖にも次第に馴れて、美果は身の竦む思いで男の手もとを

凝視していた。

 外人特有の不器用な手つきで男は作業を続けた。やがてそっと指を離すと、

無毛の陰裂に子供の握りこぶしほどの分銅がブラ下がっていた。

 肉唇が、重さで10センチ近く犬の舌のように伸びている。錘りを装着されて

いるのは明らかに小陰唇の肉ベラであった。

 女はのけ反って、弛んだ乳房をブルブルと震わせている。それ以上動くと

分銅が揺れて肉が切れそうに痛むのである。

「オゥ、オゥゥ…ッ」

 男がしゃがみ込んで、もう一つの分銅を反対側の肉ベラに着けようと

していた。全身を硬直させて、美果はこの作業を見つめた。二人の女に

四個の分銅を取り付けるまで、およそ20分近くかかった。

「太太、面白いか…?」

「いえ…」

「好了、好了」

 見慣れているせいか、陳はのんびりとした調子で言った。彼の眼にはただの

見世物としか映っていないのであろう。

 だが美果には、女たちの感覚がモロに判るのである。自分でも気づかないうちに、

いつの間にかパンティがべったりとワレメに貼りついていた。

 男は、続いて乳房にグルグルとロープを巻いた。縛るのではなく、紡錘形に

垂れた乳房の根もとを幾重にも締め上げるのである。日本人の女には

見られない体型で、つけ根より先端のほうが太い。たるんでいた乳房が

パンパンに張って、たちまち全体が赤紫色に変色してくるのがわかった。

 中央で結んだロープを木枠に掛けると、男が思い切りロープを引いた。

「WAaaa…!」

 乳房だけで吊られた女が、顎を天井に向けて異様な呻き声をあげた。

 美果は無意識に自分の胸を反らした。脚がフロアから20センチほど離れて、

白い身体がわずかに揺れている。錘りを下げた小陰唇が犬の舌のように

伸びて無惨に変形していた。

 宙吊りのまま、男はさらにクリトリスに鉄のリングを嵌める。何回も繰り返して

いるので穴が大きくなっているのであろう。意外に簡単に嵌まって、巨大な

クリトリスが、まるで蛇の頭のようにヌッと顔を出した。

 リングの先端に鉤のついた鎖を引っ掛けて二人の女を繋ぐ。女たちの間に

渡したブリッジの真ん中に、ズッシリと重そうな錘りをもう一つ下げた。

男がそっと手を離すと、美果は、自分のクリトリスを身体から引き抜かれる

ような気がした。

 屍体のようにブラ下がった女の性器には、すでにセックスの機能は

なかった。ただ猥褻を楽しむためだけの道具である。

 やがて、男が注意深くひとつひとつの分銅を外していく。錘りが取れると、

女たちは客に挨拶をするわけでもなく、そうそうに黒幕の後ろに消えた。

 単調だが、美果にとっては凄まじい被虐ショーであった。

 カーテンの横に大型のビデオセットがあって、続いて外国もののウラビデオの

上映が始まる。こちらは乱交もので、巨大な性器の挿入シーンが延々と

続いた。ウラビデオを見るのは初めてだが、あまりにも露骨なドアップは

かえってユーモラスで、美果はむしろリラックスした気分になった。

「太太、今夜男どうする?」

 のんびりとビデオを見ていた陳が、思いついたように言った。

「プロレスの選手どうですか。それとも女のほうが好きか?」

「えッ」

「遠慮いりませんよ。マスターも好きなだけ遊ばせて上げなさいと言ってる」

 言葉に詰まって、美果はビデオの画面に視線を戻した。香港にきた初めての

夜にエルを奪って、代わりに男を抱かせようとする夫の仕打ちに涙が

出そうになった。

 乱交ビデオを一本見て、二本目がはじまったとき、美果はもう出ようと言った。

何よりも疲れていたし、ホテルに戻ってシャワーを浴びたい。先刻のショックで

濡れたパンティが冷たくなっていた。

 陳もこの種のビデオでは美果が興奮しないことをさとったようだ。逆らわずに

外に出て歩きながら、また同じことを言った。

「太太、男どうする?」

「いいんです、わたし今夜は…」

「困ったね。それじゃ眠れませんよ」

 陳は苦笑いしながら言った。

「エルさん、マスターと一緒ね。太太もセックスしないと落ち着かないでしよう…」

「陳さん…」

 立ち止まって、美果は如何にも中国人らしい茫洋とした陳の顔を見つめた。

「あなた、わたしがアブノーマルだっていうことをご存じなのね?」

「ハイ、知っていますよ」

「だったら、エルのところへ連れて行って下さい。お願い…」

「それは駄目だ」

 陳は表情を固くして首を振った。

「エルさんは、マスターと一緒です」

 フラフラと足もとが崩れそうになるのを、美果はようやく耐えた。

 結局、ホテルの入口まで送ってきて、陳は謎めいた微笑を浮かべながら言った。

「好了、私にまかせなさい。太太の悪いようにはしないから…」

 部屋に戻ると、美果は身体にこびりついた情欲を払い捨てるように

着ているものを脱いだ。

 頭から熱いシャワーを浴びる。縄の跡も鞭の痕も消えた滑らかな肌に

湯玉の飛沫が散った。指を入れるとヌルヌルして気が滅入るほど淫汁が

にじみ出ていた。シャワーを直接クリトリスに当てて、美果はゴシゴシと

ワレメをこすった。

 茂之は、今ごろエルとどこで何をやっているのか…、

 払っても払っても、淫らな妄想が浮かんできて、ベッドに入ってからも、

美果は悶々として眠ることができなかった。

 陳の行動は、とてもまともな社会の人間とは思えなかった。いきなり見せられた

異様な見世物がまだ眼の裏にチラついていた。あれは、乙女座の麻耶の

華麗なピアスとはまったく異質の、肉体そのものを猥褻な道具としてしか

扱わない凄惨な遊びである。

 性器に穴をあけられて、乳房を吊られた女がこれまでに辿ってきたマゾの道を

思うと、クリトリスがジリジリと疼いた。被虐のエイリアンは、美果の知らない

異国の地にも間違いなく棲息していたのである。

 見ているときは何も思わなかったが、乱交ビデオのブッ太い男根が妄想の中で

容赦なく襲いかかってきた。

 この性欲は、いったい何なのだろう…。

 陳が言ったとうり、ベッドに転々として美果は孤独で淫猥な時間と

闘わなければならなかった。

 そろそろ、12時に近い頃であったと思う。ホテルのドアを、突然コンコンと

ノックする音が聞こえた。

 エルだ…!

 いままで夫に抱かれていたのであろう。ベッドから跳ね起きて、美果は

パジャマ姿のまま夢中で部屋のドアを開けた。

「ハロー。アナタ、ミカさん…?」

 ドアの外にいたのは、派手なコスチュームをつけたショーガールのような

黒人の女である。

「ワタシ、ローラです。陳さんの紹介、ヨロシクね」

 美果は棒立ちになった。

 やはり、陳がセックスの相手を差し向けてきたのだ。はじめプロレスの男では

どうかと勧めていたのだったが、美果の反応を見て選び方を変えたのだろう。

 迂闊だったが、もうドアの閉めようがなかった。

 美果は覚悟を決めた。相手が女だったこともあった。

「カム・イン」

 部屋に入ると、ローラは派手なゼスチュアで両手をひろげた。

「メリー・クリスマス…」

 肩を抱かれて美果はよろめくようにローラの胸に頬を寄せた。乳房の

ボリュームが美果の二倍ほどもあった。肌は褐色というよりも黒に近い。

バネのような弾力を感じさせる色艶である。

 唇を避けるまもなくキスされて、美果はウッと息を詰めた。ヌルッと

バターの味がする舌が入ってきた。それでなくても、先刻から異常な性欲に

身を悶えていたところである。とたんに美果は全身が痺れたようになった。

 長くて濃厚なキスのあと、腕を解かれると美果は崩れるようにベッドに倒れこんだ。

「ミカさん、ビューティフル…!」

 素肌にパジャマだけなので、乳房の膨らみがあらわになっている。ローラが

手慣れた動作でコスチュームを脱いだ。

「カモン…」

 何気なく振り返って、美果はギョッと眼を見張った。

 ショーガールのように均整のとれた黒い肉体の基底部に、同じ色の巨大な

肉の塊りが、棍棒のように垂れ下がっていた。



    三十八、愛欲の彷徨


「ユァ、ガイ…?!」

 悲鳴のような声を上げて、美果はベッドであとずさりした。

「オゥ、ノー」

 ローラが、真っ白い歯を見せて笑った。

 性器は間違いなく男なのだが、声はもちろん乳房の隆起から腰の張り具合

まで、どう見ても女としか思えないのだ。肉づきも男の筋肉とはまったく違う。

妖しくも美しい異次元の両性人間であった。

「アアッ、ローラ…!」

 吸い込まれるように、美果はアブノーマルな性愛の世界に没入していった。

 黒と白の肉体がからみ合って、凄まじいエロティシズムを発散する。

「い、入れて…、お願い」

 ヨダレと一緒に唇から黒い肉の塊りを吐いて、美果はかすれた声で叫んだ。

「プリーズ、ファックミー!」

「ミカさん、バックポジションOK?」

 ローラが、唾液でベトベトになった肉塊をしごきながら言った。

「イ、イエス」

 アナルにくるのだ…!

 ローラの要求を理解すると、美果は身震いして身体を起こした。強烈な

マゾヒズムが、恐怖を快楽に変換していた。

「プリーズ、は、早く…」

「ユー、ワンダフル」

 ローラが、ガッチリと腰骨を抱えた。

「ウゥゥ…ムッ」

 肛門の括約筋が拡張の限度を超えて、メリメリと引き裂かれてゆく。

美果は死に物狂いでベッドに爪を立てた。尻を上げたまま、瀕死の鶏が

もがくようにヒクヒクと身体が痙攣する。

 どれほどの時間が経ったのか、ローラが急に顔を歪めた。

「Whooo…!」

 直前で男根を引き抜くと、白濁した体液が背中一面に飛び散る。血の滲んだ

アナルが、しばらく閉じようとしない。美果は凄艶な微笑を浮かべた。

「ロ、ローラ…」

 そのとき、突然クリトリスから溶けるような快感が溢れ出してきた。

「いく…、ウゥッ」

 感覚をコントロールする力を失って、肉体が断続的に痙攣を続けた。やがて、

スゥッと気が遠くなって、そのまま深い眠りに堕ちこんでいった。

 目が覚めたのは翌日の昼ころである。

 裂かれた肛門が、まだズキズキと疼いていた。ベッドから起きられなくて

ウトウトしていると、夕方になって陳がまた訪ねてきた。

「太太、お目覚めですか…?」

 その晩は、まだ毛の生えていないオカッパの少女が、中年の女にリードされて

亭主らしい男と三人でファックする見世物を見た。

 次の日もまた次の日も、陳は飽きもせず奇怪なアイデアをもってやってくる。

誰に命じられているのか、陳は淫らの国の忠実な案内人であった。

 見世物ばかりでなく、美果は一週間の間にローラを含めて3人の男と2人の女に

抱かれた。肉体はすでに飽和状態である。

 性獣という表現がぴったりの毎日に、美果は必死になって耐えた。最後には

神経が麻痺して、これがマゾの世界なのだと納得せざるを得ないような

心理状態になった。

 陳から、突然東京に戻るように言われたのは12月31日、大晦日の夜のことだ。

「えッ、エルは…?」

「エルさん大丈夫、マスターと一緒にこちらで暮らします」

 夫の茂之とは、まだ一度も顔を合わせていない。美果は呆然として、ホテルに

残されたエルの旅行ケースを見つめた。

「わ、わかりました」

 美果は、うなずくより他になかった。

 元日の朝、美果は二人分の旅行ケースを持って香港を離れた。最後に抱かれた

中国人の男の体液がまだ身体のなかに残っている。陳が、最後まで面倒を

見てくれた。

 新しい年が明けた東京は、香港に比べると意外に清潔でひっそりとしていた。

まるで、淫夢から醒めたような気持ちである。

 逗子の家では、あわただしく出発したときの状態がそのままになっていた。

エルが散らかし放題に散らしていった跡である。

 為すすべもなく、美果はキッチンの椅子に腰を下ろした。

 それから三ケ月…。

 美果は一度も乙女座に行かなかった。哲彦がオーナーと呼ばれる変態クラブで、

他の会員との交際に応ずることはプライドにかけて出来なかったのである。

 だが夜となく昼となく、猛烈な性欲に苛まれることには、少しも変わりなかった。

 その度に香港の悪夢が甦ってくる。淫靡な妄想の中で、美果は自分だけの

幻覚の世界に没入していった。

 そしてまた、暦が月をこえた。

 夫の茂之が戻ってきたのは、桜が満開になった四月の初めである。

「ほう…」

 玄関に迎えに出た妻の様子を見て、茂之は目を細めながら言った。

「綺麗になったな、見違えたよ」

 香港での出来事は、まるで知らなかったような顔をしている。

「そうですか…」

 美果は、さり気なく笑った。

「エルさんは…?」

「うむ、元気でやっているよ」

 せっかく三人分の食事を用意したのに、美果は気持ちにフッと穴があいた

ような気がした。

「疲れた。風呂は沸いているかね」

 黙って、夫の手からボストンバッグを受け取る。

 夜になってからも、夫の口からエルの消息が話題に上ることはなかった。

まるで仮面をつけた能役者のように、茂之は平凡なサラリーマンの姿に戻っていた。

 自分はもうこの人の妻ではないのだと思うと、美果は何も言うことができない。

そうそうに二階の書斎に布団を敷いて階下に降りようとしたとき、茂之が

思いついたように背中に声をかけた。

「久し振りだ、今夜は一緒に寝よう」

「え…ッ?」

 おそるおそる振り返ると、茂之はぼんやりと天井を見上げたまま言った。

「タマには、二人で枕を並べるのも良いじゃないか…」

「は、はい」

 布団を別々の部屋に敷くように言われてから、もう半年以上になる。

 夫の横で、美果は心臓の鼓動が数えられるほど固くなっていた。気持ちとは逆に、

何故かワレメに大量の粘液が滲み出している。

 明りを消した真っ暗な部屋で、体重が重苦しくのしかかってきた。昨日まで

エルの粘膜を味わっていた筈の肉塊が、ヌルッとした感じで割り込んでくる。

「乙女座の麻耶を知っているね?」

 ゆっくりと腰を使いながら、声が顔の真上で聞こえた。

「結婚するそうだよ。私たちも披露宴に招かれているんだが…」

「ダ、誰と…?」

 ギョッとして、美果は暗闇で眼を開いた。

「決まっているじゃないか、相手はオーナーだよ」

「アァ…ッ」

 哲彦と麻耶が結婚する…。

 それは、美果にとって決定的な衝撃であった。

 麻耶さん…ッ

 とたんに、括約筋がギュウッと収縮した。

「ウゥゥ…、ムッ」

 恥骨を突き上げるように、全身でブリッヂを描く。激しいショックで、たちまち

動物的な衝動が突き上げてきた。

 茂之がゆっくりと腰を動かす。

 クリトリスの周辺に、ハケ口を失った淫欲が充満していた。歯を食いしばって、

美果は異様な快感と闘おうとした。

「クゥゥ…ッ」

「ほう珍しいな、感じてるのか?」

 茂之が、反応を確かめるように言った。

「麻耶が結婚することが、そんなに嬉しいのかね」

「ウウムッ、はは、はい…」

「挙式の日取りは五月六日、披露宴のあと親しい仲間だけで二次会がある」

 美果のなかに入れたまま、茂之がゆっくりと腰を揺すりながら言った。

「会場は乙女座だ。君は銀の鈴として、もちろん出席するね?」

「あぁッ、わ、わたし…」

 美果は、呻くように言った。

「麻、麻耶さんに、お祝いだけでも…」

「うむ、麻耶も喜ぶだろう。さすが銀の鈴だな」

 夫の腰の動きが、次第に早くなった。

「二人とも姉妹なんだ。この世に変態で生まれてきたことを感謝しなさい」

「うぅぅ」

 突然ブルブルと四肢が震え、美果はひきつったような声を出した。

「いッ、いっちゃうゥ…ッ」

 イクまいと思っても、身体が言うことを聞かなかった。

「イ、イク…ゥッ」

 腰を跳ね上げると同時に、締まった肉唇の間から大量の精液が溢れ出して、

尻の穴を伝って滴り落ちていった。



<つづく><もどる>